23話 闇の残滓
「朝早くから呼び出してすまない。けれど、すぐにあなたたちへ伝えるべき報告が入った」
「例の闇の魔力について、なにかわかったのか?」
「えぇ」
アーシェラはわずかに顎を引き、魔騎士隊長たちへ視線をずらした。
「ヨルム」
名を呼ばれた氷の騎士が、一歩前へ出る。
束ねられた長い氷青色の髪を揺らし、冷たい眼差しを陸徒たちへ向けた。
「昨日までに確認された闇の魔力の残滓は、全部で七ヶ所。いずれも微弱で、通常ならば自然に消滅した魔力として処理される程度のものだった」
「けど、そうじゃなかったのね」
ステラの言葉に、ヨルムは小さく頷く。
「よく調べれば、それぞれの残滓に微かな繋がりがあった。魔力そのものは異なる地点に散らばっているが、その流れは同一の場所へ収束している」
「魔力の足跡みたいなものか?」
「随分と大雑把な表現だが、間違いではない」
淡々と答えたヨルムは一歩下がり、続いてティアナが進み出る。
その手には、幾つもの文字と複雑な魔法陣が書き込まれた羊皮紙が握られていた。
目元にはわずかな疲労が滲んでいる。寝ずに徹夜でほとんど休むことなく分析を続けていたのだろう。
「ヨルムから受け取った情報を基に、魔力の波長、濃度、風向き、それぞれの地点の地質と魔力脈を照合したわ」
「昨日は非番だったんじゃなかったのか?」
「あれからこの件を耳にしてね。居ても立ってもいられなくなったの」
「アクシオは?」
「彼も遊撃兵の隊長よ。事情はすぐに理解してくれたわ。家事も引き受けてくれたから、分析に集中できた」
ティアナは平然と答えたものの、隣にいたレイズベルクが小さく鼻を鳴らす。
「すっかり新婚生活ってやつだな」
「レイズ。今は無関係な話をする場ではないわ」
ルビー色の鋭い視線が、茶化す男に突き刺さった。
「お、おう……」
いつになく強く発せられた威圧に、レイズベルクは顔を強張らせて口を閉ざした。
アーシェラが小さくため息を吐き、話を戻す。
「それで、魔力の根源は特定できたのね?」
「はい」
羊皮紙が床に広げられる。
そこにはエルグランド周辺の地図が描かれており、七つの印から伸びた線が、一ヶ所で交わっていた。
「この場所です。エルグランド城から南東に位置する森。残された闇の魔力は、すべてこの周辺から流れ出たものと考えられます」
「森?」
陸徒が近くへ寄ってしゃがみ込み、地図を覗き込む。
「通称、常闇の森」
答えたのはシーマだった。
静かで、湖面のように落ち着いた声が謁見の間へ響く。
「樹木が密集していて、昼間でもほとんど陽光が届かない場所よ。それだけでなく、森の内部には闇の属性を持つ植物やモンスターも多く生息しているわ」
「いかにも、なにか出そうな場所ね」
ステラは腕を組み、眉を寄せた。
「以前から、闇の魔力が強い場所なのか?」
「えぇ。ただし、これまで確認されていたものとは、性質が違います」
神妙な表情で答えたマイアは、思い詰めたように視線を落としている。
「本来、常闇の森に満ちている闇は自然に生まれたものです。けれど今回の残滓には、明確な意思のようなものを感じます」
「意思……」
「何者かが、意図的に闇の力を使った可能性があります」
謁見の間へ、重い沈黙が落ちる。
「そんなもん、俺たちがさっさと乗り込んで、ぶっ潰してくりゃいいだろ!」
沈黙を破ったのはレイズベルクだった。
腰に携えた炎の鞭へ手を添え、今にも飛び出しそうな勢いで言い放つ。
「敵がいると決まったわけではない。少しは考えてから発言しろ」
ヨルムが顎を上げて冷ややかな視線を下ろした。
「あぁ!? 敵がいようがいまいが、行って確かめりゃ済む話だろうが!」
「貴様は森ごと焼き払うつもりだろう」
「必要ならな!」
「やめなさい、二人とも」
シーマの一言で、言い争いが止まる。
「常闇の森で炎を振り回すのは、確かに勧められないわ。あそこには燃えやすい植物も多いもの」
「だったら、俺の出番だな!」
拳をドンと胸で鳴らし、ブラディが豪快に笑う。
「邪魔な木ごと、このコムネッドタイタンで吹っ飛ばして道を作ってやるぜ!」
「レイズ以上に駄目でしょう」
ティアナが即座にため息を吐く。
「なんでだよ。わかりやすくていいじゃねぇか」
「調査対象ごと破壊して、どうするつもりなの?」
「うっ……そりゃあ、まぁ……」
ブラディのきまりが悪そうに頭を掻く様子を見て、ヴァーソは眉を落として肩を縮めていた。
「や、やっぱり、かなり危険な場所なのでしょうか……」
「危険でない調査などない」
「そ、そうですよね……」
ヨルムが淡々と返すと、ヴァーソの表情がますます青ざめた。
「静かに」
アーシェラが一言告げる。
決して声を荒らげたわけではない。それでも魔騎士隊長たちは一斉に口を閉ざし、女王へ向き直った。
「これより各隊の任務を伝えるわ」
言いながら玉座から立ち上がり、眼下に映る顔ぶれを見据える。
「ヨルムとヴァーソは、引き続き城外の哨戒にあたりなさい。他の場所にも新たな残滓が現れていないか確認を」
「承知した」
「は、はい!」
「ティアナは少し休息を取ってから、集められた情報の分析を続けること。レイズとブラディは城の警備を強化し、万が一の襲撃に備えなさい」
「わかったぜ」
「任せとけ!」
「シーマはマイアに代わり、私の内政補助を」
「承知しました」
それぞれの隊長が、女王の命を受ける。
先ほどの無駄話が嘘だったかのように、迷いのない返事が返ってきた。
陸徒は周囲を見回し、名を呼ばれていない残った面々へ視線を送る。
「ということは、森へ行くのは……」
「陸徒、ステラ。あなたたちに常闇の森の調査を命じる」
「俺たちに?」
「今回発見された闇が、二つの世界で起きている異変と関係している可能性は高い。ならば、その渦中にいるあなたたちが確かめるべきでしょう」
アーシェラの瞳が、陸徒を真っ直ぐに捉える。
「もちろん、二人だけで向かわせるつもりはない」
その言葉と同時に、陸徒のすぐ背後から低い声が聞こえた。
「ワタシが案内するよ」
「うわっ!」
素っ頓狂な声で反射的に振り返る。
つい先ほどまで、そこには誰もいなかったはずだった。しかし今は、根岸色の軽鎧を身に纏った女が立っている。
深緑色のボブヘアの奥から覗く琥珀色の瞳が、暗い影の中で細められていた。
木の魔騎士隊長、ルキノ・リルタスタだ。
「いつからそこにいたんだよ」
「ずっといたよ?」
「嘘つけ。全然気配がしなかったぞ」
「だから面白いんじゃない」
ルキノは薄い笑みを浮かべ、陸徒の周囲をゆっくりと歩く。
値踏みするような流し目で、その顔や腰元のラディアセイバー・ゼノを眺めた。
「キミ、喬介とは雰囲気が全然違うけど、なかなか面白そうな男だね」
「そりゃ別人なんだから、違って当然だろ」
「ふふっ。そういうところも違う」
ルキノは陸徒へ顔を近づけ、さらに興味深そうに目を細めた。
その様子を横で見ていたステラの眉が動き、わずかに顔を歪ませる。
(どうして陸徒の周りには、こうも女ばかりがついてまわるのかしら)
日本では那琴や長峰結と出会い、エリシオンではシルビアと再会した。
昨日はシルフィに抱きしめられ、今度は妙な雰囲気を漂わせる女騎士から興味を持たれている。
(別に、誰が陸徒に近づこうとアタシには、関係ないけど……)
無理やり自分にそう言い聞かせようとしているからか、ステラの口元は明らかに不満そうに尖っていた。
「ルキノ。あまり陸徒さんを困らせてはいけませんよ」
マイアが穏やかに声をかける。
「やだ」
「ルキノ」
「冗談だよ」
まったく悪びれることなく、ルキノは陸徒から離れた。
「ルキノは常闇の森の地形と生態を、誰よりも熟知しているわ」
アーシェラが説明を続ける。
「そしてもう一人、マイアにも同行してもらう」
「はい」
柔らかな一言と一緒に一歩進み、陸徒とステラへ丁寧に一礼した。
「闇に閉ざされた森であれば、私の光がお役に立てるはずです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「あぁ、よろしく」
陸徒が口角を上げて頷く。
ステラはルキノとマイアを交互に見てから、小さくため息を吐いた。
(また女が増えた……)
「ステラ?」
「なんでもないわよ! バカ!」
なぜか怒鳴られた陸徒は、困惑した顔で首をかしげていた。
早速準備を整え、一行はその日のうちにエルグランド城を出発することになる。




