22話 月明かりと揺れる想い
シルフィと別れた二人は、アーシェラが手配した城下町の宿へ向かった。
宿は城の入口から西の方角へ進んだ先にある。
途中、大量の本がずらりと置かれた店が建ち並ぶ通りを歩いた。
夕暮れ時が近づいているからか、街灯の光照石がぼんやりと点灯し始めた。そして、踏んで磨かれた石畳が鏡へと変わる。
「魔術大国らしい、いかにもな雰囲気だな。周りにある店は本屋か?」
「そうね。きっと魔術書なんかも置いてあるんじゃない」
傍から聞けばただの会話。だがステラのほうは、どこかいつもより感情が乗りきっていない様子だった。
当然、陸徒がそれに気づくこともなく。
本屋の通りを過ぎてほど近く。宿へと辿り着く。
オレンジの洋瓦屋根で、年季が入りほどよく雨風が馴染んだ木造の落ち着いた建物だった。
受付で名前を告げると、宿主はすぐに笑顔を浮かべる。
「お話は女王様から伺っております。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとう」
宿主から鍵を受け取る。それが一つだけということに少し違和感を覚えるも、構わず二階の部屋へ向かった。
案の定、扉を開けた陸徒とステラは、揃って足を止めることとなる。
部屋は十分に広く、窓際には小さなテーブルが置いてあり、寝具が清潔に整えられている。そして奥には二台のベッドが並べられていた。
「……あれ?」
陸徒が間の抜けた声を漏らす。
ステラは鍵に刻まれた番号と、部屋の番号を何度も見比べた。
「ちょっと待って。アタシと陸徒が、同じ部屋なの?」
「手違いじゃないのか?」
二人は受付まで戻って確認した。
しかし城から届いた宿泊者名簿には、二人一組として一部屋を用意するよう記されていたらしい。
さらに運悪く、その日は他の部屋がすべて埋まっていた。
「申し訳ありません。明日には別々のお部屋をご用意できますので……」
「べ、別にいいわよ!」
ステラは顔を真っ赤にしながら、勢いよく答える。
「寝台は二つあるんだし! こいつが変なことをしなければ、なんの問題もないわ!」
「なんで俺がする前提なんだよ」
「一応言っておいただけ!」
結局、その日は同じ部屋へ泊まることになった。
外の喧騒もすっかりとなりを潜めた刻。光照石のランプを消した室内には、月明かりがぼんやりと差し込んでいる。
それぞれのベッドに横たわった陸徒とステラの間には、気まずい沈黙が流れていた。
陸徒は壁側を向きながら目を閉じていたが、一向に眠気がくる気配はない。
ステラも何度も寝返りを打ち、そのたびにガサガサと寝具が擦れる音が響いた。
「ねぇ、陸徒」
「……なんだ?」
「寝た?」
「今返事しただろ」
「そういう屁理屈はいいの」
再び沈黙が訪れる。
やがてステラが、躊躇いがちに口を開いた。
「アンタさ……シルフィみたいな人が好みなの?」
「は?」
突拍子もない問いに、陸徒は勢いよく体を起こした。向かいのベッドでは、ステラが背を向けたまま横になっている。
「なんでそんな話になるんだよ」
「だって、顔を真っ赤にしてたじゃない」
「あれは急に抱きしめられたからだって! それに、あんな状況で平然としていられる奴の方が少ないだろ!」
「ふぅん」
「なんだよ、その反応」
「別に。シルフィみたいに色気があって、胸が大きくて、包容力のある大人の女の人が好きなのかなって思っただけ」
「違うって」
陸徒は即座に否定した。
「じゃあ、どういう人が好みなのよ」
「どういうって……」
言葉を詰まらせ、陸徒は逡巡する。
一瞬月光が陰った暗闇の中、ステラがわずかに顔だけをこちらへ向けてきた。
「例えば……シルフィと、アタシだったら——」
そこまで口にして、ステラは息を止めた。
聞いてしまえば、もう後戻りできない。
もしシルフィだと言われたら。
もし年下の自分など、最初から恋愛の対象として見られていないとわかってしまったら。
胸の内に押し込めていた不安が、急に膨らんでいき、手が震える。
「……やっぱり、なんでもない」
「おい、途中でやめるなよ。気になるだろ」
「うるさい。忘れて」
「無茶言うなよ」
「いいから寝る!」
ステラは勢いよく寝具を頭まで被り、陸徒へ完全に背を向けた。
「おやすみ!」
「お、おう……おやすみ」
陸徒も再びベッドへ横になる。
しばらくして、部屋の中に静寂と月明かりが戻った。だが二人とも、なかなか眠りにつくことなどできずにいた。
ステラは寝具の中で、胸元を強く握りしめる。
(アタシとシルフィ、どっちがいいのって……そんなの、聞けるわけないじゃない)
一方の陸徒も、天井を見つめながら先ほどの言葉を思い返していた。
(ステラとシルフィを比べるって、どういう意味だよ……)
二人の間には、ほんのわずかな距離しかない。
それでも、互いの本当の気持ちは、まだ言葉にできないままだった。
——翌朝。
陸徒とステラが宿の食堂で朝食を取っていると、入口の扉が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、エルグランド城の紋章が刻まれた鎧を身につけた兵士。店内を見回し、二人を見つけると足早に近づいてくる。
「陸徒殿、ステラ殿!」
息を切らせたその表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
「どうしたんだ?」
「アーシェラ女王陛下より伝令です。お二人に、至急謁見の間へ来ていただきたいと」
「至急?」
陸徒とステラは顔を見合わせる。
昨日まで、城下町に変わった様子はなかった。ゲートクリスタルの欠片も、まだ反応を見せていない。
だとすれば、城で何かが起きたのだろうか。
「わかった。すぐに向かう」
陸徒は席を立ち、腰元のラディアセイバー・ゼノを確かめる。
ステラもパステリアウィッシュを手に取り、その表情を引き締めた。
二人は兵士に続き、急いで宿を後にする。
エルグランドを覆い始めた、正体不明の闇。その先で何が待ち受けているのか。
「至急、謁見の間へ——か」
陸徒とステラは、伝令の兵士に導かれながらエルグランド城の廊下を駆けていた。
朝も早いというのに、城内には多くの兵士が行き交っている。誰もが緊張した面持ちを浮かべ、昨日までの穏やかな雰囲気は消えていた。
「やっぱり、例の闇の魔力が関係しているのかしら」
「たぶんな。わざわざ俺たちまで呼び出したってことは、なにか見つかったのかもしれない」
二人は廊下を真っ直ぐと進み、謁見の間へと続く大扉の前で足を止める。
待機していた兵士が一礼すると、重厚な扉を開いた。
「陸徒殿、ステラ殿、ご到着されました!」
謁見の間へ足を踏み入れた途端、二人は室内に漂う物々しい空気を感じ取った。
正面の玉座には、アーシェラ女王が腰掛けている。
その前にはエルグランドが誇る魔騎士隊長たちが集結していた。
火の騎士レイズベルク・アテンザ。
氷の騎士ヨルム・インプレッサ。
水の騎士シーマ・ハウラウト。
地の騎士ブラディ・ビッグホーン。
風の騎士ティアナ・クロスランサー。
雷の騎士ヴァーソ・プレシストーン。
木の騎士ルキノ・リルタスタ。
そして、光の騎士マイア・プルームス。
いずれも一つの部隊を預かる精鋭たちである。
これほどの顔ぶれが一堂に会していることからも、ただならぬ事態であることは明白だった。
「来たわね」
アーシェラが静かに口を開く。
その声音は落ち着いているものの、紫色の瞳には鋭い光が宿っていた。




