20話 思いがけない報告
二人に声を掛けてきた男。
短く切り揃えられた金髪には、炎を思わせる赤い髪が混じっている。腰には炎の鞭を携え、その鋭い眼光が陸徒たちを捉えていた。
彼の後方には、同様に赤き鎧を纏ったブレイズナイトの兵士たちが控えている。
「城の前で、さっきからなにをうろついてやがる」
「いや、別に怪しい者じゃ——」
「怪しい奴は、みんなそう言うんだよ」
男は陸徒の言葉を遮り、警戒を解かないまま近づいてくる。そして腰元に差された柄へ気づくと、眉をひそめた。
「それは武器か?」
「これは、その……」
「城の周囲へ武器を持ち込むたぁ、いい度胸してやがるな」
「待ちなさいよ。アンタだって物騒な鞭を持ってるじゃない」
「あぁ!?」
ステラの一言に、男のこめかみが引きつる。
「俺はブレイズナイト小隊長、レイズベルク・アテンザだ! 城を守るために武器を持つのは当然だろうが!」
「長い名前ね」
「そこじゃねぇよ!」
吠えるような声が城門前へ響き渡った。
陸徒はその勢いに若干気圧されながらも、両手を見せて敵意がないことを示す。
「俺は陸徒。こっちはステラだ。アーシェラ女王に会いに来た」
「陸徒……?」
その名を聞いた途端、レイズベルクの表情が変わった。訝しげに目を細め、陸徒の顔をまじまじと見つめる。
「お前、もしかして……喬介の仲間だった、あの陸徒か?」
「喬介さんを知っているのか?」
「知ってるもなにも——」
言いかけたレイズベルクは、面倒臭そうに口を噤んだ。
そして改めて陸徒を上から下まで観察する。
「なるほどな。喬介から話は聞いていたが、思っていたより普通の奴じゃねぇか」
「それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
レイズベルクは鼻を鳴らす。
「それに、アクシオの奴からも、お前の話は散々聞かされている」
「アクシオから?」
陸徒とステラは顔を見合わせた。
喬介がエルグランド側で行動していたことは知っている。しかし、なぜレイズベルクの口からアクシオの名まで出てくるのか。
「どうしてアクシオを知ってるんだ?」
「あいつ、よくもまぁ、あのカタブツのインテリ女を選んだもんだぜ」
「は?」
レイズベルクは遠い目をしながら呆れたように頭を掻く。
だが陸徒が意味を尋ねようとした、その時だった。
「レイズ。聞こえているわよ」
凛とした女性の声が、背後から響いた。
レイズベルクの顔に緊張が走り、肩が跳ねる。
陸徒たちが声のした方へ顔を向けると、そこには翠色を基調とした学士の羽織を身につけた女性が立っていた。長く美しい黒髪を風に靡かせ、細い眉をわずかに寄せている。
風の魔騎士隊長にして宮廷学者、ティアナ・クロスランサー。
そして、その隣には——
「陸徒……?」
両手いっぱいに買い物袋を抱えた、見覚えのある男が立っていた。
「アクシオ!」
陸徒が声を上げる。
アクシオは目を見開いたまま、しばらく動かなかった。
「本当に……陸徒なのか?」
「あぁ。久しぶりだな」
その言葉を聞いた瞬間、アクシオは買い物袋をティアナへ預け、陸徒のもとへ駆け寄った。
力強く両肩を掴み、確かめるように顔を覗き込む。
「お前、生きていたのか……!」
「ちゃんと生きてるぞ」
「あの時……ラディアセイバーの力を使って……」
アクシオの声がわずかに震える。
陸徒は笑みを浮かべ、その腕を軽く叩いた。
「いろいろあったけど、このとおり無事だ」
「俺、お前が死んだって信じられなくて。それで……でも、本当によかった」
アクシオは心から安堵したように笑った。
それから、陸徒の隣に立つアホ毛を見るなり声を上げる。
「おまけにステラまで生きてたのか!」
「おまけってなによ!」
「わりぃわりぃ。ってか、随分と背が伸びたんじゃないか?」
「成長期なんだから当然でしょ」
「そういう口調は、前と変わらねぇな」
「余計なお世話よ」
懐かしいやり取りに、自然と笑いが生まれる。
陸徒たちは互いの近況について、短いながらも言葉を交わした。
自身の言葉どおり、世界が救われた後もアクシオは陸徒が死んだと思えずにいた。
始めは世界を旅して回っていたが、手掛かりは得られず、最終的に情報分析の中枢であるエルグランドを訪ねたというわけだ。
「でも、なんで今もエルグランドにいるんだ?」
陸徒がその疑問に触れた途端、アクシオの様子が変わった。
「あぁ……それは、その……」
視線を泳がせ、頬を指で掻く。
先ほどまで再会を喜んでいた勢いは消え、どこか奥歯に物の詰まったような顔をしている。
隣に立つティアナも、珍しく陸徒たちと目を合わせようとしない。
さらによく見れば、買い物袋の中には食材や日用品が詰め込まれている。それも、一人分とは思えない量だ。
ステラはアクシオとティアナを交互に見つめた。
そして二人の距離感や反応から、何かを察したように目を細める。
「なるほどね」
「な、なんだよ」
「アンタ、そのきれいなお姉さん、ティアナと……」
ステラが言葉を続けるより先に、レイズベルクが口を開いた。
「まさか結婚しちまうなんてな」
「け、結婚ぉぉん!?」
陸徒の叫び声が、城門前一帯に響き渡った。
周囲を巡回していた兵士たちが何事かと振り返り、近くの木々に留まっていた鳥たちが一斉に飛び去っていく。
「アクシオ、お前……結婚したのか!?」
「まぁ……そういうことだ」
アクシオは照れくさそうに後頭部を掻き、苦笑する。
一方のティアナは、宮廷学者らしい冷静な表情を保とうとしていた。しかし白い頬は赤く染まり、普段の彼女からは想像もつかないほど動揺している。
「レイズ。あなたには、もう少し言葉を選ぶという配慮ができないのかしら」
「あぁ? 結婚したのは事実だろうが」
「本人たちの口から説明する機会というものがあるでしょう」
「どっちから言ったって同じじゃねぇか」
「まったく同じではないわ」
ティアナの周囲に、目に見えるほどの風が渦巻き始める。
「お、おいティアナ。落ち着けって」
アクシオが慌てて宥める。
陸徒はそんな二人の姿を、未だ信じられないものを見る目で眺めていた。
「いや、だってお前……いつの間に……」
世界を隔てていた二年という月日。
その間に、かつての仲間たちもそれぞれの道を歩み、新たな関係を築いていた。
陸徒にとっては、それを初めて実感した瞬間だった。
「それよりあなたたち、アーシェラ女王に用があるのではなかったの?」
ティアナはわずかに赤みの残る顔で髪を払うと、陸徒とステラに向けられた視線を城の入口のほうへ流す。
「そうね。ここで立ち話もなんだし」
「積もる話もあるが、また後でだな」
アクシオは再び買い物袋を抱え、二人を促した。
陸徒はアクシオの隣へ並びながらも、まだ納得できない顔をしている。
「本当に結婚したんだよな?」
「何度も聞くなよ」
「いや、だって信じられねぇって」
「俺だって、こうなるとは思っていなかったさ」
アクシオは困ったように笑う。
その少し前を歩くティアナの耳が、再び赤く染まった。
そんな三人の後ろ姿を見ながら、ステラは小さく笑みを浮かべる。
「二年もあれば、いろいろ変わるものね」
「お前はさっきから、なんでそんなに冷静なんだよ」
「見ればわかるでしょ。鈍感ね」
「見ただけで結婚までわかるか!」
「アンタも、少しはそういうところを見習ったら?」
「なんの話だよ」
「……別に」
ステラはぷいと顔を背け、陸徒より先に歩き出す。
「おい、待てよステラ!」
陸徒はその後を追った。
懐かしき魔術大国エルグランド。
そこで待っていたのは、異変の兆候ではなく、旧友からの思いがけない報告だった。




