19話 魔術大国
エリシオン城を襲った戦車との戦いから、一夜が明けた。
城内では早朝から多くの兵士や技術者たちが行き交い、損傷した城壁や防御装置の復旧作業に追われていた。
戦車の砲撃を受けた外壁には巨大な穴が空き、その周辺には砕けた石材や、ひしゃげた金属部品が散乱している。
幸い、クラウスの迅速な指揮とトーマの起動させた防御システムにより、人的被害は最小限に抑えられていた。
陸徒も瓦礫の撤去を手伝い、割れた石材を城壁の脇へと運んでいる。
ステラは負傷した兵士たちに治癒法術を施し、シルビアもまた、文句を言いながら重い資材を肩に担いでいた。
「ったく、なんで王女のアタイが、こんなことしなきゃなんないんだよ」
「その王女様が城を守るために派手に暴れたからだろ」
陸徒が石材を置きながら言うと、シルビアは眉を吊り上げた。
「あぁ!? アタイがあの鉄クズをぶっ壊さなきゃ、今頃この城は蜂の巣になってたんだぞ!」
「わかってるって。だから俺も手伝ってるんだろ」
「だったら黙って働きな!」
「へいへい」
「朝から元気ね、アンタたち」
二人のやり取りを少し離れた場所で聞いていたステラは、呆れたように肩を竦める。
その傍らではトーマが、回収された戦車の破片を興味深そうに調べていた。
黒い渦に吸い込まれたため、戦車の残骸はほとんど残されていない。それでも周囲には、細かな金属片や砲撃によって剥がれ落ちた部品がいくつか散らばっていた。
「ふむ……材質そのものは、エリシオンでも精製できないことはない。だが、この構造は実に興味深いな」
トーマは煤で汚れることも構わず、金属片へ顔を近づけている。
やがて何かを思い出したように立ち上がると、陸徒の腰元へ視線を向けた。
「そうだ、陸徒。少しその剣を見せてもらえないかな?」
「ラディアセイバーを?」
「あぁ。昨日から気になっていたんだ」
陸徒は腰に差していた柄を手に取り、トーマへと差し出す。
今は刀身を持たず、外見だけならば剣の柄にしか見えない。
トーマはそれを慎重に受け取ると、向きを変えながら細部を観察した。
柄頭や鍔の部分へ指を這わせ、わずかに眉をひそめる。
「刀身を形成するための魔石も、魔力を伝達する導線も見当たらない。内部になんらかの機構が組み込まれている様子もないな」
「そりゃそうだろ。そいつは機械じゃないんだからさ」
シルビアが資材を地面へ下ろし、会話に割って入った。
「アタイの双竜剣と同じで、持ち主の力に応えて本当の姿を見せるんじゃないのか?」
「確かに、その可能性は高い。しかし、光によって刀身を形成するという点では、我が国の魔装具と少し似ている」
「魔装具と?」
「あぁ。エリシオンの魔装具には、使用者の魔力を動力へ変換し、それを武器や防具として出力するものがある。とはいえ、これは魔力ではない。もっと別の、不可思議な力で動いているようだ」
トーマはそう言いながら、ラディアセイバーの柄を陸徒へ返した。
「陸徒。刀身を出してみてくれないか?」
「わかった」
陸徒は柄を握りしめる。
目を閉じ、昨日の戦いを思い返した。
戦車を止めなければならない。
皆を守らなければならない。
その強い意志に応えるかのように、柄から眩い光が迸った。
伸びていく輝きは一本の刃を形成し、光の刀身を持つ神剣が顕現する。
「やはり……」
トーマは目を輝かせながら、光の刀身を見つめた。
「陸徒の念が、刀身を生み出すきっかけになっているようだ。おそらくこの剣は、使用者の意志そのものを力へ変えている」
「俺の意志を……」
陸徒は光の刀身へ視線を落とす。
かつてのラディアセイバーは、蒼色に輝く実体の刃を持っていた。
しかし今、陸徒の手にあるものは柄だけ。それでも戦う意志を込めれば、以前と変わらぬ——もとい、それ以上の力を秘めた光の刃を生み出す。
「魔族はもう滅んだはずだ」
トーマは腕を組み、神妙な面持ちを浮かべる。
「それにもかかわらず、神剣は再び姿を現し、君を選んだ。偶然とは考えにくいな」
「あぁ。俺もそう思う」
「これから起こるなにかに備え、君のもとへ戻ってきたのかもしれない」
陸徒の脳裏に、二つの世界で続く異変がよぎる。
ミドラディアスに現れた戦車。日本に出現したモンスター。そして、それらを生み出す黒い渦。
これから先、さらに大きな事態が待ち受けている。
ラディアセイバーは、大事なことを陸徒へ伝えようとしているのかもしれない。
「それにしても、以前と同じ名で呼ぶには、少し違和感があるな」
「違和感?」
「形状も性質も、かつてのラディアセイバーとは異なる。いわば新たに生まれ変わった神剣」
トーマは顎へ手を当て、しばらく考え込む。
そして目を大きくしながら人差し指を立てた。
「ラディアセイバー・ゼノ。というのはどう?」
「ゼノ?」
「新たな、あるいは未知なるものを意味する言葉だ。今の剣には相応しいと思うよ」
陸徒は改めて光の刀身を見つめる。
以前とは違う姿で、自分のもとへ帰ってきた神剣。
「ラディアセイバー・ゼノ……か」
その名を口にした途端、光の刀身が強く瞬いた。
まるで神剣自身が、その名を受け入れたかのように。
「気に入ったみたいだな」
「ふっ。そうだろう。僕の命名だからね」
トーマは満足げに頷く。
「ちょっと待って。勝手に決めてよかったの?」
「本人が気に入っているのだから、問題ないだろう?」
「剣を本人扱いする辺り、さすが技術者ね」
ステラが眉を垂らして呆れたように言う。
陸徒は苦笑しながら念を解き、光の刀身を消した。
その後、復旧作業が一段落した頃。
ステラは肩から下げているバッグからゲートクリスタルの欠片を取り出していた。
淡い青白い輝きは放っているものの、新たな場所を示す反応は見られない。
「どうだ?」
「駄目ね。昨日からなにも変わらない」
ステラは欠片を手のひらに載せ、目を閉じる。
意識を集中させて波動を探るが、頭の中に映像が浮かぶことも、導かれる方向を感じることもなかった。
「壊れたわけではなさそうだけど、次の異変までは、しばらく間があるのかもしれない」
「だったら、その間にやっておきたいことがある」
「なに?」
陸徒は城壁の向こうへ広がるエリシオンの街並みを眺めた。
「ミドラディアスの各地を回ってみたいんだ」
「各地を?」
「あぁ。次の異変が起きるまで、ただ待っているだけってのも性に合わねぇ。それなら、各国でなにかおかしなことが起きていないか情報を集めた方がいいだろ」
一度言葉を止め、口に含めた笑みを溢す。
「それに……せっかくこっちに戻ってきたんだ。昔の仲間にも会いたい」
陸徒の表情に、わずかな懐かしさが滲んでいる。
ステラはそんな彼の横顔を見つめ、やがて柔らかく笑った。
「そうね。アタシも、みんなが今どうしているのか気になるし」
「決まりだな」
「でも、遊びに行くわけじゃないんだからね。あくまで異変の情報を集めるためよ」
「わかってるって」
そう答えながら、陸徒はステラが自分以上に再会を楽しみにしていることを察していた。
陸徒たちはクラウスやトーマ、そしてシルビアへ出発する旨を伝えた。
シルビアも同行すると言い張ったが、戦車の襲撃を受けたばかりのエリシオンを離れるわけにはいかない。
「次に来た時は、もっとゆっくりしていきな」
「あぁ。またな、シルビア」
「今度会う時まで、死ぬんじゃないよ」
「お前もな」
シルビアと別れ、陸徒とステラは城の外へ出る。
ステラがパステリアウィッシュを掲げ、空間転移術の詠唱を始めた。
足元に純白の法陣が広がり、そこから噴き上がる眩い光が二人を包み込む。
そして次に視界が開けた時、そこにはエリシオンとはまったく異なる光景が広がっていた。
色とりどりの光照石が、昼間にもかかわらず街路を照らしている。
空中には淡く輝く魔法陣が浮かび、魔術士たちが杖や魔術書を手に行き交っていた。建物の壁面には魔力を伝達する結晶が埋め込まれ、噴水から舞い上がった水は、重力に逆らうように空中で幾何学模様を描いている。
「エルグランド……」
陸徒は息を呑んだ。
二年前にも訪れた、魔術大国。
神秘的な光景は、今も何ひとつ変わっていない。
「懐かしいわね」
「あぁ」
エリシオンの機械的で無骨な街並みとは正反対。
まるで街そのものが、巨大な魔術によって稼働しているようだった。
陸徒とステラは、しばらく景観に圧倒されながら城下町を歩いた。
やがて、街の奥にそびえる主城へ辿り着く。
白を基調とした巨大な城壁には金色の装飾が施され、幾つもの尖塔の周囲を魔法の光が漂っていた。
「相変わらず、豪華な城だな」
「魔術大国の中心だもの。これくらい当然よ」
「お前の城じゃないのに、なんで得意げなんだよ」
「別にいいでしょ」
二人が城を見上げていると、背後から荒々しい声が飛んできた。
「おい、そこの二人!」
ハッとして振り返る。
そこには赤を基調とした鎧を身に纏う男が立っていた。




