17話 解放と代償
轟音が空気を揺らす。
放たれた砲弾が中庭を駆け抜け、陸徒たちのもとへ一直線に迫ってきた。
「封壁!」
ステラは即発型の術を展開し、三人の前に金色の障壁を出現させる。
直後、耳をつんざく爆発音とともに、視界が黒く覆われ肌を熱くする。
強烈な衝撃で光壁全体に震動が走り、表面へ無数の亀裂が音を立てた。
「くぅぅっ……!」
聖杖の柄を握りつぶさんとばかりに力が入る。ステラは歯を食いしばりながら必死に法力を注ぎ込んだ。
足元の石畳が砕け、靴底が後方へ押し流されていく。
「な、なんて威力なのよ!」
「ステラ、もういい! 一旦散るぞ!」
陸徒の指示で、三人は障壁の後方から散開する。
役目を終えた途端それが砕け散り、爆炎が中庭へ広がった。
同時に戦車が重い車体を進めてくる。
「砲撃の間隔は長い! 次を撃たれる前に近づく!」
陸徒は刀身なき神剣へ力を込める。
「いくぞ、ラディアセイバー!」
掛け声に応えるように、蒼白色の粒子が伸びて光の大刃を形成。神剣ラディアセイバーの顕現だ。
その様子に、エリシオン組の三人が目を見開いた。
陸徒が戦車へ向かって駆け出すと、城の兵士たちも攻撃を開始する。
弓兵が矢を射り、砲撃兵が構えた筒から火球や雷球が撃ち放たれた。
だが、矢は厚い装甲に弾かれ、火と雷も表面で爆ぜて散るのみ。履帯が地を踏み鳴らす音は止まらない。
「通常攻撃では効果がない! 装甲の接合部と、足回りを狙え!」
クラウスが盾を構え、兵士たちへ指示を送る。
シルビアは戦車の右側へ回り込んで、紅剣クリムゾンゼストと蒼剣ブルーアイシスを同時に抜き放った。
「まずは、その動きを止めてやるよ!」
低く身を沈め、無限軌道の部分目掛けて紅と蒼を振るう。
金属音とともに火花が飛び散った。
これが並の剣なら欠けていたであろうが、双竜剣の素材は竜の鱗。火竜のそれが鉄を焼き、氷竜のそれは脆く凍結させる。
「はぁぁっ!」
剣を交差させ、凍結した金属部品を切断する。
履帯の一部が外れ落ち、車体が大きく傾いた。
「やるじゃねぇか!」
「アタイを誰だと思ってる! 次はそっちさね!」
「ああっ!」
左側にいる陸徒が踏み込んで詰める。
ラディアセイバーを下段へ構え、装甲板の継ぎ目を斬り上げた。
蒼白色の剣閃が走ると同時に、厚い鉄板へ深い亀裂が刻まれ、その一部が大きく捲れ上がった。
「すごい……あの装甲を」
工学的視点からの興味も強く、トーマが驚きの声を漏らす。
「陸徒さんの剣と、ルビィの双竜剣ならば十分通用するよ!」
しかし、戦車もやられ一辺倒ではない。
車体上部に設置された重火器が動き、銃口が陸徒へ向けられた。
「陸徒! そこから離れて!」
「っ!」
ステラが警告を発した直後、けたたましい連射音が響き、無数の銃弾が石畳を穿っていく。陸徒は咄嗟に横へ跳び、地面を転がった。
すぐに体を起こして走るが、銃口がその動きを追い続ける。
「しつこいんだよ!」
ラディアセイバーを盾のように構える。
光の刀身が銃弾を弾き、周囲へ火花を散らした。
だが、全てを防ぐことはできない。一発が陸徒の肩を掠め、衣服が裂けて血が飛んだ。
「陸徒っ!」
ステラの表情が強張る。
「これ以上、好きにはさせないわ!」
―其は頑強なる守護の光―
「鎧衣!」
陸徒とシルビアの体を、昼白色の光が包み込む。
銃弾が光の膜へ触れ、滑るように軌道が逸らされていった。
「助かった!」
「防御が保っているうちに、重火器を壊して!」
シルビアが飛び跳ねながら車体上部へ駆け進む。
着地後、即座に紅剣クリムゾンゼストを振り下ろした。
炎を纏った刃は、重火器の銃身を溶かしながら根元から切断させる。
「まず一つ!」
続けて蒼剣ブルーアイシスを砲塔の接合部へ突き刺した。
白い靄と氷の結晶が装甲の隙間へ流れ込み、内部機構を凍結させていく。
ギシギシと鈍い音を立てながら、砲塔の回転が一時的に止まった。
「これで、あの大砲も——」
シルビアが勝利を確信しかけた、その時。
突然車体が激しく震動した。
「なんだ!?」
装甲の一部が開き、内部から複数の小型砲が現れる。
「まだ武器を隠していたのかい!」
砲口が光って一斉に発射。
シルビアは双剣を交差させるが、至近距離からの攻撃を全て防ぐことはできない。
「ぐあっ!」
爆発の衝撃で、砲塔の上から吹き飛ばされた。
地面へ叩きつけられ、何度も転がる。
「ルビィ!」
クラウスが駆け寄ろうとする。
しかし、戦車の主砲が再び動き始めた。
凍結させられていた接合部が、内部から発せられた熱によって解かれていく。
砲塔が回転し、今度は城の建物へ砲口を向けた。
「まずい! あの先には工房の動力炉がある!」
トーマの顔から血の気が引く。
「直撃すれば、城の西側区画そのものが吹き飛ぶ!」
「防御壁を集中させろ!」
クラウスが手を振り払いながら叫んだ。
「第四、第五防壁を動力炉前へ! 残存蒸気圧を全て防御へ回せ!」
「しかし、それでは他の区画の防壁が!」
「今は動力炉を守ることを優先しろ!」
トーマも操作盤へ駆け寄り、複数のレバーを動かす。
地鳴りとともに、金属製の防御壁が動力炉の前へ集結。三重、四重に重なり、分厚い盾を形成する。
直後、戦車の主砲が火を噴いた。
砲弾が防御壁へ直撃する。
最前面の金属板が爆炎に包まれ、大きく歪んだ。
二枚目へ衝撃が伝わり、接合部が弾け飛ぶ。
「防壁が二枚、破損!」
「第三防壁にも亀裂!」
技術者たちの悲鳴に近い報告。
「なんて火力なんだ……。エリシオンの防御技術を持ってしても、次を耐えられるかどうか」
トーマは操作盤を握り締める。
「次の砲撃までに、あの主砲を破壊しなくては!」
「陸徒!」
「わかってる!」
ステラの合図に陸徒はラディアセイバーを構え、戦車へ向かって地を蹴る。
しかし小型砲からの攻撃が行く手を阻んできた。
「封壁!」
ステラが陸徒の前方へ複数の障壁を作り出す。
銃弾や小型砲弾が光壁へ命中し、次々と亀裂を走らせる。
「このまま進んで! アタシが守る!」
「無茶するな! さっきから法術を使いっぱなしだろ!」
「今止まったら、城が吹き飛ぶのよ! いいから早く行きなさい!」
ステラの額には、大粒の汗が浮かんでいた。法力だけでなく、体力も限界へ近づいている。
それでも聖杖を下ろそうとはしない。下ろすわけにはいかなかった。
陸徒が障壁の間を駆け抜ける。
しかし戦車の砲塔は、すでに次弾を装填する動きを見せていた。
「くそっ、間に合わない!?」
その時。
中庭へ、火竜の咆哮にも似た音が響いた。
陸徒は足を止め、振り返る。
そこには、立ち上がったシルビアがいた。
額や腕から血を流し、軽装鎧は爆発と土埃で汚れている。それでもアメジスト色の瞳から、戦意は失われていない。
右手に紅剣クリムゾンゼスト。
左手に蒼剣ブルーアイシス。
二本の剣が、これまでとは比較にならないほど激しく脈打っていた。
「紅、蒼……。力を貸しな」
炎と冷気が、シルビアの両腕へ絡みつく。
「ルビィ、やめろ!」
クラウスが異変に気づく。
「その力を解放するな! 今のお前では、再び竜の意思に呑まれる!」
「他に方法があるのかい?」
「私たちが時間を稼ぐ! トーマと工房の者たちが、別の手段を——」
「次の砲撃まで、そんな時間はない!」
シルビアは双剣を胸の前で交差させた。
「こいつを止められる力があるのに、昔の記憶がどうとか言って出し惜しみする気はないね」
「お前自身が消えるかもしれないのだぞ!」
脅しとも取れるクラウスの叫び。
シルビアの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
だが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「だったら、消える前に全部ぶった斬るだけさ」
「シルビア!」
陸徒も名を呼ぶが、彼女は聞き入れない。
双竜剣を強く握り、肺の中にある空気を全て吐き出す。
「解っ!!」
刹那、紅蓮の炎と蒼氷の冷気が爆発した。
シルビアの周囲から赤と青が広がり、石畳の半分が灼熱に焼かれ、もう半分が白く凍りつく。
相反する二つの力がシルビアの体を中心に渦巻き、激しくぶつかり合っていた。
「ああぁぁっ……!」
両腕を焼き、凍らせるような痛み。
胸の奥で二つの竜の鼓動が響き、自分自身の心臓を押し潰そうとするような、七年前のあの感覚が蘇る。
外界の音が徐々に遠のいていく。
戦車の駆動音。
仲間の声。
城内を鳴り響く警鐘。
その全てが消え、シルビアの意識は深い闇へ沈んだ。




