16話 鉄の塊
「ステラ。なにか感じるか?」
「ちょっと待って。今集中してるんだから、話しかけないで」
城内を捜索する最中、ステラは聖杖パステリアウィッシュを胸元へ引き寄せ、一点を見つめながら眉間に力を入れている。
杖に嵌められた青い宝石が蛍に似た瞬きを見せ、そこから伸びる薄い光の帯が、周囲の空間を探るように揺れ動いていた。
一行がいるのは、エリシオン城の東側区画。
壁や天井には太い配管が通り、内部を流れる蒸気の音が絶えず響いている。一定の間隔で設置された圧力計や、規則的に回転する大小の歯車。鈍色の金属板で補強された壁。
王城であると同時に巨大な研究施設でもある、エリシオンならではの景観だった。
「この付近の魔力計測器は、昨夜も異常値を示していた」
トーマが手元の記録用紙を確認しながら説明する。
「ただ、反応が続いたのは数秒だけ。技術者が駆けつけた時には、なにも残っていなかったそうだよ」
「だったら、計測器の故障じゃないのかい?」
シルビアは片目をつむって首をかしげた。
「同じ時間に、離れた場所にある三台が一斉に反応した。偶然とは思えない」
「だからって、城の中を片っ端から歩くしかないってのか? もう一刻近く歩いてるよ」
「文句を言うな。お前が城内の構造をほとんど覚えていないから、私たちも同行しているのだ」
クラウスが険しい顔で妹を窘める。
「仕方ないだろ。忘れちまったもんは忘れちまったんだよ」
「ルビィだった頃は、この辺りにもよく来ていたんだよ」
口元を緩めながら、トーマが遠い目をしている。
「工房の機械が珍しいと言って、僕の後ろをついて回っていた。職人たちから危ないと叱られても、全然聞かなくてね」
「へぇ。昔から人の言うことを聞かなかったのね」
杖を寄せて探知する作業は継続。そのままステラは見透かしたような嫌な笑いを浮かべた。
「誰がだよ!」
「アンタ以外にいないでしょ」
「お前にだけは言われたくないね、自称天才娘」
「自称じゃないって何度言わせるのよ!」
「二人とも静かにしろ。ステラは探知へ集中するんだ」
だがこのように罵り合いはすぐに始まる。
クラウスの一喝が入ると、ステラは口をへの字に曲げてシルビアを睨んだ。
シルビアは、目を細めながら不満げにそっぽを向く。
陸徒は二人のやり取りを見て、苦笑を浮かべる。
こうして並んでみれば、性格はよく似ていた。
どちらも自信が強く、負けず嫌い。自分が正しいと思えば、他人の制止など聞き入れない。
「陸徒。今、失礼なことを考えてなかった?」
「別に」
「アンタの嘘をつく時の癖はバレバレって言ってるでしょ」
「ははっ、そうだったな」
「わかりやすいからね」
「お熱いこって」
横からの揶揄いの声。
ステラは頬を赤くし、聖杖の石突きでシルビアの足を軽く突いた。
「痛っ! なにすんだよ!」
「集中の邪魔をするからよ!」
もはやこの二人は別行動にしたほうがよいのではと思えてくる。
騒がしい調査は、その後も続いた。
工房区画、続いて王族の居住区。さらには地下保管庫へ続く通路と。ステラの探知とトーマが集めた記録を照合し、魔力の異常が確認された場所を順番に巡っていく。
しかし、異変の正体は見つからない。
「おかしいわね」
ステラは立ち止まり、眉をひそめる。
「城全体に微かな歪みが広がっているのに、発生源だけが掴めない」
「動き回っているのか?」
「それとも、複数の場所から同時に発生しているのか……」
顎に指を当てて可能性を巡らせていた、その時。
聖杖パステリアウィッシュの青い宝石が強く光った。
「見つけたのか!?」
「待って。この反応、さっきまでと違う!」
ステラは顔を上げ、城の西側へ振り返る。
「魔力じゃない。もっと歪で、強引に空間を押し広げるような——」
その時、彼女の言葉を遮るほどの凄まじい爆発音が響いた。
城全体が揺さぶられるような震動。天井から細かな埃が落ち、壁を走る配管が金属音を鳴らした。
続けて遠方から、人々の悲鳴と警鐘が聞こえてくる。
「なんだ!?」
「西側の城壁だ!」
クラウスが即座に反応する。
「全員、現地へ向かうぞ!」
一行は一斉に走り出した。
西側の城壁付近。
巨大な石壁の一部が崩れ、城の中庭へ無数の瓦礫が散乱していた。
周囲には黒煙が立ち込め、兵士や工房の技術者たちが慌ただしく避難している。
「なにが起きたんだ!」
陸徒たちは渡り廊下から中庭へ飛び出した。
視界の向こうで白く巻き上がっている奥から、重く規則的な音が響く。
ガラガラと金属同士を擦り合わせながら回る、無限軌道。排気とともに低く唸る機関音。
そして、石畳を押し潰しながら進む鉄の巨体が、煙の中から姿を現す。
「うそだろ……」
陸徒は目を見開いた。
厚い装甲板で覆われた車体と、上部に付けられた回転式の砲塔。そこから長く伸びた砲身と、側面へ設置された重火器。
日本で実物を間近に見たことはない。それでも、映像や写真を通じて誰もが知っている兵器だった。
「戦車……?」
ステラも額から汗を垂らし、驚愕の声を漏らす。
「なんだ、あの鉄の塊は」
シルビアが双竜剣の柄へ手を添えながら、怪訝な顔を見せる。
「あれは、俺たちの世界の兵器だ」
「兵器?」
「分厚い鉄の装甲で攻撃を防いで、あの長い砲身から砲弾を撃つんだ。威力は、たぶんお前らが想像してるよりずっと硬い」
陸徒は戦車の上部へ目を凝らす。
搭乗口は閉じているが、中に人の気配は感じられない。周囲に操縦者らしき者もいない。
にもかかわらず、戦車は砲塔を動かし、逃げ惑う兵士たちへ照準を合わせていた。
「こっちには俺たちの世界のものが出てくるのかよ。それも、誰が操作するでもなく勝手に動いている……!」
「日本ではミドラディアスのモンスターが現れ、今度はミドラディアスへ日本の兵器が飛ばされた」
ステラは戦車から漂う波動を探る。
「やっぱり、二つの世界の境界が崩れ始めているというの?」
戦車の砲身が、中庭に集まる人々へ向けられた。
「まずい!」
クラウスが腰の剣を抜く。
「総員、非常態勢! 非戦闘員を城の東側へ避難させろ! 近衛騎士隊は西側中庭へ集結! 盾兵を前列、弓兵と砲撃兵を後列へ配置しろ!」
「はっ!」
響き渡る指示に、混乱していた兵士たちが即座に動き始める。
王太子であると同時に、騎士団長のクラウス。迷いのない彼の判断と声が、崩れかけた統率を瞬く間に取り戻していく。
「トーマ!」
「わかってる!」
トーマは壁際に設置された金属製の操作盤へ駆け寄った。
蓋を開き、内部の複数のレバーを動かす。
「工房中央制御室へ伝達! 西側区画の蒸気圧を防御機構へ集中! 隔壁を閉鎖し、第二から第五防壁を起動!」
近くにいた技術者が、伝声管のような装置へ向かって同じ指示を繰り返す。
城壁の内部で巨大な歯車が回転を始めた。
地面が振動し、中庭の各所から鈍色の防御壁がせり上がる。幾重もの金属板が噛み合い、兵士や避難する者たちを守る盾となった。
「陸徒、ステラ。それとルビィ!」
「誰がルビィだ! 今はシルビアって呼びな!」
「どちらでもいい! あの兵器を止められるか?」
クラウスの問いへ、陸徒はラディアセイバーの柄を抜く。
「やるしかない!」
「アタシも援護するわ!」
「面白そうじゃないか。鉄の塊だろうがなんだろうが、ぶった斬ってやるよ!」
シルビアは紅と蒼を鞘から同時に引き抜き、くるくると回転させてから構えた。
「ルビィ、わかっているな?」
「はいはい」
クラウスの念押しに、シルビアは鬱陶しそうに顔をしかめ、同時に陸徒と前衛へ立つ。
ステラは聖杖を構え、後方から援護する位置へ移動した。
戦車の砲塔が回転。
長い砲身が、三人を捉える。
「来るぞ!」
陸徒が発した次の瞬間、砲口が激しく光った。




