15話 二人の兄
三人が部屋を出て間もなく。
廊下の曲がり角から、二人の男性が歩いてきた。
一人は、水色の髪を持つ長身の男。
青と銀を基調とした王族の礼装を身に纏い、その腰には剣が差されている。
落ち着いた足取りと精悍な顔つき。立っているだけで、騎士としての強さが伝わってくる。
もう一人は、やや癖のある向日葵色の髪を持つ男。
細身で、手には複数の書類と設計図を抱えている。
身につけている衣服は王族らしく上質だが、袖や指先には機械油の汚れが付着していた。
「ルビィ」
水色の髪の男が、シルビアを呼び止める。
「げっ。今度は兄貴たちかよ」
「げっ、とはなんだ」
「いや、別に」
舌を打ちながらシルビアは面倒そうに顔を背ける。
陸徒は二人の姿を見比べた。
先ほどシルビアから聞いた話。そして外見の特徴。彼らが何者なのかは、すぐに察することができた。
「シルビア。この人たちが?」
「あぁ。剣を持ってる堅物が長男のクラウス。油まみれの優男が次男のトーマだ」
「ルビィ。兄たちをそのように紹介するのはやめなさい」
「間違ったことは言ってないだろ」
「僕は否定できないけどね」
トーマは自分の袖に付いた油汚れを見て、困ったように笑った。
「それより、その二人は?」
クラウスの視線に気づき、陸徒は一歩前へ出て頷く程度に軽く頭を下げた。
「初めまして。俺は陸徒」
「アタシはステラ。アルファード法術学校を最年少かつ首席で卒業した天才法術士よ!」
「お前、どこでもその自己紹介するんだな……」
「事実なんだからいいでしょ」
クラウスは二人を静かに観察する。
陸徒の腰には、刀身を失った蒼き柄。
ステラの手には、強い法力を感じさせる銀色の聖杖。
「陸徒……。その名は聞いたことがある。神剣ラディアセイバーを携え、二年前の戦争で魔族を打ち倒した異世界の剣士」
「俺のこと、知っているのか」
「アルファードからの報告に記されていた。それに、ルビィが旅の途中で出会った仲間の一人だとも聞いている」
「だからルビィじゃなくてシルビアだって、何度言わせるんだよ」
シルビアが不満げに眉を寄せる。
「お前がシルビアとして生きてきたことは理解している。だが、私たちにとってはルビィもまた、お前の大切な名だ」
「……ふん」
それ以上反論せず、真紅の髪を振り払って顔を背けた。
困り顔でため息をついたクラウスの視線が、彼女の腰にある双竜剣へ移る。
「また、その剣を使うつもりか?」
「だったらなんだ」
「控えろと言ったはずだ」
二人の鋭い眼光がぶつかりあい、廊下の空気が重くなる。
「双竜剣の力を解放するたび、火竜と氷竜の意思がお前の内面へ強く影響する。失われたルビィの記憶が、再び押さえつけられる可能性もある」
「まだ確定したわけじゃないだろ」
続けてトーマも不安げな表情で口を開く。
「でも、その可能性は高いんだ。君が双竜剣を手にした夜、強大な力と引き換えに人格や記憶が変化した。それ以降も、剣の力を大きく解放した後は頭痛や記憶の混濁が起きている」
「だからって、こいつらを置いて戦えってのか?」
「そうは言っていない。戦う必要があるなら、私たちや城の騎士に任せればいい」
兄の声は厳しい。しかし、その根底にあるのは妹への心配だった。
シルビアも、それを理解している。だからこそ、余計に苛立ちを覚えているようだった。
「アタイは、守られるためにここへ戻ってきたんじゃない」
「ルビィ」
「昔のアタイがどんな奴だったかは知らない。でも、今のアタイはシルビアだ。双竜剣と一緒に旅をして、こいつらと戦ってきた」
紅と蒼の柄へ、両手を添える。
「この剣を使わず、城で大人しくしてろなんて言われても聞けないね」
「記憶を取り戻したくはないのか?」
クラウスの問いに、シルビアは一瞬だけ黙った。
「……取り戻せるなら、取り戻したいさ」
先ほどまでの威勢が、わずかに弱まる。
「けど、そのために今いる仲間や、この国の連中を見捨てる気はない。昔の記憶を守るために、今を失ったら意味がないだろ」
クラウスは腕を組んだまま何も答えなかった。
トーマも、複雑な顔で妹を見つめている。
「悪いけど、兄貴たちがなにを言ってもアタイは行く。無理に止めるなら——」
「兄へ剣を向けるつもりか?」
「……そこまでは言ってない」
「ならば、せめて力の解放は必要最低限にしろ」
クラウスは深く息を吐く。
完全に納得したわけではない。それでも、シルビアを力ずくで止められないことは理解していた。
「頭痛や記憶の混乱が起きた場合、すぐに剣を収めると約束しろ」
「あぁ。善処する」
「約束しろと言っている」
「わかったよ! 約束すりゃいいんだろ!」
シルビアの投げやりな返事に、クラウスは不満そうにしながらも、ひとまずそれ以上の追及を止めた。
「それで、いったいなにが起きているんだい?」
トーマが書類と設計図を抱え直しながら、話を本題へ戻す。
陸徒とステラは、改めて二人の王子へ事情を説明した。
二つの世界を繋ぐゲートクリスタル。
その欠片による転移。
日本へ出現したミドラディアスのモンスター。
空間へ突如開いた漆黒の渦。
そして、欠片が異変の発生前に陸徒とステラを現地へ導いている可能性。
「異世界……日本……」
クラウスは眉間へ皺を寄せる。
話の内容を理解しようとする一方、簡単には信じられないようだ。
「にわかには受け入れ難い話だな」
「僕も、この目で確認していなければ信じられなかったと思う」
トーマはステラの手のひらにある欠片を見つめる。
「ただ、現状でははっきり断定できないにしても、この結晶はゲートクリスタルと同じもの。それに、陸徒さんが異世界から来た人物であることは、記録通りの事実」
「だったら、信じてもらえるのか?」
「全てを無条件で、とは言えない。けれど、調査する価値は十分にあると思う」
トーマはクラウスへ視線を向ける。
「兄上。最近、城の魔力計測器に異常な数値が記録された件とも関係があるかもしれません」
「異常な数値?」
ステラが眉を寄せてオウム返しに反応する。
数日前から、城内の複数箇所で一時的な魔力の乱れが観測されているそうだ。発生する場所も時間も一定ではなく疎ら。機器の故障を疑って調整したが、異常は見られなかった。
それを聞いたステラが、頭上に感嘆符を出して声を大きくする。
「それよ! アタシがこの城へ到着した時に感じた歪な波動。それと同じものかもしれないわ」
「ならば、本当に城内でなにかが起きようとしている可能性があるということか」
やや訝しげだったクラウスが、精悍な顔つきへと変わる。
「わかった。君たちの話を信じよう。世界の境界については、我々にも未知の領域だ。だが、危険の可能性がある以上、放置することはできない」
クラウスは騎士として、そしてエリシオンの王太子として陸徒たちを見据えた。
「城内の調査に協力する。必要な場所への立ち入りも、私の権限で許可しよう」
「ありがとう。助かる」
陸徒は安堵したように表情を和らげた。
「僕も同行するよ」
トーマが再び抱えていた書類と設計図を持ち直す。
「この城の機械設備や工房区画については、僕の方が詳しい。魔力計測器の記録も確認できる」
「兄貴二人まで付いてくるのかい?」
シルビアが苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「お前を監視する意味もある」
「やっぱり、それが目的かよ!」
「当然だ。目を離せば、すぐ双竜剣の力を解放するだろう」
「必要なら使うって言ってるだろ!」
再び兄妹の言い争いが始まる。
陸徒は少し困ったように頭を掻いた。
「なんというか、シルビアにも本当に家族がいたんだな」
「当たり前でしょ。アンタ、シルビアをなんだと思ってたのよ」
「いや。誰にも縛られず、一人で旅してる姿しか知らなかったからさ」
陸徒は、クラウスと言い争うシルビアへ視線を向ける。
過去の大半を失っても、人格と名前が変わっても、長い時を経て彼女は生まれた場所へ戻ってきた。
ただし、失われた王女ルビィと、双竜剣使いシルビア。その二つの存在は、未だ一つに重なってはいない。
そして今、その記憶を再び押さえつける可能性を持つ双竜剣が、異変へ反応するように微かな脈動を見せていた。
「紅と蒼が反応してる」
シルビアは喚き立てていた声を止め、双竜剣へ視線を落とす。
紅剣クリムゾンゼスト。
蒼剣ブルーアイシス。
二本の刀身が、鞘の中で微かに震えている。
「なにかが、近くにいるね」
その言葉に、一同の表情が引き締まった。
ゲートクリスタルの欠片に導かれ、陸徒とステラが訪れた工業大国エリシオン。
王女として帰還したシルビア。その二人の兄、クラウスとトーマ。
彼女らとともに、城内で発生しようとしている異変の調査が始まる。




