14話 粗暴な王女
正式な手順ではないとはいえ、陸徒とステラは無事エリシオン城内へと入ることができた。
外観と同様、内部にも無数の金属設備が設置されていた。壁や天井には蒸気管が走り、一定の間隔で圧力計や小型の歯車が並んでいる。
それでも赤い絨毯や精巧な彫刻、豪華な照明など、王城としての格式は失われていなかった。
「シルビア、どこまで行く気だよ!」
「もう少しだ! あのメイド長を撒くまで止まるんじゃないよ!」
「なんでアタシたちまで逃げなくちゃならないのよ!」
「仲間だろ? こういう時くらい助けな」
「都合のいい時だけ仲間を使うんじゃないわよ!」
三人は長い廊下を走り、階段を上る。
途中で何人もの使用人や兵士とすれ違ったが、ドレス姿で疾走するシルビアを見ても、驚くより先にため息をついていた。
どうやら、日常的な光景らしい。
やがてシルビアは、一室の前で足を止める。
扉を開け、陸徒とステラを中へ押し込んだ。自分も入るなり扉を閉め、素早く鍵を掛ける。
「ふぅ。ここまで来りゃ大丈夫だろ」
シルビアは扉へ背中を預け、大きく息を吐いた。
そこは彼女に与えられた私室だった。
赤を基調とした広い部屋。大きなベッドや鏡台、高価そうな家具が並び、窓からは城下町を一望できる。
壁際には色鮮やかなドレスが何着も掛けられていた。
しかし、その一角だけは雰囲気が違う。
使い込まれた旅用の鞄。手入れ道具。軽装鎧。そして、壁には討伐依頼の紙や各地の地図が無造作に貼られている。
「王女の部屋っていうより、冒険者の拠点だな」
「別に好きでこんな部屋を与えられたわけじゃないよ」
シルビアはドレスの裾を鬱陶しそうに持ち上げ、ソファへ乱暴に腰を下ろす。
「それより、二人ともよく来たね。生きてるとは聞いていたけど、こうして顔を見るのは久しぶりだ」
「俺たちが生きてるって、誰から聞いたんだ?」
「シェリルさ。少し前に伝心石で話をした」
「シェリル様と!?」
ぱちりと目を大きくしたステラが羨ましそうに身を乗り出す。
「なんだよ。そんなに驚くことかい?」
「べ、別に驚いてはいないわ! それよりアンタ、どうしてエリシオン城にいるのよ。それにさっきから、ルビィって呼ばれてたけど……」
ステラの問いに、シルビアは少しだけ表情を曇らせる。
「あぁ。そいつは、ちと長い話でね」
彼女は腰から双竜剣を外し、ソファの脇へ立て掛けた。
「全部を思い出したわけじゃない。今でも、昔のことはほとんど霧の中さ」
遠い目をしながら、シルビアは窓の外に広がるエリシオンの街を見つめる。
「でも、魔族との戦いが終わってから、少しずつ昔の夢を見るようになった。鈍色の城。花の咲いた庭。剣と盾を持った男。本を抱えた少年」
「それが、この城とお前の兄たちだったのか?」
「らしいね」
他人事のような言い方。
だが、双竜剣の柄へ置かれた指がわずかに動いていた。
「気になって仕方なかったから、一年前にこの国へ来た。城の連中は、アタイの顔と双竜剣を見た途端、大騒ぎさ」
「それで、アンタがエリシオンの王女だとわかったの?」
「あぁ。肌と目の色は違えど、昔の肖像画と同じ面影がはっきりと残っていた。それに、元々この城で造られた双竜剣がなによりの証拠だ。他にも、アタイしか知らないはずの城内の場所を、無意識に覚えていた」
エリシオン王と王妃。
二人の兄、クラウスとトーマ。
城に仕える古参の大臣や使用人たち。
当時と性格が大きく変わってしまっていたことに、初めは戸惑う者も多くいた。だがシルビアが王女ルビィであったことは紛れもない事実。
誰もが、七年前に姿を消した彼女の帰還を認めた。
「まぁ、こっちとしては急に王女だの、家族だのと言われても困ったけどね。最初はなにかの間違いだって、何度も城から出て行こうとした」
「でも、今もここにいるじゃない」
ステラの言葉に、シルビアは鼻を鳴らす。
「王様と王妃様に泣きつかれてさ。あんな顔を見せられちゃ、すぐに出て行くとも言えないだろ」
「アンタ、そういうところは昔から変わってないのね」
「どういう意味だい?」
「口では面倒だって言いながら、困っている人を放っておけないって意味よ」
「ふん。知ったような口を利くんじゃないよ」
真紅の髪を雑にかき上げ、シルビアは口を尖らせてそっぽを向く。
しかし、否定はしなかった。
「んで、お前が王女だったことはわかった。でもなんでメイドたちから逃げてたんだ?」
「それだよ!」
突然苛立ちを爆発させるように立ち上がった。
「城に残るって決めてから、毎日毎日うるさいんだ! 歩き方が下品。言葉遣いが乱暴。食事中に足を組むな。酒瓶をそのまま口につけるな。ドレスの裾で剣を拭くな!」
「最後のは普通に怒られるだろ」
「布なんだから同じだろ!」
「同じなわけないだろ(でしょ)!」
二人のシンクロした突っ込みが部屋に響く。
「大臣は王女としての教養を取り戻せだの、メイド長は気品を身につけろだの。今日は朝から頭に本を乗せて歩かされた上に、ダンスの練習だよ!」
「なるほど。それで逃げてきたのね」
「アタイは剣士だ! 踊りなら双竜剣でいくらでも見せてやるっての!」
「剣舞と一緒にすんなよ……」
陸徒は呆れながら、シルビアのドレス姿を見た。
黙って立っていれば、王族らしい気品のある美女に見える。しかし一度口を開けば、荒々しい女剣士シルビアそのものだった。
幼い頃の穏やかな王女へ戻すには、相当な時間が必要となるだろう。
「でも、似合ってるじゃないか。そのドレス」
「あ?」
眉と一緒につり上がったアメジスト色の目が鋭くなる。
「なんだよ。褒めただけだろ」
「お前にそんなこと言われると、どうも薄気味悪いね」
「ひでぇな!」
「まぁ陸徒は、女の子の服装の変化なんて滅多に気づかないものね」
ステラが横から口を挟んできた。
「お前までなに言ってんだよ」
「事実でしょ。アタシが髪型を変えた時だって——」
「へぇ。相変わらず献身的に尽くしてるみたいじゃないか」
頬杖をつきながら、シルビアが流し目でにやりと笑う。
「な、なによ急に」
途端にステラの顔が強張る。
「陸徒を庇って命を落としたのは知ってるけど、その後の話さね。死後の世界でも自分が生き返る権利をこいつへ譲ったんだって?」
「ちょっ! まさかその話もシェリル様から!?」
「シェリルを口軽と思うな。アタイが根掘り葉掘り聞いたんだ。いやぁ、大した献身ぶりだよ。そこまでしてやったのに、まだ恋人になってないとはねぇ」
「こ、恋人とか、そんなんじゃないわよ!」
不意をつかれたようにステラは顔を真っ赤にし、両手を慌ただしく振る。
「アタシはただ、陸徒が向こうの世界の住人だから帰しただけで——」
「その割に、自分も追いかけて日本まで行ったんだろ?」
「それはレクサスが勝手に!」
「再会した途端、抱き合って泣いたとか?」
「な、なななっ!?」
「あら、当たりかい」
ブロンドのアホ毛が大きく跳ね上がる。
耳まで真っ赤に染まり、言葉にならない声を漏らしていた。
「シルビア。そのくらいにしといてやれよ」
「なんだい陸徒。お前も少しは意識してるのか?」
「そういう話じゃねぇよ!」
「二人揃ってわかりやすいねぇ」
シルビアは腹を抱えて大笑いする。
対するステラは、羞恥と怒りで肩を震わせていた。
「この、巨乳粗暴女……!」
「あ? 誰が粗暴だって?」
「王女なら少しくらい人を揶揄うのを慎みなさいよね!」
「知るか。こちとら王女歴一年の新人だよ」
「新人で済ませる気!?」
久しぶりの再会だというのに、早くも騒がしい言い争いが始まる。
陸徒は懐かしさを感じる一方、これ以上話が脱線する前に本題へ戻すことにした。
「シルビア。俺たちは、お前に会うためだけに来たわけじゃないんだ」
「ん?」
陸徒の真剣な声に、シルビアも笑みを消した。
二人は、これまでに起きた出来事を説明する。
日本のゲートクリスタルから、欠片がステラの手元へ現れたこと。
ブラッディオーガやジャイアントボアなど、ミドラディアスのモンスターが転移していること。
ドヘルズペインに似たモンスターが人間を襲い、殺人事件を起こしていたこと。
そして、黒い渦から新たな個体が出現したこと。
「世界と世界の境界が、ねぇ……」
シルビアは腕を組み、神妙な顔を見せる。
「で、その欠片が次に案内した場所がここだったってわけかい」
「あぁ。今までの流れから考えれば、近いうちにこの城か、その周辺で異変が起きる可能性が高い」
「もしかすると、すでになにか起き始めているかもしれないわ」
ステラがバッグからゲートクリスタルの欠片を取り出す。
青白い結晶は、微かな光を放っていた。
「異変が起きる場所へ、前もってアタシたちを導いている。今のところ、そう考えるのが自然ね」
「なるほど。話はわかった」
言いながらそそくさと立ち上がり、突然身に着けているドレスを脱ぎだした。
「ちょっと、シルビアいきなりなにを……陸徒っ! 見ちゃダメ!」
唐突な彼女の行動に、ステラは慌てて陸徒の目を手で覆う。
シルビアは壁に掛けてあったお馴染みの軽装鎧に着替え、ソファの脇にある双竜剣を腰へ装着した。
「城の中を調べるんだろ? アタイも行くよ」
陸徒の視界がステラの手から開放されると、そこにはかつての女剣士シルビアの姿があった。
「自分の国でなにか起きようとしてるんだ。黙って見てろっていう方が無理な話さね」
「でも、メイド長に見つかったら、また連れ戻されるんじゃない?」
「そんなもん、斬って——」
「人を斬るんじゃないわよ!」
「冗談だっての。多分ね」
「最後の一言が余計よ!」
シルビアは不敵な笑みを見せる。
そして躊躇うことなく部屋の鍵を開け、廊下へ出た。




