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13話 工業大国

 長峰結と別れてから、しばらくの時が経った。


 陸徒とステラは秋葉原の人混みを避け、人気の少ない小さな公園へ移動。

 次なる異変の場所が示されるまで、その場でゲートクリスタルの欠片の様子を見守っていた。


 そして、夕刻が迫り始めた頃合い。

 ステラの手のひらに置かれた欠片が、突如強い光を放った。


「来たわ!」


 ベンチに座っていたステラが立ち上がる。

 欠片から青白い光が溢れ、周囲の景色を淡く染めていく。


「今度は、どこが見える?」

「ちょっと待って。今、映像が……」


 ステラは瞼の向こうに意識を集中する。

 欠片から伝わる力とともに、見知らぬ景色が脳裏へ浮かび上がった。


 鈍色に輝く巨大な城。

 空へ伸びる何本もの煙突。

 街中に張り巡らされた配管と、規則的に回転する巨大な歯車。

 赤々と燃える炉の炎。

 そこから吐き出された白い蒸気が、空を薄く覆っている。


「これは……お城?」

「またミドラディアスなのか?」

「たぶん。でも、アルファード城じゃないわ。あそこは確か……」


 ステラは瞼を開き、陸徒へ手を伸ばす。


「まぁ、詳しいことは、行けばわかるわ」

「そうだな」


 陸徒はステラの手首へ触れる。

 欠片の光が二人の全身を包み込んだ。


 公園の木々。

 遠くから聞こえる車や電車の音。

 夕陽に照らされた日本の景色が、純白の光へ飲み込まれていく。


 次の瞬間——


 陸徒とステラの耳へ、金属を叩く音が飛び込んできた。

 カン、カンと一定の間隔で響く槌音や、低く唸る巨大な機械。さらには空気を吐き出すような蒸気音と、人工的な喧騒が辺りに響いている。


「……っ」


 ゆっくりと視界が開かれる。

 頭上には、薄らと紫がかった青い空。日本では見ることのないその色が、ここが異世界ミドラディアスであることを示していた。


「やっぱり、戻ってきたのね」


 ステラも上空から視線を落とし、左右へ動かす。

 しかし、眼前に広がる光景は、二人の知るアルファードとはまったく異なっていた。


 足元に敷かれているのは、黒ずんだ硬い石畳。

 街の至る所に金属製の配管が張り巡らされ、接合部から白い蒸気を噴き出している。

 建物は石だけではなく、鉄板や鋲によって補強されていた。

 屋根の上には小型の風車や歯車。荷車の中には馬に引かれることなく、蒸気を上げながら自走するものまであった。


 そして街の最奥。

 幾本もの煙突と青銅色の尖塔を持つ、巨大な城がそびえ立っていた。

 外壁は鈍色。随所に金属の装甲が施され、王城でありながら巨大な工房にも見える。煙突から昇る白煙が、空へ長い帯を描いていた。


「すげぇ……なんだよ、あの城」


 陸徒は口を開けたまま、その景観を一望する。


「アルファード城とは全然違うわね」

「あっちは、いかにもおとぎ話に出てくるような城だったけど……」

「こっちは城と工場を一つにしたような感じね。街並みも、日本の工業地帯とは違う。なんていうのかしら、この雰囲気……」

「スチームパンク、ってやつじゃないか?」

「すちーむ、ぱんく?」

「蒸気機関とか歯車とか、そういうのを使った世界観。ゲームやアニメで見たことある」

「へぇ。アンタにしては、随分と気の利いた表現を知ってるじゃない」

「俺をなんだと思ってんだよ!」


 ステラは陸徒の抗議を軽く流し、再び城を見上げる。


「でも、これだけ特徴的な国なら、おそらく——」

「やっぱり、エリシオンね」


 エリシオン王国。

 西方の海に浮かぶ島国であり、ミドラディアス三大国家の一つ。

 希少金属の加工技術。魔力伝導を利用した武具。精密な機械工学。他国の追随を許さない、世界一の工業国。


 陸徒はかつてエリシオン領内を旅している。だが、首都と王城へ足を運んだことはなかった。

 ステラもアルファードの出身であり、幼少期から法術学校で過ごしていたため、他国を訪れる機会はほとんどない。


「初めて来た場所でも、欠片が直接運んでくれるんだな」

「空間転移術とは仕組みが違うもの。欠片自体が行き先を記憶しているのか、空間の位置を直接読み取っているのか……」

「また難しい顔してるぞ」

「考えてるんだから邪魔しないでよ」


 ステラは欠片を眺める。

 先ほどまで強い光を放っていたが、転移を終えた現在は弱い瞬きへ戻っていた。

 いずれにせよ、これまでの状況から、この近くで異変が起きる可能性が高いということはわかっている。


「まずは城へ行ってみるか」

「そうね。エリシオン王家なら、なにか情報を掴んでいるかもしれない」


 二人は前方に見えるエリシオン城へ向かって歩き出した。


 エリシオン城下町は、どこを見ても金属と蒸気に満ちていた。

 大通りには工房や武器屋が立ち並び、店先では職人たちが剣や鎧を調整している。巨大な炉を備えた鍛冶工房からは、絶え間なく槌の音が響いていた。

 並べられている武具も、アルファードで見たものとは造りが違う。

 刀身へ細い溝が刻まれ、柄の内部へ小型の装置が組み込まれた剣。複数の金属板を組み合わせ、軽量化された鎧。魔石のような物が埋め込まれた機械仕掛けの弓。


「喬介さんが見たら、喜びそうな場所だな」

「喜ぶどころか、工房へ勝手に入り込んで出てこなくなるんじゃない?」

「あぁ。簡単に想像できる」


 魔術理論と現代科学を組み合わせ、ラウムブリット改やヴァイパーブレイド弐式を造り出した喬介。

 エリシオンの技術者たちと議論を始めれば、数日は帰ってこないだろう。


 さらに進むと、道の脇を蒸気式の大型車両が通り過ぎた。荷台には大量の鉱石が積まれている。


「馬もいないのに動いてるぞ」

「蒸気の圧力で車輪を回しているのかしら。魔力反応もあるから、それだけではなさそうだけど」

「お前、初めて見るのにそこまでわかるのか?」

「この程度、構造を見ればある程度予測できるわ」

「はいはい。天才はすごいな」

「なによ、その投げやりな返事!」


 異国の景観に感嘆しながら、二人は城下町を抜けた。城へ近づくにつれ、地面へ伝わる機械の振動が強くなっていく。

 エリシオン城の内部には王族の居住区だけでなく、巨大な工房区画や研究施設も存在している。王城そのものが国の技術開発を担う中枢なのだろう。


 やがて二人は、城門前へ到着した。

 鈍色の巨大で堅牢な扉。その左右には、鋼鉄の甲冑を纏った門兵が立っている。

 槍にも機械的な部品が取り付けられており、アルファードの兵士とは装備からして異なっていた。


「止まれ」


 案の定、二人は門兵に行く手を遮られた。


「見ない顔だな。何者だ?」

「えっと、俺は陸徒。こっちはステラだ」

「名前だけではわからん。何用でエリシオン城へ来た?」

「この国の偉い人に会って、ちょっと調べたいことがあるんだ」

「ちょっと陸徒! そんな説明で通してもらえるわけないでしょ!」


 ステラが小声で陸徒の脇腹を小突く。


「じゃあ、お前が説明してくれよ」

「仕方ないわね」


 ステラは一歩前へ出て、得意げに胸へ手を添えた。


「アタシはアルファード法術学校を最年少かつ首席で卒業した、天才法術士ステラよ。そしてこっちは——」

「自称ではないのか?」

「誰が自称よ!」


 門兵の疑いに満ちた言葉へ、ステラはすぐさま声を荒らげる。


「法術学校へ問い合わせれば、アタシの名前くらいすぐにわかるわ!」

「では、身分を証明できる物は?」

「それは……」


 ステラは言葉の勢いを弱め、目を泳がせる。

 日本の学生証なら持っている。しかし、それを見せたところでミドラディアスでは身分証明にならない。法術学校の卒業証書も、当然ながら実家へ置いたままだった。


「王城へ近づく者としては、不審な点が多いな」

「ちょっと待ってくれ。アルファード王のザルディスと、王女のシェリルに確認してもらえば、俺たちのことは——」

「他国の王族の名を軽々しく口にするな」


 門兵の警戒がさらに強くなる。

 陸徒とステラは、困ったように顔を見合わせた。


「アルファードの時と違って、俺たちのこと知らないみたいだな」

「当然でしょ。この国の人たちと、ほとんど関わりがなかったんだから」

「どうする?」

「どうするって……」


 手をこまねいていたその時。

 城門の内側から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「ルビィ様! お待ちください!」

「誰が待つか! これ以上付き合ってられるかってんだ!」


 聞き覚えのある、荒々しい女性の声。

 直後、巨大な城門の脇にある通用口から、一人の女が飛び出してきた。

 真紅に輝きを放つ短い髪。ほどよく焼けた小麦色の肌と、目のやり場に困るほどの豊満な胸。アメジスト色に輝く鋭い瞳。


 ただし、陸徒の記憶にある姿とは少し違っていた。

 普段の露出が多く動きやすい軽装鎧ではない。

 深紅と白を基調とした、裾の長い上品なドレスを身に纏っている。首元や胸元には宝石の装飾。髪にも王族らしい金色の髪飾りが付けられていた。

 しかし腰の両脇には、衣装と不釣り合いな紅と蒼の剣。そしてドレスの裾を両手で乱暴に持ち上げ、全速力で走る姿に気品など微塵も感じられない。


「シルビア!?」


 陸徒が素っ頓狂にも似た声を上げる。


「ん?」


 呼び止められた女が踵を滑らせながら急停止する。

 顔を向け、陸徒とステラの姿を見て目を見開いた。


「陸徒……? それにステラじゃないか!」


 驚いた顔は、すぐに悪戯を思いついたような笑みへ変わった。


「おおっと! これは久しぶりの仲間との感動的な再会だねぇ!」

「感動的って、まだなにも——」

「お前ら、アタイに会いに来たんだろ? そうに決まってるよな!」


 シルビアは陸徒の腕を強引に掴む。反対の手でステラの手首も捕まえ、そのまま城内へ引っ張ろうとしてきた。


「ちょっと、なにするのよ!」

「いいから話を合わせな。積もる話もあるだろ」

「シルビア、お前まさかなにかから逃げてるのか?」

「そ、そんなわけないだろ!」


 言葉と表情が、明らかに一致していない。

 そこへ通用口から、数人のメイドが姿を現した。先頭にいるのは、白髪を綺麗にまとめた年配の女性。

 姿勢を一切崩さず、厳しい表情でシルビアを見ている。


「ルビィ様」

「げっ……!」


 シルビアの顔が引きつる。


「ダンスの講義は、まだ終わっておりません」

「今日はもう十分やっただろ! 足がもつれて、まともに歩けやしないよ」

「ドレスの裾を蹴り上げて歩くからでございます。王女たる者、常に優雅な所作を——」

「あぁ~、聞こえないね! アタイは今、昔の仲間と大事な話があるんだ」


 シルビアは陸徒とステラを盾にするように、二人の肩へ腕を回した。


「おい、俺たちを巻き込むなよ!」

「細かいこと気にすんな。ほら、行くぞ!」


 門兵たちは、状況が理解できず立ち尽くしている。

 だがシルビア——この国の王女と思しき者が知り合いだと認めた以上、陸徒たちを止めることはできなかった。


「ルビィ様! お待ちください!」

「誰が待つかっての!」


 シルビアは二人を引きずるようにして、城の中へ逃げ込んだ。

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