12話 腹の虫
戦いを終えた室内に静寂が戻る。
「終わった、のか?」
「少なくとも、ここにいた四体は全滅したわ」
ステラが周囲を見渡しながら聖杖を下ろす。
それに合わせ、陸徒のラディアセイバーも光の刀身を失い、柄だけの姿へ戻った。
「このスーツ、下ろし立てだったのになぁ」
拳銃を懐にしまった結は、そう言いながら衣服についた埃を手で払う。
「いやぁそれにしても驚いた」
その後、目を大きくして陸徒とステラを交互に見た。
「ステラちゃんの光る壁。それから傷を治す力もあるんだったよね?」
「だから、ちゃん付けしないでって言ってるでしょ。これは法術よ」
「魔法とは違うの?」
「全然違うわ! 法術は法力への祈りをもとに、術者の思い描いた効果を形にするもの。決められた呪文から魔力を引き出す魔術とは、根本的な仕組みが違うのよ!」
「なるほど。違うってことだけはわかった」
「絶対理解してないでしょ!」
ステラが苛立った声を上げる。
結は悪びれもせず、今度は陸徒の腰へ視線を向けた。
「陸徒くんの剣もすごかったね。柄だけの状態から光の刀身が生えて、あの化け物を簡単に切っちゃった」
「簡単ってわけじゃなかったけどな」
「そんな危険な武器を持っているし、本当なら重要参考人として同行させたいところだけど……」
結は腕を組み、困ったように息を吐く。
「そんなことしても、どうせその不思議な力で姿をくらましたりするだろうし」
「人を逃亡犯みたいに言うなよ!」
「実際、琵琶湖から東京まで一瞬で来たんでしょ?」
「それはステラの法術だ」
「どちらにしても、普通の取調室じゃ止めておけないよねぇ」
「アタシたちを取調室へ連れて行くつもりだったの?」
「本来の手続きならね。でも、今はそれより優先すべきことがある」
結の表情が眉根を寄せた真剣なものへと変わる。
視線の先は、キッチンの奥に残された男性の遺体。
「この人の身元確認。それから現場の処理と、黒い渦についての調査。やることは山積みだよ」
「……そうだな」
陸徒の顔も重く沈む。
モンスターを倒すことはできた。だが、すでに奪われた命は戻らない。
被害の拡大を止めるには、異変の原因そのものを突き止める必要がある。
結はスマートフォンを取り出し、どこかへ短い連絡を入れた。
現場の場所と状況だけを簡潔に伝え、通話を切る。
「今から専門の処理班が来る。私たちは邪魔にならないうちに、ここを出ようか」
「処理班に、俺たちのことを説明しなくていいのか?」
「説明すると面倒だから、今は伏せておく」
「それでいいのかよ、公安……」
「細かいことを気にしていたら、この仕事はできないの」
再び軽い調子へ戻る。
そして結は、重苦しい空気を振り払うように両手を打ち合わせた。
「そんなことより、とりあえずさ。お腹空かない?」
「は?」
唐突な発言に、陸徒とステラが同時に間の抜けた声を漏らす。
「さっきから動きっぱなしだし、お昼もまだでしょ?」
「人が一人亡くなってるっていうのに、切り替え早すぎないか?」
「だからこそだよ。落ち込んだままじゃ、頭も働かない。捜査を続けるなら、食べられる時にちゃんと食べる」
結は自分の腹部へ手を当てる。
「それに私、朝からなにも食べてなくてさ。もう限界」
「結局、自分がお腹空いてるだけじゃないの?」
「半分くらいはね」
「半分は認めるんだな……」
「この近くに人気の定食屋があるんだ。私が奢るから行こうよ」
「本当!?」
真っ先に反応したのはステラだった。
「お前も現金だよな……」
「捜査協力者に食事を提供するのも必要なことよ!」
「今作っただろ、その理屈」
陸徒は呆れながらも、腹の虫が鳴っているのは一緒だった。
三人は現場を後にし、結の案内する定食屋へ向かうことに。
路地をいくつか抜けた先に、その店はあった。
昔ながらの外観をした小さな店。店内は昼時を少し過ぎているにもかかわらず、多くの客で賑わっている。
幸い、奥の四人掛け席が一つ空いていた。
「ここの生姜焼きが美味しいんだよ」
「じゃあ、アタシはそれにする!」
「お前、メニューも見てないだろ」
「人気のものを頼むのが一番間違いないじゃない」
陸徒は焼き魚定食。
ステラは結の勧めた生姜焼き定食。
結は大盛りの唐揚げ定食を注文した。
「結さんが一番重いもの頼んでるじゃねぇか」
「若い頃から、たくさん食べても全然太らない体質なんだよね」
「それ、世の女性を敵に回す発言よ」
ステラが細い目を向ける。
結は笑いながら水を飲んだ。
間もなく料理が運ばれてくる。
湯気の立つ白米と味噌汁。大皿には、それぞれの主菜と千切りキャベツが盛られていた。
「いただきます!」
結とステラが同時に箸を取る。
先ほどの事件現場で見せた緊張感はどこへやら。
二人とも、すぐに食事へ夢中になった。
「ん~! 美味しい!」
「でしょ? 味が濃いから、ご飯が進むんだよねぇ」
「ステラ、お前箸の使い方も上手くなったな」
「二年も日本で暮らしてるんだから当然でしょ。いつまでも子供扱いしないでよね」
「そういうつもりじゃねぇよ」
食事を進めながら、三人は先ほどの出来事について整理を始める。
「まず、あの黒い渦」
結が唐揚げを箸で持ったまま口を開く。
「化け物たちは、あそこから現れた。つまり、どこか別の場所とを繋ぐ入口ってことだよね?」
「おそらくな。前にも、あれと似た亜空間を使う奴がいた」
「バサラと、魔族化した空也ね」
ステラの表情がわずかに曇る。
陸徒も再びの過去を思い返し、わずかに顔を伏せた。
だが当の二人はもういない。空也は元に戻り、今も日本にいる。バサラもラディアセイバーの力で完全に消滅している。
「別の何者かが渦を作っているってこと?」
「それはまだわからないわ。境界が不安定になったことで、自然発生している可能性もある」
「自然に開く異世界への穴か。実際に目にしたとはいえ、とんでもない話だねぇ」
結は感心するように呟き、唐揚げを頬張った。
「それと、ゲートクリスタルの欠片だ」
陸徒はステラのバッグへ目を向ける。
「最初に俺たちを琵琶湖へ飛ばした。そこでは、到着した翌朝にジャイアントボアが現れた」
「次に欠片は秋葉原の映像をステラちゃんへ見せた。そして二人が到着した後、さっきの化け物と遭遇したってことだね」
結が言葉を続けた。
「秋葉原のやつは、俺たちが来る前からいた。殺された人も、かなり時間が経ってたみたいだけどな」
「でも、黒い渦から四体が新たに現れたのは、アタシたちが到着した後よ」
ステラは箸を置き、考え込むように顎へ指を添えた。
「もしアタシたちが来ていなければ、あの四体はビルの外へ出て、さらに人を襲っていたかもしれない」
「琵琶湖のその、ジャイアントボアってのも同じだね。二人が現れる前から森にいたんじゃなく、到着した後に出現した可能性がある」
「つまり——」
陸徒が結論を口にする。
「クリスタルの欠片は、モンスターが出現する前に俺たちをその場所へ飛ばしてる?」
「被害が広がる前に、異変を止めさせようとしている。そう考えれば、これまでの流れにも説明がつくわ」
ステラはバッグから欠片を取り出す。
青白い結晶は、今は静かな光を保っていた。
「本当に、この欠片には意思があるのかもしれない」
「世界の危機を感じ取って、二人へ助けを求めてるってこと?」
「まだ断定はできないけどね。でも、アタシたちを導いていることだけは間違いないわ」
「そうなると、次に欠片が反応した場所でも、新しいモンスターが現れる可能性が高い」
陸徒は神妙な顔で欠片を見つめる。
「だったら、先回りして全部倒すしかないな」
「簡単に言うけど、アンタ一人で突っ走るんじゃないわよ」
「わかってる。約束しただろ」
「陸徒くんって、何度も釘を刺されるくらい無茶する人なんだ?」
結が興味深そうに問いかける。
「そうなのよ! 自分が危なくなることなんて全然考えずに、すぐ飛び出していくんだから!」
「お前にだけは言われたくないぞ。俺を庇って何度も危ない目にあっただろ」
「そ、それは……アタシにはアタシの考えがあったの!」
「何度も?」
結が二人を交互に見る。
「君たち、本当になにを経験してきたの?」
「話すと長くなる」
「じゃあ今度、時間がある時にじっくり聞かせてよ」
結は食後の味噌汁を飲み干し、満足そうに息を吐いた。
「とりあえず、これからの役割を決めようか」
彼女はスマートフォンをテーブルへ置く。
「陸徒くんとステラちゃんは、引き続きその欠片の導きに従って異変を追う」
「だから、ちゃん付けは——」
「ステラ、話が進まないから今は諦めろ」
「なんでアタシが諦めなくちゃならないのよ!」
「はいはい。それで私は、東京に残って今回の現場と連続殺人事件を調べる」
結はステラの抗議を軽く流して進める。
黒い渦が開いた条件、被害者の身元、加えて過去の事件現場にも同じ痕跡がなかったか。改めて調べ直す必要があった。
「結さん、他にも行ってほしいところがある」
陸徒の催促に、結は首を傾けた。
「俺の仲間の喬介さんのところだ」
「琵琶湖で別れた那琴も、今頃そっちへ向かってるはずよ」
「なるほどね。もちろん、そのつもり」
結は思い出したような顔で不敵に笑う。
「陸徒くんたちと一緒に鉱山へ不法侵入し、その後、異世界の技術を使った武器を開発した天才研究者。個人的にも興味があるんだよね」
「そこまで調べてるのかよ……」
「公安だからね」
「その一言で全部片付ける気?」
ステラが呆れた顔を向ける。
「喬介さん、公安に目をつけられて大丈夫かな……」
「なにも悪いことをしていなければ問題ないんじゃない」
「他人事みたいなその言い方、全然安心できねぇ」
三人は食事を終え、店の外へ出た。
結がおもむろに自分のスマートフォンを取り出す。
「なにかあった時のために、連絡先を交換しよう。欠片が次にどこへ二人を飛ばすかわからないし」
「そうね。こっちからも、異変についてわかったことがあれば伝えるわ」
陸徒とステラは、それぞれ結と連絡先を交換する。
「これでよし。私は基本的にいつでも連絡が取れるけど、捜査中は出られないこともあるから。その時はメッセージを残しておいて」
「あぁ。頼んだ」
「結も、無茶しないでよね。あのモンスター、銃があっても一人で相手をするのは危険よ」
「心配してくれるの?」
「べ、別に! せっかくできた協力者に、すぐ死なれたら困るだけよ!」
「ふふっ。ありがと、ステラちゃん」
「またちゃん付けした!」
ステラが頬を膨らませる。
結は楽しそうに手を振り、人混みの中へ歩き出した。
「それじゃ、またね。異世界の英雄さんたち」
「誰が英雄よ! アタシは天才法術士!」
「そこは譲らないんだな……」
陸徒は呆れながら、遠ざかる結の後ろ姿を見送る。
公安の長峰結。
おおらかで軽い性格に見える一方、射撃能力、情報収集力、状況判断のいずれにも優れている。
日本で異変を追う上で、これ以上ない協力者を得ることができた。
「さて、アタシたちも行くわよ」
ステラはゲートクリスタルの欠片を手のひらへ乗せる。
「でも、まだ光ってないぞ」
「欠片が次の場所を示すまで、少し待つしかないわね」
その言葉へ応えるように、青白い結晶が一度だけ明滅した。
「今、光ったよな?」
「うん。次の導きが近いのかもしれない」
陸徒は腰にあるラディアセイバーの柄へ手を添える。
ステラも聖杖パステリアウィッシュを握り直した。
次はどこへ導かれるのか。
そこには、どのような異変が待ち受けているのか。
二人にはまだわからない。




