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11話 殺人鬼との攻防

「それで、事件現場はどこにあるの?」


 ステラは聖杖パステリアウィッシュの柄を地面へトンと立てた。


「ここから少し歩いたところ。電気街からは外れた場所だよ」

「だったら、早く行きましょ!」

「その前に、その目立つ杖をなんとかできない?」

「無理よ。アニメキャラみたいにパッと消したりなんてできないもの」

「だよねぇ」


 長峰結は困ったように頬を掻いた。


 先ほどステラは、駅前で聖杖を持つ姿をコスプレイヤーと勘違いされ、大勢の好奇の目に晒された。

 このまま大通りの雑踏を移動すれば、再び同じ騒ぎになる可能性が高い。


「仕方ない。人通りの少ない道を使おうか」

「んな都合よくあるのか?」

「そこは私に任せて。目立たず、怪しまれず、こっそり動くのは得意だから」

「なんか公安っぽい発言だな」

「公安だからね」


 結は軽い笑みを浮かべて歩き出す。

 陸徒とステラも、その後へ続いた。


 選んだ道は、大通りから一本外れた細い裏道だった。

 建物の搬入口や、室外機の並ぶ狭い通路。

 人通りは少なく、時折すれ違うのも配達員や店の従業員程度。

 聖杖を持つステラへ怪訝な視線を向ける者はいたが、足を止めて写真を撮ろうとする者はいなかった。


「本当に全然人がいないのね」

「監視カメラの位置も把握してる。必要なら、映りにくい経路を選ぶこともできるよ」

「それ、アタシたちが聞いていい情報なの?」

「細かい位置までは教えてないから大丈夫」

「そういう問題か?」


 陸徒が眉をひそめる。

 結は気に留めず、時折周囲を確認しながら進んでいく。


 歩いている姿だけを見れば、気さくな会社員の女性と変わらない。

 しかし、歩調を緩めることなく建物の窓や曲がり角、通行人の手元まで観察していた。

 緊張感を表に出さず、周囲の状況を細部まで把握する。

 それが公安に所属する者の技術なのだろう。


「アンタ、さっきから随分とあちこち見ているわね」


 ステラの監視能力も高かった。


「職業病みたいなものかな。誰かにつけられていないか、妙な物が置かれていないか。無意識に確認しちゃうんだよね」


 結は笑顔で返す。

 その軽い口調とは裏腹に、実力の高さが窺えた。


 しばらく歩き、電気街の喧騒が遠くなった頃合い。

 三人は、一棟の雑居ビルの前へ到着した。

 一階には小さな事務所。二階には看板の色褪せた理髪店が入っている。

 上階にもいくつか店舗名が記載されていたが、その多くはすでに空欄となっていた。

 外壁の塗装も劣化していて、雨垂れの跡が残っている。


「ここか?」

「付近の監視映像で、妙な人影が最後に確認されたのがこの辺り。でも、ビルの中までは調べられていない」


 結が入口から建物を見上げる。

 その時、ステラがわずかに顔をしかめた。


「……なに、この感じ」

「どうした?」

「歪な波動を感じる」


 ステラは聖杖を握り締め、ビルの上方を睨む。


「魔力に似ているけど、もっと不安定で、濁っているような……」

「場所はわかるの?」

「おそらく四階。そこから一番強く感じるわ」

「その階には、半年前まで飲食店が入っていた。閉店してからは空き店舗になってるはず」


 結はスマートフォンで建物の情報を確認する。

 そして二人へ視線を向け、小さく頷いた。


 中へ入った先は照明の切れかけた薄暗い階段だった。壁には、過去に入っていた店舗の広告や求人募集の紙が貼られたままだ。


 四階へ到着。

 階段の正面には、曇ったガラス扉があった。店名の記されていたと思しき部分には、剥がされたシールの跡だけが残っている。

 結が取っ手へそっと触れる。


「開いてるね」

「閉店した店なのに?」

「普通なら管理会社が施錠してるはず。誰かが入ったか、最初から閉められていなかったか……どちらにしても不自然だね」


 結はスーツの内側へ手を入れ、拳銃を取り出した。

 先端には、先ほどと同じくサイレンサーが装着されている。


 陸徒もラディアセイバーの柄を握る。

 ステラは聖杖を構え、いつでも法術を発動できるよう備えた。


「開けるよ」


 結が静かに扉を押す。

 室内は薄暗く、窓から差し込む光によって、辛うじて内部の様子を確認できる程度だ。

 30名ほどの客席を収容できる広さで、椅子やテーブル、装飾品はすでに撤去されており、床には家具を引きずった跡や、電源ケーブルの切れ端が残っていた。

 壁の一部だけ色が異なり、かつて棚や絵が設置されていたことを物語っている。

 右手にはカウンターがあり、さらにその奥にキッチンと思しき空間が続いていた。


「見たところ、誰もいないな」


 陸徒が周囲を見回す。

 人の気配も、何かが動く音もない。

 ステラは表情を険しくしたまま、室内の奥を見据えている。


「波動はまだ消えていない。それに……」

「それに?」

「血の臭いがするね」


 陸徒は息を呑んで言葉を失う。

 応えた結も瞼を少し落とし、拳銃を両手で構え直した。


 三人は足音を立てないよう、キッチンへ近づいていく。

 カウンターの脇にある狭い通路を抜ける。

 内部には業務用の調理台や流し台が残されていたが、調理器具や食器は全て撤去されていた。

 床には埃が積もり、しばらく人が使った形跡はない。


 しかし、その奥。

 大きな冷蔵庫が置かれていた跡の窪みに、何かが倒れていた。


「……人?」


 陸徒は息を呑む。


 そこにいたのは、一人の若い男性だった。

 年齢は20代前半ほど。

 壁へ背中を預け、力なく座り込んでいる。肌は青白い。衣服から露出した腕は不自然なほど細く痩せこけ、頬も深く窪んでいた。

 首元には、牙によって開けられたと思しき二つの傷。その周辺には乾いた血がこびりついている。


「おい、大丈夫か!」


 陸徒が駆け寄ろうとする。


「待って」


 結が片腕を伸ばして制止した。

 男性のもとへ慎重に近づき、首筋へ指を当てる。

 次に瞳を確認し、小さく息を吐いた。


「……亡くなってる」

「マジかよ……」


 陸徒は拳を握り締める。

 遺体は大量の血を抜かれたことで、全身が干からびたように痩せている。

 これまで公安が追っていた殺人事件の被害者と、同じ特徴だった。


「発見された三人と同じだね。おそらく、この人が四人目」

「また、間に合わなかったっていうの……?」


 ステラの声に悔しさが滲む。


「いや。死亡してから、ある程度時間が経ってる」


 結は男性の状態を確認しながら答える。


「私たちが秋葉原に着いた時には、すでに亡くなっていた可能性が高いよ」

「それでも……」


 陸徒は歯を食いしばる。

 あと少し早く、この場所へ来ていれば助けられたのではないか。

 そう考えずにはいられなかった。


「陸徒。今は犯人を捜すのが先よ」


 ステラは怒りと悲しみを押し込めるように、聖杖を強く握った。


「この人を襲ったモンスターが、まだ近くにいるかもしれない」

「そうだな」


 陸徒は表情を引き締め、立ち上がる。

 その時——。

 誰もいない客席側から、空気が引き裂かれるような音が響いた。


「なに!?」


 三人はキッチンから飛び出す。


 空き店舗の中央。

 何もなかったはずの空間に、漆黒の渦が出現していた。

 拳ほどの大きさだった渦は、周囲の光を飲み込みながら急速に広がっていく。

 やがて、人間一人が通り抜けられるほどの大きさとなった。


「黒い渦……」


 陸徒は見覚えのある現象に戦慄する。


 かつてバサラや、魔族化した空也が使用していた亜空間。それと酷似した、闇の入口だった。

 渦の奥から、細長い腕が伸びる。湾曲した爪が床を掴み、異形のものが這い出してきた。

 見た目は既知のドヘルズペイン。だが両腕は通常のそれよりも長く、指先には鎌のような爪が備わっている。

 一体。続いて二体目と、渦の中から同じ姿のモンスターが次々と現れる。


「四体も……!」

「なにもない空間から現れた?」


 結は拳銃の照準を合わせながら、目を見開いていた。


「どおりで、こうも神出鬼没じゃ、私たち公安でも突き止められなかったわけね」

「来るぞ!」


 一体が、四つん這いに姿勢を低くとって床を蹴る。

 細長い体が残像を作り、一瞬にして結の目前へ迫った。

 抑えられた銃声が即座に鳴る。結の放った弾丸が、敵の額へ一直線。

 だがドヘルズペインは、頭を横へ振って回避した。

 弾丸は背後の壁に穴を開ける。


「銃弾を避けた!?」

「相変わらず、とんでもない動きをするわね!」


 ステラが杖を振るって祈る。

 結の目前へ、金色の壁が出現。十八番の封壁(バリアプレート)だ。

 通常のバリア術に比べるとわずかに劣るが、詠唱を必要とせず即座に作り出せる。

 ドヘルズペインの爪がそれに激突すると、甲高い音とともに表面へ亀裂が走った。


「この細い体のどこに、こんな力があるのよ!」

「助かったよ、ステラちゃん!」

「ちゃん付けしないで!」


 ステラは叫びながら、杖へ法力を込める。

 封壁が強く瞬き敵を押し返した瞬間、結が素早く照準を定めた。

 至近距離から放たれる銃弾。今度は回避する余裕を与えない。

 二発の弾丸がドヘルズペインの胸部へ命中した。


 ギィィィッ!


 敵は悲鳴を上げて後退する。だが倒れはしない。


「心臓の位置は人間と違うのか、それとも銃弾だけでは致命傷にならない?」


 結は冷静に敵の状態を観察している。


「だったら、俺がやる!」


 陸徒はラディアセイバーの柄を構えた。

 その瞬間、中心にある宝石が光る。

 蒼白色の粒子が一直線に伸び、光の刀身を形成した。


「なるほど。それがさっき出しかけてた剣か」


 結は戦闘中にもかかわらず、興味深そうに一瞥している。


 陸徒は床を蹴り、負傷した個体へ斬りかかった。

 光の剣閃が縦に走る。しかし敵は体を大きく反らし、紙一重で回避した。


「くそ、速い!」


 横から別の個体が飛び掛かる。

 陸徒は剣を返して攻撃を受け止めた。

 刃と爪が衝突。だが実体のある金属のそれとは異なる光の刃。接触した爪はビリビリと音を立てて破損していく。


 ドヘルズペインは慌てて手を引き剥がし、後方へ跳んで距離を取る。

 そこへ今度は三体目が天井近くまで跳躍。頭上から長い爪を振り下ろした。


「陸徒、上!」


 ステラの警告にすぐさま反応。

 陸徒は横へ転がり、攻撃を回避する。

 爪が床へ突き刺さり、硬い床材を深く抉った。


「動きが速すぎて、狙いが定めにくいなぁ」


 結は拳銃を構えながら、左右へ視線を走らせる。


「でも、動きそのものに規則性はある」


 一体が壁を蹴り、結の背後へ回り込もうとする。

 彼女は敵の姿を直接追わない。足音と壁へ落ちる影だけで移動先を予測し、振り返るより先に銃口を向けた。

 プシュッっと空気の抜ける音とともに、着地した瞬間の敵の右脚が撃ち抜かれる。


「足を止めれば、こっちのもの」


 続けて引き金に添えられた指が素早く二回動く。

 一発目が左肩。二発目が眉間へ命中した。ドヘルズペインは、黒い煙を上げながら崩れ落ちる。


「すげぇ命中精度だな!」

「射撃訓練は得意だったからね」

「あっさりと言うわね!」


 ステラが驚きながらも、すぐさま次の行動へ移る。


「破砕(ブレイク)!」


 念を込め発した言葉が動き出す。

 先ほど作られた封壁が大きく震えだすと、途端に砕け散って無数の刃となり、ドヘルズペインたち目掛けて降り注いだ。

 刃は最初の二体に回避される。しかし残る一体の足首へ刺さって床に縫い付けた。


「捕まえた!」

「ナイスだ!」


 陸徒が前へ踏み込む。

 動きを封じられた敵へ、ラディアセイバーを横薙ぎに振るった。

 蒼白色の一閃。ドヘルズペインの胴体が両断され、黒い煙となって消滅した。


 残るは二体。


 一体が陸徒の背後へ回り込み、もう一体はステラへ向かって走る。

 二手に分かれ、同時に攻撃を仕掛けるつもりだ。


「小賢しい真似するじゃない!」


 ステラは聖杖を地面へ突き立てた。


―其は万物を遮断する絶衝の壁―

「魔防壁(エスタシルド)!」


 詠唱の完成と同時に、自身の周囲へドーム状の白きバリアを作る。

 敵の爪が衝突し、何度も激しい音を響かせた。


 一方、陸徒へ迫る個体。

 背後から爪が振り下ろされる。


「陸徒くん、右へ!」


 陸徒は考えるより先に、右へ大きく跳んだ。

 その脇を、結の銃弾が通過する。ドヘルズペインの胸部へ命中し、体勢を崩した。


「今だ!」


 陸徒はすぐさま反転し、ラディアセイバーを下段から斬り上げる。

 光の刃が敵の体を袈裟に切り裂いて消滅させた。


 最後の一体は、ステラのバリアへ攻撃を続けている。亀裂が広がり、間もなく砕けようとしていた。


「ステラ、そのまま耐えろ!」

「言われなくたって!」


 ステラは歯を食いしばりながらバリアを維持する。

 その隙に陸徒が背後から近づくが、相手に気づかれていた。

 攻撃を中断して天井へ跳び、陸徒の頭上を越える。


「くそっ!」


 着地した敵は、そのまま黒い渦へ向かって走り出した。不利を悟り、元の場所へ逃げるつもりだ。


「逃がさないよ」


 結は拳銃が、敵と黒い渦が重なる直前を捉えていた。

 静かな銃声が三度、連続して響く。

 右脚、左脚。そして右腕。全て命中。ドヘルズペインは這ってもがくが、渦に辿り着けることはなかった。


「陸徒くん!」

「あぁっ!」


 陸徒はラディアセイバーを両手で握り、高く振り上げる。


「これで終わりだ!」


 光の大刃を、敵の背中へ振り下ろした。

 断末魔が部屋中に響き渡り、黒い煙が噴き上げられる。

 敵の全滅と同時に、空き店舗の中央に存在していた黒い渦も不規則に揺れ始めた。


「渦が消えるわ!」


 ステラの言葉どおり、漆黒の空間は急速に小さくなる。

 最後には、黒い点となって完全に消滅した。

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