若き日の約束
「美春ちゃん。そっちは大丈夫?」
「はい。ペーパーの補充と便座内の清掃は終了しました。」
「いやぁ、仕事早くて助かるわぁ⋯」
「いえいえ、茜さんの指導のおかげです。」
「あらっ!ほんとにおばさんを乗せるのがうまいんだから!」
どうもみなさん。美春です。
今私はとある企業。キノモトゲーミングという会社に清掃員として潜入しているのです。
銀行員の話だったじゃないか、いい加減にしろ!という皆さんのお声はおっしゃるとおりですが、これには訳があるのです。
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―一週間前―
「轟支店長、お待たせいたしました。」
「ん。来たか。」
支店長の指示で、都内某所にある会員制のバーに招かれた。このような場所、初めてだから少しウキウキしています。
「座りなさい。」
「失礼します。」
私が席について周りの様子を伺うと、他のお客さんは入っておらず、言うなれば人払いがされている状況。
轟支店長とは仲はあまり良くないが、何の用なのか。
「何か飲むか?」
「そうですね⋯マスター、モスコミュールを。」
「かしこまりました。」
マスターがカクテルを慣れた手つきで作り出した。それを眺めながら、感情に浸る私。今、全力でオトナやってます。
「普段はこういう店には来るのかね。」
「いえ。お酒は好きですが、いつもはお客さんの居酒屋さんに行っています。バーのようなかしこまった場所で飲むお酒は久々です。」
「銀行員たるもの、こういう場所で見識を広げていかねばいけないぞ。」
「でしたら、査定をもっと上げてください。今の給料ではここでは飲めません。」
「生意気なことを⋯」
険悪な雰囲気を察してか、ちょうどいいタイミングでマスターが割り込んできた。
「お待たせしました。モスコミュールです。」
差し出されたグラスを傾けると、爽やかな清涼感が口の中へ広がる。
うん。美味しい。
「ふぅ⋯ところで支店長。私にご用とは何事でしょうか。」
「いきなり本題に入れと?」
「支店長ご自身でも、私との世間話は無理だとお気づきなのではないですか?」
「ほんとうに生意気だなっ!おまえは!まぁいい⋯」
怒りを抑えるため一息ついて、口元に手を置いた支店長はゆっくりと話し始めた。
「用というのは添島京介のことだ。」
「添島くんですか。」
急だったので少しびっくりしました。
「あぁ。奴がうちの支店に入ってからもう半年近く経ったが、やりたい放題だ。完全にこちらをなめ腐っている。」
「それを助長させているのは支店長の態度も原因だと思いますが。」
「そんなことは分かっている。だが、こちらが頭取の息子だからという理由で、あんな横暴を許しているとでも⋯?」
「違うのですか?」
私の問いにニヤリとしながら、支店長は答える。
「奴はこちらの策へまんまとハマった間抜けだ。おかしいとは思わないか?桜国橋支店は元桜阪商人銀行のお膝元。帝都派の手が届きづらい不可侵領域だ。」
「ええ。頭取の息子ということなら、帝都派の総本山である本部に送るのが当たり前だと思うのは、ウチの銀行員からしたら当然です。」
「これは、駿河人事部長のお考えだ。」
「駿河人事部長⋯?駿河さんが動いてらっしゃるのですか?」
「珍しいな。お前の表情が変わるなんて。」
駿河人事部長。私の初めて配属された先の上司であり、私が銀行員を目指す目標になった人⋯
「あの方は今や桜派の中心人物。出世頭ともいえる。」
「⋯添島くんをウチの支店に入れることに何の意味があるのですか。」
轟支店長はウイスキーの入ったグラスを一口飲んで、私に話した。
「駿河さんは添島京介をわざと泳がせ、奴の不正を摘発することを目論んでいる。」
「不正ですか。」
「あぁ。あのバカ息子ならいつか尻尾を出すだろうと、計算づくでの採用と人員配属だ。この半年間、耐えるのに苦労した⋯」
少し暗い表情を見せながらも、続きを話す。
「そしてついに奴は動いた。」
「キノモトゲーミング⋯」
「そうだ。あれは奴自身が持ってきた融資。稟議書も読んだが、あれは間違いなくクロだろう。」
支店長には永田課長を通さずに飛んできた稟議書が、もう回っていたのですね⋯
「なぜそんな回りくどいことを⋯?今まで糾弾できることはいくらでもあったはずです。」
「それでは弱い。」
厳しい顔をこちらに向け、支店長は睨むように言った。
「我々は、桜派をこの銀行のトップにするため、今までありとあらゆる策を練ってきた。しかし、帝都派のブランド力は絶対だ。とんでもないスキャンダルでも起きない限り、その牙城は崩せない⋯」
「だから、自らスキャンダルを作ることにした⋯?」
「ふふふっ⋯ふはははっ⋯!」
顔に手を当て邪悪な笑いを思う存分抑えようともしていない。
完全に悪役ですね。この人は。
「しかし⋯駿河さんがそんなことを⋯」
「あの方は今のこの銀行を憂う素晴らしいバンカーだ!そのためなら何だってする覚悟のお方だ。それは私も同じだ!」
「⋯!」
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「美春ちゃん。大丈夫だよ。私は銀行員として、君たち親子を必ず救ってみせる。」
「おじさん⋯」
「金なんて所詮、紙くず、鉄くずだ。そんなものに人が振り回されるのは馬鹿げている。」
「⋯」
「僕はそんな人たちを救うためにバンカーになった。そのためなら何だってする覚悟だ⋯!」
「⋯!」
とてもまっすぐな。
まっすぐな目をした男の人だった。
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「なぜ、こんな計画の話を私にしたのですか。」
「それはもちろん、駿河さんからの指示だ。」
「駿河さんが?」
こちらへ真っ直ぐ目を向ける。
「恵守美春。明日からキノモトゲーミングに潜り込め。そして奴の融資の闇を暴くんだ。」
「⋯バンカーとしてこのような事は、業務を逸脱しています。」
「これは支店長命令だ。やってくれるな⋯?もし失敗したら私も駿河さんにとっても致命傷だ。だが、その覚悟はとうに決めている。」
その言葉を聞きのこっていたモスコミュールを飲み干し、私は答えた。
「これは支店長命令として聞くのではありません。」
「しかし、その覚悟、受け取りました。」
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