表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/26

若き日の約束

「美春ちゃん。そっちは大丈夫?」


「はい。ペーパーの補充と便座内の清掃は終了しました。」


「いやぁ、仕事早くて助かるわぁ⋯」


「いえいえ、茜さんの指導のおかげです。」


「あらっ!ほんとにおばさんを乗せるのがうまいんだから!」


 どうもみなさん。美春です。


 今私はとある企業。キノモトゲーミングという会社に清掃員として潜入しているのです。


 銀行員の話だったじゃないか、いい加減にしろ!という皆さんのお声はおっしゃるとおりですが、これには訳があるのです。


___________________________


 ―一週間前―


「轟支店長、お待たせいたしました。」


「ん。来たか。」


 支店長の指示で、都内某所にある会員制のバーに招かれた。このような場所、初めてだから少しウキウキしています。

 

「座りなさい。」


「失礼します。」


 私が席について周りの様子を伺うと、他のお客さんは入っておらず、言うなれば人払いがされている状況。

 轟支店長とは仲はあまり良くないが、何の用なのか。


「何か飲むか?」


「そうですね⋯マスター、モスコミュールを。」


「かしこまりました。」


 マスターがカクテルを慣れた手つきで作り出した。それを眺めながら、感情に浸る私。今、全力でオトナやってます。


「普段はこういう店には来るのかね。」


「いえ。お酒は好きですが、いつもはお客さんの居酒屋さんに行っています。バーのようなかしこまった場所で飲むお酒は久々です。」


「銀行員たるもの、こういう場所で見識を広げていかねばいけないぞ。」


「でしたら、査定をもっと上げてください。今の給料ではここでは飲めません。」


「生意気なことを⋯」  


 険悪な雰囲気を察してか、ちょうどいいタイミングでマスターが割り込んできた。


「お待たせしました。モスコミュールです。」


 差し出されたグラスを傾けると、爽やかな清涼感が口の中へ広がる。


 うん。美味しい。


「ふぅ⋯ところで支店長。私にご用とは何事でしょうか。」


「いきなり本題に入れと?」


「支店長ご自身でも、私との世間話は無理だとお気づきなのではないですか?」


「ほんとうに生意気だなっ!おまえは!まぁいい⋯」


 怒りを抑えるため一息ついて、口元に手を置いた支店長はゆっくりと話し始めた。


「用というのは添島京介のことだ。」


「添島くんですか。」


 急だったので少しびっくりしました。


「あぁ。奴がうちの支店に入ってからもう半年近く経ったが、やりたい放題だ。完全にこちらをなめ腐っている。」


「それを助長させているのは支店長の態度も原因だと思いますが。」


「そんなことは分かっている。だが、こちらが頭取の息子だからという理由で、あんな横暴を許しているとでも⋯?」


「違うのですか?」


 私の問いにニヤリとしながら、支店長は答える。


「奴はこちらの策へまんまとハマった間抜けだ。おかしいとは思わないか?桜国橋支店は元桜阪商人銀行のお膝元。帝都派の手が届きづらい不可侵領域だ。」


「ええ。頭取の息子ということなら、帝都派の総本山である本部に送るのが当たり前だと思うのは、ウチの銀行員からしたら当然です。」


「これは、駿河するが人事部長のお考えだ。」


「駿河人事部長⋯?駿河さんが動いてらっしゃるのですか?」


「珍しいな。お前の表情が変わるなんて。」


 駿河人事部長。私の初めて配属された先の上司であり、私が銀行員を目指す目標になった人⋯


「あの方は今や桜派の中心人物。出世頭ともいえる。」


「⋯添島くんをウチの支店に入れることに何の意味があるのですか。」


 轟支店長はウイスキーの入ったグラスを一口飲んで、私に話した。


「駿河さんは添島京介をわざと泳がせ、奴の不正を摘発することを目論んでいる。」


「不正ですか。」


「あぁ。あのバカ息子ならいつか尻尾を出すだろうと、計算づくでの採用と人員配属だ。この半年間、耐えるのに苦労した⋯」


 少し暗い表情を見せながらも、続きを話す。


「そしてついに奴は動いた。」

 

「キノモトゲーミング⋯」


「そうだ。あれは奴自身が持ってきた融資。稟議書も読んだが、あれは間違いなくクロだろう。」


 支店長には永田課長を通さずに飛んできた稟議書が、もう回っていたのですね⋯


「なぜそんな回りくどいことを⋯?今まで糾弾できることはいくらでもあったはずです。」


「それでは弱い。」


 厳しい顔をこちらに向け、支店長は睨むように言った。


「我々は、桜派をこの銀行のトップにするため、今までありとあらゆる策を練ってきた。しかし、帝都派のブランド力は絶対だ。とんでもないスキャンダルでも起きない限り、その牙城は崩せない⋯」


「だから、自らスキャンダルを作ることにした⋯?」


「ふふふっ⋯ふはははっ⋯!」


 顔に手を当て邪悪な笑いを思う存分抑えようともしていない。


 完全に悪役ですね。この人は。


「しかし⋯駿河さんがそんなことを⋯」


「あの方は今のこの銀行を憂う素晴らしいバンカーだ!そのためなら何だってする覚悟のお方だ。それは私も同じだ!」


「⋯!」


___________________________


「美春ちゃん。大丈夫だよ。私は銀行員として、君たち親子を必ず救ってみせる。」


「おじさん⋯」


「金なんて所詮、紙くず、鉄くずだ。そんなものに人が振り回されるのは馬鹿げている。」


「⋯」


「僕はそんな人たちを救うためにバンカーになった。そのためなら何だってする覚悟だ⋯!」


「⋯!」


 とてもまっすぐな。

 

 まっすぐな目をした男の人だった。


___________________________


「なぜ、こんな計画の話を私にしたのですか。」


「それはもちろん、駿河さんからの指示だ。」


「駿河さんが?」


 こちらへ真っ直ぐ目を向ける。

 

「恵守美春。明日からキノモトゲーミングに潜り込め。そして奴の融資の闇を暴くんだ。」


「⋯バンカーとしてこのような事は、業務を逸脱しています。」


「これは支店長命令だ。やってくれるな⋯?もし失敗したら私も駿河さんにとっても致命傷だ。だが、その覚悟はとうに決めている。」


 その言葉を聞きのこっていたモスコミュールを飲み干し、私は答えた。


「これは支店長命令として聞くのではありません。」


「しかし、その覚悟、受け取りました。」

ご精読ありがとうございます。

ご感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ