ゴー・フォー・ブローク
「ねぇ、ルミ姉?これは何の集まりなの?」
「んー、ミハルがみんなに話したいことがあるって集められたんだけど、内容まではわかんないなぁ。」
「話?まぁ、仕事は終わったからいいけど⋯」
女の子たち10数名が村の広場に集められた。
木工ギルドの一人娘であるミハルが、私たちの家を訪ねてきてここに呼び出したのだ。
ミハルはとても大人しい子で、こんな人を集めるなんて珍しい。女の子たちは皆、少し疑問を持ちながらもあの娘が来るのを待っていた。
「お待たせしました。遅れてすみません。」
私たちが話をしていると、後ろからミハルがやってきた。母親のエリアスさんも一緒に。
だけど、気になるのはその格好だった。
「み、ミハル?なに、その格好は?」
「まぁまぁ、気になることはあると思いますが、まずは話を聞いてもらいましょう。おかあさん。」
「はぁい。みんな、これをどうぞ。」
エリアスさんが配る紙にみんなが目を通す。
「ウッドフィールド職業訓練校開校のご案内⋯?」
「職業訓練ってなぁに?」
「学校ってことだよね⋯?」
あまりの突拍子のなさに驚きを隠せない私たち。ミハルはそんな私たちに向けて説明を始めた。
「皆さんに、街で就職するためのスキルをお教えする学校を、我が木工ギルド『スクワラル』で開校する運びになりました。」
「ま、街で就職!?」
―ざわざわ⋯
「それも事務職よぉ。給料もいいわねぇ。」
「ねぇミハル、事務職ってなぁに?」
「お金の計算や、書類を整理したりするお仕事です。場所によっては、受付のお仕事もしたりしますね。」
私たちも急な提案に、各々質問を飛ばす。
「⋯学校って、先生は?」
「私とおかあさんです。計算方法やマナー、読み書きまで教えますよ。」
「⋯え!?2人が先生なの?素人じゃん!」
「ふふっ。それはどうでしょうか。」
隅からも声が聞こえる。
「⋯その学校ってどのくらい通うの。」
「1年間です。みっちり教育させていただきますよ。」
「い、1年⋯めっちゃ長いじゃん⋯」
ミハルがみんなを見る。
「これからみんなに私とお母さんでみっちり指導します。そうすれば必ず就職を⋯」
「待ってよミハル!そんな事急に言われても⋯」
私たちの困惑をよそに、話を続けるミハルを止める。
「なんでしょうか?」
「⋯事務職ってなに?私たち、今まで力仕事しかしてこなかったんだよ?あまりからかわないでよ⋯」
「街でお仕事は人間の子たちが全部取ってっちゃうんだよ⋯?ミハル、それわかってるのかな?」
「私たち、読み書きだってまともにできないのに⋯そんなの無理だよぉ⋯」
私たちがミハルの夢物語のような理想に反発する。
それもそうだ。
ずっとこの村で育ってきた田舎娘たちに、そんな事ができるはずないのだから。
「私たちだって、この生活受け入れてるんだからさ!そんなの余計なお世話だってば⋯」
思っていいなかった言葉が、口から漏れる。
「⋯そうですか。ですが皆さん、悔しくないのですか。」
「「「⋯!」」」
「長女に生まれなかったから、出来るのは力仕事。何かが変わるのを心の中では望みながら、それを口に出すことすらしない。そんな生活、嫌じゃないですか?」
一瞬の静寂があたりを包む。
「何もしなければ、そのままです。何かを始めることに意義があるんです。悔しいなら、行動しないと⋯」
「⋯何がわかるのよ。」
私の中でプツンとキレる音が聞こえた。
「⋯ミハルに何がわかるのよ!あなたはギルドの一人娘で、仕事なんて選び放題かもしれない!⋯だけどね、私たちみたいなただのエルフこれしかできることがないのよっ!」
「⋯」
「狩りはお姉ちゃんの仕事だし、他の仕事なんてさせてくれないの⋯あまり勝手なこと言わないで⋯」
「じゃあなぜ踏み出さないんですか!」
「!」
喝を入れられ、たじろいでしまう。
ミハルが怒るのを初めて見た。
「今の言葉に怒りを覚えたのでしょう?やっぱり悔しいんじゃないですか。自由がない、夢を見ることすらできない。そんな人生、願い下げ何でしょう?」
返す言葉もない。何の不満もないならこんな言葉は出てこなかったはずだ。
こんな小さい子に言い負かされてしまった。
「おかあさん。」
「はぁい。」
「私の母であるエリアスです。皆さん知っての通りギルドの一人娘で、今は主婦をしています。」
ポケットから道具を取り出す。
「そして私が持っているこの道具。スクワラルが作った最新の計算機、そろばんと言います。使いこなすのには鍛錬が必要ですが、計算尺やアバカスを遥かに超えるスピードを出すことができます。」
私たちの困惑をよそに、ミハルがエリアスさんにそろばんを渡した。
「おかあさんは、この道具を一か月でマスターしました。」
「⋯え?」
「今まで、計算なんて時間かけてしかできなかったけど、今は家計簿なんて一瞬でつけられるわよぉ。」
ニコニコしながらVサインをしてきたエリアスさん。はっきり言ってそんなふうには見えない⋯
「このように、素人から一か月でマスターすることができたのです。⋯私が教えれば、できます。」
「だ、だけどそんな⋯」
ミハルはみんなを見渡し、目を見つめる。
「皆さんの1年をください。」
「1年⋯」
「短い時間ではありません。1年間、成功するかも分からない職業訓練。足踏みする気持ちも分かります。」
深く息を吸う。
「『駄目で元々、当たって砕けろ!』これが我が校のモットーです。」
「!」
「一歩踏み出す勇気を持ってください。安心してください。背中を押した責任は必ず取りますよ。」
胸の奥にしまっていたモヤが、ゆっくりと晴れた気がした。




