プロフェッショナルというブランド
「⋯それで、あげちまったってのか!バカだねぇオメェも!」
「⋯しょうがねぇっすよ。だってあの子に借金肩代わりしてもらったんっすよ?」
「それもこれも私のせいです⋯申し訳ない⋯」
あれから1ヶ月後、工場に集まった俺たちギルドのメンバー。
事の経緯を2人に話すと、責められたり、謝られたり、とにかく慌ただしい会議になった。
娘にギルドの経営権を渡した。
しかも7才の子供に。そりゃ反発はあるだろうと思っていたのだが。
「⋯まぁ仕方ねぇな。全部奪い取られるよりはマシだ。」
「⋯責めないんですね、ギルアドさん。」
「バカ野郎っ!この責任をテメェになすりつけるほど、落ちぶれちゃいねぇよ。こんなになるまで楽観視してた、全員が悪いってことだ。」
「⋯しかし、ミハルお嬢さんはこれからどうするつもりなんでしょうか⋯」
トールじいさんの疑問はもっともだ。
盾の製造にあれだけ反発されたんだ。もうギルドとして、武器の製造なんてやらせてもらえないのかもしれない。
「武器職人から、木工細工職人に転身とかか?俺の40年⋯全部無駄になっちまうのかな。」
「そんなことはありません。」
「うわっ!ミハルちゃん、驚かさねぇでくれよ!」
俺達のそばにひょっこりと顔を出したミハルは、何やら紙の束を持ってきた。
「おはようございます。みなさん。」
「「「おはようございます⋯」」」
「声が小さいですね。寡黙な職人なんて流行りませんよ。もう一度。」
「「「おはようございますっ!」」」
「よろしい。では会議を始めましょう。」
テーブルに集められ、手元に紙が配られた。何やら細かい文字と幾つかの設計図のようだ。
「事業計画書です。みなさん、目を通してください。」
「へぇ。よくできてるじゃねぇか。」
「⋯武器製造と並行した事務用品づくりとブランドの確立について?」
トールじいさんが紙に書かれていた計画の内容を読み上げると、ミハルがみんなに紙を見せながら説明を始めた。
「みなさんに武器製造をやめろなんていいません。しかし、それと同時に別商品の製造も行っていただきます。」
「待ってくれよミハル。俺達武器は得意でも、事務用品だなんて⋯」
「何を言ってるんですか。武器の細かい装飾だってできるんですから、これくらい朝飯前でしょう?それに、もう試作品はできてます。」
「試作品ですか⋯?」
ミハルはポケットから木片のようなものを取り出す。
「それは⋯」
「おとうさんが今年の誕生日にくださったものです。」
「それはおもちゃじゃないか⋯ミハルに頼まれて作ったやつだろ?」
「ええ。ですが、これはおもちゃなんかじゃありません。⋯計算機です。」
ミハルはそのおもちゃをカシャリと机のうえに置き、みんなに見せる。2人は初めて見るものなので、疑いの目で凝視していた。
「計算機⋯このようなものですか?」
トールじいさんは自分のテーブルから計算尺取り出した。
「そう!これこそが計算機だよな?」
「計算尺ですね。もちろん存じ上げています。」
「なんで今更あるものを作るんだ⋯しかも、競合だって多いぞ?」
「ミハルちゃん、まだまだ子供だなぁ⋯?形の変わった計算機を今さら作ったところで、売れるわけねぇよ!」
俺達は不平不満、文句をミハルに投げかける。
子供の浅知恵に付き合う気はないと、はっきり言ってやらないと、調子に乗ってしまうからな!
「⋯はぁ。よろしい。ではこの子の凄さを皆さんにお伝えします。トールさん、ご用意を。」
「よ、用意ですか⋯?何をすれば⋯」
「この1か月分の帳簿を持ってきてください。ベテラン事務員であるあなたと、計算勝負をさせていただきます。」
「ミハル⋯そんな大人をからかうような事を言うんじゃ⋯」
「ちょっと待てよ!面白そうじゃねぇか、やらせてみようぜ?」
俺がミハルを叱ろうとすると、ギルアドさんに制止されてしまった。
この人、なんでも面白がるタイプだからたちが悪いな⋯
トールじいさんはミハルに指示されたように、過去のウチの帳簿を2冊分持ってきた。
2人は一冊ずつ持って椅子に座る。
「いいか?勝負は1か月分、このページだ。用意できてるか?」
「もちろんです。」
「こちらも、問題ありません。」
「よしっ、よーい⋯ドンっ!」
2人は計算機に目をやり、各々道具を手に取る。
トールじいさんは計算尺を老眼鏡で見つめ、スッと動かしながら、右手で紙に結果を書いていく。
うん。速い。俺がガキの頃から、事務の仕事をしているベテラン。年季が違うってことだ。
―パチパチパチパチパチッ!
「おいおい⋯!なんつぅ速さだよこりゃ!?」
「な、何だって⋯!」
何か凄まじい音が聞こえてきたので横を見ると、ミハルがとんでもないスピードで計算機の玉を動かしている。
「ちょっと待て、これじゃあ⋯」
「はい。」
俺達が見とれている間に、ミハルが手を挙げる。
「そ、そんなバカなっ!?」
「ミ、ミハルちゃん⋯さすがに無理があるぜ⋯適当やっちゃだめだよ。」
「ご自身の目で確認されてください。どうぞ。」
ミハルから725,380メイズと書かれた紙がある。ホントに計算したってのか⋯?
ギルアドさんが帳簿の目隠し用の紙を取る。
「⋯ははっ。こりゃたまげたなぁ⋯」
帳簿の紙には725,380ときちんと書かれている。この子は本当に計算したのだ、この計算機で。
「トールじいさん、あんたは⋯?」
「わ、若⋯」
青ざめているじいさんは、紙を見せる。まだ1ページの序盤。つまり全くと言っていいほど、終わっていないのだ。
「計算尺は正確で、それに様々な計算ができる素晴らしい道具です。しかし尺を合わせる時間、いちいち結果を書き取る時間、すべてにおいて『そろばん』を下回っています。」
「そ、そろばん?」
「この道具の名前です。⋯確かに計算尺はどんな人でも計算ができるようになる。ですが、どの企業も時間に追われています。今の時代には合っていません。」
言い負かされそうになりながらも、何とか疑問を飛ばす。
「で、でもこんなの誰でも使うことはできないじゃないか!練習しないと使えないものなんて⋯売れるはずがない!」
―パチンッ!
軽快な指パッチンを鳴らしたミハルは、ニッコリと笑う。
「えぇ、だから成功するんですよ。」
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