家族の契り
「いらっしゃいませー!あっ、ミハルさん!ちょっと待ってくださいね。」
「こんばんは。すごいですね⋯これは。」
あのキッチンカーの成功から9ヶ月。
キングストンの職人さんたちの口コミのおかげで、実店舗も繁盛するようになり、ついに移転が決まった。
ライアットバレーでも飲食店が並ぶ一等地。大丈夫かと様子を見に来たのだが。
「持ち帰りですか?はい、チーズカルバンダに、フレンチフライと、レモネードですね!え?それを3つ?かしこまりましたぁ!」
「これ、4番テーブルに!え?違う!そこ7番だから。左から数えるんだよ。」
「ねぇ、頼んだのまだぁ?」
「はい!こちらです!大変おまたせしました!」
お客さんがごった返す大盛況。従業員を雇っても、間に合わないくらい儲かってるみたいだ。
「よし。ちょっとはずすからっ!⋯おまたせしました。」
「申し訳ございません。こんなピークタイムに来てしまって。すごい盛況ぶりですね。」
「いえいえ、まだリニューアルから3ヶ月ですから。今は最初の物珍しさで来てくださってますが、勝負はこれからですよ。」
見違えた。やはり成功体験とは重要だと思う。
前までのバルムさんの自信なさげな目とは違い、未来を見据える経営者の目になった。
「そうですね。その姿を見て安心しました。今日はここで失礼しますね。」
「ちょっと待ってください。こちら、お返しします。大変おまたせしました。」
バルムさんは横においてあった大きめの袋を私に渡してきた。中身は紙幣と金貨。結構な大金だった。
「返済額の1000万メイズです。どうぞ、お納めください。」
「⋯待ってください。こんなに返していただかなくても。カジノの時の300万と、キッチンカーの時の50万、合わせて350万くらいで⋯」
「ミハルさん。」
私が大金に狼狽えて、断ろうとする言葉をピシャリと静止された。
「これは、私のプライドと誠意です。貸した人の責任として、気持ちよく受け取ってくれませんか。」
「!」
この間までどん底にいた人に、金貸しのあり方を説かれてしまった。⋯人とは変わるものですね。
「うふふっ⋯そうですね。ありがたく、返していただきます。」
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店の外へ出て夜空を見上げる。
「ミハル様。バルムさん、とても頼もしくなってましたね。」
「ええ。あの方は成長されました。もう、心配は必要ありません。」
この一件で思い出した事がある。
成長を見守る大変さ。
感謝される気持ちよさ。
人の未来を憂う尊さ。
私はなぜ銀行員になったのか。
昔の私と同じようにお金で苦しむ人たちを、笑顔にしたかったからだ。
⋯お金のせいで殺されたから、それがどうした。
面白いことに、今、お金は死ぬほどある。
これを世界に回すのが、金持ちとしての義務であり、特権なのです。
「ふっ⋯結局、足洗えませんでしたね。」
「え?何のことですか?」
返してもらった袋から硬貨を取り出し、月にかざす。
「⋯カテリーナさん!」
「は、はい!何でしょう!」
「今日から私はカネ貸しになります。エビルス様からいただいたこのスキルで、この世界の人たちを豊かにしてみせますよ。」
「ええっ!?せっかく自分で使えるお金を、人に貸すんですか!?」
大きく驚いた彼女は、すぐに笑みを浮かべて言う。
「⋯と言いたいところですが、ミハル様ならそう言うと思っていました。天職は捨てられないということなんですね⋯」
「ふふっ⋯いかがでしょうか?」
「もちろん賛成です!監視を任された身として、そのカネ貸し稼業、お付き合いさせていただきますよっ!」
カテリーナさんが私の肩に腰を下ろして、やる気十分という姿勢を見せてくれた。
私は前を見据え、コインをぐっと握って、前に突き出す。
「⋯さぁ。営業開始です。やってやりますよ!」
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―半年後―
「⋯頭領はすぐいらっしゃる。そこで待ってろ。」
「はい。」
モダンな雰囲気の、高級そうな調度品が飾られている一室。
私はある人を待っている。
カジノで前にあったジャリオという、高利貸しの男にアポを取り数日。ライアットヒルズの中心部にある館に招かれ、そこでお目通りがかなうことになった。
重い扉が開く。ジャリオが先に入り、奥からお目当ての相手がやってきた。
「⋯やぁ、お嬢さん。久しぶりだね。」
「お久しぶりです。グラルドさん。」
盗賊ギルド『デスペラード』頭領
グラルド・ポール・アンダーソンだ。
「自己紹介が遅くなり、申し訳ございません。私、ミハルと申します。今日は不躾にも、お時間をいただきありがとうございます。」
「いや、君からの呼び出しとはすこしおもしろいと思ってな。かまわないよ。」
ソファに座って向かい合わせになり、彼は葉巻をきり始める。
横ではジャリオが直立不動で私に睨みを利かせている。
「あのときは頭巾をしていたから気づかなかったが、ずいぶん幼かったんだねぇ⋯いくつだい?」
「今年で6つです。」
「⋯ほぉ!それはそれは。若いのによくできた娘だ、ご両親もお喜びだろう。」
「恐縮です。」
彼は孫を可愛がるように、ニコニコと笑みを浮かべながら私の話に耳を傾けてくれる。
くわえた葉巻にマッチを近づけ、数度ふかした。重い煙が口の中からムワッと吹き出す。
「それで、本題に入ろうか。」
私は彼の目を見据え、話をきり込む。
「⋯あなたのシマでのサラ金の営業許可を、いただきにあがりました。」
「なっ!?」
「⋯ほぉ。」
先程までの空気とは確実に何かが変わる。威圧感なのか、非日常感なのか。それはまだわからない。
「先日から、カネ貸し稼業をはじめました。まだ数人にしか貸し付けは行なっておりませんが、この土地はあなたが管理されてる土地。ご挨拶に伺わせていただいた次第です。」
「⋯おい、待てこのクソガキ⋯」
事の行く末を見守っていたジャリオが私の言葉を遮った。
「なにがご挨拶だぁ?カネ貸しはな、ガキの遊びじゃねぇんだよ。勝手にデスペラードのシマ荒らしといて、事後承諾なんていい度胸だなコラァ!!」
まくしたてるように私に詰め寄るジャリオ。その剣幕をまったく相手にせず、私は言う。
「貴方に話すことではない。私は頭領に話しているのです。」
「て、テメェっ!!」
胸ぐらをつかまれソファから腰が浮く。
怯むな。
ここで怯んでは、認められるだろうはずがない。
「ジャリオ⋯何を勝手なことをしている。」
「⋯頭領。最近こいつは俺たちの債権者を横取りしているんです!勝手に完済させて、乗り換えさせているんですよこのガキはっ!」
「⋯そんなこと知っている。乗り越えさせる隙を与えたのは、貴様の落ち度じゃないか。そんな出来損ないが私に意見するのか⋯?」
「⋯すみません。」
グッと目を向けたグラルドに怯み、ジャリオは手を緩める私はストッとソファに落ちた。
「⋯しかしだねお嬢さん。ジャリオの言っていることにも一理ある。盗賊ギルドにとってシマというのは命より重いものだ。」
腰を前にかがめ、葉巻を灰皿に押し付ける。そのまま私の目をグッと睨んだ。
「家の庭を荒らす野良犬は、駆逐するのが裏の作法だ。わかるか⋯小娘。」
大都市を支配する裏の世界の王の凄み。
背中から血の気が引きずり戻される、そんな感覚。
あちらの世界でも一度も味わったことのない、根源的な恐怖だった。
目をそらさずに、私は言葉を紡ぐ。
「⋯その野良犬は、宝を掘り当てる鼻を持っていてもでしょうか。」
「⋯話を聞こう。」
彼はピクリと眉を動かし、背もたれに深く座り直した。
「ジャリオさん。カネ貸しの本分とは何ですか。」
「何ぃ⋯?」
私が話を振ると、訝しげな顔をしながらも答える。
「⋯カネ貸しってのはクズから根こそぎ奪い取ることこそが本質だろうが。利子でコツコツ締め上げて、最後はすべて奪い取る。それが最高の仕事ってやつだ。」
「なるほど。」
救えないほどの略奪主義者。
この男にとってカネ貸しとは、破壊のための口実にしか過ぎないのだろう。
「そこに、将来性はあるのでしょうか。」
「将来性だと?」
「確かに、利子と相手の権利を奪い取れれば、金は手にはいるでしょう。しかし、その後はどうです?その土地には何も残らない。あるのはぺんぺん草も生えない荒地だけです。」
グラルドさんに目を向ける。
「カネ貸しとは農夫のようなものだと考えます。ひ弱な植物に肥料をまいて、十分に育って刈り取り、また種を植える。」
葉巻をくゆらせ、私を値踏みするように話を続けさせる。
「確かに育たぬ植物は間引かねばならない。⋯ですが、育つはずだった作物まで抜き取ってしまえば本末転倒です。」
「私にはそれを見分ける目があります。」
私は横に置いておいた大きな箱を、前のテーブルに置く。厳重な南京錠を開けて、箱を開いた。
「7億メイズです。どうか、こちらをお納めください。」
「な、7億だとっ!?」
固まっていたジャリオが、動揺しながら箱の中を見つめる。
「私がこの1年足らずで儲けた分の5割です。こちらを、アガリとして納めさせていただければと思います。」
「ふふっ、アガリねぇ⋯」
ニヤリと笑いながら私の方から目をそらさずに、前のめりになったグラルドさんに続ける。
「この数ヶ月、私はあなた方の顧客に金を貸し続けた者の意見として言わせていただきます。この土地は、まだまだ実る。そう確信しております。」
「ふふっ、そうかい⋯しかしわからんなぁ?こんなにアガリを収めてしまっては、大した儲けにもならんだろう。なぜこんな事をする?」
その問いにまっすぐに答える。迷いはない。
「それこそが⋯私の暇つぶしです。」
静寂の中、笑い声がその沈黙を破った。
「くっ⋯フハハハハッ!!暇つぶしだとっ⋯!?面白いことを言うなっ!ハハッ!」
「と、頭領⋯?」
彼はひとしきり笑い終えて、涙を拭く。
「よろしい。君に、私の庭の管理を任せることにしよう。」
「なっ⋯!」
「⋯ありがとうございます。」
グラルドさんは笑みをこぼしながら、私に許可を与えてくれた。しかし、ジャリオが横から静止する。
「待ってください頭領っ!本気ですか⋯?」
「⋯ジャリオよ。私はこの娘をいたく気に入ってしまったのだ。もう決めてしまった。」
「そ、そんな⋯私はどうすればっ!」
「貴様にはカジノの管理も、さまざまな要職をつけている。それでは不満かね?」
「⋯い、いえ。そんなことは⋯」
「⋯決まりだな。」
席を立って、私に手を伸ばす。
「お嬢さん。これで私たちは家族だ。この契りはこの握手で成立する。⋯さぁ、どうかな?」
「喜んでお受けします。⋯お爺さま。」
「かわいい孫娘ができてうれしいよ⋯ミハルよ。」
固く握手をしたその手は、今までの修羅場の数を物語る、とても重厚な手だった。
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「⋯ジャリオ。これを見てみろ。」
あのガキが去り意気消沈の中、頭領から呼びかけられた。
「⋯はい。何でしょうか。」
「ミハルの置いていった金だ。7億メイズと言ってたな。」
「それが何か⋯?」
ため息交じりでこちらに目をやる。
「⋯まだ分からんのか。あの娘は金貸しを始めるのに、こんな大金を納めてきた。恐らく嘘だろうが⋯」
「嘘でこんなアガリを⋯?」
「私はあのときカジノで大勝ちした金を資金にするのだと思っていたのだがな。それもそっくりそのまま返してきたんだ。」
そう言えば、あのカジノでのイカサマ騒動の最中、アイツは5億メイズという金額を稼いでいたはずだ。
なのに今回はそれを凌ぐ7億という金だ。
なぜそこまでま払うことができる⋯?
「⋯つまりあの娘は5億というはした金を使わなくても、客に金を貸し出せるほどの資金を持っているということだ。」
「⋯なんですって⋯?」
「総資産はいくらなのだろうな⋯おそらく私なぞ相手にならんほどの金を持っているのだろう。」
ゴクリと生唾を飲んで、その途方もない金額を想像する。
「あの娘はカネ貸しを暇つぶしとのたまいおった。真意の分からんものこそが、一番恐ろしいのだ。」
「頭領⋯」
「⋯油断していたらこっちが食われてしまう。ああいう手合いは引き込むのが最善だ。あの娘には用心しろ⋯決して敵対はするな。⋯いいな?」
「は、はい⋯」
こんなに用心深く相手を警戒する、頭領の姿は初めて見た。
たった一人の娘に恐怖し、屈服したのだという絶望感は、どんなに時が過ぎても拭うことはできなかった。
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