ランチタイムという名の戦争
「⋯ふん。こんなものワシのギルドには必要ないね。」
私が作ってきた提案書を雑にテーブルに放るのは、鉄鋼ギルド『キングストン』のギルドマスター、デガルタ・キングストンだ。
キッチンカーの出店する土地探しのため、私は営業活動をしている。
そこで目をつけたのが、ライアットヒルズでも有数の工場を持つ『キングストン』だった。
「⋯キングストンさん。こちらはギルドにとっても悪い話ではないように思えますが。」
「土地を用意するならまだしも、食費の3割を負担しろだと?バカも休み休み言うんだな。こんなもの誰が受けるか。」
土地探しと同時に、必要なもの。それは企業からの料金面の支援だった。
バルムさんのハンバーガー。いや、カルバンダはとてもおいしい。
しかし、料金は800メイズと少し高い。おいしい分だけコストもかかる。
コストカットも考えたが、それではあの感動的な味を出すのは難しい。
そこで企業の福利厚生という名目で資金負担を提案した。目指すは、昼ごはん代として手が出しやすい500メイズ。ワンコインだ。
「働き手への還元。これはギルドメンバーの皆様にとって、マスターができる恩返しというものです。気遣われていることは、態度ではなく、行動で示すのが一番かと。」
「くだらん⋯そんなものなくとも、私の部下たちに不満なぞ無いわ。小娘が偉そうなことを言うなっ!」
なるほど。これは噂通りのワンマン社長ぶりですね。
こちらも、裏の手を使うしかなさそうだ。
「そうですか。⋯でもそれでは、職人の流出は止まらないと思いますが。」
「なに⋯?」
「先日も腕のいい職人さんが、『アイアンベルグ』に移ったと聞きました。その理由は、金銭面のことのようですね。」
『アイアンベルグ』はこの都市一番の鉄鋼ギルドだ。今、キングストンと企業戦争をしている真っ只中。ライバルなのである。
「⋯どこで聞いたか知らんが、あんな奴居なくても、何も変わらん。」
「こんな事を漏らしていましたよ?『マスターの扱いにはウンザリだった。愛を感じない』と。」
「っ⋯やかましい!知るか、そんなこと!」
これはカテリーナさんが掴んできた情報だ。どうやら、思い当たる節はあるのでしょう。
「キングストンさん。こんなこととは申しますが、この工場の周りには飲食店がない。職人さん達はいつも冷たい食事をとっているはずです。」
「⋯」
「社会人にとって、ランチタイムは唯一の安息の時間。ここをあなたの資金で豊かにする。これは満足度を上げるために重要なプロジェクトになるはずです。」
「⋯しかし、本当に効果なんてあるのか?机上の空論に金をかける気はない。」
食いついてきましたね。もう一押しです。
「でしたら、資金援助はテスト販売をしてからで結構です。」
「テスト販売ぃ?」
「1日だけ、工場の外の空き地をお貸しください。そこで我々のキッチンカーを出店します。正式決定は、その結果を見てご判断いただけませんか?お願いします。」
深く頭を下げて、相手の様子をうかがう。
「⋯いいだろう。土地だけ、貸してやる。」
―ニヤリッ⋯
「ありがとうございます。」
大物を釣り上げたことに心のなかでガッツポーズをしながら、顔を上げた。
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「本当に売れるんですかね⋯キッチンカー。」
「自信のない人のご飯なんて、誰も買いたくないですよ。ほら、胸を張ってください。」
背中をポンと叩いてバルムさんを鼓舞する。この人は、どうしても小心者な部分がある。自信をつけて、次につなげねば。
「そうですよ!あんなにおいしい食べ物が、売れないはずないです。私も今日は頑張りますよぉ!」
カテリーナさんにまかないを出すというと、その場返事で協力してくれることになりました。
「⋯二人がそんなに頑張ってくれるなら、やるしかないですね!やりますよっ!」
私たちのやる気を受けて、バルムさんも気合を入れたようだ。開店準備のためせかせかと火を用意して、道具を手入れする。
昼休みまであと30分。最後の仕上げだ。
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―ジュー⋯ジュー⋯
「ふぅ⋯そろそろ休憩だなぁ⋯」
「ようやく飯だなっ。待ちわびたぜ!」
「⋯おい、なんだこの匂い。肉か⋯?」
「なんで工場の外から、こんな匂いがするんだ?」
工場の扉を開けて、ぞろぞろと職人たちがやってくる。行きますよっ!
「みなさーん!いらっしゃいませー!キッチンカー『バルムス・カルバンダ』です!」
「肉とパンが熱々ですよぉ!値段は500メイズ、ワンコインですぅー!」
―ワンコインだって⋯?
―できたてが食えるのか⋯?
私とカテリーナさんの呼び込みで、職人たちが興味を持ったようだ。一人の若い職人が話しかけてきた。
「お嬢ちゃん。なんだいこりゃ。」
「移動式の屋台です。ギルドマスターのキングストンさんからの依頼で、できたての料理を作らせていただいてます。」
本当はこちらから提案したのですが、バレなきゃいいでしょう。少しくらいの誇張は。
「へぇ!?マスターがこんな事を許したのかい?」
「はい。しかも、料金が本来800メイズのところ、300メイズを負担してくださっているのです!」
「あのマスターがねぇ⋯?珍しいこともあったもんだな⋯」
私はグイッと近づき、お願いをする。
「どうか、お一ついかがですか?キングストンさんのご厚意ですし、是非に。」
「⋯そうだな。一つもらうよ。」
「俺たちも一つずつだ。」
若いグループの職人たち数名が、購入してくれた。よしよし、いい調子⋯!
「大将っ!5つお願いしまーす。」
「あいよ!」
私は紙を用意して、カルバンダができるのを待つ。
数秒が成功か失敗かを分ける。勝負の分かれ道なんだ。
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「カルバンダを作るスピードを上げてほしい⋯?」
「そうです。」
「ですが作るのに、5分はかかってしまいますよ?肉に火を通すのに絶対にかかります。」
前回私に作ってもらった時に、時間を測っていたのでそれは知っている。しかし、この時間は命取りなのだ。
「それではダメなんです。」
「なぜですか?普通の料理でも早い方ですよ!」
「⋯バルムさん、あなたが戦うのは普通のディナーではありません。ランチタイムなんです。戦争なのですよ!」
「せ、戦争っ!?」
この人はランチタイムのことを知らない。元銀行員として、ここの重要さを説かなければいけない。
「ランチタイムとは、仕事中に唯一残された安息の時間。この時間を有効活用できるかが、ビジネスマンとしてのスキルが試されるのです!」
「な、なるほど?」
「サラリーマンが求めるものはそう⋯『安さ!早さ!うまさ!』なのです!」
「⋯!!」
このカルバンダに足りないのは値段とスピードだ。うまさは担保されているのであとは努力すればいい。
「安さは私がなんとかします。あなたは早さを極めてください。」
「⋯分かりました。やってみましょう!」
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「はい、お願いします!」
―サッサッサッ
出来上がったカルバンダを紙で包む。やはりあちら式のほうが、皿も必要ないし、かさばらなくて楽だ。
「⋯できました。どうぞっ!」
5つのカルバンダを職人たちに渡す。
「もうできたのかよ!?⋯ホントにうめぇのか?」
「⋯うわぁ、ほんとに熱々だ!」
「⋯中はパンと、捏ねた肉か?炭火の匂いがするぜ⋯」
「⋯チーズの匂いもいいなぁ!」
「「「「「いただきます!!」」」」」
がぶりとみんながかぶりつく。
「⋯うんめぇ!!なんだこりゃぁ!!」
「パンも、肉も最高だ⋯ソースもチーズも美味すぎる⋯」
「これが500メイズってマジか!安すぎるよっ!」
「肉は3枚も入ってるなんて、すごいぜこれ!」
バルムさんはスピードを上げるために肉を薄くして、枚数を増やしたのだ。
私はなんのヒントもあげてないのに、自らこの答えにたどり着いた。
スピードのために、こだわりをわりきって変えた。
バルムさんも、この日のために成長してきている。
「おいおい⋯うまそうだぞこれ⋯」
「俺にも1つ⋯いや、2つくれっ!!」
「こっちもだ!たのむよっ!!」
―ガヤガヤ⋯ガヤガヤ⋯!
あっという間にキッチンカーの周りには、職人達の人だかりができた。
私たち3人は目を見合わせて、お客さんを見る。
「「「かしこまりましたっ!!」」」
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「食った食ったぁ⋯!!」
「いやぁ⋯マスターには感謝だなぁ⋯最高だよ⋯」
「す、すごい⋯完売だなんて⋯」
用意していた100食分はものの、1時間もたたずに売り切れた。私の予想以上のスピードだ。職人達の食欲をなめていたのかもしれない。
「本当に売り切れたのか⋯」
「あ、キングストンさん。」
テスト販売の様子を見に来ていたキングストンが、キッチンカーの周りを見て驚きの言葉を漏らしている。
「あ、マスター!今日はごちそうさまでしたっ!」
「いやぁ、最高でしたぁ!腹いっぱいですよぉ⋯」
「あ、あぁ⋯そうか⋯」
古株そうな職人が、キングストンに近づく。
「こんな飯が毎日食えるなら、仕事もよりやる気になりますねぇ⋯おめぇら、マスターに感謝しろよ!!」
「「「ありがとうございます!マスター!!」」」
「⋯喜んでもらえて嬉しいよ。」
気恥ずかしいのか、照れ隠しか、頬をかきながら横を向く。
「もしかして、これからもこの屋台は来てくれるんですか⋯!?」
「ば、バカいえ!こんなの今回だけに決まってんだろぅ!」
ベテラン職人が血相を変えて、若手職人の頭を叩く。その姿を見て、キングストンさんが口を開いた。
「⋯何を勝手なことを言っている。もちろんこの屋台は、ここで営業するに決まっているだろう。」
「⋯えっ!?本当ですかマスター!」
「これがお前たちへの、私なりの恩返しだ。どうか、楽しんでくれ。」
職人たちから歓喜の声が上がる中、キングストンさんは屋台の私たちに近づいてきた。
興奮した様子のバルムさんが話しかける。
「あ、ありがとうございます!営業を許可してくださるなんて!」
「ふっ⋯こうなっては仕方がないからな。」
私はとっていたカルバンダを手渡した。
「どうぞ。あなたにも、こちらのおいしさを知っておいていただきたいのです。」
「⋯もらっておこう。」
そのまま立ち去ろうとする後ろ姿に呼びかける。
「許可をいただけたのは、職人たちへの愛の証ですか?」
「⋯馬鹿め。カルバンダの味に惚れ込んだだけだ。」
照れ隠しに冗談をついて、彼は去っていった。
「⋯あーっ!?それ、賄いですっ!待ってくださぁい⋯!」
カテリーナさんのヘナヘナとへたり込む姿を見て、私とバルムさんの笑い声が空き地の中に響いた。
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