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カネは天下のまわりもの -2-


 お昼休み


 融資課デスクは重苦しい空気が流れていた。


 それもこれも先程の会議室での一悶着のせいだ。

課長である俺は目の前にいるこの娘を手招きする。


「恵守ちゃん。ちょっと来なさい…」


「はい。」


「困るよ、恵守ちゃん⋯また支店長と揉めるなんて⋯」


「申し訳ございません。ですが、私は間違ったことは言っていません。」


「そうかもしれない。だけどね?この銀行で上に楯突くのがどれだけ怖いか、君はわかってない!」


 ビシッと指を指すが、彼女は何も動じない。


「それでも嘘は見逃せません。それが私のモットーなので。」


もう、この娘は!本当に!!でも結果出してるから強く言えないんだよなぁ⋯


「怒られるの僕なんだからねっ!?」


「ごめんなさい。永田課長。コロッケそばおごるので許してください。」


「それいつもの駅そばでしょ!好きだよねぇ、君も⋯」


「課長、お言葉ですが『とみおか』への侮辱は許せません。」 


「侮辱はしてないでしょ!」


 この娘、時々変なところムキになるよな。


「まぁいいや。とにかく、あんまり揉め事はおこさないでね。」


「善処します。」


ホントかよ⋯まったく。


何を考えているかわからないが恵守はうちのエースなのである。


「で、でも、恵守先輩!かっこよかったです!」


「水野ちゃん。こんなの褒めちゃだめだから。」


「でもあの支店長にビシッと物申す姿!キャリアウーマンの憧れですよ!よっ!桜の女帝!」


「ありがとう。渚くん。でも、その呼び方は恥ずかしいかな。」


「いつか恵守先輩みたいな、かっこいいバンカーになりたいです!」


「憧れるなんてほんとにだめだからね?2人は面倒見きれないからさ。」


 先が思いやられるなと、俺は頭を抱えた。


「お詫びに、こちらどうぞ。」


 恵守がタッパーに入ったおにぎりを差し出してきた。


「え?急にどうしたの、自炊しない恵守ちゃんが。」


「先ほど話題に出た、『とみおか』のおかみさんがくれたんです。渚くんもどうぞ。」


「いいんですか!?じゃあ、さっそく。いただきまーす。」


駅そばのおにぎりか⋯と期待せずに口に放り込む。


 昆布だ。甘辛く味付けされて、隠し味にシソの香りを感じる。ごまの香ばしさと、硬すぎず柔らかすぎないコメのほぐれやすさ⋯


「うっま⋯」


「お、おいしいですっ!」


「どうですか?『とみおか』の実力は。」


満足げなドヤ顔を見せつけてくるが君の手柄じゃないだろう⋯


「しかし惜しいな。こんなに美味い飯を出すのにあそこ、あんまり繁盛してないよね。」


「それは私にとても不安なのです。『とみおか』がなくなったら、私は何を生きがいに生きればいいのでしょう⋯」


「そんなにですかっ!?」


「私もなにか手助けができればいいのですが。」

 

 俺は珍しく暗い表情を見せた彼女を横目に、残ったおにぎりを口に運んだ。


________________________


 木曜日である今日は、『とみおか』は臨時休業だった。


 なぜなら今日は、大事な用があるからだ。


「ふぅ⋯緊張するなぁ⋯」


 富岡力也は、今、帝桜みのり銀行 桜国橋支店の正面玄関の前に立っている。


 俺はどうしても自分の店を諦めることができない。


 そう決意したのは数日前の話。今日は半年分の運転資金を借りるために近くの銀行までやってきたのだ。


 ここには普通預金の口座を作っている。だからといって先の見えない駅そばに金を貸してくれるのだろうか。


「⋯ここで悩んでもはじまらねぇ。当たって砕けろだっ!」


 自分に気合を入れてドアを開いた。


 階段を登った2階に融資部はあった。

 いつも来ている1階のフロアとは違い、とてもひりついた雰囲気だ。


 金を預けるのと、金を借りることの事の大きさをその身にひしひしと感じる。


 番号札を取って席に座り、順番を待つ。


 不安だ⋯こんなに心臓がバクバクするのは久しぶりだと思う。


(どうかいい担当者が当たりますように⋯!)


 そうこう祈っていると番号が呼ばれた。


 ぎこちない動きで席を立ちカウンターに向かうと、なぜか見覚えのある顔の女の子がいた。


「え⋯美春⋯ちゃん⋯?」


「驚きました。お店以外で会うのは初めてですね。私、帝桜みのり銀行 桜国橋支店融資課の、恵守美春と申します。」

 

 くすくすと笑いながら名刺を渡してくる。その姿を見て、腰が抜けるように椅子に崩れ落ちながら、ほっとため息をつくのだった。


________________________


「なるほど、半年分の運転資金600万円を融資してほしいと⋯」


「そ、そうなんだ⋯ごめんね、こんなこと頼んじゃって⋯」


「いえ、それが私の仕事ですから。」


ニコッと微笑んでくれてはいるが目は笑っていない。真剣そのものだ。


「事業計画はお持ちですか?」


「うん⋯一応作ってきたよ。」


 銀行から金を借りるときには、どの店がどのようにして売り上げを立てて、金を返せるかという計画書を作らなくてはいけない。


 ウチの常連さんに相談に乗ってもらいながら、なんとか作った自信⋯はないけど自信作だ。


「富岡さん。」


「は、はい!どうかなぁ⋯」


 美春ちゃんは優しい娘だ。だが仕事上、厳しいことも言わなければいけないはず。なんとか苦言にも耐えてみせるぞ。


「この計画書には、残念ながら600万円の価値はないようです。」



 結構食らった。



 いつも大事にしてるお得意さんから、とんだメガトンパンチが飛んできたぞ。


「具体性にかける内容に、将来性が見えない希望的観測。はっきり言わせてもらいますが、この計画書でお金を借りようとするのは銀行に対して失礼です。」


 あぁ⋯懐かしいな。


 おやじの店を継ぐ前にサラリーマンをしていた頃。こんなふうに詰められてたっけ⋯


 頬を熱いものが通り過ぎるのを感じる。

 多分涙ではないと信じたい。


「そして、無担保で借りるのはほぼ無理だとお考えください。」


「そ、そうなのかい⋯?」


 担保とはもしお金を返せなかったたとき、かわりに差し出す資産。つまり借金のかたってやつだ。


「今の『とみおか』はご自身でわかってらっしゃるとおり火の車状態であると、この書類でわかります。何も保証がないまま、お金を貸すほど銀行は不用心ではありません。」


 ズボンの膝のあたりをギュッと握りしめる。


「親父さんの覚悟だけでは銀行は動きません。覚悟とは言葉だけでは証明できるものではないのです。」


 重すぎる。彼女から説かれる金の重さは、俺の心をさらに締め付けた。


「『とみおか』を守りたいのであれば。立て直したいのであれば。その覚悟を見せていただけませんか。」


「っ⋯ちょっとだけ待ってくれないか⋯」


 震えた声で、彼女の凛とした言葉を遮る。


 わかっていた。そんなに簡単なことではないことは。

 しかし、俺は嘘はつけない。自分のこの数年間の職人人生に、嘘はつけないんだ。


「カミさんに⋯連絡させてくれないか?」


 彼女の方へ顔を上げて携帯を取り出す。


「はい。もちろんです。」


 美春ちゃんは目をそらさない。真剣な目だ。

 

 スマホを開いて、ボタンを押し耳に押し当てる。


「もしもし?どうしたの?」


「お、おう。今よ。銀行に来てるんだ。」


「銀行?何しによ?」


「⋯金を借りに来たんだ。」


 数秒の沈黙が起こる。


 すると急に笑い声が聞こえた。


「なんか変だと思ったわ!最近様子がおかしかったのはそれかぁ!」


「なっ!?なんだよそれ!」


「あんた、気づいてなかっただろうけど。ずいぶん挙動不審だったわよ?私に見えないようにこそこそ何かやってるから、浮気でもしてるのかと思ったわよ!」 


「そ、そんなことするわけねぇだろ?」


「わかってる。信じてるもん。」


 赤面しながら、うつむいてしまう。

 恥ずかしいこと言うなよ。おばさんのくせに。


「お金借りに行って、私に電話してきたってことは何か重要なことよね?」


「⋯ああ。担保のことだよ。」


「そりゃそうよね。ウチみたいな駅そばが無担保でお金貸してくださいなんて、無茶な話だもん。」


「ウチの家を、担保にしようと思ってるんだけど⋯どうだ⋯」


 とても言いづらい話だ。もし店が軌道に乗らなければ、家を失うってことだからな⋯


「シャキッとしなさいっ!あんたそれでもそば職人かい!!」


 急な大きな声に身体がビクッと反応する。


「あんたがそうするなら、私もついていくに決まってるだろ?地獄まで付き合ってあげるさ。それがアタシの幸せなんだ。」


 目の前がじわっとにじむ。目頭を押さえても涙が止まらない。


「だから胸張って借りてきな!」


「お⋯おう⋯ありがとな⋯」


 電話を切り、涙を拭い、美春ちゃんに言う。


「家を担保することに決めました。どうか、よろしくお願いしますっ⋯」


 テーブルに額をつけるくらい頭を下げる。

 すると肩をたたかれた。


「その覚悟、受け取りました。」


 その顔には先程の怖さはなく、いつもの微笑みが戻っていた。


「私に、お二人の未来を助ける手助けをさせてください。お供させていただきます。」


________________________



 銀行から帰ってきて数日後

 美春ちゃんから連絡があった。


「今日の17時から『とみおか』で働かせてください。」


 ウチの店の強みを探るためだというが、そんな事で分かるのだろうか。

 何を考えているのかわからないが、美春ちゃんがそこまで言ってくれてるんだ。俺は臨時のバイトとして雇うこととした。


 銀行は副業NGだから、給料はコロッケそばでいいという。まったく、お人好しなんだか変人なんだかわからない娘だ。


「美春ちゃんそろそろじゃないのかい?」


「そうだな。少し緊張するよ⋯」


「なにいってんの。お得意さんが手伝ってくれるんだし、いいことじゃないのさ。でもまさか、美春ちゃんが銀行の人だったなんて驚いたわね!」


 お前は美春ちゃんの怖さを知らないからそんなことが言えるんだ!ほんとに怖えんだぞ、詰めるときの美春ちゃんは!


 そんな心の声を押し殺そうとしていると、目の前に美春が来ていた。  


「こんばんは。おやじさん。おかみさん。」

 

「話をしてたらちょうどいいところに!今日からよろしくね。」


「はい。お世話になります。」


 彼女はぺこりと頭を下げ、カミさんに導かれるまま厨房奥に入っていった。


 数分後厨房に2人は戻ってきた。


「おやじさん。いかがですか?」


「!!?⋯ぷっ!ふっふふっ!」


 カミさんの割烹着をきている美春ちゃんは全然似合ってなかった⋯あのバリキャリの美春ちゃんに割烹着の取り合わせについ笑ってしまう。


「ん⋯!んんっ!!似合ってるよ⋯ふふっ⋯」


「ありがとうございます。」


「あんた!せっかく着てくれたのに失礼じゃないの!かわいいわよ、美春ちゃん。」


 そんなやりとりをしている中、前からお客さんがやってくる。


「おやじさん、かけ一つ。ってあれ?こんなかわいい娘いたっけ。」


「ウチの看板娘の美春ちゃん!今日だけバイトできてもらってるのよ!」


「っへぇー!こんな娘がこんな駅そばで?」


 ニヤけながらカミさんと談笑する。駅そばで、とはなんだ駅そばでとは!いてもいいだろ、若いおねぇちゃんくらい!


 少しむかつきながらもそばを器に盛ると、美春ちゃんが早い手さばきでネギを盛り付けつゆをかける。

 

 あれ、仕事まだ教えてないんだけど。


「今後とも『とみおか』をよろしくお願いします。かけ一丁です。」


 微笑みながらそばを渡す姿に、客も見惚れてしまっている。


「ははっ!こんな娘がいるなら毎日来ちゃうよ!美春ちゃんね。覚えとく!」


 かけそばをササッと食べ終え、客は美春に手を振りながら帰っていった。


「美春ちゃんすごいわね⋯メニューもう覚えたの?」


「実は、私。コロッケそばにハマる前にこの店のメニュー、全制覇してるんですよ。だから、トッピングくらいなら任せてください。」


「さすが銀行員ね、仕事が早くて助かるわぁ。」


 妻よ。銀行員だからといってこれができるとは思わないぞ。


________________________


 22時。


 今日の営業は終了した。

 美春ちゃんの前にコロッケそばを置く。


「お疲れ様でした。お二人とも。」


「お疲れさん⋯今日は客多かったから大変だったよね?」


 なぜかは分かる。かわいい看板娘が入ったことによって、常連以外にもホームにいたおじさん連中が引き寄せられてきたからだ。 


「いえ、私は楽しかったです。お蕎麦屋さんで働けるなんて、夢のようでした。」


「そ、そう⋯」


 体力オバケめ。この娘やっぱり変わってる。


「それで、どう?美春ちゃん。ウチの店を立て直す方法⋯何かあるかしら?」


「少し悩んでいます。ここのそばの美味しさは、ほかの駅そばより群を抜いて高いと思っています。ですが、今現在立ち食いそばという形態自体下降気味なのかもしれません。」


 それはわかっていた。夏場は暑いそばは売れないし、このあたりは会社員より学生のほうが多い。若者のそばへの関心が低くなってることも確かだ。


「しかし、『とみおか』にはもう一つ売りがあります。」


「ウチに売りが?」


「それはトッピングの多さとレベルの高さです。」


「トッピング!確かに、うちはこだわってるもんね!」


 カミさんはおにぎりを握りながら、目を輝かせて俺の方を見る。

 確かに、それも俺がこだわった一つだ。

 冷凍食品を使わずに、こだわりの惣菜をトッピングできる。それは代替わりしてから俺が始めた改革の一つだった。


「でも、あまり頼まれてないけどな⋯だから結構ロスが出ちまう。経費的にも、精神的にも結構きついよ。」


「そのロスをどうにか利用できないか、今模索しているところです。」


「なるほどねぇ⋯はい、美春ちゃん。これもどうぞ。」


 カミさんは先ほどから握っているおにぎりを美春ちゃんに渡す。いつもカミさんが握っている得意料理だ。実家のお義母さんからならったおふくろの味らしい。


 身内贔屓するようだが、これが美味い。  


「ありがとうございます。」


 そばを食べてまだ胃のなかに入るのかと思うが、かまわずおにぎりを食べる。その体のどこに入ってるんだ。


「⋯⋯⋯」


「美春ちゃん⋯?苦手だった?昆布。」


 目を瞑って動こうとしない彼女はカミさんに問いかけた。


「おかみさん、このおむすび。だいたい作るのに何秒かかりますか?」


「えっ?そんなの、30秒くらいかしら?」


 美春ちゃんは左手を握り口に当て、右手を顔の横に構えた。 

 右手の人差し指、中指、親指をカチャカチャと動かす。


 え?そろばん?


 そろばんやってる?


 パチンと、指を止めたあと、彼女は目を開いた。


「ごめいです。」


 ニコッと笑った彼女は俺たちの方を見た。


「いいアイデアが浮かびました。明後日、また来ますね。」


「ええっ!?どうしたの急に!」


「明日はどうするの?美春ちゃん。」


「そのアイデアを実行するための道具を持っています。どうか、お任せください。」


 いいアイデアってなんだ。ってかそろばんしてたし、この娘やっぱり変だ!


「では、お二人とも、また明後日に。」


 ヒラヒラと手を振ってホームの階段を降りる彼女を俺もカミさんも呆然と見送ったのだった。


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