一か八かの大勝負
美春ちゃんと約束した日になった。
いつもとかわりない、平凡な一日だ。
彼女の言ってた秘策に、期待半分不安半分といった心持ちで待っているのだが。
店を開ける15分前に彼女はやってきた。
右脇にでかい荷物を抱えて。
「おはようございます。おやじさん。おかみさん。」
「おはよう美春ちゃん。すごい荷物だね。それが秘策ってやつかい?」
「はい。これが『とみおか』を救う秘策です。」
よく見るとそれは黒板でできた看板だ。
「まさか、看板を立てるだけでそばが売れ出すって?それは流石に舐めすぎじゃないの?」
「いえ、売るのはそばではありません。駅弁です。」
「駅弁!?」
カミさんは急な提案にびっくりしている。
そりゃそうだ。俺たちはてっきりそばが売れる方法を模索してたのかと思っていたのだが⋯
「おかみさんのおにぎりを食べたときに思いついたんです。あの味は、まかないにしておくには勿体ない。商品になる美味しさです。」
「そ、そうかい?恥ずかしいね⋯」
ガッツリ照れてんな⋯
この娘、真正面から褒めてくるから照れちまうんだよ。絶対おじさん、おばさんを手玉に取るのが上手いよな。
「そして、廃棄されるはずトッピングを有効活用して、おにぎりと総菜で弁当を作るんです。」
後ろから段ボールを抱えた女の子がやってきた。
「恵守せんぱぁ〜い⋯重いですぅ⋯」
「ありがとう。楓くん。」
「美春ちゃん?だれ、その子?」
「この子は私の後輩の⋯」
「水野楓と申します!恵守先輩のお手伝いでやってきました!」
美春ちゃんの声を遮って自己紹介してきた。
これはまた濃い味の娘が来たなぁ⋯
「楓ちゃんね!かわいい子がいたわねぇ。」
「はい!一生懸命頑張りますので!何卒よろしくお願いしまひゅっ!痛いっ!舌嚙んだっ!」
楓ちゃんに指を指す。
「大丈夫なの?この子。」
「はい。優秀な後輩です。」
美春ちゃんがそう言うならそうなのだろう。
楓ちゃんのテンションの高さに少し困惑していると、美春ちゃんが段ボールを開いた。
その中には使い捨ての弁当箱が入っている。
「耐熱用の使い捨て容器です。このなかに揚げたて、焼きたてのトッピングと、漬物。そして握りたてのおにぎりを入れます。」
持ってきた黒板を見せてくる。
そこには、『お好きなトッピング2品と、おにぎり2つで500円!!』と大きな文字で書いてある。
「題して、出来立てカスタム駅弁です。」
「カスタム駅弁⋯」
「駅そばの良さは提供の早さだと私は思っています。お二人ならそのスピードで駅弁も作れると考えました。」
「なるほど⋯あんた。」
カミさんがこちらに振り返り言った。
「これ⋯これしかないわよ!」
「うん。確かにこれはいいアイデアかもしれない!」
カミさんが美春ちゃんの手を握る。
「美春ちゃん。どうか、よろしくお願いします。」
「はい。一緒に頑張りましょう。」
美春ちゃんが俺に向き返った。
「おやじさん。今日の売り上げが、融資できるかのテストだと思ってください。」
「えっ⋯テストなの⋯?」
「はい。この段ボールのなかに50個の容器が入っています。これを完売したらテストは成功です。その際は、無担保でお貸しすることを約束します。」
「むっ⋯無担保だって!?」
「はい。この事業の将来性があると、私が太鼓判を押しますから必ず通してみせます。」
急に飛び込んできた無担保という、魅力的な言葉。平凡な一日から、大勝負の一日に早変わりしちゃったじゃないか⋯
「し⋯失敗した場合は?」
「当行で融資を望まれるなら、お家を担保にしていただく必要がありますね。」
「⋯そうだよね。⋯だが、もう覚悟は決めてある!必ず成功させて無担保を勝ち取って見せるよ!」
「その意気だよ!あんた!」
美春ちゃんと楓ちゃんがこちらを向く。
「それではこの後開店の7時から、閉店の22時までがテストの時間です。ご健闘をお祈りしています。」
2人はぺこりと頭を下げてホームの階段を降りていった。
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開店して4時間を過ぎた。
まだ弁当は3つしか売れてない。
しかししょうがないところもある。
わざわざ出来合いの弁当を朝から買っていくサラリーマンはいないからだ。
チャンスは昼時、これは予想済みだ。
カミさんは少し不安そうな顔でこちらに話してきた。
「あんた⋯まだ、人来ないね⋯」
「心配するな。これからさ。」
「ふふっ、いつもと逆ね⋯こういう時は泣き事言わないのもあんたらしいわ⋯」
泣き言を言いたい気持ちもある。
だが、ここで勝たなきゃ、ダメなんだと、心のなかで念じ続ける。
正午直前、サラリーマンたちが電車から降りてくる。ここしかないっ!
「いらっしゃいませーっ!!今日から発売のできたての駅弁はいかがですかーっ!!」
大声を張り上げて客が食いつくのを待つ。
数人がこちらを見たっ!チャンスだ!
「ワンコインのできたての弁当!おかずは自由に選べるよ!早いもん勝ちだよーっ!」
5人ほどが食いついて店によって来た。
いい調子だっ!
「へぇー、おもしれえな。おかず選び放題かよ。」
「海老天に、イカ天、しぐれ煮まであるぜっ!」
「これでワンコインは安いな⋯」
お客さんからは好評。
このまま勢いで売れちまえっ!
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しかし、ピークは長くは続かなかった。
電車から降りた乗客たちは行き先があるため、駅弁を選ぶ時間がないのだ。迂闊だった⋯
16個は売れたが、目標まであと31個。
もう昼時は過ぎて夕方の16時。
こうなっては弁当が売れるのは夕飯としてだけだ。
「くそっ⋯まだ⋯まだ諦めねぇぞ⋯」
「あんた⋯」
しかし、刻々と時間は過ぎていった。
日が暮れ、サラリーマンたちに声をかけても2個しか売れなかった。
時間は19時半。
タイムリミットはすぐそこだった。
もう駄目だ。よく頑張ったじゃないか。
今日は自分を褒めてやろう。21個も売れたんだ。初日にしては上々だろう?
「くそっ⋯いいわけないじゃねぇか⋯」
「あのぉ⋯?」
「はいっ⋯?」
急に話しかけられ素っ頓狂な声を出してしまった。慌てて前を見ると、6人の野球服を着た高校生が並んでいた。
「『とみおか』ってここですか?駅弁売ってる⋯」
「あ、ああ!もちろん!」
「チラシもらったので来ました。」
チラシ⋯?そんなもの配ってないが⋯
「こいつ、チラシ配りの可愛いお姉ちゃんに頼まれて来たんっすよ!」
「おい!やめろよ!お前らもデレデレしてたろうが!」
高校球児たちがゲラゲラ笑いながら小突きあってる。
可愛いお姉ちゃん⋯まさかっ⋯!
「そ、その子ね、ウチの看板娘なんだっ⋯!」
「そーなんすねぇ!約束したから今日は親の分まで買って帰るっす!」
「本当かい!?どんどん作るよ!おばちゃんたちにまかせてっ!」
「よっしゃー!なににしようかなぁ〜⋯」
そこから近所の学校の高校生たちが、うちに来てくれた。
みんな謎のチラシを持って。
部活帰りに小腹のすいた学生たちにとっては、うちの弁当ちょうどいい晩ごはんになるようだ。
500円という価格設定も、学生にはぴったりだと今更ながらに気づいた。
まさか最初からこれを狙っていたのか⋯
そして21時を回ることもなく、全ての弁当が完売した。
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「お疲れ様でした。お二人とも。」
「ああ。とても疲れたよ。」
美春ちゃんは閉店間際の店にやってきた。
「見事完売ですね。信じてましたよ。」
「何が信じてただよ⋯これ、美春ちゃんが配ってくれたんだよね?」
俺は学生たちから1枚もらったチラシを見せる。
そこには『駅そばとみおか カスタム駅弁』とデカデカと書かれており、隅にカミさんと俺のかわいい似顔絵が描かれている。
「何のことでしょう。」
彼女は、わざとらしくとぼける。
「学生たちが教えてくれたよ。めちゃくちゃきれいなお姉さんと、すっごく元気なお姉ちゃんが学校の前でチラシ配ってたって。」
「ふふっ。バレてしまいましたね。」
「なんでそこまでしてくれるの?俺たちの融資なんて少額だし、無担保なんてリスクでしかないんでしょ?それなのに⋯」
「それは、私が『とみおか』の一番のファンだからです。」
「っ⋯⋯!」
「それ以外に理由はなくてもいいんじゃないでしょうか。お二人がいなくなって悲しむ人間は、少なくともここに一人います。それを阻止するなら何でもしますよ。」
カミさんがついに泣き出し、美春ちゃんに抱きついた。
「うぇえ〜ん!!美春ちゃぁ〜んっ!」
「おかみさん。成功して本当によかったです。」
目頭を押さえ後ろを向く。
これは駄目だ。
完璧に駄目だこれは。
「『とみおか』の融資、必ず通します。ですからどうかこの駅弁を成功させてください。」
「あぁ⋯ああっ!必ずやってみせるさっ!」
涙をボロボロ流しながら美春ちゃんの顔を見る。とても朗らかな、優しい笑顔だった。
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「海老天と、ししとうね!こっちはしぐれ煮、2倍だよ!」
俺もカミさんもセカセカ働いている。
前までなら暇してた今の時間帯が、今のうちのピークタイムだ。
「いやぁー。ここの弁当買ってこいってかーちゃんに言われちゃってさ!」
「そうそう!ウチの母さんも500円なら、夕飯作らなくて助かるって言ってた。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。はい、弁当だよ!」
弁当を売り出して半年。カミさんも前以上に明るくなった。やっぱり、この弁当のおかげでウチの店の、売り上げも、雰囲気も、全て変わった気がする。
すると、この成功の立役者がやってきた。
「いらっしゃい!美春ちゃん!」
「こんばんは。すごい売れ行きですね。カスタム弁当。」
「すごいなんてもんじゃないよ。毎日大忙しさ!」
「それはよかった。融資も無事通って経営も順調です。これなら返済も問題ないですね。」
「もちろん!それは必ずお返しさせていただきます。」
「よかったです。」
話しながら作っていた器を出す。
「コロッケそば一丁!おまちっ。」
「注文もしてないのに。さすがです。おやじさん。」
「おまけもつけといたよ!」
小皿に盛ったちいさいおにぎりを、カミさんが横から出した。
「忙しいのにすみません。」
「なにいってんのさ!美春ちゃんはウチのVIPなんだから。このくらい当然よ!」
「では、いただきます。」
手を合わせて、割り箸を割る。
いつ見ても見事な食いっぷりで、ズルズルとそばをすすってくれる。
やっぱりこの姿が、俺たちの美春ちゃんだ。
さっと食べ終え、小銭を出しす美春ちゃんの手をとめる。
「美春ちゃん、それは受け取らないよ。」
美春ちゃんの手にはコロッケそばのお代560円と、おにぎりのお代110円を足した670円が握られていた。
「しかし、これは。」
「美春ちゃん。俺たちはもう大丈夫さ。気を使わないで、気持ちよくサービスを受け取ってくれよ。」
「ふふっ。そうですね。」
美春ちゃんは560円だけ渡してきて、ぺこりと頭を下げた。
「ごちそうさまでした。」
「まいどありっ!」
彼女はいつものように微笑んで、店をあとにする。
桜の女帝。
俺たちの看板娘は、いつものように駅のホームの階段へ消えていった。
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