カネは天下のまわりもの -1-
銀行の知識はドラマなどからの受け売りなので、間違った部分は多いかもしれません。
どうかご容赦ください。
「あぁ…今日もダメだったなぁ…」
ボトボトと廃棄処分になってしまう食品をゴミ箱に落としていく。
せっかく仕込んできた食材たちを、ゴミとして捨てないといけないなんて。
本当に歯がゆい。
「何言ってんのよ。大丈夫よ。あんたのそばは美味しいんだから。そんな事言わないの。」
カミさんから慰めの言葉をかけられて、少し心が軽くなる。
「ありがとよ。でもな…このままじゃ…」
実際問題、とても厳しい状況だ。
駅そば『とみおか』
親父のときははとても繁盛した駅そばだったのだが、俺に代替わりしてから贔屓にしていたお客さんは少しずつ離れていった。
「俺と親父…何が違うんだよ…」
親父の時よりこだわりはある。俺のそばのほうが美味いんだ。絶対に繁盛すると自信があった。
なのに、客はそれを求めてはいないようだ。
経営は厳しい。赤字のまま、店を続けられるわけもない。
『店をたたむ』そんなネガティブな未来を想像しながら、今日も店の電気を消すのだった。
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朝7時
店の開店と同時にいつもの声で注文がはいる。
「おはようございます。コロッケそば一つ。」
「おはよう、美春ちゃん。ちょっと待っててね。」
この子は美春ちゃん。うちの数少ない常連。
毎日うちの店に通ってくれてる女の子だ。
「今日も早いね。お仕事大変?」
「はい。うちの会社はどうしても朝が早いんです。ですが、天職なので心配ありません。」
ビジネススーツを着こなし眼鏡をかけた、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマン。
一体何の仕事をしてるんだろうと邪推しながら、蕎麦を湯からあげる。
「そっか。こんなもんしか出せないけど、仕事頑張りな。お待ち。」
「え、コロッケ多いですよ?」
「サービスだよ。どうせ廃棄になるんだから、常連さんに食べてもらえるならうれしいな。」
「ありがとうございます、おやじさん。みんなこの店の良さに早く気づいてほしいものです。」
嬉しいこと言ってくれるじゃないか。こんなお世辞でも、心に染みてくる。
彼女は割り箸を割ってコロッケに箸をつけた。
サクッといい音を立てて割ったコロッケを、一口食べて微笑む顔を見るとこちらも嬉しくなるもんだ。
ズルズルと蕎麦をすすり、ものの1分で平らげてしまう。
端正な顔立ちからは想像できない見事な食いっぷり。
いつもの光景だ。
「ごちそうさまでした。」
「560円ね。」
お代をもらうところにカミさんが割り込んでくる。
「美春ちゃん!今日も早いわね!」
「おかみさん、おはようございます。今日もおいしかったです。」
「ありがとう!そう言ってもらえると、やる気出るわ!そうだ、これ。持っていって!」
カミさんは自分でこしらえた握り飯をタッパーに入れて、渡した。
俺の昼メシなんだがなぁ…
「いいんですか?いつもありがとうございます。またきますね。それでは、行ってきます。」
ぺこりと頭を下げて、ホームの階段へ向かう彼女を見送り、手元の金にレジに移そうと目をやる。
「あっ。美春ちゃん…」
そこには、トッピングのコロッケ代190円を合わせたお代、750円が置いてあった。
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帝桜みのり銀行
桜国橋支店 3階 会議室
今日も1日最悪のスタートを切ることはわかっている。
ほんとに憂鬱だなぁ…
入社3年目、水野 渚は会議室の末席でうなだれていた。
念願叶って融資課に異動になったのはとても嬉しかったのだが、それも最初の1週間だけ。
融資課は預貯金を管理するのではなく、お金をお客様にお貸しする花形部署。やりがいも多いのだが⋯
莫大なノルマ、ピリピリとひりついた雰囲気。
もし達成できなければ矢のように罵声がとんでくる針のむしろのような生活。
あぁ。こんなことなら融資課なんて希望するんじゃなかった...
「始めるぞ。さっさとしろ!」
支店長の轟が扉を開けて、号令をかけさせる。
全員が勢いよく起立し、礼をする。
会議が始まった。
会議が始まって数十分。
息の詰まる重苦しい時間が永遠のように続く。
「水野くん。君はどうなんだ?」
支店長の冷たい声が私に向く。
「は…はい…」
震えながら手帳を広げ、本日の予定と融資予想を読み上げる。
「…というわけで、本日は400万円の融資を達成できそうです…」
ガンッ!!という音が私の声をかき消した。
支店長がテーブルに拳を叩きつけたのだ。
「もういい!!なんだその少額の融資は!やる気はあるのか君は!!」
「すみません…」
「今月の目標は、あと2億円必要なんだ!そんな雀の涙ほどの融資を取ってくるくらいなら、もっと大きな融資先を見つけてきたまえ!!」
最善を尽くしているのになんて言われようだ。
辛すぎて涙が出てくる。
「お言葉ですが、少額の融資の何がいけないのでしょうか?そこから大きな融資につながることは往々にしてあると思いますが。」
急に飛び込んできた言葉にその場全員がギョッとする。
融資課のエース、恵守 美春だ。
支店長がまゆを八の字にして恵守を睨む。
「なんだと...?」
「少額の融資から大きな融資につながる事はあると、申し上げているのです。」
「⋯ずいぶん生意気なことを言うじゃないか。」
手元の資料を手でぐしゃりと潰しながら、支店長は立ち上がった。
「じゃあ君は…どんな融資を持ってきたのかね?聞かせてもらおうじゃないか⋯恵守くん。」
「はい。」
恵守がスッと立ち上がり、トレードマークのポニーテールが揺れる。
「フジマサ文具店さんから、設備資金の融資の申し入れがありました。
その額、2億円です。」
会議室からどよめきが上がる。
「な、なんだと…!」
「半年前、社長の藤政さんが開発したどんな歪んだ机でもきれいに書けるボールペンが、SNSで反響を見せています。」
スマートフォンでSNSの画面を見せる。
拡散数は2000件、1.5万の高評価。
見事にバズっている。
「現在、生産が間に合わないため工場のラインを増やす計画をいただいています。」
「ふっ…しかし一過性の流行りだろう…?」
支店長が嫌味ったらしく言い放つ。
「いえ、実は国から大口の注文と定期的な買い付けを打診されています。警察や、自衛隊。消防隊などの、さまざまな場所に出向く人たちに支給する予定とのことです。」
「なにぃ…?」
「フジマサ文具店さんも、もとは少額の融資のお客様でした。倒産寸前の状態から今の状態までに、当行が融資した200万円を有効活用して、たった1年で立て直したのです。」
恵守が支店長をじっと見つめる。
「いかがでしょうか、轟支店長。」
「⋯わかった、もういい…」
支店長は苦虫を噛み潰したような顔で目をそらした。
副支店長が恵守に対して激昂する。
「恵守、いい加減にしろっ!この無礼者め。今日の会議は以上だ、早く仕事に行け!支店長、行きましょう。」
そそくさと二人は出ていき扉をバタンッ!と締めた。
みんながオドオドと扉を見つめる中、気にする素振りも見せず、恵守は手帳に目を通すのだった。
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