汚い金貸し
ジャリオがいなくなった工場は、重苦しい空気が広がっていた。
「⋯どうするんだ、こりゃあ。」
「⋯」
「すみません⋯若旦那⋯」
「謝って済む問題じゃねぇだろうがっ!」
「ギルアドさんっ!やめてくれ⋯これも、不甲斐ない俺のせいだ⋯」
熱くなっているギルアドさんを、どうにか静止させる。
「坊主⋯」
「ふぅ⋯盾を作ってる暇は無さそうだな⋯」
「おい、トール⋯利息にはあといくら足りねぇんだ。」
「⋯はい。ざっと40万メイズです⋯」
「40万か⋯今ウチで抱えてる仕事をこなしても5万もいかねぇ⋯」
「仕事で稼ぐのは、正直言って無理だろう。」
どんなに頭を捻っても、今からこの金額を稼ぐ方法は出てこない。
「わ、私の責任です⋯私が出します⋯」
「じいさん⋯無理だよ。あんたばあさんの看病のために金が必要なんだろう?⋯ギルアドさんもそんな余裕はねぇよな。」
「⋯すまん。自分の家のことだけで精一杯だ。」
「わかってるさ⋯こっちそこ悪い⋯」
頭をかきながら何とか思案を続ける。
「ほかの金融屋を回ってみる⋯貸してくれるかもしれない。」
「若旦那⋯」
確実な打開策は生まれないまま、時間だけが過ぎていった。
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「⋯ただいま。」
「おかえりなさい。あなた。⋯どうしたの⋯?」
「ん⋯なんだい?」
「だって⋯顔が青いわよ⋯何があったの。」
俺のやつれた表情を見て、エリアスが心配してきた。
それもそうだ。今日一日、金融屋を回ったが、すべて空振りだったのだから。
銀行は門前払い、サラ金のような連中からはジャリオから話がいっているのか苦い顔をされてしまった。
打つ手が一つものこっていない。
「⋯話しておかなきゃいけないことがある。」
決心をして妻を自室に呼んだ。
「⋯工場を取られてしまうかもしれないんだ。」
「⋯そうなの。」
「怒らないのかい⋯?」
「怒って何かあるの?」
「そりゃ、何もないけど⋯」
妻はいつもはぽやんとしている天然なタイプなのだが、こういうときは妙に達観している。
「工場が取られても、私たち家族が離れ離れになるわけじゃないんですから。」
「⋯これも俺が不甲斐ないせいだ⋯おやっさんに申し訳ない⋯お前にも、ミハルにも⋯」
「私たちは貴方の家族なんです。工場くらいいいじゃないですか、また何度でもやり直せますよ。」
エリアスが俺の手に、そっと手を添える。
「エリアス⋯すまん⋯」
最愛の妻に励まされても、心は晴れない。
鬱屈とした心情を抱えて、俺は約束の日を迎えることになった。
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約束の日。
その日は朝から大雨になり、暗雲が立ち込めていた。
天気まで、俺の心を見透かしているようだった。
家を出て歩いてすぐの工場に向かい、ジャリオを待つ。
「若旦那⋯おはようございます⋯」
ギルアドさんは呼ばなかった。
多分余計揉め事になる予感がしたからだ。
俺の横でトールじいさんも、静かにその時を待っていた。
バタンッ!と大きな音を立てて扉が開く。
激しい雨音と、雷鳴まで聞こえてきた。
「ふーっ⋯とんでもねぇ雨だな!来てやったぜ⋯ミハエルさんよぉ⋯」
今回はふたりの部下まで連れてきた。
少しイヤな予感がした⋯
「お待ちしてました⋯」
椅子に腰を掛けて、のけぞりながら足を組む。
「コーヒーをどうぞ⋯」
トールじいさんがカップを差し出すと、ジャリオは片手で払い除けた。
「いらねぇよ⋯!そんなもんでごまかせるとでも思ったかマヌケ。」
「⋯」
「じゃあ⋯払ってもらおうか。利息を⋯」
息を飲み、絞り出すように言う。
「⋯申し訳ございません。金を集められませんでした⋯」
うつむきながら答えると、前から笑い声が聞こえた。
「ふっ⋯クックックッ⋯ダハハはっ!!」
驚きながら前を見ると、ジャリオとそのおつき達が腹を抱えて笑っている。
「そりゃそうだろ!⋯落ち目の木工ギルドなんかに金出すバカがどこにいるんだっての!!」
「⋯くっ⋯」
「⋯まぁ、俺もバカじゃねえからなっ!おめぇが万が一にも返せねぇように、まわりの奴らに噂話は流したがよ⋯」
ヘラヘラと得意げに話す顔に、殺意すらわいてくる。
「⋯なんで。」
「⋯あっ?」
「⋯なんでそこまでしてウチの工場が欲しいんだ!?そんな価値はこの工場にはないはずだぞ⋯!!」
これは俺が前から思っていた疑問だった。
ジャリオから金を借りるとき奴は、俺の工場と資産を担保にしろと言ってきた。
しかし、奴に借りた金の補填になるような価値は、俺の資産にはなかった。
「バーカ⋯工場にそんな価値なんかねぇよ⋯んなとこわかってる。」
「っ⋯じゃあなぜ⋯!?」
ジャリオが気持ちの悪い笑顔を浮かべながら、俺に顔を近づける。
「⋯エルフの女ってのは美人揃いだよなぁ⋯」
「⋯!?」
「ある筋に売ったらとんでもねぇ額になる⋯クックックッ⋯最初からそれが狙いだったとは思わなかったか?」
「ふっ⋯ふざけるなっ!!」
―ガバッッッ!!
「おっと⋯」
ジャリオに飛びかかろうとすると、奴はするりと避け、部下の二人にオレは押さえつけられた。
―ドスッ!
「若旦那っ!!」
「ぐっ!!くそっ⋯」
―ガチャッ
裏口の扉が開く。
「⋯ミハエル⋯?大丈夫なの⋯?」
大きい音を聞いたからか、家のほうからエリアスが様子を見に来たようだ。
オレは必死で叫ぶ。
「え、エリアス⋯!!来ちゃ駄目だ⋯!!逃げろっ!!!」
「おうおうこれは⋯本人から来てくれるなんてねぇ⋯」
エリアスに近づいて、ジャリオは頬を手で掴んだ。
「⋯な、なにを⋯」
「⋯その薄汚い手を離せ⋯クソ野郎⋯!」
「⋯黙らせろ。」
俺は二人の男に上から殴られて、気を失いそうになる。
ま、まずい⋯
「⋯やっぱりエルフはいいねぇ⋯ハーフエルフのガキもまとめて面倒見てやるよ⋯」
この最悪の状況の中を、幼いながらも凛とした声がきり裂いた。
「みのほどをわきまえなさい。この外道。」
その場にいた全員が声のする方をみる。
そこには、小さいながらも堂々とした態度でミハルが仁王立ちしている。
急にこの地獄絵図に、光が見えたように感じた。
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