第七十八話
翌朝、と言うか未明に起こされた。どうやら帝国軍が暗闇に乗じて3万の先発隊を助けに来たらしい。暗闇と言っても月明かりが結構明るく、壁の上から動く兵士が確認出来る。今、攻撃を仕掛ければこの戦争勝てるが、辺境伯は見てるだけで何も指示は出さない。やはりこの人は良く解っている。放って置けば帝国軍は退却するだろう。味方に死傷者を出す愚行は避けるのが得策だ。
やがて、東の空が明るくなって来ても救出劇は続いていた。助ける方も電撃の痺れの後遺症がまだ残っているのかもしれない。王国軍は黙ってその様子を見ているだけだ。中には朝食を食べている強者も居る。朝日が完全に登り切った頃、救出劇は終わった。後は敵の撤退を見届ければ終わりだ。
そう思って居たが、どうやら様子がおかしい。帝国軍が軍を再編している様だ。しかも、一旦下がったはずなのに知らない間にじりじりと前線をまた3キロ地点まで押し上げて、10万の軍を紡錘陣形に編成した。明かに突撃の準備だ。まだ戦う気なのだろうか?これには辺境伯も呆れた様子だ。
しばらく様子を見ながら交代で食事を済ませる。しかし1時間経っても何も変化が無い。降伏勧告とかしないのか聞いてみたら。そう言う慣習は無いらしい。このまま待っているのも退屈だし、魔法で何とかしようかな?と思って居たら。辺境伯から声が掛かった。
「子爵の力で何とか事態を動かせないか?」
「追い返す方向で良いんですよね?」
「頼めるか?」
「解りましたやりましょう。」
ユーリは壁の上から敵軍の位置を把握し、前後左右100メートルの場所へライトニングの魔法を落とす。昨日の様に敵を麻痺させるのが目的で無いので思いっきり派手に稲妻が落ち轟音が鳴り響く。帝国軍は目に見えて怯えている。
魔法使いは後衛職だと思われがちだが、実は中衛である。これは弓兵も同じである。遠距離攻撃と言ってもその距離は数メートルから最大でも10メートルだ。なので、冒険者をやっている魔法使い等は前衛職並みに動けないと生き延びられない。ちなみに後衛職は回復職が担うのが通常だ。ユーリの様に数キロの距離に届く攻撃魔法を放つ魔法使いはこの時代のこの世界には他に居ないだろう。唯一対抗出来るのがドラゴンのブレスだろうか。
ユーリは怯える帝国軍に追い打ちを掛ける。風魔法で拡声器を疑似的に再現し帝国軍に語り掛ける。
「帝国軍のみなさん。今すぐ撤退するなら攻撃はしません。まだ、戦うと言うのであれば次は当てますよ。」
この言葉に帝国軍に動きが見えたがすぐに収まった。どうやら敵の総指揮官が何か言った様だ。多分、敵前逃亡は死刑とか言う奴だろうな。
ああ言うのが居るから無駄な死傷者が出るんだよ。ユーリは総指揮官と思われる一番後列で椅子に座ってる男に狙いを定めてエアバレットを撃つ。本来エアバレットはストーンバレット等と同様で、圧縮した数ミリから1センチほどの空気を撃ち出す魔法だ。しかしユーリの魔力ではエアバレットでも敵を貫通して最悪殺してしまう。そこで圧縮を弱目に設定し直径10センチほどのボール状にする。野球のデッドボールの様な物だ。これなら頭に当たらない限り死なないだろう。ただし、野球と違って鎧を着てるので速度は若干早めにしてある。空気のボールを魔法で操作しながら総指揮官の腹部に正確に狙いをつける。およそ10秒後総指揮官は後ろに数メートル吹き飛んで気絶した。
これを機に帝国軍が撤退を始める。気絶した総指揮官も腹心らしき人物数人に抱えられて退却の列に混じっている。
ようやく終わりだな。そう思ったのはユーリだけではないだろう。
「子爵良くやった。ルーイン男爵、祝勝会の準備を頼めるか?」
「4万人ですよね?お酒と食料が足りるかどうか・・・」
ルーイン男爵はこれまでも諸侯軍の食事を用意していた。これ以上の余剰食糧は無いのであろう。
「じゃあ、半分は僕が出しましょう。」
ユーリはそう言ってマジックバッグを2つルーイン男爵に差し出した。
「こっちのバッグには冷えたエールとウイスキーと言う今王都で流行ってるお酒が入っています。どっちも冷たい方が美味しいのでバッグから出したらすぐに飲む様にして下さい。もう一つのバッグには食事が入ってます。こちらも温かい方が美味しいので乾杯の後出して下さいね。多分どちらも2万人分くらいはあるはずです。」
「助かります。この礼はいずれ何らかの形で。」
「気にしないで下さい。」
「子爵も祝勝会に出るのだろう?」
ヘルムウッド辺境伯がそう聞いて来たので、手を横に振り。
「いや、僕は国王陛下に報告に行きます。未成年なのでお酒も飲めませんしね。」
そう言って砦の壁の上から中庭にダイブする。呆気に取られる2人。もちろんフライの魔法を使っている自殺願望は無いからね。そのまま中庭にゆっくりと着地して振り向き手を振る。魔改造馬車を探し御者が乗っているのを確認すると王都へ馬車ごと転移する。
久しぶりの王都だ。だがゆっくりはしていられない。馬車を王城の前に着けるように指示し、僕が降りたら家に先に帰っていて。と告げてから降りる。
門番に事情を話し、宰相か陛下に取り次いで貰う。
少し待つと近衛兵が例の執務室へ案内してくれた。
「随分と早いが何かあったのか?」
宰相と陛下がそこには居た。
「約束通り帝国軍を追い返したのでご報告に上がりました。ただ、死者が1名出てしまいました申し訳ありません。」
そう言って更に詳細を話す。
「愚かな。」
話を聞いて陛下がポツリとこぼす。
「とりあえず戦争は回避しましたが、皇帝の思惑が解りません。また仕掛けて来ないとは言い切れません。」
実は今回の出兵失敗で戦争反対派の貴族に皇帝は更迭されて弟が帝位に就く事になるのだが、それを王国が知るのは1か月ほど先になる。事実上平和は維持されたのである。
「何にせよ、戦争を回避した功績は大きい、後程褒美を取らせる。しかし、帰って来るのが早すぎないか?今の話は何時の話だ?」
「急いで帰って来たので10分位前の話ですね。」
「10分じゃと?お前どうやってここへ?」
「転移で馬車ごと帰ってきました。こう言う報告は早い方が良いと思いまして。」
「転移じゃと?」
「失われた古代魔法ですね。」
宰相が横から口をはさんだ。
「え?普通に国立図書館の魔法書に載ってましたよ?」
「それって、もしかして赤い皮の表紙の?」
「宰相様も知ってるじゃないですか。それですよ。」
それを聞いた宰相は頭を抱えて言った。
「その本は古代語で書かれており、未だ解明されておらん。誰にも読めない本だ。魔導書と言う事さえ誰も知らなかった。」
(げっ!またやっちまった~)
「どうやら其方は古代語が読める様じゃな。後で研究チームに教えてやってくれんか?」
「御意。」




