ー強い味方を、敵にする方ー
マリーが本を開くと、マトリスが足元に座った。
「今日は、長安へ移った董卓の、その後です」
「コッ」
「大勢の軍が集まっても、董卓を倒せませんでしたね。けれど今度は、董卓のすぐ近くで、ある企てが始まります」
マリーは、ページをめくった。
「今日は、剣や槍だけではない戦いのお話ですよ」
*
長安へ移ってからも、董卓は好き勝手に振る舞っていた。
皇帝のそばで大きな力を握り、逆らう者を厳しく罰する。
宮殿で働く人たちも、うかつなことを言えば、自分が殺されるかもしれない。
そんな毎日だった。
その一人に、王允という人物がいた。
「おういん、といいます。国の大切な仕事をする、高い地位の人です」
王允は考えた。
何とかして董卓を倒し、皇帝を助けられないか。
だが、董卓の周りには兵士がいる。
そして、あの呂布もいる。
「三兄弟がそろっても、簡単には倒せなかった人ですね」
マトリスが首を伸ばした。
「その呂布が守っているところへ、剣を持って飛び込んでも、まず勝てません」
そこで王允は、董卓と呂布の仲を裂こうとした。
「いちばん強い味方が、敵になったら。董卓も、困るでしょう?」
「コケッ」
「はい。ですが、どうやって敵にするのか。そこが難しいのです」
*
「ここからは、『三国志演義』で語られる、有名な物語です」
王允のもとには、貂蝉という若い女性がいた。
「ちょうせん、と読みます。歌や舞が上手な、とても美しい人として登場します」
貂蝉は、王允が董卓のことで深く悩んでいると知り、自分にもできることがあれば、力になりたいと申し出た。
王允は、その貂蝉の力を借りることにした。
まず呂布を招き、貂蝉に会わせる。
呂布は、たちまち貂蝉に心を奪われた。
そこで王允は、貂蝉を呂布の妻にすると約束した。
「コッ」
「ええ。呂布は喜びました」
ところが、その後、王允は董卓も家へ招いた。
董卓も貂蝉を気に入る。
すると王允は、今度は董卓に、貂蝉を差し出すと言ったのである。
マトリスの首が、ゆっくり傾いた。
「同じ人を、二人に約束したのですね」
「コケ?」
「もちろん、このままで丸く収まるはずがありません」
やがて貂蝉は、董卓の屋敷へ入った。
それを知った呂布は、怒った。
自分の妻になるはずだった人を、董卓に奪われたと思ったのだ。
*
董卓と呂布は、親子のような関係を結んでいた。
けれど、それで何でも許し合えるわけではない。
呂布は貂蝉に会いたがり、董卓は、二人の様子を疑い始める。
貂蝉も、呂布には董卓に無理やり連れてこられたかのように振る舞い、董卓の前では、呂布につきまとわれて困っているように見せた。
「こちらと、あちらで、違う話をするのですね」
マリーは、指先でページを押さえた。
「二人が落ち着いて話を確かめ合えば、気づいたかもしれません。でも、もう相手を疑っていますからね」
ある日、呂布と貂蝉が会っているところを、董卓が見つけた。
董卓は激怒した。
そして、呂布へ向かって、戟を投げつけたのである。
「コケーッ!」
「はい。長い武器です。そんなものを投げられたら、たまりません」
呂布は身をかわして逃げた。
だが、怒りも、恐ろしさも残った。
今は避けられた。
次も避けられるとは限らない。
「自分を守るために戦ってきた相手から、今度は自分が殺されかけたのですから」
そこへ王允が、呂布に声をかけた。
*
董卓は、国を乱している。
このまま従い続けてよいのか。
王允は呂布を説き、董卓を倒す計画へ引き入れた。
董卓のいちばん強い味方が、ついに董卓の敵になったのである。
「こうして、外から大軍で攻めるのではなく、内側から倒す準備ができました」
王允たちは、皇帝の命令を受けて董卓を討つことにした。
董卓が宮殿へ入るところを待ち受け、兵士たちが襲いかかる。
突然のことに驚いた董卓は、呂布を呼んだ。
助けてもらえると、思っていたのだ。
ところが呂布は、董卓を守らなかった。
皇帝の命令だと告げ、董卓を討ち取ったのである。
マトリスが、立ち上がった。
「……とうとう、倒れましたね」
都を焼き、人々を追い立て、宮殿を恐怖で支配した董卓は、こうして最期を迎えた。
*
マリーは、ひと息ついた。
「ただし、貂蝉が二人の間に入るお話は、物語として作られたものです」
歴史の記録でも、王允と呂布が協力して董卓を倒したことは伝わっている。
董卓が怒って呂布に戟を投げたことや、呂布が董卓に不安を抱いていたことも記されている。
「物語では、そこに貂蝉という女性を登場させて、二人の仲が壊れていく様子を描いたのですね」
「コッ」
「武器の強さだけでは、どうにもならないこともあるのです」
董卓が死んだと知り、長安の人々は喜んだ。
これで、安心して暮らせるようになる。
そう願った人も、大勢いただろう。
けれど、董卓が死んでも、その部下だった兵士たちまで消えるわけではなかった。
残された武将たちは、自分たちも罰せられるのではないかと恐れ始める。
「次は、その人たちが動き出します」
マリーがしおりを挟むと、マトリスは本を見つめたまま動かなかった。
「悪い人を一人倒したら、おしまい。だったらよかったのですけれどね」
そう言ってから、マリーは足元へ目を落とした。
「……でも、今日のお話は、おしまいですよ」
マトリスが、ようやく顔を上げた。
「コケッ」
「はい。続きを聞くのは、明日です」
鶏は本の角を一度だけつつくと、ゆっくり羽をふくらませた。




