↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/16

ー燃える都と、ばらばらの連合軍ー

 マリーが本を開いても、マトリスは、すぐには座らなかった。


 足元を一回りして、マリーを見上げる。


「呂布が戻った、その後ですね」


「コッ」


「はい。今日は、董卓が都を離れるお話です」


 マリーは、しおりを抜いた。


「引っ越しというには、あまりにも困った出発でした」


     *


 董卓がいる都は、洛陽といった。


 立派な宮殿があり、大勢の人が暮らす、大きな町だった。


 そこへ、董卓を倒そうとする連合軍が迫っていたのである。


 呂布は強い。


 けれど、呂布一人が強いからといって、各地から集まった軍を、いつまでも食い止められるとは限らない。


 そこで董卓は、皇帝を連れて、西にある長安へ移ることにした。


「らくようから、ちょうあんへ。どちらも、都として使われたことのある町です」


 マトリスが、右へ首を傾けた。


「ただ、自分たちだけで出発するつもりではありませんでした」


 董卓は、洛陽に住む人々にも、長安へ移れと命じた。


 家を離れたくない人もいる。


 店を続けたい人もいる。


 病気で、遠くまで歩けない人もいた。


 それでも兵士たちは、人々を追い立てた。


「明日から別の町に住みなさい、と突然言われても、困りますよね」


「コケ」


「荷物をまとめるだけでも、大変です」


 食べ物も、水も、運ぶ手段も、十分には用意されていない。


 道には人があふれ、家族とはぐれる人や、疲れて動けなくなる人も出た。


 兵士に急かされながら、人々は西へ向かうしかなかった。


     *


「そして董卓は、空いた町を、そのまま残してはおきませんでした」


 マリーの声に、マトリスが顔を上げた。


 宮殿や人々の家に、火が放たれたのである。


 自分たちを追ってくる軍に、立派な都を渡したくなかったのだ。


 持ち出せる財産は奪う。


 持ち出せない建物は焼く。


 董卓の兵士たちは、墓に納められた宝まで掘り出した。


「コケーッ!」


「はい。それは、してはいけないことです」


 マリーは、小さくうなずいた。


「亡くなった人のお墓まで荒らすなんて。残された家族が知ったら、どんな気持ちになるでしょうね」


 洛陽のあちこちから、煙が上がった。


 人々が毎朝通った道。


 食べ物を売っていた店。


 何代も家族で住んできた家。


 そうしたものが、炎に包まれていく。


「董卓にとっては、置いていく建物だったのでしょうけれど」


 マリーは、本の端を押さえた。


「住んでいた人にとっては、帰る場所だったのです」


 マトリスは、座ったまま動かなかった。


     *


 やがて、連合軍の一人、孫堅が洛陽へ入った。


「そんけん、といいます。覚えていますか? 歴史の記録では、華雄を倒したのは、この人の軍でしたね」


「コッ」


「はい。今日は、お名前だけでも大丈夫です」


 孫堅たちが見たのは、焼け跡になった都だった。


 董卓を追い払えば、人々が喜んで迎えてくれる。


 そんな光景は、そこにはなかった。


 宮殿は焼け、家々は崩れ、通りには暮らしの気配がない。


 孫堅は荒らされた皇帝の墓を整え、都の中で消えずに残っていた火を消させた。


「ようやく着いたのに、守りたかったものが、もう壊されていたのですね」


 マトリスが立ち上がり、マリーへ一歩近づいた。


 マリーは、その頭の上へ、そっと手を置いた。


「でも、董卓は、まだ逃げている途中です」


     *


 董卓を、このまま行かせてよいのか。


 曹操は、連合軍の人々に、追いかけて戦おうと呼びかけた。


 ところが、大きな軍を持つ人たちは、なかなか動かなかった。


 戦えば、自分の兵士が傷つく。


 追いかけた先に、敵が待ち伏せしているかもしれない。


 誰かが先に行ってくれればよい。


 そんな考えもあったのだろう。


「みんなで董卓を倒そうと集まったのに、いざ追いかけるとなると、足が止まってしまったのです」


「コケッ」


「ええ。曹操も、腹が立ったでしょうね」


 曹操は、自分に従う軍などを率いて、董卓の軍を追った。


 けれど、その先には、徐栄という董卓の武将が待っていた。


 曹操の軍は敗れ、曹操自身も傷を負った。


 馬まで倒され、危ないところを、いとこの曹洪に助けられる。


 曹洪は、自分の馬を曹操に譲ったのである。


「そうこう、といいます。この人も曹操の仲間ですよ」


 マトリスの首が、ゆっくり傾く。


「曹操に、曹洪。似ていますね。親戚には、曹のつく名前の人が、ほかにも出てきます」


「コ……」


「今、覚えるのをやめようと思いませんでしたか?」


     *


 曹操は、どうにか連合軍のもとへ戻った。


 そして、軍をどう動かせば董卓を追い詰められるか、改めて提案した。


 だが、それも実行されなかった。


 連合軍には、兵士も武将も、たくさんいる。


 けれど、全員に命令できる、強い仕組みがない。


 まとめ役の袁紹がいても、ほかの人たちが、何でも言うとおりにするわけではなかった。


「みんな、自分の軍を持っていますからね。自分が困ると思えば、動かないこともできてしまうのです」


 やがて、食べ物の取り分や、それぞれの思惑をめぐって、仲間同士の関係まで悪くなっていった。


 董卓と戦うための連合は、少しずつ、ばらばらになっていく。


 董卓を倒せないまま。


 皇帝を助け出せないまま。


「たくさん集まれば、それだけで何とかなる。というものでも、なかったのですね」


 マリーが本から顔を上げると、マトリスは、すぐそばに座っていた。


「劉備たち三兄弟は、三人で呂布に立ち向かいました。けれど、もっと大勢の連合軍は、同じようには動けませんでした」


 マトリスが、マリーの指先を、くちばしで軽くつつく。


「……お話が少し、難しくなりましたか?」


「コッ」


「では、今日は、これだけ覚えてくださいね。董卓は都を焼いて逃げ、追いかける側は、仲間割れを始めてしまいました」


 しおりを挟みながら、マリーは続けた。


「ただ、長安へ移った董卓にも、安心できる日が、ずっと続くわけではありません」


 そのすぐ近くで、董卓を倒すための企てが、動き始める。


 今度は、大勢の軍ではなく、董卓の身近にいる人々によって。


「続きは、また明日にしましょう」


 マトリスは立ち上がると、マリーの靴に体を寄せた。


 マリーは、もう一度、その背をそっとなでた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。