ー三人がかりでも、強いものは強いー
マリーが本を開くと、マトリスは、すぐに首を伸ばした。
「今日は呂布ですね」
「コッ」
「はい。関羽が華雄を倒した、その続きです」
傍らには、湯気の立つお茶が置かれている。
マリーは先にひと口飲んだ。
「今日は、温かいうちにいただいておきます」
*
董卓を倒すために集まった連合軍は、都へ向かって進もうとしていた。
だが、その前には、まだ董卓の軍が立ちはだかっている。
中でも恐ろしいのが、呂布だった。
「今日は『三国志演義』の有名な場面、三兄弟と呂布の戦いをお話ししますね」
呂布は、赤兎馬に乗って現れた。
手には、長い柄の先に刃をつけた武器を携えている。
方天画戟という。
「ほうてんがげき、と読みます」
「コ?」
「難しいですね。今は、長くて大きな武器を持っている、と思ってください」
その呂布へ、連合軍の武将が挑んだ。
けれど、かなわない。
次の武将が向かっても、また倒される。
何人かで矢を射かけても、呂布はひるまなかった。
敵の姿を見ただけで、兵士たちが後ずさりするほどだった。
「前のお話では、関羽が、とても強かったでしょう?」
マトリスが胸を張る。
「その関羽たちが相手にする、今度の敵も、とんでもなく強いのです」
ふくらんでいた羽が、少しだけ落ち着いた。
*
呂布に追われ、一人の武将が逃げていた。
公孫瓚という、劉備とも縁のある人物である。
白い馬を走らせ、必死に逃げる。
その後ろから、赤兎馬が迫った。
呂布の武器が、今にも届きそうになる。
そこへ、横から飛び出した男がいた。
張飛だった。
――逃げるな、呂布! 俺が相手だ!
「コケッ!」
「はい。張飛が来ました」
張飛は、長い槍を構えて呂布を迎え撃った。
呂布も馬を返し、張飛へ向かう。
槍と戟が、激しくぶつかった。
一度。
二度。
馬がすれ違い、また向き直る。
何度打ち合っても、勝負がつかない。
「張飛は、前のお話で関羽が華雄を倒すところを見ていますからね。自分だって負けてはいられないでしょう」
マトリスが、右へ一歩動いた。
マリーの指が行をたどると、今度は左へ一歩動く。
「……そこからでしたら、どちらへ動いても、絵はありませんよ」
けれどマトリスは、落ち着かなさそうに首を伸ばしていた。
*
張飛と呂布の戦いを見つめていた関羽が、動いた。
このまま張飛一人に戦わせておくわけにはいかない。
関羽も馬を走らせ、大きな刃のついた長い武器を振るって、戦いに加わった。
張飛と関羽。
二人で呂布に立ち向かう。
「コッ!」
「これなら勝てそうだ、と思いましたか?」
マリーは、少しだけ声を落とした。
「ところが、まだ勝てないのです」
呂布は、張飛の槍を受け止める。
すぐに身を返し、関羽の攻撃を払う。
一方を相手にしている間に、もう一方が迫ってくる。
それでも呂布は、崩れない。
「一人でも大変な相手が、二人ですよ。それなのに戦い続けるのですから、見ていた兵士たちも驚いたでしょうね」
そして、とうとう劉備も剣を抜いた。
両手に一本ずつ、二本の剣を持ち、二人の弟のもとへ駆けつける。
これで、三人。
桃の園で、力を合わせて生きようと誓った三兄弟が、そろって呂布を囲んだのである。
*
マトリスが、片羽を広げた。
「三人がかりは、ずるいですか?」
「コケ」
「そうですね。力比べの試合でしたら、一人ずつ戦う約束もあるでしょうけれど」
マリーは本へ視線を戻した。
「これは、負ければ誰かが死んでしまう戦いです。弟たちが危なければ、劉備も、見ているだけではいられなかったのでしょう」
三人は、それぞれ違う方向から攻めた。
張飛が槍を突き出し、関羽が刃を振るう。
劉備も二本の剣で迫った。
さすがの呂布も、簡単には攻め返せなくなっていく。
だが、そこで終わる男ではなかった。
呂布は劉備へ、鋭い一撃を向けた。
劉備が、それを防ごうとする。
その一瞬。
呂布は武器を引き、馬の向きを変えた。
できた隙間を、赤兎馬が駆け抜ける。
「あっ、と思ったときには、もう逃げ道ができていたのですね」
呂布は三人の包囲を抜け、そのまま自分の陣へ引き返していった。
「コケーッ!」
「逃げられてしまいましたね」
けれど、三兄弟も無事だった。
誰も止められないように見えた呂布を、三人で退かせた。
その戦いぶりは、連合軍の人々に、強く印象づけられたのである。
*
「今日は、劉備たちが呂布を討ち取って、おしまい。とは、なりませんでした」
マリーが指を止めると、マトリスは、ようやく座り直した。
「強い人を一人退かせても、その向こうには、まだ董卓と、大勢の兵士がいますからね」
しかも董卓は、都を守って最後まで戦おうとは考えなかった。
都を捨て、皇帝も人々も連れて、別の都へ移ろうとする。
「引っ越しをするのか、と思いますよね」
マリーは、次のページを見つめた。
「けれど、住んでいる人たちには、残るかどうかを選ぶことさえ許されませんでした」
家も、店も、畑もある。
年を取って、遠くまで歩けない人もいる。
それでも董卓は、人々を追い立てようとした。
マトリスの首が、ゆっくり傾いた。
「次は、都に残された人たちのお話です」
しおりを挟んで、本を閉じる。
それからマリーは、お茶をひと口飲んだ。
「……少し、ぬるくなりましたね」
今度は冷めきる前に飲めたことに満足して、もうひと口。
足元のマトリスも、水の器へ歩いていった。




