ー都にやってきた困った大物ー
第3話 都にやってきた困った大物
マリーが本を開くと、マトリスが足元にやってきた。
右へ一歩、左へ一歩。やがて座る場所を決めると、羽をふくらませる。
「今日は、ずいぶん準備がよろしいですね」
「コッ」
「では、始めましょうか」
マリーは、昨日の続きを指でたどった。
「劉備たちのように、黄色い布を目印にした黄巾賊と戦う人が各地に現れて、大きな反乱は、だんだん抑えられていきました」
マトリスが首を傾けた。
「これで平和になりました、でしたらよかったのですけれど」
ぱらり、と紙の音がした。
「今度は、国の真ん中が大騒ぎになります」
*
その頃の中国には、漢という大きな国があった。
その国の皇帝が亡くなり、若い皇帝が新しく即位したのだが、宮殿では偉い人たちが争っていた。
「誰が新しい皇帝を支えるか。つまり、誰がいちばん強い立場になるか、という争いですね」
「コケ?」
「皇帝のお手伝いをするはずなのに、お手伝いの人たちが喧嘩をしているのです」
マトリスが、くちばしで羽をつついた。
「聞くだけで面倒くさくなりましたか。私も、そう思います」
その争いの中で、宮殿に仕える宦官という人々を倒そうとした大将軍が、都の外にいる武将たちの力も借りようとした。
その呼びかけを受けて、軍を率いてやってきた一人が、董卓という男だった。
「とうたく、といいます。今日は、この名前を覚えてくださいね」
「コッ」
「はい。お返事は立派です」
ところが、董卓が都へ着く前に、大将軍は殺されてしまった。
怒った兵士たちが宮殿へ押し入り、都は大混乱。
若い皇帝まで宮殿の外へ連れ出される騒ぎになっていた。
そこで董卓は、都の外にいた皇帝を迎え、軍とともに都へ入ったのである。
「ここだけ聞くと、困っている皇帝を助けにきた人みたいでしょう?」
マトリスがマリーを見上げた。
「実際、頼もしく見えた人もいたでしょうね。兵士をたくさん連れていましたから」
けれど董卓は、その兵士たちの力を使って、宮殿で誰も逆らえない立場になっていった。
そして、とうとう言い出した。
――今の皇帝をやめさせる。代わりに、その弟を皇帝にする。
「コケッ!」
「そうですよね。驚きますよね」
マリーは小さくうなずいた。
「お手伝いにきた人が、家の主人を勝手に取り替えるようなものです」
もちろん、反対する人もいた。
だが、董卓の後ろには武器を持った兵士たちがいる。
正しいことを言ったからといって、聞いてもらえるわけではなかった。
こうして皇帝にされたのが、まだ幼い献帝だった。
「皇帝になったら、何でも好きにできそうですけれどね」
マリーは本の端をそっと押さえた。
「この子は、自分のことさえ、自分で決められなかったのです」
マトリスは羽づくろいをやめていた。
*
「さて。困ったことに、この董卓には、とても強い味方がつきます」
マリーが顔を上げる。
「呂布という武将です」
「コッ?」
「りょふ。董卓と一緒に覚えると、少し大変ですね」
呂布は、もともと丁原という人に仕えていた。
丁原は董卓に反対していたのだが、董卓は、その部下である呂布を味方に引き入れようとした。
「ここからは、物語の『三国志演義』で語られるお話ですよ」
董卓からの使いは、呂布に立派な贈り物を届けた。
金や宝物。
そして、一頭の見事な馬。
名前を、赤兎馬という。
「せきとば。赤い兎の馬、と書きます」
マトリスの首が、ゆっくり傾いた。
「兎なのか馬なのか、気になりますね。でも、馬です。赤っぽい毛色で、とても速く走る名馬ですよ」
兎の耳をつけた馬を想像してしまい、マリーは一度、口元を押さえた。
「……失礼しました。続けます」
使いは呂布に、董卓に仕えれば、もっと立派な地位を得られると持ちかけた。
そして呂布は、仕えていた丁原を殺し、董卓の側についてしまう。
マトリスが立ち上がった。
「コケーッ!」
「はい。そこは怒ってよいところです」
贈り物をもらったからといって、今まで仕えていた相手を殺してよいはずがない。
だが、董卓は大喜びだった。
邪魔な相手がいなくなり、そのうえ強い武将まで味方になったのだから。
「こうして董卓は、ますます好き勝手をするようになりました」
逆らう人を罰し、都の人々から財産を奪う。
人々を守るはずの兵士たちを、人々が怖がって逃げる。
黄巾賊の反乱が収まっても、安心して暮らせる日は戻ってこなかった。
*
「ですが、みんなが黙って見ていたわけではありません」
マリーの言葉に、マトリスが顔を上げた。
「こんなことを続けさせてはいけない。董卓を止めなければ。そう考える人たちもいました」
その一人が、曹操だった。
都で董卓の振る舞いを見ていた曹操は、やがて都を脱出し、董卓と戦うために兵を集め始める。
各地の有力者たちも、それぞれ軍を動かした。
「別々の土地にいる人たちが、同じ相手を倒すために手を組むのです。これを、連合といいます」
マトリスが、マリーの膝に片足をかけた。
「続きを聞きたいのですか?」
「コッ」
「次は、いよいよ大勢の武将が集まりますよ。劉備たち三兄弟も、この戦いへ向かいます」
マリーは、膝に置かれた小さな足を見た。
「ただ、力を合わせようと集まったからといって、仲良くできるとは限らないのです」
マトリスは足を引っ込め、また座った。
マリーは、その姿をしばらく見つめた。
「……今日はここまで、と言う前に、座り直しましたね」
「コケ」
どうやら、連合軍の出発を待つつもりらしい。
マリーは困ったように笑って、本にしおりを挟んだ。




