ー旗を揚げた三兄弟ー
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第2話 旗を揚げた三兄弟
「さて、黄巾の軍と戦うために出発した、劉備、関羽、張飛の三人ですが」
マリーが本を開くと、マトリスは胸を張った。
「コケッ!」
「はい。お名前は覚えましたね。今日は、いよいよ初めての戦いです」
マトリスが、マリーの手元をのぞき込む。
「ただし、あなたは戦いに行かなくても大丈夫ですよ」
そう言って、続きを読み始めた。
*
三人が率いる兵は、およそ五百人。
大きな軍ではなかったが、みな、自分たちの暮らす土地を守ろうと集まった仲間だった。
そこへ、黄巾の軍が攻めてきた。
向かい合う兵士たち。
掲げられた旗。
土を蹴る馬の足音。
劉備たちは、初めて戦場に立った。
「怖かったでしょうね」
マリーの声が少し静かになった。
「関羽や張飛は、とても強い人です。でも、一緒にいる五百人が、全員強いわけではありません。昨日まで畑仕事をしていた人だって、いたでしょうから」
自分は無事に帰れるだろうか。
隣にいる仲間は、大丈夫だろうか。
そう思っていても、敵は待ってくれない。
黄巾軍の先頭から、一人の将が進み出た。
それを見た張飛が、馬を走らせる。
大声を上げ、矛を構え、真っすぐに向かっていった。
「コケーッ!」
マトリスも勢いよく鳴いた。
「あなたは、ここにいてください」
立ち上がりかけた鶏に、マリーがそっと手を添える。
「まだ張飛の出番です」
張飛は敵の将を討ち取った。
さらに、もう一人の敵将が向かってくると、今度は関羽が進み出た。
こちらも、たちまち相手を倒してしまう。
先頭に立つ将を失い、黄巾軍は崩れ始めた。
「大勢いても、誰について進めばよいのか、誰の命令を聞けばよいのか、わからなくなると困ってしまいますからね」
劉備たちは兵を進め、初めての戦いに勝った。
マトリスが、ぱたぱたと羽を動かした。
「はい。まずは一勝です」
*
けれど、これで反乱が終わったわけではなかった。
別の町では、まだ大勢の人が助けを求めていた。
三兄弟は、その救援に向かう。
今度の敵も、人数が多い。
助けに向かった劉備たちは、苦しい戦いを強いられた。
「前に勝てたから、今度も勝てる。とは限らないのです」
そこで三人は、作戦を立てた。
関羽と張飛が、それぞれ兵を率いて、左右に分かれて隠れる。
劉備は、残りの兵とともに敵へ向かった。
しばらく戦ったところで、劉備は兵を退かせた。
敵は、それを見て追いかけてくる。
――逃げたぞ。追え!
ところが、その先で合図の音が響いた。
左右に隠れていた関羽と張飛が、一斉に飛び出したのである。
「コケッ!」
「そうです。逃げるふりだったのですね」
追いかけることに夢中になっていた敵は、突然、横から攻められて大混乱。
劉備も引き返し、三方から力を合わせて戦った。
こうして三兄弟は、町を救うことができたのである。
マトリスは、マリーの後ろをのぞいた。
「そこには誰も隠れていません」
反対側ものぞく。
「そちらにもいませんよ」
ようやく座り直した鶏を前に、マリーは続けた。
「強い人がいるだけでなく、どこで、どう戦うかを考える。それも大切なのですね」
*
戦いを重ねた三人は、やがて盧植という将軍のもとへ向かった。
「ろしょく、といいます。劉備が若い頃に、教えを受けた先生です」
「コッ」
「知らない人ばかりの中で、先生に会えたら、ほっとするでしょうね」
盧植も、黄巾の軍と戦っていた。
劉備たちは、そのもとで働き、さらに別の軍を助けるために出発した。
ところが、その後、思いがけない出来事に出くわす。
盧植が、捕らえられていたのである。
「コケ?」
「戦いに負けて、敵に捕まったのではありません。味方であるはずの、国の命令でした」
劉備が事情を尋ねると、盧植は、宮殿から来た役人のことを話した。
戦いの様子を調べに来たその役人は、盧植から贈り物をもらいたがった。
だが、盧植は渡さなかった。
兵士たちの食べ物にも困る中で、役人の機嫌を取るためのお金など出せない。
すると役人は、宮殿へ戻り、盧植が怠けて戦っていないかのように報告したのだ。
「本当は働いているのに、自分がお金をもらえなかったから、悪く言ったのですね」
マトリスの羽が、ふくらんだ。
「はい。怒るところです」
張飛も、黙ってはいられなかった。
盧植を護送している者たちを倒し、助け出そうとする。
けれど、劉備が止めた。
ここで国の命令に逆らえば、劉備たちまで罪人になってしまう。
盧植の立場も、かえって悪くなるかもしれない。
「助けたいのに、すぐ手を出してはいけない。張飛には、我慢の難しい場面でしたね」
*
マリーは、ページの上で指を止めた。
「敵と戦って勝てば、人々の暮らしがよくなる。三人は、そう願っていたでしょうけれど」
戦場の外にも、困った人がいた。
自分のお金や立場のために、働いている人の邪魔をする者がいる。
そのせいで、困る人が、さらに増えてしまう。
「国を立て直すのは、強い武将が何人かいれば済む、ということではなかったのです」
マトリスが、くちばしを閉じた。
「それでも、劉備たちは戦いを続けます。今、助けを待っている人たちは、まだいますからね」
各地で多くの軍が戦い、大きな反乱は、少しずつ抑えられていった。
だが、国の問題まで、なくなったわけではない。
「次は、都のお話です。今度は宮殿で、偉い人たちが争い始めます」
マリーがしおりを挟むと、マトリスは表紙を、こつんとつついた。
「今日は、ここまでです」
「コケッ」
「初めての戦いには、勝てましたものね。そこは喜んでおきましょう」
鶏は、力強く胸を張った。
まるで自分も、五百人の中に加わっていたかのように。




