表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リセット  作者: ナオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

45話 特定屋

 最初は、探すだけだった。

 

 殴るわけでもない。

 脅すわけでもない。

 拉致するわけでもない。

 

 ただ、名前のない誰かを見つける。

 

 ……それだけ。

 

 そう言えば、仕事は少し軽くなる。

 

 小田切蓮は、池袋西口の古いネットカフェの個室で、スマホを2台並べていた。

 

 時刻は0時47分。

 ブースの中は乾いていて、空調だけが少し寒い。

 

 画面にはSNS。

 配信アプリ。

 地図。

 乗換案内。

 不動産サイト。

 

 全部、探すためのものだった。

 

 蓮は31歳。

 表向きは何もしていない。

 

 昔は中古端末の転売をしていた。

 その前はリサイクルショップのバイト。

 その前は派遣で倉庫。

 

 長く続く仕事はなかった。

 

 でも、人より得意なことはあった。

 

 細かいものをつなげることだ。

 写真の端に映った看板。

 ガラスに反射した駅名。

 コンビニのレシート。

 タクシーの走行ルート。

 女が何気なく上げたネイルの色。

 

 そういう、他人が見落とすものを拾って、場所と時間に変える。

 

 最初にそれで金になったのは、浮気調査の真似事だった。

 

 知り合いの男に頼まれた。

「彼女、どこで働いてるかだけ知りたい」

 

 SNSの投稿と、フォロー欄と、写真の壁紙で、蓮は3日で場所を当てた。

 

 男は驚いた。

 その顔が少し気持ちよかった。

 殴るより早い。

 尾行より安い。

 本人が自分で撒いたものだけで、居場所が出る。

 

 それ以来、蓮はたまに呼ばれるようになった。

 

 店を飛んだ女。

 未収を残した客。

 口座を持ち逃げした若い男。

 配信だけ消して消えた女。

 

 逃げた本人はうまく隠れたつもりでも、たいてい何かを残していく。

 

 人間は完全に消えられない。

 

 消えたがるやつほど、どこかで自分の気配を見たくなるからだ。

 

 今夜の依頼は女だった。

 

 名前は本名ではない。

 池袋のメンエスで源氏名を使っていた女。

 店外で揉めて、そのまま飛んだ。

 飛んだだけならいい。

 

 でも、そのあとで店の都合が悪い動画がどこかへ流れそうだという話になった。

 

 だから見つける。

 脅すためか。

 回収のためか。

 口止めのためか。

 

 そこまでは蓮も深く聞かない。

 

 聞くと、自分の仕事まで濁るからだ。

 

 依頼は神崎経由だった。

 直接じゃないのがこの手の話は普通だ。

 

『名前はミナ』

『本名多分違う』

『前は北口の店』

『最近配信もやってたっぽい』

『早め』

 

 ……それだけ。

 

 蓮はまず配信アプリを開いた。

 

 源氏名に近いアカウントはいくつか出る。

 でも、本当に探したい時は名前より癖を見る。

 

 投稿時間。

 使う絵文字。

 句読点の癖。

 同じ服が映る頻度。

 カーテンの色。

 充電ケーブルの形。

 

 そういう、本人が隠しているつもりのないものの方が残る。

 

 1つ、気になるアカウントがあった。

 

 顔は出していない。

 手元と、部屋の暗い照明だけ。

 でも、過去の店の写メ日記と爪の形が似ていた。

 

 偶然かもしれない。

 

 でも偶然を何個か重ねると、だいたい人になる。

 

 配信は3日前で止まっていた。

 プロフィールは軽い。

 趣味も仕事も曖昧。

 でも、過去のギフト履歴のスクショを自分で上げていた時期がある。

 

 そこに時間が残る。

 深夜2時台。

 朝方4時台。

 

 昼はほとんど動かない。

 つまり夜型で、しかも今も完全には昼へ戻っていない。

 

 蓮は次に、別のSNSを当たった。

 

 鍵はかかっている。

 でもアイコンの切り抜きと、前に公開していた画像の光の色が一致する。

 

 そういう、細い線を拾っていく。

 やっていることは地味だった。

 

 でも、見つかる側からすると一番気味が悪いのもこの地味さだ。

 

 自分で撒いたゴミみたいな情報だけで、知らない男が近づいてくる。

 

 殴るより先に、それがある。

 蓮は途中でコンビニのコーヒーを買いに出た。

 

 西口の夜はまだ明るい。

 キャッチ。

 酔っ払い。

 ラブホ帰り。

 外国人の旅行客。

 

 全部が少しずつ混ざって歩いている。

 

 池袋はそういう街だった。

 

 隠れたい人間にも都合がいい。

 

 でも同時に、見つける側にも都合がいい。

 

 人が多いからじゃない。

 雑だからだ。

 雑な街では、人は雑に気を抜く。

 

 西口へ戻る途中、蓮はもう1つヒントを拾った。

 

 女の古い投稿に映っていたコンビニ袋だった。

 

 ただのコンビニ袋じゃない。

 

 地域限定の提携スーパーのロゴが入っている。

 池袋にもないわけではない。

 

 でも数は限られる。

 

 その近くに安いマンスリーと、女が逃げる時によく使う古い賃貸がいくつかある。

 

 蓮は地図を開いた。

 路線。

 配信時間。

 コンビニ。

 マンスリー。

 全部を重ねる。

 

 そうすると、候補は少しずつ絞れる。

 

 楽しいとは思わない。

 でも、上手くはまる瞬間だけ少し息が軽くなる。

 

 たぶん、自分が人より少しましだと思えるからだ。

 

 ネットカフェへ戻ると、神崎から追加が来ていた。

 

『客のスクショで部屋の壁紙薄ピンク』

 遅いなと思った。

 でも、あるだけましだった。

 

 蓮はその一文を、さっき目星をつけた女の古い配信スクショと並べた。

 

 壁紙は見えない。

 でも照明の色味は近い。

 

 完全ではない。

 でも、こういう仕事は完全の前で動く。

 完全に確定する頃には、もう相手がいないことが多いからだ。

 

 午前2時過ぎ。

 蓮はネットカフェを出て、候補のエリアまで歩いた。

 

 西口から少し外れた古いマンション街。

 風俗店員。

 夜職上がり。

 半端なフリーランス。

 

 そういう人間が短く住む場所だ。

 

 駅にも近い。

 池袋から消えたいけど、池袋の外では食えない人間がよくいる場所だった。

 

 こういう場所を、蓮はよく知っていた。

 

 見つける側は、隠れる側の好む条件を覚える。

 

 安い。

 短期で入れる。

 現金でもいける。

 保証がゆるい。

 宅配ボックスがない。

 出入りが雑でも浮かない。

 

 全部、大事だった。

 

 1棟目は外した。

 2棟目も違う。

 

 でも3棟目のポストに、見覚えのある手書きの苗字があった。

 

 本名ではないかもしれない。

 でも、前に女が配信で冗談みたいに言っていた偽名と1文字だけ一致していた。

 

 蓮は立ち止まった。

 こういう時、一番まずいのは焦ることだ。

 当たりかもしれない。

 

 でも、飛びつくと雑になる。

 雑になると、見つけた意味が薄れる。

 

 蓮は少し離れて、向かいの自販機の前で缶コーヒーを買った。

 

 ……待つ。

 

 待ちながら、出入りする人を見る。

 30分くらい経った頃、女が1人出てきた。

 

 帽子。

 マスク。

 細い。

 

 でも歩き方で分かった。

 

 店で働いていた時から、少し内股で、急ぐ時だけ肩が先に出る。

 

 写真より痩せて見える。

 でもあれだと、蓮は思った。

 

 思った瞬間、少しだけ身体が熱くなる。

 

 見つけた。

 それだけ。

 殴ったわけでも、追い詰めたわけでもない。

 でも、その瞬間が一番仕事になる。

 

 蓮はすぐ写真を撮らなかった。

 

 先に後ろ姿だけ目で追う。

 女はコンビニへ入った。

 

 牛乳とカップ麺と煙草を買った。

 レジで電子決済じゃなく現金を出した。

 

 そういうところまで見てしまう。

 見えると、もう人じゃなく情報に近くなるからだ。

 

 蓮は店を出たところで、少し離れた位置から1枚だけ撮った。

 

 顔は半分しか入らない。

 でも十分だった。

 神崎に送る。

 

『いた』

 

 既読は早かった。

 

『確定?』

 

 蓮は少しだけ考えてから返した。

 

『かなり』

 

 そう返すと、すぐ次が来る。

 

『部屋も?』

 

 そこまで送るか、少しだけ迷った。

 女の部屋番号まで出せば、この仕事は終わる。

 

 でも、その先で何が起きるかは、だいたい想像できる。

 

 脅し。

 回収。

 口止め。

 動画。

 客。

 店。

 いろいろだ。

 

 蓮はそれを知らない顔でやってきた。

 

 知らないふりをしてきた。

 自分は見つけるだけ。

 そのあとの手までは関係ない。

 そうやって線を引いてきた。

 でも、今夜は少しだけ嫌だった。

 

 女が想像より普通の買い物をしていたからかもしれない。

 

 牛乳とカップ麺と煙草。

 そういう生活の途中を見たあとだと、人は少し情報にしづらい。

 

 神崎から催促が来る。

 

『早め』

 

 蓮はマンションをもう1回見た。

 部屋は多くない。

 女が入った階段は見ている。

 郵便受けも見た。

 あと1段だけ踏み込めば、部屋まで届く。

 その時、後ろから声がした。

 

「何してるんですか」

 

 振り返ると、夜勤帰りみたいな男が立っていた。

 住人だろう。

 

 コンビニ袋を持っている。

 蓮は少し笑って、スマホを見せた。

 

「友達探してて」

 

 その嘘は自然に出た。

 自分でも嫌になるくらい自然だった。

 男は少し怪しい顔をしたが、それ以上は言わなかった。

 

 オートロックでもない古いマンションは、そういうやつを完全には追わない。

 

 池袋では、人は他人に深入りしない。

 それもまた、見つける側には都合がいい。

 

 男が入っていく。

 蓮はその背中を見ながら、結局もう1枚だけ送った。

 マンションの外観。

 入口。

 部屋番号まではない。

 

『ここ』

 

 神崎の既読は早かった。

 

『部屋は?』

 

 蓮は返さなかった。

 その代わり、しばらく女の部屋が何階かだけ確認した。

 

 3階。

 カーテンが少し動いた。

 照明がつく。

 薄いピンクっぽい壁紙が、一瞬だけ窓の端に見えた気がした。

 

 それで十分だった。

 十分なのに、蓮は送れなかった。

 スマホを見たまま、少しだけ指が止まる。

 神崎からまた来る。

 

『何やってんの』

 

 蓮はそこで、ようやく短く返した。

 

『今日はここまででいいだろ』

 

 送ってから、自分で少し驚いた。

 断ったというほどではない。

 でも、いつもより少しだけ線を引いた。

 

 神崎はすぐには返してこなかった。

 

 その沈黙が、逆に嫌だった。

 たぶん後で何か言われる。

 怒られるかもしれない。

 次から切られるかもしれない。

 

 でも、その全部より、今ここで部屋番号まで送る方が少し嫌だった。

 

 蓮は自分のその感覚を、まだ人間らしいと呼べるのかは分からなかった。

 

 もう何人も見つけてきた。

 その先で誰がどうなったか、完全には知らないふりをしてきた。

 

 それでも、今夜だけ少し嫌だった。

 たぶん、女があまりにも普通に生きている感じだったからだ。

 

 池袋の裏は、もっと派手に壊れている人間ばかりじゃない。

 

 牛乳を買う。

 煙草を買う。

 カップ麺を買う。

 

 そういう夜の途中にいる人間も、次の日には口止めの対象になる。

 

 その地味さの方が、裏社会っぽいと蓮は思った。

 派手な抗争なんてない。

 

 血も毎回は出ない。

 ただ、少し情報を渡すだけで、誰かの生活が静かに詰む。

 

 それだけ。

 スマホがまた震えた。

 神崎からだった。

 

『使えねえな』

 

 それだけ。

 

 蓮は画面を見て、煙草に火をつけた。

 風が少しだけ強い。

 向かいのマンションの3階はもう静かだった。

 カーテンも動かない。

 電気だけが薄くついている。

 

 見つけるっていうのは、殴るよりずっと手が汚れない感じがする。

 

 でも本当は逆かもしれないと、蓮はたまに思う。

 殴る方は、その瞬間だけ汚れる。

 

 見つける方は、相手の生活そのものへ静かに手を入れる。

 

 その違いだけだ。

 蓮は煙を吐いてから、スマホをポケットにしまった。

 

 今日はここまでだった。

 

 でも、見つけた時点で、たぶん半分はもう終わっている。

 

 それが特定屋のいちばん嫌なところだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ