17-1 死にたくない
― あれ……
レーラが、手を振っていた。
ああ、そうか、
私は、死んだんだ。
まあ、しょうがないか。
見通しが甘かったんだ。
指導者らしく、
後ろでどんと構えていれば
良かったんだ。
やがて、目がはっきり
見えるようになってくると、
そこに屍の山が現れる。
レーラは、その上で
私を手招いていたのだ。
「お姉ちゃん、こっち!」
屍の山を構成しているのは
アイラン人、ファーマーン人、
小鬼、憲兵隊員、
目を凝らしてみると、
女王エリアの姿まで見える。
……これを、踏みつけて
冥府へ行けというの……
「レーラ、他の道はないの?」
「無いよ、お姉ちゃん」
……途端に、罪悪感が浮かぶ。
私は、
「じゃあ私はまだ行けない」
そっちには、行けないの。
「それなら、もっと積み上がるよ」
レーラは言う。
恐怖に震える。
「そんなの嫌よ、嫌!」
「我がままばっかり」
「まだよ、まだ私は」
「死にたくない……」
チェザレアが正気を取り戻した時。
そこはあの巨大なペリカンの頭の、嘴の中なのだろう。肉の壁が、チェザレアを取り囲んでいた。既に足は肉の中に取り込まれ、動化すことが出来ない。
「ラ・クラ……駄目だ……」
呪文を詠唱しようとして見て、それが無駄と直ぐに分かった。空間マナの流れは、全てチェザレアの目の前にある、肉の壁に開いた穴の中……すなわち魔神の本体の方へ流入している。
魔神をこの世界に顕現させている、恐らくは人間だったころのガイアスの体内に埋め込まれていた魔法陣の術式が強すぎて、詠唱呪文ではそのマナを奪えないのだ。
すなわち、魔法でこの魔神を倒すことは出来ない。
深く息をする。肉の壁に侵された、臭い空気だが吸わないと窒息してしまう。
「……臭い……ッ」
チェザレアは、自身の持ち物を確認する。幸いにして、愛用の杖は手で持ったままだ。
「……糞、糞、糞ッ!!」
杖で、肉の壁を何度も打ち付ける。
例え、その行為が意味のないものだとしても、そうせずにはいられなかった。
ぺちゃ、くちゃ、ドチャ……
音が鳴るだけである。当然だが、具体的なダメージを肉の壁が受けたようには見受けられない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やがて、息が切れる。チェザレアが自分の姿を見る手段はここにないが、顔は真緑に染まっていただろう。
そうしているうちに……
「え……」
肉の壁に開いた穴、魔神の本体の方から何本もの腕……いや、触手がゆっくりと、時間をかけて這い出して来る。
「な、なに……」
触手はチェザレアの暴れようをまるであざ笑うかのように、スローモーな動きで彼女に迫ってきた。生理的嫌悪感が彼女の精神を覆う。
「ヒッ……」
チェザレアはそっちを見ないで済むよう振り向こうとするが、
「な、何なのこれ」
足を取り込んでいた肉の床が、既に腰の高さまで迫ってきていた。
「嫌……」
あの時……魔神信仰派に捕らえられ、鞭による拷問を受けた時を遥かに凌ぐ恐怖。
「し、……しに……く……ない」
彼女には今、精霊よりも何よりも、すがるものがあった。
彼の背中が脳裏に浮かぶ中、触手がチェザレアの腕を掴む。
涙がポロポロ落ちる。触手の一本一本が、彼女によって死に追いやられた人々の腕のように幻視された。
やがて、顔が形作られ、喋る。
『そうまでして、生を渇望するか。幻滅ですね』
憲兵隊の制帽を着た男が言う。心なしか、ゴドフリーの面影が感じられた。
『憎い、憎い……』
アイラン人の少年が言う。
『俺たちの屍で出来た椅子は座り心地いいかぁ、大統領閣下ぁ!』
恐らくは魔神信仰派の、小鬼の兵士が言う。
『ねえ、こっちに来なよ。冥府は現世よりも楽しいよぉ……』
そして……女王エリアの亡霊が言う……
「死にたくないッ!!!」
触手が、肉が、全身を包んでいく……
「嫌ッ、止めてッ!!助けてッ!!」
もう叫ぶことしかできない。
「助けて、ルジェ君ッッッ!!!!」
チェザレアの肉体と精神は、限界を超えてぷっつり切れた……
チェザレアの心中を直接描写するのって初めてかな?追い詰められているとはいえ結構やば目ですね。




