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魔法使いの妻  作者: M38
第2章
24/25

第23話

 ルイとわたしはとりあえず孤児院に入り身を隠した。


「マッキントッシュ教授……どういうことですか? わたしたちは悪いことは何も……」

「シェリー……早馬で、アレックスから手紙がきた。ルイだけ馬車で走らせ、シェリーを匿ってくれと……」

「マッキントッシュ教授、アレックスはぼくたちが追われている理由をなんと?」

「それは書いてなかったが……帝都の警察がシェリーを追っているそうだ。ルイはこのまま馬車に乗り、走り続けて囮になれ。もしも途中で警察に追いつかれたら、シェリーは国境沿いで下りたと言うんだ。この件にルイはまったく関係ないから、安心しろ」

「……わかりました。では、すぐに出発します。シェリー……心配だが、ぼくはすぐに行くよ」

「ルイ……わかったわ。荷物だけ受け取るわね。気をつけて」

「荷物はわたしが運ぶ。シェリーはシスターたちと奥へ!」

「はい!」


 シスターや子供たちとの再会を喜ぶ間もなく、わたしは孤児院の奥の部屋へ身を隠した。日はすでに暮れていた。


――ガラガラガラガラーッ……!


 ルイの乗った馬車の音が暗闇を遠ざかっていく。急に心細くなり胸がドキドキしてきた。

わたしが警察に追われている? 皆目、検討がつかない。レイラはどうしたんだろう。ひどく心配になってきた。


――コンコンッ、カチャッ!


「マッキントッシュ教授!」

「シェリー、たいへんだ! 今、使いが来た。帝都の追手が、ルイの馬車を追いかけて行ったようだ……彼らはこの孤児院と君の繋がりを把握している。ここに居ては危ない。荷物を持って、一緒に大学へ逃げたほうがいい。すぐに出発しよう!」

「そんな……!」


 マッキントッシュ教授と孤児院を出発することになった。何がなんだかわからない。束の間の再開を果たしたシスターたちとも、すぐにお別れすることになってしまった。


「シェリー……気をつけるのよ!」

「シスター……はい。みんなも、元気で……!」

「シェリー、いそごう」

「はい!」


 シスターと強く抱き合うと、マッキントッシュ教授に続いて迎えの馬車に乗り込んだ。そこには――。


「ローレン!」

「これはこれは……逃亡劇は失敗だったね。残念だったな」

「マッキントッシュ教授、彼は……!」

「シェリー、面識があるのか? 彼があの試験問題を出した偉大な魔法使いだぞ」

「なんですって! ローレンはそんなにすごい魔法使いなんですか?」

「シェリー、彼のことを何も知らないのか……? そうか、君らしいな……」

「あの……ローレンはその……警察側の人間では……」

「わたしがかい? まあ、そうとも言えるが……今は違う立場で君を迎えにきた」

「ちがう立場で……? それは……」

「シェリー、とにかく乗りなさい。大学へ逃げよう。あっ! あっちから馬がくるぞ!」


――パカパカパカパカーッ!


 夜の暗闇をランタンを下げた黒い馬が走り抜けていく。警察の騎馬隊だ。


――パタンッ! ガラガラガラガラーッ!


 わたしは急いで馬車に乗り、マッキントッシュ教授とローレンの向かい側に座った。馬車はすぐに出発した。


「あの……アレックスは……? レイラは? まさか……」

「その心配はない。むしろ、反対だとだけ伝えておこう」

「反対……?」

「君にはショッキングな出来事が帝都に展開されつつあるということだ。わたしはいち早くそれを察知して君を守りにきた。それにしてもシェリーメイ……わたしの作った問題で、入学試験で満点が取れなかったそうじゃないか。これは傑作だな! 天下のシェリーメイ殿が! それにしても……自力で解いたのが、アレックスのところにいる女とはな……もっと早くに気づくべきだった」

「もうしわけありません……わたくしは魔法に関してはまったくの無知で……」

「いいさ。バーナビー教授も気づかなかった。敵は相当に手強いってことだ」

「あの……どうしてローレンが試験問題を?」

「ただの気まぐれさ。王立魔法大学校で、簡単だけど解くのが難しい問題を化学の試験に出すとバーナビー教授から聞いて、遊び心で作ったんだ。まさか魔法で解く人間がいたとはな……」

「たいへんだ! あいつらもどってきたぞ! 御者! いそげ!」

「きゃああー!」


 マッキントッシュ教授の叫び声と共に馬車が速力を上げた。


――ガラガラガラガラーッ!


 わたしは必死でドアに掴まりながら、ふんばった。


――ガラガラガラガラー……。


 やがて、大学の建物が見えはじめた。蔦の絡まるレンガ造りの建物がやけに懐かしい。無償にあのころにもどりたくなった。


――カチャッ!


「マッキントッシュ教授、大学で開発した毒薬と解毒剤を見せてくれ」

「こっちです。シェリーも一緒に」

「はい!」


――ダダダダッ!


 わたしたちは大学構内を走り抜けて実験室に向かった。


――キイーッ!


 実験室に到着したが、中は真っ暗で誰もいなかった。


――カチッ! ボウッ! ガタガタッ!


 マッキントッシュ教授がランプにあかりを灯し、壁の棚から実験に使われていた毒と、開発した解毒剤を取り出した。


「これが、我々が開発した、毒を飲料水に変える薬剤です」

「ありがとう。もしもの場合に備えておこうと思ってね。魔法使いといえど、毒を盛られたらひとたまりもないからね。シェリー、君の発明をいただくよ」

「はい。お役立てください」


 ローレンは命を狙われているのだろうか。どうして?


――ワアアアーッ! ガタガタガタガタッ! ダダダダダーッ!

――どこだ? どっちに行った!

――おいっ、こっちだ! あの扉に入っていくのを見たぞー!


「しまった! マッキントッシュ教授、ごまかしおいてくれ! 例の泉はどっちだ?」

「その庭に出て、すぐ左側にある」

「シェリー、行こう!」

「はい!」


――バンッ! ダダダダーッ!


 ローレンが大学の庭に通じるドアを開け、外へ走り出た。いそいでわたしもそれに続いた。外は真っ暗で、星ひとつ出ていなかった。


――ババババッ! ガターンッ!

――どこだ! どこに行った! 出てこーい!


 わたしを探す大きな物音と叫び声が聞こえてきた。


「シェリー、こっちだ!」

「えっ……?」


 突然、ローレンに腕を引っ張られた。だが、そこは――。


――ザッパアアアアアーンッ!

――ジャポオオオオーンッ!


 大学の泉の中だった。





「きゃああああーっ!」

「シェリー、大丈夫だ。息ができるように魔法をかけた。服も濡れないよ」

「えっ……? ほんとうだわ……!」


 大学の集会室のときのように、水の中なのに自由に息をすることができる。言葉も交わせる。わたしとローレンは、ゆっくりと水底へ落ちていった。上から男たちの喧噪が聞こえていたが、それも段々と遠ざかっていった。


――ブクブクブクブクーッ……。


「シェリー、見てみろ。そこに穴が開いているぞ!」

「まあっ! 本当だわ……。でも、どうして……?」

「あれはノースウィッチが開けたものだろう……行ってみよう!」

「あっ!」

 

 ローレンに腕を取られ、泉の底まで誘導された。人の大きさほどの大きな黒い穴が空いている。水底はひどく寒くて凍えそうだった。


「……ローレン、大丈夫なの? 危険はない?」

「シールドが掛っているな……ゴニョゴニョゴニョゴニョ……エーイッ!」


――ザアアアアーッ!


 ローレンが呪文を唱えながら、指先を穴に向けた。とたんにそこから光が発し、黒い穴が光りはじめた。眩しさに、思わず目を瞑った。次に目を開けたとき、そこには金色のドアが出来ていた。


「これは、なんだ? 何かの作用でドアが生じたようだが……」

「どういうことですか?」

「ドアも作れないほど強力な魔法が掛かっていたはずだが……。わたしの力でも解けないと半分あきらめながら呪文を唱えたのだが……どういうわけか、不思議な力が働いてドアが出現した。シェリー、何か心当たりは?」

「わたしがですか? わたしは魔法は……そうだわ! もしかしたら……」


 いそいで首に掛けたチェーンを取り出し、その先に付いている金の鍵をローレンに差し出した。


「この鍵で……ドアが開くかもしれません!」

「その鍵は……!」

「えっ? 御存知……なんですか?」

「……わたしは長年、その鍵を探していたんだ」

「…………! この鍵は、わたしが孤児院に捨てられていたときに、一緒に置かれていた物です!」

「なんだと! では、君は……!」

「わたしは……? わたしの出生の秘密を、御存知なのですか?」


 思いがけない事態に動揺したわたしは、水底でローレンに詰め寄っていった。わたしの出生について、ローレンが知っていたなんて。


「……この鍵は帝都の魔法使いに伝わる魔法の鍵だ。20年以上前に王宮から盗み出された。わたしの親友の愛娘と一緒に……」

「なんですって! では、その親友がわたしの……!」


 なんてことだ。わたしの両親は、ローレンの親友だったのか。両親は今どこに?


「……あとで話す。今はこの扉を開けることが先決だ……」

「……わかりました」


 そうだ。いつまでもこんな暗い水底にいては危険だ。わたしはローレンに金の鍵を渡した。


――ガチャリッ! キイー……!


 ローレンは金の鍵を差し込み解錠すると、金の扉を押し開けた。


――パアアアアーッ!

 

 強い光が溢れ出てきた。それはたちまちの内にわたしとローレンを覆い隠し、あっという間に2人を遥か彼方へと追いやっていった。





「んっ……?」


 気が付くとどこかの草原にいた。ところどころに白い物が見える。よく見ると固まった雪だ。万年雪。わたしはいつの間にか、高い山の上の湖のふちに倒れていた。


「大丈夫か? 服は濡れてないから安心しろ。やっぱりな……ここに出たということは……」

「ここ……? ここはどこなんです? まさか……天国じゃ?」

「シェリーと心中なんかしたら、アレックスにとり殺されるぞ。ここは山の上の湖だ。魔法協会の捜査官の死体が上がった場所だ」

「ここが……!」


 ギャツビーが捜査官の死体を発見したのはここだったのか。


「……いったん、大学に戻り、帝都に帰るぞ。わたしの腕に掴まれ。ゴニョゴニョゴニョゴニョ……」


 ローレンの体が光りはじめた。


「まっ! まって! 置いていかないでー!」


 いそいでローレンの腕に取りすがった。あっという間にわたしたちは光に取り囲まれ、気が付くと大学の泉のほとりに戻っていた。ローレンも一緒だ。


「すごい……! ワープしたわ!」

「物質を少し変化させて移動させただけだ。我々が動いたんじゃない。周りを変形させたんだ」

「いずれにしても……こんなすごい魔法が使えるなんて、あなたはいったい……?」

「警察官たちはいなくなってるな。夜が明けてる。マッキントッシュ教授に事情を聞きに行こう」

「ほんとうだわ……。もしかして……今の移動の間に一晩、経ってしまったの?」

「そうだ。時間の出力を空間移動に変化させた」

「そんなことが実際に出来るだなんて……!」

「サッサと行くぞ!」

「あっ! 待って!」


 先に立ってどんどん歩いていってしまうローレンを追いかけ、わたしも足早に後に続いた。





――キイッ! バンッ!


「マッキントッシュ教授! マッキントッシュ教授はいるか?」


 実験室を開け、ずかずかとローレンが奥へと入っていく。


――タッタッタッタッ! バンッ!


「2人とも、どこにいたんだ! 無事か? シェリーは?」

「わたしたちは元気だよ。警察は帰ったのか?」

「警察はあきらめて、帝都に帰りました」


――バンッ!


「シェリー!」

「ルイ!」


 マッキントッシュ教授のうしろからルイがやってきた。よかった。彼も無事だ。


「マッキントッシュ教授、例の答案を見せてくれ」

「どうぞ、こちらです!」


 ローレンとマッキントッシュ教授が奥の教授室に入っている間、ルイと話をした。

ルイの馬車は警察に追いつかれたが、わたしが乗っていなかったのでお咎めはなかったそうだ。警察は孤児院や大学構内をくまなく探してもわたしが見つからなかったので、まだ帝都に居るものと思い、いそいで帰っていったそうだ。


――バンッ!


 ローレンはすぐに戻ってきた。


「シェリー、すぐに帝都に戻るぞ。金だけ持って、荷物は孤児院に預けろ。マッキントッシュ教授、あとは頼みます」

「くれぐれも気をつけて……わたしがもっと早くに気付いていれば……」

「ぼくも行きます! レイラが心配なんです!」

「ルイ……やめたほうがいい。レイラは大丈夫だから……」

「でも……!」

「ルイとやら……やめとけ。行ってもショックを受けるだけだ。レイラって女はおまえに最初から気はない。利用されていただけだ」

「それは……どういう!」


 ローレンの言葉に、ルイが色めき立った。


「……レイラって女は釈放されたぞ。ギャツビーが全面的に罪を認めたからだ。だが、アレックスの邸宅を出ていかない。恋人のおまえに連絡も寄こさず、会いに来ようともしていない。それが答えだろ?」

「レイラが……どうして……?」

「レイラが釈放? どうしてアレックスはわたしをレイク国へ? レイラとアレックスは、一緒にレイク国へ逃げてくるはずなのに……」

「アレックスのことはよくわからん。クレオの奴もアレックスの邸宅に居るらしいぞ」

「クレオが! どうして……!」


 わたしは絶句した。そんな侮辱には耐えられない。アレックスは何を考えているのだろうか。


「それを今から確かめに行くんだ。ルイ、大人しく待っていてくれ。では……シェリー、飛ぶぞ!」

「……飛ぶ? きゃあああーっ!」


 彼は相当な魔力の持ち主なのだろう。手をひとフリしただけで、あっという間に天高く飛びあがり、光の中をローレンに手を取られどこまでも進んでいた。





 しばらくすると光の奥に白いモヤのような物が見えてきた。目を凝らしてみると、その奥に扉が見えた。


「あれは……?」

「あの扉は鍵が無くても開くぞ。ああ、そうだ。金の鍵を君に返しておこう」


――チャリッ……!


 ローレンがわたしに金の鍵を渡してくれた。それはキラキラとひどく瞬いていた。


「あの……それで……わたしの両親は……」


――キイッ……!


「あっ! ローレン!」


 ローレンはサッサと扉を開けて中に入っていってしまった。急いであとを追いかける。


「あら? ここは……?」


 そこは何の変哲もない部屋だった。本がたくさんある。魔法の書のようだ。


「……スペンサー夫人の書斎だ。ここに魔界の通路が開いていて、いろいろなところへ出入りができる」

「なっ……なんですって!」

「スペンサー夫人がノースウィッチに狙われたのは、これが原因だ。彼女たちはこの秘密の通路を利用したかった。高度な魔法で封印しておいた。今はわたしだけしか利用できないようにしてある」

「そうだったんですか……では、アレックスとスペンサー夫人は……」

「アレックスはこの通路を利用して仲間と会っていた。国立魔法大学校の仲間たちとだ。彼らはずいぶん……やられてしまったが……」

「それは……ノースウィッチに……?」

「そうだ。これから街はずれの娼館に飛ぶぞ。付いてこい」

「えっ? 娼館……?」

「アレックスの仲間がいたところだ。行くぞ!」

「あっ! 待って!」


――キイッ! コツコツコツコツ……!


 ローレンは入ってきた扉へ、また入っていった。わたしはまた、いそいで彼を追いかける。扉の中は真っ暗で、ローレンの艶のある長い黒髪の先を追っていくのがやっとだった。





 やがて前方に光が見えてきた。近づいたと思ったら、突然大きな音がした。


――バーンッ!


 気がついたら、見知らぬ部屋の中にいた。人が住んでいないのだろうか。片付けられた部屋の片隅には、ひどく派手な模様の花瓶が置かれていた。バラの花が挿してある。


「あの……ここは……?」

「殺された娼婦の部屋だ。我らの仲間だ……彼は殺されたあと泉の水で化粧を落とされ、客の男のように見せかけられていた……」

「えっ? 彼? 娼婦は……男だったのですか?」

「女のフリをしていただけだ。高級娼館は要人が訪れるのでスパイがしやすい。実際、彼の密告のおかげで、何人かのノースウィッチをやっつけることができた」

「アレックスが懇意にしていた娼婦は男だった……。だとしたら、彼はどうやって商売を?」

「訪れていた客は皆、貴族のわたしの仲間だ。彼とここで情報交換をしていた。優秀な魔法使いだったのに……油断したな。仲間しか訪れなかったから……。報復として、ギャツビーの婚約者を殺したのは我々だ」

「なっ……! なんですって! どうして……!」

「娼婦を毒で殺した人物の特定は出来なかった。犯人は完璧に変装していたからな。だから、庭の泉の水を辿って魔法を仕掛けたんだ。誰が死ぬかはわからない、殺人魔法だった」

「では、ギャツビーの婚約者はノースウィッチだったと……? この部屋の娼婦を殺したのも彼女……」

「たぶん、そうだろう。では、次はそのギャツビーのところで最後だ。面白い話が聴けるかもしれないぞ」

「面白い、話が……?」


 意味ありげなローレンの言葉に顔を上げると、彼はすでに娼館の庭をスタスタと歩きはじめていた。急いで追いかけると、ローレンは裏門から街道へ出て馬車を拾い、わたしを乗せて帝都の中心へと向かったいった。





――ガラガラガラガラーッ!


 ほどなくして警察署へ到着した。ローレンと馬車を降りたわたしは、大いに躊躇していた。


「ローレン……行くと逮捕されてしまうのでは?」

「魔法を使って中に入る。そらっ!」

「きゃあっ!」


 ローレンが手をひと振りすると、あっという間にわたしは暗い廊下に佇んでいた。両脇は石の壁で、ランプがポツポツと灯っているだけだ。


「この先の部屋にギャツビーがいる。行ってみよう」


――コツコツコツコツコツ……!


 ローレンと、暗い廊下の奥へと進んでいった。突きあたりに厚い鉄の扉があった。


「ここは監獄の中だ。当然、鍵が掛っている。だが、金の鍵なら開けることができる。シェリー、頼んだぞ」

「金の鍵なら……? はい……」


 ――チャリンッ……。


 わたしは金の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。


――ギイイーッ……。


 ゆっくりと回すと、扉が勝手に開いた。


「だれだ!」

「……ギャツビー……!」


 部屋の真ん中に座っていたギャツビーが叫んだ。両手に手錠が嵌められている。


「シェリーなのか……? どうやってここに……!」

 

 格子の嵌った窓から月明かりが差し込んでいる。ギャツビーは憔悴仕切った顔で、唖然とこちらを見上げていた。


「ギャツビー……事実を話して。本当に婚約者を殺したの?」

「……シェリー……おれは死刑になる身だ。最期に本当のことを言うよ。ことの起こりはあの、魔法協会の捜査官の死体を発見したことだ……」

「ギャツビーとやら……その死体は、本当に偶然に見つけたのか?」

「……あんた、誰だい? 誰でもいいけど……ああ、そうだ。おれはこう見えて登山が趣味だ。仲間とレイク国でいちばん高い山へ登った。そこで発見したんだ。例の捜査官の死体を……だけどその死体は、レイラの真珠の髪飾りを握り締めていた。警察に連絡したあと、おれは髪飾りをコッソリ隠し持ち、大学に戻ってレイラに見せた。彼女のそのときの驚いた顔と言ったら……予想外だった。レイラから言ったんだ。付き合いましょうって。髪飾りの件はみんなに黙っていてくれって。おれは真珠の髪飾りをレイラに渡した……」

「なんですって! 真珠の髪飾りが、どうして……?」

「それ以上は聞かなかった。レイラと付き合えて有頂天になっていた。そのうち、家が傾いてレイラと別れ、彼女に紹介された女性と婚約した。そして、その婚約者は殺された……」

「君が殺したんじゃないんだろ? 魔法使いじゃないんだ。魔法で人を殺せない」

「でも、なぜかおれが殺したことになっていた……。おれが罪を認めないとレイラも一緒に処刑すると言われ、やってもいない罪を認めたんだ。それがすべてだ」

「警察は、何を証拠にギャツビーに罪を……?」

「警察内部に、すでにノースウィッチが入り込んでいるんだろう。話はわかった。では、行こう!」

「待ってくれ! レイラは……元気なのか?」

「彼女は元気だ。おまえもルイも利用されたんだろう。今夜、アレックスと王宮の舞踏会に出る予定だ。わたしたちもさっそく、行ってみようじゃないか。では、シェリー、すぐに王宮へ飛ぶぞ」

「王宮へ……? でも、アレックスは……? 追われているんじゃ? 舞踏会ってどういうことなの?」

「いいから、行くぞ!」

「きゃああー!」

「あっ! シェリー!」


――ザアアアーッ!

 

 強い風が起きた。気が付くと、わたしは地下のカタコンベにいた。立派な墓がある。誰のものだろう。傍らに立つローレンが話しはじめた。


「……シェリー、これが……君の両親の墓だ。辛いとは思うが……現実だ。受け止めてくれ」

「それは……どういう……?」


 目の前の墓に夫婦の名前が刻まれていた。わたしが生まれた年に亡くなっている。


「……20年前……盗賊がわたしの親友夫婦を殺し、子供を人質に逃げた。警察が盗賊を追い詰め殺したが、赤ん坊は遂に見つからなかった……。その子は金の鍵の所有者だった……。てっきり、殺されてどこかに埋められたと思っていたよ……」

「金の鍵の……? それは……?」

「金の鍵はこの帝都の主要な建物をすべて開く魔法の鍵だ。代々、金の鍵の所有者の家に伝えられている。赤ん坊が生まれると、その子に託すんだ」

「…………! では、それがわたし……!」

「金の鍵の家の者は、たいへん優秀な頭脳の持ち主だ……。盗賊はどうやら、殺される前に赤ん坊を逃亡途中のレイク国で孤児院に捨てたらしい。それぐらいの情は残っていたんだろう……」

「わたしの両親は……」

「シェリーの誕生をとても喜んでいた……いい奴だった……」

「おおっ……!」


 わたしは墓の前に額ずき、泣き崩れた。両親はわたしを捨てたんじゃない。非業の死を遂げていたのだ。彼らを殺した犯人もまた、この世にもういない。


「……シェリー……辛いのはわかるが、わたしと一緒に王宮の舞踏会に出てく。レイラと直接対決するんだ」

「レイラと……? レイラはいったい……」

「行けばわかるさ。そらっ!」

「きゃあーっ!」


 ローレンがマントを翻し、気が付くとわたしは豪華な部屋の中にいた。ローレンがメイドたちに支持を出している。もしかしてここは、王宮の中なのだろうか。


「シェリー、すでに舞踏会は始まっている。ドレスを着せてもらい、すぐに出発だ」

「ええっ!」

「シェリーさま! どうぞ、こちらへ!」

「ちょっ! ちょっと待ってよ!」


 あれよあれよという間に湯浴みをさせられ、美しいピンクと白のレースが付いた長いドレスを着せられた。まるで本物のお姫様みたいだ。ハリネズミヘアーも丹念にブラッシングされ、頭に小さなティアラまで乗せられた。


「シェリー……行こう!」

「は、は、はいっ!」


 正装したローレンに腕を取られた。彼は妙に立派な服装をしていて、まるで王様みたいだった。わたしはギクシャクしながらガラスの靴を履き、彼に従った。





――ズンチャッチャ、ズンチャッチャー……。


 きらびやかなシャンデリアの下で、豪華に着飾った男女が優雅に踊っている。


「夢のように美しい世界だわ……」


 ローレンに腕を取られながら歩いていると、みんながやたらにぺこぺこしてくる。彼はとても偉い立場の人間なのかもしれない。でも、今のわたしはそんなことより、アレックスとレイラのことで頭がいっぱいだった。自身の出生の秘密もわかった今、早くアレックスに事の次第を聞き出し問い詰めたい。


「シェリー……アレックスとレイラがいないな……。庭かもしれん。わたしは警備に事情を話して、警察が来ても王宮内に入れないように言ってくる。先に行っててくれ」

「はい!」


 ローレンがわたしのそばから離れていく。周囲の好奇の目に晒されながら、そそくさとわたしはその場を離れ、王宮の庭へ向かった。


――カサッ!


「おや? シェリー! こんばんわ!」

「まあっ! あらっ! 結婚式に来てくださった、ポールね! お久しぶりです」


 庭に出てすぐのところに、結婚式に来てくれたアレックスの旧友ポール・ノワールが立っていた。


「どうしました? アレックスなら……」


 ポールが奥にある、見事に刈られた植込みの向こうを見遣った。あそこに居るのだろう。アレックスと女たちが。


「……大丈夫です。承知していますから。女性は2人とも、アレックスの大学の同級生です。一人は帝都の国立魔法大学校の……」

「帝都の魔法大学校って離宮のですか? それはおかしいな……あそこは男子大学生しか取らない男子校ですよ?」

「えっ? そんなはずは……!」


 おかしい。だって、クレオはわたしとレイラの目の前で、離宮の庭でアレックスとはしゃいでいた。では、あれはレイラが見せた幻だったのか。だったらあの、劇場で演技をしていたクレオは何者なのか。まさか、彼女もノースウィッチの手の者か。だとしたらアレックスが危ない。

 わたしはいそいで植込みに駆け寄り、そっと中を覗いた。見事に刈られた植込みの向こうでは、美しく着飾った美女が2人で言い争っていた。男がそれを止めている。レイラとクレオ、そしてアレックスだった。


「あっ! あの……!」

「よい、おまえは広間へ戻れ」

「はい……」


 ポールがうしろで何か言っている。足音が近づき、わたしの隣りに並んだ。ローレンだった。うしろを振り返ると、ポールはすでに王宮へ向かって背中を向けて歩きはじめていた。


「アレックスのやつめ、こんなところに居たか。クレオも一緒か……」

「…………!」


 やはり、クレオというのは彼女のことなのだ。


「アレックスから離れて! 卑しい女優なんかに彼の相手は務まらなくてよ!」

「離れるのはあんたの方よ! わたしとアレックスの付き合いは長いんだから!」

「あら? それは、わたしの方が上よ! 大学入学のときから目をつけていたんですからね!」

「レイラ……いい加減、クレオと争うのはやめてくれないか。広間へ戻ろう……」


――ザザーッ!


「あっ! ローレン!」


 ローレンが突然、木をかき分けて植込みの中に入っていってしまった。


「そうだな! そろそろハッキリさせようじゃないか!」

「ローレン! どうしてここに……! えっ? まさか後ろの女性は……おおっ……そんな……シェリー!」

「シェリー! どうして……!」

「アレックス……レイラ……」

 

 ローレンは彼に続き植込みの中の小さな空間に現れたわたしの手を取り、3人の前に進み出た。彼らは一様にビックリしている。


「アレックス、クレオ、勝手な真似はやめろ。そんな小細工が通用する相手じゃないぞ」

「あなた、何者……?」

「これはこれは……! わたしを知らないとは! それと……あなたは幽閉の身のはず。ここで何を……?」

「……事件はギャツビーの告白で解決したわ。わたしはアレックスのパートナーとして正式に……」

「アレックスのパートナーはわたしよ!」


 クレオが一歩、進み出た。わたしは争う気力もない。なんとバカバカしい。早くこの場から去りたい。


「ローレン! シェリーの手を放せ! 彼女は関係ないんだ。シェリー……国に帰ったはずじゃ……?」

「アレックス……」


 月の光に照らされて、アレックスの瞳がキラキラと光輝く。彼はひどくやつれていた。わたしに何を隠しているのだろう。


「そういえばアレックス……君はいつもシェリーに呪文を唱えてからキスをしていたな?」

「……ローレン……それが何か?」


 アレックスの瞳がギラリと輝く。そういえばそうだ。ただのおまじないだと思っていたが、違うのだろうか。


「いや……別に。だったら……呪文を唱えなかったどうなるのかな、と思ってね……」

「えっ……?」

 

 突然ローレンがわたしの顎を片手で掬い上げた。ローレンの灰色の瞳がわたしを貫く。途端に、なぜかわたしはピクリとも動けなくなった。


「シェリー!」


 長い睫の下に隠された美しいグレーの目が至近距離に迫る。月光に光るガラスのような瞳に、ぼうっとしたわたしのソバカス顔が映し出されていた。

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