第22話
帝都の警察はレイク国とは比べモノにならないほど立派な建物だった。気後れしながらもアレックスに手を取られ、警察の門をくぐった。ルイは緊張で真っ青になりながら、わたしたちのあとを付いてきていた。
――コツコツコツコツッ……。
広い庭を抜け王宮のように立派な扉の前に立たされた。入口の両脇に大柄な警察官が立っていて、わたしたちを見て扉を開けてくれた。
――ギイーッ……。
「おやおや、これはこれは……。アレックス・カーライルじゃないか? また、女絡みの事件を起こしたそうじゃないか? 自首しに来たのか?」
警察署の中に一歩踏み込んだ途端、立派な髭の年配の警察官から嫌味が飛んできた。彼はアレックスの隣りの妻のわたしの姿に気付かないのだろうか。わかっていてしゃべっているとしたら、帝都の警察官は相当な礼儀知らずだ。
「タリー署長……ぼくが去年、司法取引に応じたことがそんなにご不満ですか……?」
「わたしはこの手で、スペンサー公爵の無念を晴らしたいだけだ。アレックス、君の女がまた居なくなったそうじゃないか。わたしは君の大学の事件も調べたんだぞ。魔法協会の調査員が亡くなっているそうだな? スペンサー夫人を殺した毒と同じ水を飲まされて」
「ノースウィッチの仕業だと、皇帝からお達しがあったはずです。ぼくはまったく関係ありませんから。タリー署長、妻の前で失礼じゃないですか?」
「ああ、これはこれは……! 色男が結婚とはな! 失礼、ミセス・カーライル! 故郷の留置場へは、足繁く通っていたそうじゃないですか? 偉大な魔法使いの奥方が、わたしと同じ普通の人間とは!」
「署長、これ以上ぼくたちへの侮辱は止めてください。ぼくは頼まれてレイラ・アルデラの面会に来たんですよ。彼女はどこですか?」
「おおっ! 君はまたもや、奇妙な殺人事件の関係者になったのだったな! 警察署は今回の事件にてんてこ舞いだ! こっちだ。わたしが自ら案内してやろう。君が弁護士かな?」
「はい。ギャツビーさまから頼まれました。レイラ嬢だけでも釈放して欲しいと」
「自分の婚約者が殺されたってのに、留置場の中から昔の女の心配か? いや、今の女か? ミスター・カーライル……君たちの故郷では、決まった相手がいても別の女や男と密会するのが普通なのかな? どうりで、奇妙な殺人が起きるわけだ!」
「タリー署長……ぼくたちは何も聞かされていないんです。レイラは、どうして拘束されたんですか?」
「あの……! ぼくはレイラの婚約者です。まさか……ギャツビーの婚約者に何か……? レイラにどういう関係が?」
「おやおや、これはこれは……ますます複雑だ!」
タリー警察署長はルイの顔を覗き込むと、大袈裟に溜息を吐いた。
「そうです。昨日、ギャツビーという大学生の婚約者が殺されたんです。彼女は自宅の豪邸の私室で溺れ死んでいた。水もない、部屋の中で……」
「…………!」
また水だ。魔法が使われたのだろうか。
「ノースウィッチじゃないですか? 彼女たちは水の魔法を得意としている」
「ルイ! ノースウィッチは水の魔法を使うの?」
「そうだよ、シェリー。大学の集会室の事件もたぶん、ノースウィッチの仕業だろう」
「事件には高度な魔法が使われていた。ギャツビーの婚約者は高位の魔法使いだったからな……」
「魔法使い! ギャツビーの婚約者は魔法使いだったのですか……?」
「そうですよ、カーライルの奥様。金持ちの女はたいがい魔法使いだ。ただ、殺されたギャツビーの婚約者は魔法の力が強かったらしい。帝都の魔法学校で首席だったとか。問題は、なぜ彼女が狙われたかだ。我々の推理としては、婚約者のギャツビーが昔の恋人レイラ・アルデラとの仲を復活させるために、邪魔な婚約者を殺した。だが……それだとギャツビーの家は破産したままだ。結婚後に殺すなら、わかりますがね? そこで、もう1つの仮説に基づきレイラ・アルデラを拘束した。すなわち、同郷の女性に奪われたギャツビーを取り戻すために彼女を殺した。でも、これだとどちらの説も魔法が使われたことが説明できない。ギャツビーもレイラ・アルデラも魔法使いではないからだ。あとは魔法使いに金を積んで頼んだ、もしくは魔法に見せかけたなんらかのマジックが使われたのか……」
「魔法使いは、絶対に金で頼まれて殺しなどしません!」
「そうですな、魔法使いはプライドが高い。金のため殺人などしない。でも、自分のためなら……? アレックス、ノーマ嬢と交際していた記憶はお有りかな? 女性の数が多くて顔を思い出せないなら、遺体に対面していただいても構いませんよ」
「…………!」
アレックスが疑われている。彼は人殺しなど出来る人間ではない。緊張しながら隣りに佇むアレックスを見た。彼は、らしくない蒼白な顔でタリー署長を睨みつけていた。
「……早くレイラに会わせていただけますか? ぼくたちはあなたのようにヒマではない。1つも事件を解決できない警察のようにね」
「アレックス……!」
「いいんですよ、奥様! 今年に入ってから、各地で魔法使いとその雇い主が殺されているんです。その魔法使いたちは全部、国立魔法大学の生徒だったエリートたちなんですよ。奥様、なんだと思いますか?」
「さあ……」
「王立魔法大学校、はじまって以来の天才である奥様にもわかりませんか?」
「あの……なぜ、そのことを……?」
「あなたがレイク国でアレックスが勾留されていた留置場へ通っていたことは、ここ帝都の警察でも周知の事実だ。その後、奥様が首席で王立魔法大学校を出られたことも、常にマークしている我々は知っております。いやはや、いくらあなたが優秀でも、偉大な魔法使いの奥方が人間だということは、いまだに帝都の人間は納得しておりませんよ。特に警察はなんらかの意図を……」
「タリー署長! そこまでにしてください。妻は事件と無関係だ。それより、早くレイラに会わせてくれ」
「いいえ、そうとも限りませんよ。奥様、いえ、シェリー・メイ殿。あなたは去年、レイラ・アルデラと共に帝都へやってきて、スペンサー夫人の屋敷の前にある宿屋へ泊まった。この事実は間違いないですね? そう、ちょうど去年の今頃だ。あなたはその後、体調を崩して卒業試験が受けられなくなった。大学入学当初から主席の座を守ってきたあなたが……早期卒業まちがい無しだったあなたに、よほどショックな出来事が降りかかったのでしょう。それはあなたが、スペンサー夫人の屋敷の裏門に毒を塗る人物を見たせいじゃないですか? もしくは、あなたが……」
「…………!」
「タリー署長! 名誉棄損で訴えますよ! 今日はレイラの用件で来たんです。あなたの戯言に付き合うためじゃない!」
「……そうでしたね。では、こちらにどうぞ」
アレックスの剣幕に押されて、タリー署長は渋々わたしたちを警察署の奥へと通してくれた。
――コツコツコツコツ……。
長い廊下の突き当たりに衛兵が2人立っていて、そのうしろに扉があった。
「レイラ・アルデラの関係者だ。通してやれ」
「はっ!」
「レイラ・アルデラは、まだ落ち込んでいるのか? 食事は取ったか?」
「いいえ。ずっと泣いております」
「そうか……アレックス、どうぞ」
「レイラが泣いているんですか?」
ルイが血相を変えてタリー署長に詰め寄った。わたしにとっても驚きだった。あのレイラが泣くだなんて。事態はそこまで深刻なのだろうか。
「か弱い女の身で警察に勾留されるのは辛いのでしょうな。故郷が遠いらしく、縁者も近くにはいないらしい。運が悪いですな」
「レイラは、親も来れないのか? とにかく会おう! シェリー、さあ」
「はい……」
――キイッ!
「こちらです」
あらためてアレックスに腕を取られ、ルイと弁護士と共に衛兵が開けてくれた扉の奥に進んだ。
部屋の真ん中にレイラがいた。椅子に座ってハンカチを顔に当てて泣いていた。一晩じゅう泣いていたのだろうか。真っ赤に充血した目でこちらを見上げた。
「レイラ!」
「ルイ……! どうして……?」
「レイラ! 大丈夫なの?」
「シェリー……」
レイラに駆け寄り、彼女を抱き締めた。どうしてこんなことに。ルイとアレックスもそばまでやってきた。
「レイラ……!」
「ルイ……ごめんなさい。わたし……」
「いいんだ……早く誤解を解いて、大学へ帰ろう」
「まったくだ……他の男と劇場なんかにいるからだ。おい、レイラ! ギャツビーとはいったい、どういうつもりなんだ?」
「アレックス、今そのことは……」
チラリとルイを見ながらアレックスをたしなめた。
「勝手に大学に帰られては困りますな。大学は今、夏休みでしょう? お嬢さん、釈放されても帝都から出ることは許されませんよ」
「そんな……」
レイラはまた泣きはじめた。こんな弱気な彼女は初めてだ。そんなに重い罪に問われているのだろうか。
「どうしてそんなに泣いているんだ。レイラが殺したんじゃないんだろ?」
「当り前でしょ! 彼女は……ギャツビーの婚約者は……わたしの大親友だったのよ!」
「なんですって……レイラ! 同郷の友人のところに泊まるってまさか……! ギャツビーの婚約者のことだったの?」
「ええ、そうよ。彼女はわたしがギャツビーと付き合っているとき彼にひとめぼれして……ちょうどギャツビーの家が破産したところだったから……。彼女の家は資産家なの。わたしは2人のために、快く身を引いたわ」
「そういうことか! それでレイラは容疑者として抑留されているんだな。やっぱり、劇場に2人でいたのも偶然じゃなかったんだな」
アレックスが合点がいったという風に目を輝かせた。
「そうよ。あの日……彼女は疲れているから行きたくないと……。だから、わたしがギャツビーと2人で観劇に行ったのよ。でも、信じてルイ! わたしとギャツビーはなんらやましいところはないわ! 劇を観に行ったのは、殺された彼女も知っていたことなのよ!」
「レイラ……ぼくは君を信じる。君は嫉妬で人殺しなんて出来る人間じゃないからね」
「ギャツビーとやらは、どうしてるんだ?」
アレックスが疑問を口にした。
「ギャツビーは殺人の容疑者の最有力候補だ」
「タリー署長、彼らが観劇している様子を、わたしと妻が見ている。他の観客たちもだ」
「アレックス、その裏付けはとっくに取れていますよ。まさか、あなた方夫婦もそこに居たとはね。ですが、そんなことは関係ないんだよ。魔法が使われた可能性が高いからな。魔法使いなら、現場に居なくても彼女を殺すことは可能だ。むしろ、アリバイがあるほうが疑わしい!」
「ギャツビーとレイラは魔法使いじゃないわ!」
「奥様、事件の捜査というのは、可能性をすべて消さずに進めていくものです」
「わたしたちには動機がないわ! わたしと彼女は大親友だし、ギャツビーだって婚約者を殺すなら結婚したあとでないと遺産が入らないはずよ!」
「ですが……殺しの衝動というのは突然訪れるものです。こればっかりは、殺した人にしかわからない」
「これでは、ラチが開かないな……。レイラが殺した証拠もない代わりに、殺してないという証拠もないわけだし」
「だけど、アレックス……」
「とりあえず帰ろう。そうだ、レイラ! シェリーと去年、帝都に来たと告白したのは君か?」
「アレックス! それは……!」
アレックスの突然の言葉にわたしは焦った。まさか、そのことをしゃべったのがレイラだというのか。どうして?
「シェリー……ごめんなさい。尋問されて、隠しきれなかったの。許して……」
「レイラ……」
レイラが大粒の涙を浮かべてわたしを見上げた。彼女に罪はない。それは真実なのだから。レイラも追い詰められて告白せざるを得なかったのだろう。
「そうか……」
アレックスはしばらく考え込んでいたが、不意にわたしを見て大声を上げた。
「シェリー! マッキントッシュ教授だ! くやしいが、マッキントッシュ教授は正しかったよ!」
「マッキントッシュ教授……? アレックス、どうしたの急に?」
アレックスはブルーの瞳を輝かせ、わたしを見つめた。
「先入観だよ! 先入観を持つなと言ったじゃないか、マッキントッシュ教授が集会室で君に!」
「先入観? あの……魔法の実験のときのことを言っているの?」
「そうさ! タリー署長、ぼくらはこれで! ああ、レイラ! 身元引受人ならいつでもなるから、ほとぼりが冷めたら出してもらうといい。それと……ギャツビーはどうした?」
「彼は留置場だ。会うか? 奴の両親はもう帰ったはずだぞ」
「では署長、お願い致します」
「あの……アレックス?」
「アレックス、ぼくは残るよ。あとで君の邸宅へお邪魔させてもらう」
「わかった……ルイ、あまり長居するなよ」
「ああ……」
「わたくしも残ります。カーライル様、ありがとうございました」
弁護士がアレックスに頭を下げた。
「では、シェリー、行こうか」
「アレックス……?」
――キイッ……コツコツコツコツ……!
アレックスはわたしの腕を取りスタスタと歩き出した。レイラの居る部屋が段々と遠ざかっていく。
「あの……アレックス?」
「ギャツビーとやらはどこだ?」
――カッカッカッカッ!
「アレックス、待ってくれ! 君ときたら……突然、出ていくんだからな! ギャツビーの居る留置場はこっちだ!」
「署長、すみません!」
わたしたちはタリー署長の案内で、警察署の裏に建つ立派な留置場へと連れていかれた。
「ギャツビー、面会だぞ!」
「面会だと……?」
ギャツビーが面会室まで警察官に連れてこられた。ひどくやつれている。彼がこんなに意気消沈しているのは初めて見た。
「あんた……」
「ギャツビー、単刀直入に聞こう。レイラとは不倫関係にあるのか?」
「レイラと……? 彼女は関係ない! おれは最初から、まったく相手にされていなかった」
「相手にされてなかっただと……?」
アレックスが不審そうな眼でギャツビーを見た。彼は急に脅えはじめた。
「だっ、だから……! 今はまったく、関係ないんだ!」
「あの……ギャツビー……婚約者の方が殺された理由は……?」
「知るかよ! おれだって被害者だ! 実家は破産したままなんだぞ!」
「そんなことは知ったことか! それより……おまえみたいな取り巻きがよく、レイラと付き合えたもんだ。どうやって脅したんだ?」
「そっ……それは……!」
ギャツビーはわたし同様、平凡なその顔を醜く歪めて顔を逸らした。容姿と同じように凡庸な茶色の髪が、今日はひどく煤けて見えた。
「まあ、いいさ……。そのうちわかってくるだろう。シェリー、行こう。この男は関係ないようだ。弱みにつけこんで、反対に利用されたんだろう」
「アレックス……?」
アレックスはそのままギャツビーには目もくれず、わたしを伴い警察署をあとにした。
翌日からアレックスの外出が増えた。ルイは大学へ戻り、わたしは再び孤独な日々を送っていた。
レイラが警察に拘束されてから1か月近くが経とうとしていた。レイラへの面会はあれきり許されず、彼女のために何もしてあげられないことが、ひどくもどかしかった。
帝都では物騒なニュースが飛び交っていた。例のごとくマーサがうちまで押し掛け教えてくれた。
「それでね、シェリー……言いにくいんだけど、しばらくサロンには顔を出さないほうがいいと思うのよ」
「どうして、マーサ? また、アレックスに女性が……?」
「シェリー……」
マーサはわたしを見ながらため息を吐いた。心底わたしに同情している顔だ。
「……クレオと派手に連れだっているのは知ってるわ……。どの女性よりも大胆にね……」
「そのことだけじゃないのよ、シェリー……あなたは前に経験しているから言ってしまうけど、カーライル公爵の近辺で、次々と人が亡くなっているの。カーライル公爵とクレオは疑われているわ」
「なんてこと……ぜんぜん、知らなかったわ!」
「変死ばかりだから、警察も秘密裏に動いているらしいのよ。主人の友人で、警察関係の人が教えてくれたの。実は……亡くなった女の1人が、主人が懇意にしてる娼館に居た女だったのよ……。若い金髪美人で、ブルーの瞳の売れっ子だったそうよ。実は被害者の女は、みな金髪で碧眼なのよ。恐ろしいわ……もちろん、わたくしはカーライル公爵が犯人なんて微塵も思ってはいませんことよ。元気を出すのよ、シェリー」
「マーサ……どうもありがとう……」
わたしの顔色がそうとう悪かったのだろう。マーサは心配そうな表情で幾度も謝りながらそそくさと帰っていった。それきりマーサには会っていない。殺人容疑者の家になんか出入りするなと、ご主人に忠告されたのだろう。当然だ。
「アレックスが……また容疑者に……?」
わたしは思った以上にショックを受けていた。愛するアレックスがまた殺人事件に関係していた。もう、どうしてよいのかわからなかった。
クレオの存在も気になっていた。あの女性はアレックスにとって特別のようだ。人目もはばからず連れ立ってあちこちに出掛けているのが何よりの証拠だ。クレオがアレックスの本命で、わたしはただの幼馴染の腐れ縁で結婚しただけなのかもしれない。ローレンに脅迫されて仕方なく――でも、のちにローレンはその考えを撤回しようとしていた。アレックスはだったらわたしを殺すと――ああ、頭が混乱してくる。アレックスの意図はなんだろう。まさか彼は、本当に暗殺者なのだろうか。
その夜遅くアレックスが帰宅した。
「シェリー……レイラが釈放になった。明日、我が家に迎え入れる。釈放といっても罪を免れたわけじゃない。彼女はまだ執行猶予中で警察の管理下にある。ぼくの家で監視するという条件付きで釈放された。だから、レイラと接触はできない。3階の奥にある客室に幽閉する。衛兵が2人付くそうだ」
「レイラ……なんてこと、かわいそうに……!」
「……ギャツビーは留置場にいる。当分そのままで、裁判を待つそうだ」
「……そう。彼も気の毒に……あの……もしかしてギャツビーの婚約者って……金髪碧眼だったの?」
「そうらしいが……どうしてだい?」
アレックスが不審そうな目をした。わたしは特に返事はせず、エヴァと一緒にレイラが滞在する客室の手配をはじめた。アレックスもそれ以上は聞いてこなかった。
翌日、黒い布で覆われた馬車に乗り、レイラがやってきた。
「…………!」
2階の窓から様子を窺っていると、レイラがヒモでぐるぐる巻きにされ黒い布を被せられたまま馬車から降りてきた。衛兵が2人付いている。ものものしい体勢だ。驚いたことに、ローレンも一緒に降りてきた。迎え入れたアレックスと何か話し込んでいる。
――シャーッ!
ドキドキしながら、急いでカーテンを閉めた。ローレンは警察の関係者なのだろうか。悪いことをしているような気分になった。
――コンコンッ! キイッ!
「シェリー」
「アレックス……あの……レイラは……?」
「部屋で休んでる。 エヴァが身の回りの世話をしているよ」
「あの……やっぱりわたしは……」
「ああ、会えない。ぼくも話はしていない。レイラは世間のことは何も知らされていない状態だ。そっとしておこう」
「わかったわ……レイラは、元気なの?」
「そんな感じだったよ。もう、レイラのことはいいよ。ぼくらの時間だ……アダブカダブラ……」
「アレックス……」
クレオがいるのに、わたしと毎晩ベッドを共にするアレックスの気持ちがわからなかった。アレックスはローレンの話は一切しなかった。
レイラが我が家に来て、更に一か月近くが経過した。レイク国の王立魔法大学校の新学期がもうすぐ始まる。なのにレイラは一向に開放されず、会うことも出来なくてわたしは毎日やきもきしていた。
それに、気になることがあった。アレックスはレイラが来てから出歩くのはやめて、一日中レイラの部屋の監視を続けていた。アレックスは毎晩、真夜中に寝台を抜け出しては庭に出て、レイラの部屋の下に佇んでいた。アレックスはいったい、何を考えているのだろう。レイラの監視を夜中まで? それとも――。
暗い気持ちを抱えたまま時間だけが経過していく。ある日、レイク国に帰っていたルイがやってきた。
「ルイ!」
「アレックス! シェリー……痩せたね。人のことは言えない、ぼくもだよ……。やっと来れた……レイラは?」
「それが……わたしも会わせてもらえないのよ」
「ぼくもダメだろうな……こんなことなら、レイラと強引に獄中で婚約しておくんだったよ……」
「ルイ……」
ルイも辛そうだ。かけるべき言葉が見つからない。ルイは庭に出て、レイラの部屋の真下から、しばらくの間3階の窓を見上げていた。そして、その夜は遅くまでアレックスと話し込んでいた。
「新学期がはじまるから、帰らなくちゃならないんだ……」
ルイは蒼い顔をしながらそう告げた。
「ルイ……また来てね。その頃までには、レイラが釈放されているといいのだけれど……」
「シェリー……実は……」
「なあに……?」
「シェリー! ルイを途中まで送ってあげてくれ。国境までだ。ルイはその先は、乗り合い馬車の夜行に乗る」
「それはいいけれど……アレックス、あなたは?」
「ぼくは急用ができた。あとから馬を飛ばすよ。シェリー……アダブカダブラ……」
「アレックス……」
アレックスは情熱的なキスをすると、ルイと共にわたしを馬車で邸宅から送り出した。
――ガラガラガラガラ……!
馬車は軽やかに走り続けた。宮殿のたまねぎ型の金色のアーチが遥か彼方に見えなくなり、国境にそびえる山々が迫ってきた。おかしい――乗り合い馬車の停車場は、あの山の向こう側だ。わたしたちがいま馬車で走っているこの道は、懐かしいわが故郷ランド国へ通じる街道だ。
「ルイ……わたしはそろそろ……」
「シェリー……たいへん済まないことをした。アレックスと一緒に君をだましたんだ。外の景色はフェイクだ。すでに故郷を越え宵闇の中をレイク国へ向かっている」
「なんですって! なんのつもりなの! 止めて! 馬車を止めてよ! わたしはレイク国へは……えっ? アレックス……の策略……なの?」
「そうだ。実はシェリー……これを預かっている」
――チャリッ……。
「それは……!」
ルイが懐から取り出した物。それは――金のチェーンとその先に付いている金の鍵だった。
「あっ……あの……ルイ……? えっ? そのチェーンって……?」
「そうだ。正真正銘、アレックスのチェーンだ。実は……レイラに上げたような真珠の髪飾りを、どうしても彼女にもう1度プレゼントしたくて、あちこちの古物商を訪ね歩いていたんだ。あのように細かい細工は、年代物でないと手に入らないからね。すると、大学の近くで流れ者の露天商が、ぼくがレイラに上げたはずの真珠の髪飾りを売っていたんだよ。レイラは失くしてしまったと言っていたから、すごくうれしかった。その露天商は、アレックスが売りさばいたと言っていた金の鎖も売っていた。ぼくは喜んでそれらを購入した。今回、帝都を訪ねたのは、真珠の髪飾りと金の鎖をアレックスに渡そうと思っていたからなんだ。彼は喜んでくれたが、同時にぼくがレイラに渡して欲しいとお願いした真珠の髪飾りを見てとても驚いていた」
「アレックスは、どうして真珠の髪飾りに驚いていたの?」
「わからない……でも、アレックスは真珠の髪飾りを見ながら、しばらく深刻な顔で考え込んでいた。その後、真珠の髪飾りを持ってどこかへ向かい、戻るとぼくにある提案をしてきた」
「それが……わたしをあなたと故郷へ向かわすことなのね? アレックスはどういう計画を……?」
「真珠の髪飾りはローレンという人物に預けてきたと言われた。どうしてかはわからない。レイラに外部の物は一切渡せないそうだ。アレックスはその場でぼくに、真珠の髪飾りと金のネックレス代を倍額払ってきた」
「なんですって! アレックスはどこからそんなお金を?」
「ぼくは最初からお金はいらないと言っていたから、そのときも拒んだんだけど……アレックスが、ローレンの金だから、遠慮なく受け取れといってきかなくて……。さらに金を渡して、シェリーをレイク国へ連れていってくれと……」
「それは……どうしてなの……?」
わたしはひどく不安になった。もしかしたらわたしは、アレックスに捨てられたのかもしれない。突然のことにわたしは、なんの覚悟も出来ていなかった。
「……わからない。ただ、真珠の髪飾りのせいでシェリーとレイラの立場が危うくなったから、シェリーを匿ってくれと……」
「レイラと……わたしが? どうしてなの?」
「それは教えてくれなかった……。シェリーに教えるとローレンに気を読まれるから、黙って連れ出してくれと言われたんだ。シェリー、すまない。君を騙すのは忍びなかったんだが……」
「ルイ……アレックスに頼まれたのなら、仕方がないわ。よっぽど緊急な事態だったのでしょう。気にしないで……それで、アレックスは?」
「あとからレイラを連れて、ぼくらを追いかけてくる予定だ。君の孤児院に居るように言われている」
「孤児院に……そう。アレックスとレイラが無事にこれるといいのだけれど……。レイラは、あの厳戒態勢をどうやって脱出するの? 魔法で?」
「……わからないが、アレックスは絶対に大丈夫だと言っていた。彼を信じよう」
「わかったわ……ルイ」
――ガラガラガラガラーッ……!
わたしの不安な心を乗せたまま、馬車が走り続けていく。左手の薬指に光る金の指輪を見つめながら、わたしはずっとアレックスのことを考えていた。
そのまま3日が経過して、懐かしい故郷の孤児院の前へと馬車が到着した。
――キイッ! バタバタバタバタッ!
「シェリー!」
「マッキントッシュ教授……!」
馬車が着くと同時に、孤児院からマッキントッシュ教授が走り出てきた。
「ルイも一緒か……? 早く入るんだ。追手がきている!」
「ええっ! マッキントッシュ教授、それはどういう……!」
「追手が……そんな……!」
わたしとルイは、マッキントッシュ教授を見ながら唖然とした。




