第18話
アレックスとは連絡がつかないまま翌年を迎えた。不安で胸がいっぱいだったが、なんとか年を越えることができた。卒業もどうにかなりそうだ。わたしは専攻を経済学部から物理化学部へ変更し、特別に卒業試験を受けさせてもらえた。このままいけば首席で卒業できる。
悪いこともあった。レイラだ。わたしたちは仲違いしてしまった。レイラから一方的に悪意を持たれたのだ。
レイラは物理化学部のトップだった。わたしが入ったことで、トップがわたしに移った。気位の高い彼女は、それが耐えられなかったらしい。ことあるごとにわたしの研究やレポートに文句をつけてきた。
「でもレイラ、このやり方のほうが時間が短縮できるわ」
「シェリー、わたしが無能だって言うの?」
「そうじゃなくて……」
「このやり方はわたしが開発したのよ! 手順は変えないで! みんなもよ! わたしに従って!」
レイラの性格は日増しに激しくなっていた。前々からレイラの傲慢な態度に不満を抱いていたクラスメートたちは、だんだんと彼女を敬遠するようになった。レイラは次第に孤立していった。そのうち実験室にもあまり顔を見せなくなってしまった。何度かこちらから誘ってみたが逆効果だったようで、終いには、レイラと廊下ですれ違っても挨拶も交わさない関係になってしまった。
ひどく悲しい出来事だった。わたしが物理化学部へ移転しなければ、レイラもこんな立場にならずに済んだのに。罪悪感に押しつぶされそうになりならがらも、猛勉強を続けた。わたしが卒業できなければ、物理化学部に招いてくれたマッキントッシュ教授やアレックスが窮地にたたされる。
わたしとアレックスが結婚することはみんなが知っていた。帝都からウワサが広まったのだ。
レイラはアレックスとの結婚に猛反対していた。彼は信用できない。帝都にもどったアレックスは、絶対にまた女遊びをはじめていると主張してゆずらなかった。それに対し、わたしは何も答えられなかった。
司法取引とはいえ、アレックスはスペンサー夫人との仲を公に認めた。スペンサー夫人殺人事件の犯人もいまだ見つかっていない。大学で起きた集会室の事件も魔法協会の捜査官殺害の犯人も動機も経過も何もかもが謎のままだった。
思わぬ副産物もあった。物理化学部の研究に一生懸命に携わったお陰で、マッキントッシュ教授と一緒に国から化学賞を受けることができたのだ。
それは毒の水を飲料水に変える研究で、魔法学部との共同研究だった。当然、主席のルイも加わる事となり、それがますますレイラには気に入らなかったようだ。ルイはそのころ恋人だったキャロルと仲互いして別れてしまった。それにもどうやらレイラが関わっていたようだ。
「シェリー……レイラにはほとほと愛想が尽きたよ。キャロルにあることないこと言って、ぼくらを別れさせたんだ。レイラの親衛隊を使って、変なウワサも流したみたいだ」
「ルイ……キャロルとの誤解を解いたら?」
「いや、いいよ。彼女とはそんなに真剣じゃなかった。君たちみたいに結婚するほどの仲じゃなかったからね」
「ルイ……」
それでもルイは寂しそうだった。変わってしまったわたしたちの関係がとても悲しかった。
無事、卒業試験を満点でクリアしたわたしは、春にひとりだけの卒業を迎えた。校長先生にもらった卒業証書を手に、わたしはアレックスの両親や親戚のいる地方の町へと旅立った。
保証人と付添い人として、マッキントッシュ教授とクララが一緒に来てくれた。
――ガラガラガラガラ……ッ!
「シェリー……おめでとう! しあわせになってね! カーライル公爵家は復活したんでしょう? うらやましいわ! 帝都で暮らすんですってね!」
「クララ……本当にどうもありがとう。あなたのお陰でなんとか下宿の仕事がこなせたわ。あとはよろしくね」
「下宿は任せて! 花嫁の介添え人役なんて名誉だわ。がんばって、うんと美しくメイクするわね!」
「シェリー……痩せたな。大丈夫か? 試験勉強がたいへんだったんじゃないのか?」
「マッキントッシュ教授……いいえ。勉強はいままでの復習だけだったので……。ただ……新しい生活が、不安なだけです」
「そうか……それならいいが……。アレックスは裏表がない青年だ。何かあったら、ちょくせつ彼に聞くんだぞ。君たちは明日から、夫婦になるんだ。互いに隠し事はなしだ」
「はい……」
――ワアアアアーッ!
――パチパチパチパチパチーッ!
――おめでとうー!
翌日は快晴で、わたしとアレックスは素晴らしい結婚式を挙げることができた。
アレックスの両親が暮らす土地は、こぢんまりとした小さな町だった。人々の笑顔はとてもあたたかく、何年かぶりで再会したアレックスのご両親は、心からわたしたちの結婚を喜んでくれた。わたしはアレックスの母親のウェディグドレスとベールに身を包み、クララにヘアメイクを施してしてもらった。
孤児院のシスターやカール、アニーなどの仲間たちもたくさん駆けつけてくれた。シスターと一緒にレイク国で孤児院をはじめる者もいた。皆が一様に、わたしとアレックスにお礼を言った。みんながみんな幸せそうだった。
「アレックス……」
「シェリー……」
町の中心にある小さな教会で式を終えたわたしたちは、広場に集まりウェディングパーティを催した。町中の人々がわたしたちをお祝いしてくれた。
わたしは高級なレースと真珠が散りばめられた豪華なウェディングドレスに身を包み、椅子に座って皆にお礼を述べていた。アレックスは親戚たちに呼ばれ席をはずしていた。久しぶりに会えたのに、アレックスとはまだまともに会話できていない。
アレックスの親類たちは身寄りのないわたしを差別することなくとても親切に歓待してくれた。だが、慣れない地方の生活に困窮しているようだ。今回アレックスだけは公爵の地位を復活させてもらえた。だが両親や親戚たちは、アレックスが帝都の魔法大学に入った途端、位をはく奪されこんんな小さな町へ追いやられた。彼らはアレックスに、自分たちも地位が復活できるように尽力してくれと頼んでいるのだろう。
「シェリー……メイ?」
「えっ?」
見知らぬ男性から声を掛けられた。白っぽい金髪に薄茶の瞳をしていた。スマートでやさしい雰囲気の品のいい若者だ。貴族の魔法使いかもしれない。
「おめでとう。ぼくはアレックスの幼馴染で、ポール・ノワールと言います。今は帝都の魔法大学に通っています。エリートたちのいる、離宮じゃないほうのね。もっとも、あそこはもう閉校になったみたいですけどね。シェリーメイ、あなたのことはアレックスから散々、聞かされていたんですよ」
「あの……今、離宮の魔法学校が閉鎖されたとおっしゃいましたか?」
「ええ。知らなかったんですか? 去年の秋ごろだったかな……。脱走者が出たとかで……。新入生は募りませんでした。とりあえず全員卒業させて、閉校したと聞いてます」
「脱走者……そうだったんですか……。ぜんぜん知りませんでした……。あっ! 失礼しました! ポール・ノワールさんですね? シェリーメイです! 今日はわたしたちのために、わざわざ帝都からいらしてくださったんですか?」
「いえ、実は……この町に遠い親戚がいて、たまたま遊びにきていたんです。珍しく結婚式があるんだなと思って覗いたら、花婿はアレックス・カーライルじゃないですか! びっくりしましたよ。ヤツは初恋を実らせて結婚したんだな。うらやましい!」
「こちらこそ……アレックスのお友達がいなくて寂しかったんです。とてもうれしいわ……どうもありがとうございます!」
アレックスは友人を誰も呼んでいなかった。だからポールの存在はとても心強かった。離宮の魔法大学が閉鎖していたことは驚きだった。魔法大学からは、バーナビー教授と例のローレン・シャドーが出席していた。彼らは式だけ出ていつの間にかいなくなっていた。
「アレックスはどんなこどもでした? わたしの知ってる彼は、ちっとも変わってないけれど……」
「そのことで、実はシェリーメイ……彼はクーデター後、とても変わりました。ぼくら王族は、親戚を頼って帝都へ移った。しばらくするとアレックスは、シェリーメイと連絡が取れないといって学校をさぼって帝都を抜け出し、あなたを探しはじめた。こどもだった彼は何度も街や森の中で保護されるようになった。学校でも反抗的な態度を取るようになったんです。そのうち彼はあなたをあきらめたのか、反抗するのをやめ、こんどは偏屈な様子で塞ぎこむようになったんです」
「まあっ! あの、アレックスが……?」
「それだけあなたと会えなくなったことがショックだったようです。アレックスは魔法使いの天才児だ。教師や目上の人間は、彼にいちもく置いていた。アレックスはそれに乗じて、誰にでも生意気な態度を取るようになった。他人とあまり接しなくなった。友人もつくらず、孤独そうでしたよ。ぼくとも、ときどき言葉を交わすぐらいだったな。こちらから話しかけないと、話してくれなくなった」
「アレックスが……とても信じられないわ」
「そうですね。今の彼の様子からは、とても想像できないと思います。今日の彼を見ていると、こどもの頃にもどったようだ。ほんとうによかった……シェリーメイ、あなたのお陰ですよ。アレックスが人間の心を取り戻せたのは……」
「ポールさん、どうもありがとうございます……」
わたしはポールに心からお礼を言った。彼のお陰でアレックスの心情が少し理解できた。だから彼は、他人にひどく辛辣な部分があるのだ。
「おい! シェリーに勝手に話しかけるな!」
「アレックス……!」
いつの間にかアレックスがうしろに立っていた。ポールを見て怒っている。
「おいおい、アレックス! ぼくを見忘れたのか?」
「えっ……? ポール! どうしてここに……! 友達には知らせてないのに……!」
「アレックス……おまえの結婚はウワサになってるんだぞ。まあ、さすがに、こんなとこまで来るのはぼくぐらいだけど。アレックス、偶然、この町の親戚のところに遊びに来てだんだよ」
「そうか……そういえば、おまえの親戚の叔父さんは、この町の我が家の隣りだった……。ポール、誤解してごめん! 会えてうれしいよ。わざわざパーティに参加してくれたのか?」
「ああ。式にも参列したんだぜ。おまえの門出だ。おめでとう! 遂にシェリーメイと結婚したんだな!」
「ポール……ありがとう」
アレックスの目に涙が浮かんでいる。彼らは昔、そうとう親しかったようだ。アレックスはポールを親戚の元へ連れていった。
わたしが再び1人で座っていると、なんとレイラとルイが現れた。
「ルイ! レイラ! 来てくれたのね……!」
「ハアハア……シェリー! おめでとう! 途中の橋が壊れていて……山を迂回してきた。もう、式は終わってしまったのか……アレックスは?」
「親戚のところよ。そこに座ってちょうだい!」
「ハアハア……シェリー! せっかく招待してもらったのに……でもウェディングパーティにはなんとか間に合ったわ……おめでとう。幸せになるのよ……」
「レイラ……どうもありがとう」
わたしとレイラは久しぶりに抱きしめ合った。よかった。レイラとも和解できたわ。
わたしたちは3人で、大学の思い出やこれからの生活について話をした。2人とも卒業したら、帝都に出てくるつもりらしい。またそのときゆっくり会おうと言って別れた。わたしとアレックスが馬車で出発する時間が迫ったからだ。新居は帝都にあった。
去り際、レイラに気になる忠告を受けた。
「シェリー……わたしの予感は的中したわ。帝都で再び、アレックスの女関係がウワサになっているそうよ。スペンサー夫人のことは周知の事実。アレックスに対する殺人の嫌疑は帝都ではまだ晴れていないわ。くれぐれも、覚悟していくのよ。だけどシェリー……何かあったら、相手の女じゃない。アレックスを責めるのよ。いちばん悪いのは彼だから。泣き寝入りはバカバカしいわ。そんなことするぐらいなら……レイク国に帰ってらっしゃい。わたしたちが待ってるわ。いつでもシェリーを迎え入れてあげるから」
「レイラ……心配してくれてるのね。どうもありがとう……わたしは平気よ。彼を……アレックスを信じているの。心から……」
「……その殊勝な心が、傷つかないことを祈るわ。それじゃあ、シェリー……寂しくなるわね……」
「レイラ……元気でね……」
レイラはわたしの返事に不満そうだった。でも、仕方がない。それがそのときのわたしの嘘偽りのない気持ちだった。アレックスと神の前で愛を誓ったのだ。ウソなど吐けない。
でも、このときのレイラの忠告は的確だったと今ならわかる。
「シェリー!」
――ガバッ!
「きゃっ!」
アレックスはわたしを抱き上げると、一緒に馬車に乗った。
――ワアアアアーッ!
――パチパチパチパチーッ!
見送る人々から拍手や歓声が沸いた。
――パタンッ!
「ちょっと、アレックス!」
「やっと2人きりになれたね……。美しい花嫁、ぼくだけのシェリーメイ……こどもの頃からの念願だった。夢が叶って、うれしいよ。アダブカダブラ……」
「アレックス……」
馬車の扉が閉まったとたん、膝にわたしを乗せたままアレックスが熱烈なキスをしてきた。さっきまでそっけなくしていたくせに、2人きりになったとたんベタベタしてくるアレックスの豹変ぶりに、ビックリしていた。
――ガラガラガラガラーッ!
――ワアアアーッ!
――おしあわせにーっ!
抜ける青空の下を馬車が帝都に向かって走り出した。
不安に揺れるわたしの想いを一緒に乗せて。




