第15話
「マッキントッシュ教授……アレックスが逮捕って……? 魔法大学から脱走したことがバレたからじゃなくて、ですか……?」
「それもあるらしいが……違う。殺人容疑だ。今朝、君の下宿に警察が踏み込んだ」
「なんですって! そんな……!」
「病み上がりで申し訳ないが、すぐに留置場へ行こう。病院代は大学のツケにしておいた。馬車が用意してある」
「はい……ありがとうございます」
取る物も取り敢えず、マッキントッシュ教授と町外れにある留置場へ向かった。
――ヒヒーンッ! ドウドウ……。
「シェリー、先に行きなさい。婚約者だと伝えれば、今なら会えるはずだ。わたしは馬車代を払ってから、となりの警察署へ詳しい話を聞きに行く」
「はい! マッキントッシュ教授、お先に失礼します!」
――トンッ! ダダダダッ!
馬車を降りると、目の前の古びた石造りの建物へ向かった。留置場だ。入口に立つ衛兵の元へ駆け寄った。
「アレックスがっ! アレックス・カーライルがここに……っ!」
――ジャキーンッ!
「誰だ!」
鉄のヘルメットを被った衛兵が、わたしの前に槍を突き出し威嚇してきた。
「あの……シェリーメイ……です。アレックス・カーライルの婚約者の!」
「アレックス・カーライルの……? そうか……婚約者は、王立魔法大学校の生徒のはずだ。身分証明書を見せろ!」
「はい」
ポケットから身分証明書を取り出して衛兵に見せた。彼はしばらくのあいだ証明書の肖像画とわたしの顔を見比べてから、中へ通してくれた。
――コツコツコツコツッ……。
衛兵は、2階の奥にある小さな扉の前までわたしを案内してくれた。こんなところにアレックスが勾留されているのか。衛兵がこちらに向き直る。
「5分だけだぞ」
「はい」
――ガチャガチャッ! キイー……ッ。
衛兵が、扉を開けた。
天井に明かりとりの小さな窓があるだけの、ガランとした何もない部屋だった。アレックスが、たった1人で中央の椅子に座らされていた。手も足も、大きな鎖で縛られていた。
――ダダッ!
「アレックス……!」
「シェリー!」
アレックスに駆け寄り、強く抱きしめた。ショックのあまり涙があふれる。
「シェリー……泣かないで。ぼくは大丈夫だから……アダブカダブラ……」
アレックスが静かにわたしにくちづける。わたしはキスを返しながらアレックスの頬に手をやり、彼の様子を確かめた。思ったより元気そうだ。顔色も良かった。
「アレックス……どうしてなの? 何があったの……? 王家のあなたにこんな仕打ちってないわ! 皇帝に直訴しましょう!」
「……無駄だよ、シェリー……。皇帝も知っていることだ。大げさな鎖で縛りつけやがって! こんなことしなくても、逃げやしないのに……!」
「食事は……? 体罰は受けてない? もしも待遇がひどいようなら行政に訴えて……」
「シェリー! 大丈夫だ。朝食も全部たいらげたよ。それより君は? ショックを受けたろう……。体調はどうだ?」
「わたしはもう平気よ。もともと細くても丈夫なの。アレックス……」
「シェリー……」
アレックスをもういちどシッカリと抱きしめる。はがゆさに涙が落ちる。彼が殺人なんて、絶対にありえない。
――トントン! カチャッ!
「シェリー、アレックス……!」
「マッキントッシュ教授……」
マッキントッシュ教授がやってきた。ひどく暗い顔をしている。イヤな予感がした。
「教授……どうもすみません。あなたがシェリーをここに?」
「ああ、そうだ。アレックス……罪が確定するまで、ここから出られないそうだ。大学で嘆願書を作成し、有識者の署名を集めよう。君のご両親や親戚はどうしているんだ? バーナビー教授とも連絡が取れないんだよ」
「マッキントッシュ教授……両親と親戚は、ぼくが帝都へ行ったときから政府に人質に取られています。両親に引き続き親戚たちも地方に追いやられ、そこから出ることを許されません。バーナビー教授は……もしかしたらぼくが脱走したことで罪に問われているのかもしれません。たぶん、大学の校内で拘束されているんでしょう。大丈夫です。バーナビー教授は優秀な魔法使いなので、手荒なことは絶対にされません」
「君は……どうやってあの厳しい魔法大学から脱走できたんだ?」
「バーナビー教授を通して、あなたからシェリーが倒れたと連絡を受けたぼくは、どうやって離宮を抜け出したらいいかと頭を抱えていました。すると……目の前に金の扉が現れたんです」
「金の……扉だと?」
「アレックス……もしかして、あのときの……?」
「そうだよ、シェリー。あの、集会室の事件で水底に現れた金の扉だ。あの扉が、再びぼくの目の前に現れたんだ。ぼくは金の鍵を使ってその扉を開け、中に入った。すると……帝都の街はずれに出たんだ。振り向くと、もう金の扉は無くなっていた」
「金の扉……魔法の扉なのか? それで?」
「ぼくは金を持っていません。魔法大学に入った時点で、財産はぜんぶ没収されました。前にシェリーに会いに来たときは、バーナビー教授が馬を調達してくれたんです。でも、今回はレイク国に行く手段がありませんでした。だから、首に掛けていた金の鎖を、馬と交換してシェリーの元へ駆けつけたんです」
「ええっ! アレックス! その鎖は、あなたの家に代々伝わる大事な品物なのでは……? 純金製よ! 馬1頭なんて値段じゃなかったはずよ!」
「いいんだよ、そんな物は。それよりも、シェリーの元へ駆けつけることのほうが重要だ。君が無事で、ほんとうによかった……」
「アレックス……あなた……!」
わたしは再びアレックスに抱きついた。スペンサー夫人や黒髪の女のことなど、もうどうでもよかった。アレックスは危険を冒してまで、わたしの元へこうして来てくれた。それだけで十分だ。生まれてきてよかったとさえ思えた。
「だが……君はスペンサー公爵夫人殺害の罪に問われている。いったい、どういうことなんだ? 署長も詳しくは知らないようだったぞ」
「なんですって! スペンサー夫人が……殺された?」
わたしは思わず大声を上げてしまった。殺人事件ってまさか、あの夫人が殺されたっていうことなの。どうして、また。
「シェリー……? 彼女を知っているのか? なんで?」
「あの……アレックス……」
「シェリーメイ、どういうことだ? 君もこの事件に関与しているのか?」
「マッキントッシュ教授……それは……!」
アレックスとマッキントッシュ教授が不審そうな顔でわたしを見ている。どうしよう。なんて答えたらいいの。場合によっては、今度はわたしとレイラが容疑者になってしまう。
たび重なる衝撃的な事件の勃発に、わたしの頭は混乱していた。心臓が爆発しそうなほどドキドキと高鳴っていた。




