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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
14/25

第13話

――ガラガラガラガラーッ!


「シェリー、もうすぐ帝都に着くわよ」

「レイラ……」


 あのあとすぐに旅支度をはじめ、翌朝、帝都に出発した。馬車代はレイラがルイにもらった真珠の髪飾りを質屋に入れて捻出してくれた。由緒正しい品物だったようで高く売れたらしい。もしかしたらルイの家に伝わる貴重な装飾品だったのかもしれない。ルイにはたいへん申し訳ないことをしてしまった。





――ガヤガヤガヤガヤッ……。

――ウフフフフ! アハハハハッ!


「ここが帝都ね……にぎやかなところだわ。こんな楽しいところに居たら、田舎にもどりたくなくなるわね」

「レイラ……わたし、こどもの頃に社会科見学で来たきりなの。地図がまったくわからないわ……」

「わたしも知らないわ。でも……国立魔法大学は街はずれにあるんでしょ? 馬車の御者に聞いて連れていってもらいましょうよ。髪飾りが高く売れたから、1泊するぐらいのお金はあるわよ。あら? あれが王宮ね。すばらしい建物だわ……」

「王宮……?」

 

 街の中心にたまねぎ型の金色のアーチを掲げた真っ白な王宮が建っていた。きれいに塗り替えられていて、こどもの頃に見たときよりも立派に補修されていた。今度の皇帝の栄華のほどがうかがえる。

 現皇帝に代わって、この国は栄えはじめた。世界中の魔法使いたちと連携を組み、輸出業が盛んになったお陰だ。今の皇帝は若いのにかなりのやり手だとウワサになっていた。


「あの王宮に……アレックスはしばらくの間、居たのね……」


 なんだか自分が惨めに思えてきた。わたしは本当にアレックスの婚約者なんだろうか。あの晩のことは、月が見せてくれた単なるムーンマジック。幻だったのではないか。


「だけど……」


 1年近く経ったいまでも、あの夜の記憶は鮮明だ。

 たどたどしいアレックスの震える指先。ときどき漏れる熱い吐息。わたしのカラダをこわれ物のように大切に扱ってくれた。わたしの名をなんども愛おしげに呼び、愛してくれた。

 そのどれもが、マヤカシだったというのか。わたしには到底、信じられない。


「シェリー……シェリー! 行くわよ! 大丈夫なの?」

「えっ! あっ……あの……レイラ、ごめんなさい!」

「まったく……どうしちゃったの? シェリー、あなたらしくないわよ。恋愛ごときで!」

「レイラ……そうよね」

「そうよ。あなたはもっと毅然としてたわ。孤児院を造るのが夢なんでしょ? これからは、そっちに専念したら? 男なんかに頼っても、あてにならないわよ」

「レイラ……」


 そうだった。レイラもギャツビーに捨てられたのだ。彼女を見習ってたくましく生きなければ。そのために、ここまで来たのだ。踏ん切りをつけるために。アレックスに捨てられる前に、わたしの方から決断しなければならない。


 



――ガラガラガラガラーッ!


 レイラと馬車を乗り換え魔法大学へ向かった。街の中心から馬車で三十分ぐらいのところにあった。


「あれよ! シェリー! あれがアレックスの通っている国立魔法大学校よ! もともとは離宮だったんでしょ?」

「あれが……」


 馬車が小高い丘に近づくに連れ、その頂に建てられた美しい元離宮が姿を現した。神殿造りの白亜の豪邸で、装飾はすべて金細工で施されていた。周囲はグルリと高い白柵で覆われている。辺り一面なだらかな緑の草原で、他には何もない場所だった。


「お嬢さん方、あれが国立の魔法大学ですよ。街に元からある魔法大学は古い木造の校舎でお化けでも出そうだが、こっちは比べモノにならないぐらい豪華だ。世界中の魔法使いのエリートが集められているんですよ」

「シェリー……うちの大学もおしゃれなレンガ造りだけど、この離宮はその比じゃないわ。ため息が出るわ……どうかすると、王宮よりもゴージャスね」

「千年前の、魔法使いだった皇帝が建てた離宮だよ。こっちを本拠地に住んでいたそうだ。周りに何も無いから、敵に狙われやすい場所に見えるが、魔法のシールドが張られているらしい。こういう丘陵地帯のほうが、魔法を発動しやすいそうだ。現皇帝も、いつもこちらに滞在していらっしゃるんじゃないかとウワサされているんだ」

「皇帝がここに……? それにしても……シールド……まったくわからないわ。相当、高度な魔法なのね。解くのにかなりの時間が必要ね……」


――ヒヒーンッ! ドウドウッ……。


 丘の真下で馬車が止まった。


「お嬢さん方、すまないね。馬車はここまでしか行かれないんだ」

「裏庭には回れないのかしら?」

「裏かい? 横までなら道があるよ。そこでUターンするしかないな……」

「じゃあ、そこまで行ってくださる?」

「わかった。もう少し先まで行こう」

「レイラ……?」

「シェリー、まともに行っても門前払いされるのがオチよ。面会には許可がいるそうなの。親や国を通してすごい手続きを踏まなくちゃいけないらしいわ。だったら……横から覗いてみましょう!」

「覗く……!」

「シーッ! いいから、わたしに任せなさいって! あっ! 着いたようよ」


――ザザーッ! キイッ!


「さあ、どうぞ!」


――トンッ! トンッ!


 御者が馬車の扉を開けてくれた。わたしたちは砂利の敷かれた小道に降り立った。草原をそよぐ風が頬の脇を通り過ぎていく。


「ああ―っ、気持ちいいわー! いいところね……さすが、離宮が建っているだけあるわ」

「わしはここで馬車の向きを変えて待っているから、ゆっくり行ってきなさい」

「はーい! どうもありがとう!」

「ありがとうございました」


 わたしとレイラは荷物を馬車に預け、丘を登りはじめた。意外と傾斜がきつい。


「ハアハア……これは……魔法使いといえどもなかなかここからは逃げられないわね……」

「レイラ……はあはあ……こんなところから覗いても、アレックスがいるとは……」

「なに言ってるの、シェリー! 中に入ってアレックスを探すのよ!」

「入る? 不法侵入だわ! 捕まったら……!」


――ガバッ!


「…………!」

「シーッ!」


 突然レイラに口を押さえられた。離宮の柵の向こう側に誰かいる。わたしとレイラは地面に這いつくばり、匍匐前進していった。すごく惨めだ。


「アハハハハッ……!」

「ふざけるのはやめろよ!」

「アーッ! おかしい! これは、どうだ!」

「おわっ! ちょっと待てって!」

「キャーアハハハ、ハハッ!」


 間違いない。アレックスだ。アレックスの声がする。這いつくばったまま、正面に向かってそうっと顔だけあげた。


「…………!」

「シェリー……あれって……!」


 アレックスがいた。なぜか黒の燕尾服を着ていた。見知らぬ若い女も一緒だ。長い黒髪に黒い瞳のスレンダーな美人だ。頭にバラの花を挿し、真っ白な長いドレスを着てアレックスに抱きついていた。


「つい、反対のステップを踏んでしまうんだ。しっかりリードしてくれよ。じゃなくて……してくださるわよね?」

「魔法で踏めばいいだろ? こんなところで練習しなくても……」

「魔法が使えない場所に行ったらどうすんだ? 今からいろいろ特訓しておかないと……」

「礼儀作法は教えるよ。どこに出しても恥ずかしくないようにしてやるって言ってんだろ?」

「だけど……みんなの前で習うのは恥ずかしいよ。ここの学生は貴族ばっかだ。わたくしみたいに孤児院で育った人間はひとりもいなくてよ? 貴族の基本も知らないのかって、いつもバカにされてる」

「言わせたいやつには言わせておけ。それと……育ちなんていっさい関係ない。おまえが優秀だから、ぼくの相手に選ばれたんだ。みんな、やっかんでるだけだよ」

「そうであったとしても……人前で恥を掻きたくない。それでなくても、アレックスのパートナーとしてふさわしくないって、あからさまに中傷されてる」

「ぼくたちは最初から気が合ったし、魔法の相性もバッチリだ。これ以上のコンビは世界中のどこ探してもいない。自信を持てよ」

「うれしい! どうもありがとう!」


――ドンッ! チュッ!


「…………!」

「シェリー……」


 美女がアレックスに抱きつき頬にキスをした。アレックスの頬に真っ赤なキスマークが付けられた。


「おい!」

「いまからいろいろ練習しておかなくちゃ!」

「やりすぎだって! そろそろ教室にもどるぞ」

「はい! あなたー!」


――ガシッ!


「やめろよ! みんなにからかわれるぞ! 目立つのイヤなんだろ?」

「目立つのは好き! バカにされるのがい嫌い! ウフフフフー……」

「気持ち悪い笑い方しやがって……!」

「早くもどろう! 遅刻したらたいへん!」

「引っ張るなって! ドレスにつまずいたら危ないだろー!」

「キャーアハハッハーッ!」


――バタバタバタバターッ!


 アレックスは美女と腕を組んだまま、離宮の庭の中へ走って消えていった。


「シェリー……」

「レイラ……?」


 レイラがわたしの頬にレースのハンカチを押し当てた。わたしが泣いていたからだ。シェリーメイが人前で泣くだなんて。

 あとからあとから涙がとめどなくあふれ、羽根のように軽いレースのハンカチが、ぐっしょりと重くなった。


「あの……」

「シェリー、元気だして! アレックスってば……他にも女がいたのね! 人妻だけじゃ物足りず、同じ大学の仲間とも付き合ってただなんて! シェリー、今の出来事は忘れましょう! わたしも絶対に口外しないから。アレックスだけが男じゃなくってよ! それにしても……あの女が、アレックスのパートナーですって? 真っ赤な口紅つけて……あんなくだらない女! 派手で下品なだけじゃない! すっごく、バカっぽかったわ! シェリーのほうがずーっとステキで魅力的よ。あのっ……浮気男め! シェリーの目が届かない、こんな隔離された場所で、魔法使いと羽根を伸ばしているのね! シェリー……もう、アレックスのことはきれいさっぱりあきらめたほうがいいわ!」

「レイラ……」

 

  



 わたしたちはすぐに馬車へもどった。そのまま街へ帰り、食堂に入って昼食兼夕食をとっていた。


「頭に血が上って、アレックスを忘れろとは言ったけど……。ここまで来たからには……スペンサー夫人の屋敷の近くに宿を取りましょう!」

「レイラ……でも、アレックスが必ず通って来るとは……」

「どっちにしても、どうせ泊まるならそのほうがいいわ。アレックスが現れなければ、そのまま朝いちばんの馬車で帰りましょうよ」

「でも……宿代がもったいないわ。夜行馬車で帰っても……」

「お金はあるわ。これが最後のチャンスよ。アレックスの浮気の、決定的な証拠をつかむには!」

「レイラ……」


 本来ならおいしいはずの肉団子のスープも白パンも、ひどく味気なかった。わたしたちは食事もそこそこに、スペンサー公爵の屋敷の近くへ宿を取った。

 2階の角部屋へ落ち着く頃には、日がとっぷりと暮れていた。


「シェリーは卒業試験の勉強をしていてね。わたしはスペンサー家の裏門の前に張りこむから」

「レイラ、暗いから危険だわ!」

「大丈夫よ。この辺りはお屋敷街で治安が良いんですって。ここは2階だから、馬車は窓の下を通るからすぐにわかるわよ。通りの向こう側に見える大きな屋敷が、スペンサー家よ。真夜中に走る馬車は滅多にないはずだから、アレックスが来たらすぐにわかるわね」

「だったら、レイラ……窓の前で一緒に待ちましょうよ」

「ダメよ! ここからだと、裏門が死角になってよく見えないわ。あそこに大きな木があるでしょ? スペンサー家の裏門のまん前よ。あの木のうしろに隠れて様子を窺うわね。シェリー、行ってくるわ。きちんと戸締まりするのよ!」


――パタンッ! ダダッ!


「あっ! レイラ!」


 レイラは行ってしまった。あっという間に通りへ出ると、こちらへ向かって手を振ってきた。今日のレイラはピンクのふんわりとしたお出かけ用のドレスを着ていて、こどものみたいにかわいらしい。いくら治安が良いとはいえ、外はすでに真っ暗だ。ここからレイラが隠れようとしている木がよく見える。彼女の安全をしっかり見守っていてあげよう。





「ふぁー……」


 あれから何時間、経ったのだろう。すっかり夜も更けた。旅の疲れが出て眠たくなってきた。レイラは相変わらず木の下で粘っている。彼女に引きずられるようにして、こんなところにまで来てしまった。本来なら帝都へは、アレックスに連れられ結婚のあいさつに来るはずだった。あまりのギャップに泣きたくなってくる。


 レイラには悪いが、これ以上アレックスの秘密を知りたくない。


 昼間、離宮の大学で見たアレックスはまるで別人のようだった。王立大学に居るときは、女子学生たちがアレックスに流し目をくれるだけでもイヤがっていた。なのに、あの黒髪の女性には嫌悪感を示していなかった。腕も本気で振り払おうとはしていない。現実に、腕を組んだまま教室へと帰っていった。

 その事実だけで、わたしはそうとう打ちのめされていた。だから、これ以上つらい現実を目にしたくないのだ。


 帝都になんか来なければよかった。だんだんと、親切なレイラにでさえ、恨み事を言いたくなってきた。事実を知らずにアレックスを待てば、彼は何食わぬ顔で迎えに来てくれたかもしれない。彼が迎えに来なくても、アレックスと結婚するという夢を追いかけ、がんばってずっと幸せに暮らせていたのに。


 アレックスに無理やり会い、ハッキリ確かめたほうがいいのか。手紙は書いても届かないとアレックスから言われているが、そんなのかまわず出して、あの魔法大学のパートナーとかいう女性について糾弾しようか。


 昨日から今日にかけての出来事が、とても本当の事とは思えない。夢なら覚めて欲しい。

 わたしの心は揺れていた。レイラに言われたとおりだ。こんなの、わたしらしくないわ。どうしちゃったの、シェリーメイ。



 


――ガラガラガラガラー……ッ。


「はっ! 馬車だわっ!」


 2頭立ての馬車が静かに前の通りを横切る。高度な装飾品から、身分の高い人物の乗り物だとわかる。馬車の窓に黒いカーテンが掛っていた。


――ドウドウ……。


 馬車はレイラが隠れている木の目の前にある、スペンサー家の裏門の前でとまった。


――キイッ、カタンッ……。


「…………!」


 アレックスだ。アレックスが1人で降りてきた。昼間と同じ燕尾服を着ていた。うしろの木の陰からレイラがその様子を窺っている。ピンクのドレスが暗闇にボウッと白く浮き出ていた。

 アレックスはレイラには気づかず、勝手知ったる様子で自分で門を開けて中へ入っていった。


――カタンッ!


 2階の窓が開いた。中から茶色い髪を高く結いあげた美しい女性が白い手袋をしたままアレックスに手を振った。頭を上げ、シルクハットを軽く下げるアレックス。それ以上は庭木が邪魔で見えなくなった。


――ペタンッ!

 

 わたしは床に尻もちをつき座り込んでしまった。ウワサは本当だった。アレックスは深夜、スペンサー家に通ってきていた。あの厳しい魔法大学の離宮を抜け出して。彼はあの夫人の愛人なのだろうか。だとしたら、離宮の大学で見た黒髪の女性もまた、アレックスの恋人なのか。





――パタンッ!


 しばらくするとレイラが戻ってきた。


「シェリー……落ち着いて聞いて、実は……」

「レイラ……見ていたわ。わかってる……アレックスはスペンサー夫人の愛人なんでしょう?」

「……シェリー、彼らは愛し合ってる。裏門の前まで行って見てしまったわ。灯りがともされた窓の中で、2人が抱き合って、熱烈なキスを交わしているところを……」


――ガタンッ!


 立っていられなかった。そばに置かれていた椅子に崩れるように座り込んだ ショックのあまり気が動転していた。これから自分は、いったいどうしたらいいのか。


「おおっ……! シェリー! 大丈夫!」

「レイラ……わたしいったい、どうしたら……」

「とにかく、今夜は寝ましょう……。さあ、ベッドへ……手を貸すわ」

「レイラ……どうもありがとう……」

「スペンサー公爵の馬車はなかったわ。今夜あの屋敷には、従業員以外にはアレックスと夫人だけだわ……。シェリー……寝つくまでそばに居てあげる。外が明るい……月が出てきたのね……」


 アレックスと愛し合った日も月が出ていた。それを思い出し、余計に辛くなった。

 レイラはずっとわたしのために、異国の子守唄を歌ってくれた。彼女に遠慮して寝たフリをしたが、わたしは朝までまんじりとも出来なかった。涙がこぼれ落ち、宿屋の上等なシーツをぐっしょりと濡らした。





――ピピピピッ! チチーッ!

――カタンッ!


「んぅっ……? レイラ……?」


 いつの間にか眠っていたらしい。部屋の中が明るい。朝なのだろう。でも、となりのベッドは空だった。今のは、レイラがドアを閉めた音だったのかもしれない。


――ヒッン! ドウドウ……。


 馬車の音だ。いそいで飛び起き、窓際に駆け寄った。


「アレックスだわ……! こんな時間まで滞在して居ただなんて……!」


 アレックスがスペンサー家の裏門から出てくるところだった。彼は遠目でもわかるほど、寝不足気味の様子で目を擦っていた。彼はすぐに道に用意されていた馬車に乗り込み、わたしがいる部屋の真下を通り朝靄の中に消えていった。





――キイッ!


 しばらくするとドアを開けてレイラが入ってきた。


「シェリー……起きてたのね。じゃあ……見てたの?」

「ええ……」

「窓からスペンサー夫人が見送ってたわ。泣きながら、ハンカチを振っていたわ……」

「そうだった……?」


 スペンサー夫人のことまでは気づかなかった。窓は開いていたかしら。


 昨日の今日なので、胸は痛んだが頭の中は意外と冷静だった。これからどうしようかと淡々と考えはじめていた。


「レイラ……すぐに大学に帰って勉強がしたいわ……。仕事もあるし……」

「シェリー……だったら、すぐに出発しましょう。朝ごはんは、途中で食べればいいわね」

「ええ……」


 わたしたちはすぐに出発した。途中、馬車の停車場で簡単な朝食を食べただけで、ノンストップで帰ってきた。





「レイラ……すっかりお世話になっちゃって……。馬車代はいつか必ず返すわ。せっかく帝都に行ったのに、観光もできなくてごめんなさいね……」

「そんなこと言わないでよ、シェリー! 遊びに行ったんじゃないのよ。それに……旅費代はルイからもらった髪飾りで工面したものよ。気にすることないわ」

「でも……」


 レイラには本当に迷惑をかけた。わざわざ帝都まで付き合ってもらって。本当に親切な人だ。わたしとアレックスの問題を、我がことのように心配してくれた。


「じゃあ、わたしは行くわね……。試験、がんばるのよ。アレックスのことは……忘れちゃいなさい!」

「わかったわ、レイラ……どうもありがとう……」


――キイッ! トンッ!


 レイラは大学の裏門の前で馬車を降りた。レンガ造りの歴史ある立派な校舎にはたくさんの蔦が絡まっている。ここでおととしのクリスマス、満月の下でアレックスとキスをした。あのときはあんなに幸せだったのに。


 胸の中に郷愁が襲ってくる。

 それはグルグルとわたしの中でトグロを巻き変性し、次第に身体全体を覆っていった。

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