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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
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第10話

「アレックス……! あなた、どうして……!」


 突然の出来事に、しどろもどろになってしまう。アレックスはひどくやつれた様子で、伸びた前髪を指で払いながらわたしを見つめた。額に寄せられた眉間のしわに疲労感が滲み出ていた。思わず言葉を途中で飲みこんでします。


「シェリー……会えてうれしいよ。時間がないんだ。バーナビー教授が隙を見て逃がしてくれた。明日の早朝までにもどらないと教授が処罰される」

「そんな……!」


 口を両手で押さえる。思った以上にアレックスは厳しい状況下にあるようだ。


「シェリー……」

「アレックス……」


 アレックスがわたしを強く抱きしめた。彼の胸に顔を埋める。胸の鼓動と共に緊張が伝わってくる。彼の胸板はとても薄くなっていた。手も足も前よりうんと細くなっていた。帝都での訓練はそんなに厳しいものなのだろうか。


「アレックス……帝都の大学に移るってほんとうなの?」

「しーっ……シェリー……時間がない。ぼくの将来は、いまや皇帝の手の中だ。噂どおりに行動するしか道はない。ぼくらは沈黙の誓いを課せられた。ぼくが真実を明かせば、両親が罰せられる」

「そんなことが……!」

「ぼくと婚約すれば、君だってその対象になる。それを承知で……ぼくと婚約してくれるかい? シェリー……」

「アレックス!」

「わずかな時間を割いて君にプロポーズにきた。シェリー……これが最後のチャンスだ。ぼくと結婚してくれ」

「アレックス……もちろん、わたしもあなたと結婚したいわ。でも……」

「でも……? なにも考えずにこの手を取ってくれ! そうだ……!」


――ガッ! ガッ! ガッ!


 アレックスは突然しゃがみ込み、部屋の真中の床板を剥がしはじめた。


――パカッ!


「はずれたぞ!」

「まあっ!」


 その床板の下は空洞になっていて、中に丸めた黒い布が置かれていた。


「アレックス……それはなに?」

「これは、ぼくがこどもの頃、ここに隠しておいたものだ。シェリーと結婚するときに使おうと思ってね」

「わたしのために……?」


 この下宿はクーデターが起きる前、カーライル家の屋敷だった。そのときアレックスが、この屋根裏部屋の床下に何か隠しておいたらしい。いままでずっとここで暮らしてきたのに、ぜんぜん気付かなかった。


――カサカサッ……!


「これを君に……」

「まあっ……!」


 アレックスが布の包みから取り出した物、それは太い金の指輪で、不思議な文字が刻まれていた。年代物らしくしっかりとした作りをしていた。


「これは……我が家に伝わる王家の指輪だ。ぼくが小さい頃に親から譲り受けた物なんだよ。ぼくの妻になる人に渡すつもりで、大事に床板の下へ隠しておいた。クーデターの時は金製品はすべて没収だったからね」

「アレックス……そんな貴重な物を……わたしに……?」

「シェリー、受け取ってくれ。君にこそ、ふさわしい品だ。君以外の人には絶対に渡せない。それができないなら、ドブにでも捨てたほうがましだ!」

「アレックス……そんな、いけないわ……。でも……わたしからあなたに渡す愛の証が何もないわ……」

「もう、とっくの昔にもらってるよ。あるじゃないか! この鍵が!」


 アレックスが首に下がっているチェーンを取り出し、その先に付いている金の鍵をわたしに見せた。


「それは……」

「さあ、シェリー! 今日から君はぼくの許婚だ! 婚約の証をぼくにくれ!」

「アレックス……?」

「愛してるよ、シェリー……。何があっても君だけだ。今宵……ぼくだけの花嫁になって欲しい……」

「……アレックス!」


 月が明るい晩だった。


――シャーッ!


 カーテンを閉じると、アレックスはゆっくりとわたしに近づいてきた。


「シェリー……アブラカダブラ……」

「アレックス……」


 やさしく潤んだブルーの瞳が間近に迫る。わたしの頬にアレックスの長いまつげが影をつくった。そっと重なる2人の唇。


 その夜わたしはアレックスと結ばれ、正式な婚約者となった。

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