第10話
「アレックス……! あなた、どうして……!」
突然の出来事に、しどろもどろになってしまう。アレックスはひどくやつれた様子で、伸びた前髪を指で払いながらわたしを見つめた。額に寄せられた眉間のしわに疲労感が滲み出ていた。思わず言葉を途中で飲みこんでします。
「シェリー……会えてうれしいよ。時間がないんだ。バーナビー教授が隙を見て逃がしてくれた。明日の早朝までにもどらないと教授が処罰される」
「そんな……!」
口を両手で押さえる。思った以上にアレックスは厳しい状況下にあるようだ。
「シェリー……」
「アレックス……」
アレックスがわたしを強く抱きしめた。彼の胸に顔を埋める。胸の鼓動と共に緊張が伝わってくる。彼の胸板はとても薄くなっていた。手も足も前よりうんと細くなっていた。帝都での訓練はそんなに厳しいものなのだろうか。
「アレックス……帝都の大学に移るってほんとうなの?」
「しーっ……シェリー……時間がない。ぼくの将来は、いまや皇帝の手の中だ。噂どおりに行動するしか道はない。ぼくらは沈黙の誓いを課せられた。ぼくが真実を明かせば、両親が罰せられる」
「そんなことが……!」
「ぼくと婚約すれば、君だってその対象になる。それを承知で……ぼくと婚約してくれるかい? シェリー……」
「アレックス!」
「わずかな時間を割いて君にプロポーズにきた。シェリー……これが最後のチャンスだ。ぼくと結婚してくれ」
「アレックス……もちろん、わたしもあなたと結婚したいわ。でも……」
「でも……? なにも考えずにこの手を取ってくれ! そうだ……!」
――ガッ! ガッ! ガッ!
アレックスは突然しゃがみ込み、部屋の真中の床板を剥がしはじめた。
――パカッ!
「はずれたぞ!」
「まあっ!」
その床板の下は空洞になっていて、中に丸めた黒い布が置かれていた。
「アレックス……それはなに?」
「これは、ぼくがこどもの頃、ここに隠しておいたものだ。シェリーと結婚するときに使おうと思ってね」
「わたしのために……?」
この下宿はクーデターが起きる前、カーライル家の屋敷だった。そのときアレックスが、この屋根裏部屋の床下に何か隠しておいたらしい。いままでずっとここで暮らしてきたのに、ぜんぜん気付かなかった。
――カサカサッ……!
「これを君に……」
「まあっ……!」
アレックスが布の包みから取り出した物、それは太い金の指輪で、不思議な文字が刻まれていた。年代物らしくしっかりとした作りをしていた。
「これは……我が家に伝わる王家の指輪だ。ぼくが小さい頃に親から譲り受けた物なんだよ。ぼくの妻になる人に渡すつもりで、大事に床板の下へ隠しておいた。クーデターの時は金製品はすべて没収だったからね」
「アレックス……そんな貴重な物を……わたしに……?」
「シェリー、受け取ってくれ。君にこそ、ふさわしい品だ。君以外の人には絶対に渡せない。それができないなら、ドブにでも捨てたほうがましだ!」
「アレックス……そんな、いけないわ……。でも……わたしからあなたに渡す愛の証が何もないわ……」
「もう、とっくの昔にもらってるよ。あるじゃないか! この鍵が!」
アレックスが首に下がっているチェーンを取り出し、その先に付いている金の鍵をわたしに見せた。
「それは……」
「さあ、シェリー! 今日から君はぼくの許婚だ! 婚約の証をぼくにくれ!」
「アレックス……?」
「愛してるよ、シェリー……。何があっても君だけだ。今宵……ぼくだけの花嫁になって欲しい……」
「……アレックス!」
月が明るい晩だった。
――シャーッ!
カーテンを閉じると、アレックスはゆっくりとわたしに近づいてきた。
「シェリー……アブラカダブラ……」
「アレックス……」
やさしく潤んだブルーの瞳が間近に迫る。わたしの頬にアレックスの長いまつげが影をつくった。そっと重なる2人の唇。
その夜わたしはアレックスと結ばれ、正式な婚約者となった。




