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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
10/25

第9話

 わたしとアレックスは正式に付き合いはじめた。

 周りの人間も、わたしたちを恋人同士として扱ってくれた。


 マッキントッシュ教授は、わたしがアレックスと交際することに相変わらず反対していた。付き合うならきちんと婚約するべきだと、ことあるごとにわたしとアレックスに意見した。また、婚約していないなら、同じ下宿に住むべきではないとも言われた。


 マッキントッシュ教授が言うことはもっともだ。彼は常にわたしの心配をしてくれている。身寄りのないわたしが王族のアレックスに捨てられたら、せっかく入った大学を辞めなくてはいけなくなるかもしれない。マッキントッシュ教授は、わたしの将来に傷がつくことを懸念していた。


 だがしかし、婚約を拒んでいたのはわたしのほうだった。アレックスはいますぐにでも結婚したがっていたのだ。まだわたしには、アレックスと一生を共にする決心が出来ていなかった。わたしの素性も容姿も、彼にまったくふさわしくない。その想いから脱却できずにいた。魔法に対するコンプレックスからも抜け出せないでいた。





 年が明け、季節は巡った。


 わたしとアレックスは順調に月日を重ねていった。

 毎日たのしくて、勉強や仕事にもすっかり慣れ、遊びに出掛ける余裕もできた。2人で色々なところへ出向き、様々な経験を共に重ねた。休みの日には困っている人々へのボランティアにも参加した。


 彼と愛し合う日々に心は満たされ、とても幸せだった。


「アレックス……こんなに幸せなのは、生まれて初めてだわ。孤児院の皆が苦労しているときに、わたしだけこんなに恵まれていて……いいのかしら? なんだか、しあわせ過ぎて恐いわ……」

「シェリー! そんなこと言ってはダメだ! そんな風に想うと、しあわせが逃げていってしまうよ。向こうからやってきた幸運は、素直に受け取るものだ。それが神の意志なのだから……持って生まれた運命なんだよ、シェリー……。君は今まで苦労し過ぎた。だから神さまがご褒美をくれたんだよ。もちろん、君の並み外れた努力の成果でもある。ありがたく、感受すればいいじゃないか」

「そうね……ごめんなさい。不安になるのはわたしの罪だわ。辛い思い出がたくさんあるからって、自分は不幸になるはずだって決めつけるのは、よくないことよね。わたしはどうも、貧乏癖が身についてるみたい。マッキントッシュ教授が言うように、思いこみが激しいのね。わたしの欠点だわ。直したはずだったのに……」

「マッキントッシュ教授なんか忘れたほうがいい。君は十分、立派な人間だよ。ぼくなんかよりズーッとね。もちろん、マッキントッシュ教授よりか何倍もだ」

「アレックス……マッキントッシュ教授の授業はもう受けてないのよ。一般課目で半年間トップをキープできたから」

「でも……彼はぼくらに会うたびに、何かと因縁つけてくるじゃないか。何も言わなくても、非難するような目で見られる。心外だよ」

「ごめんなさい……わたしがハッキリしないから……」

「シェリー、そんなことないよ。ぼくらの問題だ。2人で納得できる形を取ろう。ぼくたちはまだ若い。いそがないよ」

「アレックス……どうもありがとう」


 アレックスはわたしの両手を握りしめ、いつものように澄んだブルーの瞳でわたしを覗き込んだ。彼は心からわたしを心配してとても大切に想ってくれている。

 信じられないぐらいの幸せが満ち溢れていた。だからこそ、その幸せが怖かった。アレックスに太鼓判を押されても、自分の中の未来に対する漠然とした不安は拭い切れなかった。





「ルイ、なんだって?」

「行方不明になっていた魔法協会の調査官が、山の上の湖から水死体で発見されたんだ!」


 夏に差し掛かった頃、ルイがわたしたちにとんでもない情報をもたらした。


「どうしていまごろ……そんなところから……?」

「アレックス、魔法協会の調査官が行方不明ってなんのことなの?」

「シェリー……実は……バーナビー教授の講座の集会室での事件を担当していた魔法協会の調査官が、去年のクリスマスに突然、いなくなってしまったんだよ」

「そんな……! では、その人が……?」

「そうだ。しかも、水死体はヤドリギを握りしめ、丸メガネを携帯していたらしい」

「なんだって! 丸メガネって……まさかシェリーがあのとき無くした……?」

「そうかもしれないな。それと、これは殺人事件だ」

「殺人事件……? 調査官は自殺したんじゃないのか。どうして他殺とわかる?」

「アレックス……クリスマスにあんな高い山の上まで行って自殺する人間はいないよ。第一、雪が深くて山に登れなかったはずだ。あの湖は万年氷が張ってるんだぜ。調査官は山の上の湖で死んだんじゃない……うちの大学の裏庭にある泉の水で溺れ死んでいたんだ」

「なんですって!」


 わたしとアレックスは目を見合わせた。クリスマスと裏庭とヤドリギ。わたしたちがキスをした裏門の真裏にその泉はある。これではまるで、わたしたちが犯人みたいだ。


「調査官の死体は、本当にクリスマス頃からのものなのか?」

「死体の状態から去年の冬ごろ死んだとみなして間違いないそうだ。死体の移動に魔法が使われたかどうかは、現時点ではわからないそうだ」

「それにしても……死体発見者はいったい誰なんだ?」

「それが……レイラの取り巻きのリーダー格、ギャツビーなんだよ。仲間とハイキングに行ってぐうぜん見つけたらしい」

「ぐうぜん……? あの湖と大学の泉の水脈は繋がっている。水質は同じはずだ。調査官の溺死の原因が、どうして泉の水だとわかる?」

「レイラがこの前、賞を取ったのが、水質に関する研究だったからだ。彼女は大学の泉の水を使って実験をしていた。優良な飲料水にするための研究だよ。あの泉には特殊なプランクトンが存在しているらしい。魔法協会の調査官の体内からそれが発見された。ほぼ、間違いないそうだ」

「キャンパス内で殺人が……アレックス、恐いわ……」

「シェリー、大丈夫だよ。ぼくがいつもそばにいるよ!」

「アレックス……」


 体が震える。なんだかイヤな予感がした。

アレックスがわたしの瞳を覗きこみ、両手をしっかりと握りしめてくれた。

 



 その後、マッキントッシュ教授を通して丸メガネがわたしの手元に戻ってきた。わたしが集会室の事件でメガネを無くしたことは周知の事実だったので、特に聞かれたり疑われたりはしなかった。

 魔法大学校では禁止されているはずのヤドリギが、魔法協会の調査官の死体と共に見つかった件に関しては、特に誰も追及しなかった。だが、あれは確実にアレックスが魔法で出現させたものだろう。調査官は裏門の前でヤドリギを拾い、その後、大学の裏庭の泉で溺れ死んだ。彼の死体を誰かが万年氷のある山の上の湖へ隠した。もしもこの大学内に殺人犯がいるのだとしたら。


――ぶるっ……。


 なんど考えてもゾッとする話だ。早く犯人が見つかってくれるといいのだが。





 事件に関する進展がないまま夏休みを迎えた。

 わたしは帝都にあるアレックスの実家へ招待されていた。帝都へはこどもの頃、孤児院の社会科見学で行ったきりだ。わたしは楽しみにワクワクしていた。


 アレックスの実家へ連れていかれるということは、わたしたちが婚約するということだ。その覚悟はできていた。大学の勉強も下宿の仕事も順調だ。アレックスもとても誠実でいてくれる。このままいけば、わたしは来年アレックスより先に大学を卒業できる。そのまま結婚生活に入ってもいいし、就職して2年間、彼を支え続けてもいい。


 この頃のわたしは、明るい未来を見据えてバラ色の日々を送っていた。このときがわたしの人生における最高の時代だったのかもしれない。人間は夢を見ているときがいちばん幸せだ。今になって、つくづくそう思う。





「えっ……? 一緒に……行かれない?」

「シェリー、本当にすまない……君にはなんと言っていいのか……」

「アレックス、仕方がないわ……」


 孤児院にいる頃から、あきらめるということには慣れているはずだった。なのに、腕が、足が震える。


 帝都への出発直前になり、皇帝から国中の優秀な魔法使いに召集がかかった。特別な魔法訓練を実施するそうだ。もちろん、アレックスにもお呼びが掛った。でも、それとわたしがアレックスの実家に行くことは、ぜんぜん別の問題だと思っていた。


「選ばれた魔法使いは訓練の間、友人は元より、家族や恋人との接触も禁じられる。父上と母上は急きょ、地方にいる知り合いの元に身を寄せた」

「だったら……とても残念だけれど、我慢するしかないわね。アレックスのご両親にお会いしたかったわ……。いままで、さんざん断っておいて、いまさらだけど……」

「シェリー……そんなことないよ。その気持ち、母上たちにも伝わっているよ……。ぼくも君を、早く両親に紹介したい。シェリー……イヤな予感がする。帝都に行きたくないよ。でも、皇帝の命令は絶対だ。断れば魔法の力で、地の果てまで追い詰められるだろう……。シェリー、君と駆け落ちしたい!」

「そんなことダメよ、アレックス! 夏が終われば、新学期になれば……帰ってこられるんでしょう?」

「そのはずだが……シェリー……ノースウィッチたちが去年から我々の国に潜入して悪さをはじめている。その対抗策として、ぼくらが選ばれた。シェリー……君を裏切るような結果に、ならなければいいのだが……」

「やめてよ、アレックス! あなたは国のために、わたしたちを守るために帝都へ行くのよ。あなたの才能はそうやって、もっともっと生かされるべきだわ」

「でも……君と離れるのは辛い……。1分1秒でもそばにいたいよ、シェリー……」

「アレックス……」

 

 ブルーの瞳が揺れている。アレックスはいつになく、弱気だった。それでなくても、魔法協会の調査官が水死体で見つかって以降、アレックスが暗い表情をすることが多くなった。何かを深く考え込んでいる様子だ。まったく、彼らしくなかった。





 アレックスが帝都へ出発する日がやってきた。わたしは町はずれの馬車乗り場まで彼を見送りにいった。


「アレックス……元気で身体に気をつけて。無理しちゃだめよ」

「シェリー……まいにち手紙を書くよ! 仕事の手伝いができなくて、本当にすまない……。やっぱり、行きたくないよ! いますぐ2人で、馬車に乗って帝都と反対方向へ逃げよう!」

「アレックス……! そんなこと無理だって……あなたがいちばんよくわかってるじゃないの」

「シェリー……ごめんよ。シェリー、アイラブユー……アブラカダブラ……」

「アレックス……」


 わたしたちは情熱的なキスを交わし、別れを惜しんだ。

 アレックスは間際まで帝都行きをひどく嫌がっていた。本気でわたしと駆け落ちしようとしていた。大きなブルーの瞳に涙を浮かべながら。

 

 もしもこのときわたしがアレックスと逃げていたら、いまごろどうしていたことか。わたしの両親のように、こどもを捨てるようなひどい事態がわたしたちを待っていたのだろうか。

 どのような結果になろうと、あのとき2人で逃避行すればよかった。そんなバチ当たりな想いが、現在のわたしの複雑な胸中にときどき去来する。


 それぐらい、その後のわたしの人生が、大きく変わってしまったのだ。





――ガラガラガラガラーッ……!

 

「シェリー! 愛してるよー! すぐにもどってくるからねー!」

「待ってるわ、アレックスー! わたしも……愛してるわ……! あなただけよ……心から……」


 アレックスを乗せた馬車が町から遠ざかっていく。わたしのつぶやきが、風に流され遥か彼方へ消えていった。

 トワの別れではないとわかっているのに、あとからあとから涙が溢れてとまらなかった。馬車が見えなくなっても、わたしはいつまでも手を振り続けた。





 今思えば、その頃のわたしは本来のわたしらしくなかった。恋に溺れ、アレックスに心酔していた。

 目の前にいないアレックスのことばかりを考え、一生けんめい仕事に勉強に専念していた。離れているほうがむしろアレックスを身近に感じ、思いやっていた。ただひたすらに、彼の無事だけを願っていた。


 下宿人たちとも仲良くしていたが、寂しくなるとよくレイラのいる実験室へお菓子を持って遊びにでかけた。レイラは例の魔法協会の調査官の水死体を発見した彼女の取り巻きであるギャツビーと付き合いはじめていた。彼は黒髪黒眼のガッチリした粗野な感じの若者で、横柄な態度がどうしても好きになれなかった。レイラはなんだって、こんな男と付き合っているのか。最初にアレックスをかっこいいと言っていたぐらいだから、面食いだったのではないのか。同じ黒髪黒眼なら、ルイのほうがよっぽど素敵な男性なのに。


 そんなことを考えながらレイラの実験を甲斐甲斐しく手伝うギャツビーの様子を眺めていたら、実験室の狭いドアから背中を丸めてルイが入ってきた。レイラがギャツビーと付き合いはじめてからルイは傷心だ。

でも、ことあるごとにこうやってレイラたちの様子を確かめにやってくる。まだ、未練タラタラなのだろう。気持ちはわかる。わたしもアレックスにこんな態度に出られたら、ルイのような行動をするにちがいない。


「レイラが並みいる男を押しのけて……ギャツビーを選ぶとは……」

「ルイ! あなたのほうが断然ステキよ」

「ありがとう、シェリー……でも、レイラが選んだのは彼だ。ぼくもレイラをキッパリあきらめて、彼女を見つけるつもりだ。君たちはいいよな……アレックスがもどってきたら、正式に婚約するんだろ?」

「……口約束だけよ」

「アレックスは元気かい? 毎日、手紙がくるんだろ?」

「元気そうだけど……手紙に検閲が入ってるみたい。詳しいことは一切、書かれていないの。それに……最近は、手紙も禁じられているみたいで……徐々にくる回数が減ってきたわ。わたしの手紙も、アレックスに届いているのかどうだか……。返事がとんちんかんな内容で……」

「そうか……帝都で行われている魔法訓練は、そうとう厳しいようだぞ。今は場所を移して、街はずれの離宮で特訓しているそうだ。もうすぐ新学期だ。その頃には戻ってくるだろうよ」

「そうよね……」

「あれっ? レイラのつけてる、あの真珠の髪飾りは……!」

「髪飾り……? そういえば……あれは去年のクリスマスパーティで彼女が身につけていたモノよね? 久し振りに見たわ。お姫さまの冠みたいでとっても素敵ね」

「あれは……ぼくがレイラにクリスマスにプレゼントしたものなんだよ。その日の内にレイラが無くしてしまったんだ……。よかった。見つかったんだな。身につけてくれているだけで、ぼくは幸せだよ……」

「ルイ……」


 ルイがとてもかわいそうだった。なんだってレイラは、あんなギャツビーなんかと付き合っているんだろう。レイラはいままで、どんなに求愛されても誰にもなびかなかった。てっきり、故郷に好きな人でもいるのだろうと思っていた。


「レイラはどこで髪飾りを無くしたの? あなたと踊ってるときは身につけていたじゃない。帰りの道で? ルイ、あなたレイラを送っていかなかったの?」

「クリスマスパーティの帰りはレイラと一緒じゃないよ。ぼくはラストナンバーまで踊っていたけど、レイラはいつの間にか帰ってしまったんだ。おそらく、ギャツビーたち取り巻きが送っていったんだろうけどね。送るといっても、ぼくもレイラも大学の敷地内にある寮に住んでいるんだけどね。髪飾りを見つけ出したのもギャツビーかもな……奴は水死体まで見つけたヒーローだ」

「そういえばそうだったわね……。彼は魔法学部の生徒なの?」

「いや、ちがうよ。ギャツビーはただ単に、幸運の持ち主だってことだろう。見事レイラの恋人役を引き当てたんだからな! ほんと、くやしいよ……」


 ルイはしばらくレイラとギャツビーを眺めていたが、そのうち静かにいなくなった。





――コツッ……!


「シェリーメイ」

「マッキントッシュ教授……」

「アレックスはいつ帰るって?」

「予定では、新学期がはじまる頃までには……」

「帝都で新たな魔法大学が作られるそうだ。バーナビー教授はそちらに移動する」

「バーナビー教授が? バーナビー教授も訓練に参加しているんですか?」

「指導者としてな。訓練生はすべて年の若い者ばかりで、相当な魔法の使い手たちだ。そのなかでもアレックスは抜きん出ているそうだ」

「そうですか……アレックスはやはり、魔法の天才児なんですね」

「それと……魔法協会の調査官が殺された件だが……」

「それが……なにか?」

「君のメガネは問題なかったが、一緒に見つかったヤドリギは魔法で作られたものだったらしい。痕跡があまりにとぼしくて、追跡捜査ができなかったそうだ。恐らく、作ってすぐ捨てたものだろうと……」

「そっ……そうですか……」


 どうしよう。いまさら、クリスマスキスのためにアレックスが作りだした物だったと、白状できない状況だ。


「調査官が殺され移動させられた経緯も、魔法が使われたことが確かとなった。だが、誰が発動した魔法かがまったくわからないらしい。あのときと一緒だ。集会室の事件と。どちらも水の魔法が使われている」

「そんな……」


 それが本当なら、犯人は大学内にいる。あの集会室に居たのは、この大学の学生と教授だけだったのだから。





 夏が終わり新学期がはじまってもアレックスは戻らなかった。彼からの手紙もまったくこなくなった。

わたしは不安を胸に抱えたまま、新しい学年を過ごしていた。


「アレックスったら……どうしちゃったのよ! こんなにかわいいシェリーを置き去りして! このまま逃げたりしたら……承知しないわよ!」

「レイラ……各地でおかしな事件が続発しているわ。アレックスたち魔法使いは、捜査に協力させられているんじゃないかしら」

「でも……休学するにしても、わたしたち2年生に進学したのよ。手続きに帰ってこないのはおかしいわ」

「それもそうよね……どうしちゃったのかしら……」

「電報、打ってみる? 恋人に邪けんにされて、シェリーが重病だって!」

「やめてよ、レイラ……。アレックスにはアレックスの事情があるんだわ。わたしは彼を信じてる」

「シェリーらしくない発言ね。信じたい気持はわかるけど……ねえ、シェリー……魔法使いは気まぐれよ。人間より寿命が長いから飽きっぽいのよ。あんまり……のめり込まないほうがいいと思うわ。酷なようだけど……捨てられたあと、傷つくのはあなたの方なのよ」

「レイラ……」


 レイラの目は真剣だ。それもそのはず、大学内に新たな噂が流れはじめていた。シェリーメイはアレックスに捨てられたと。

 大いなる不安と動揺の中、わたしは変わらず日常生活を続けていた。それがわたしの唯一の精神安定剤だったからだ。





「えっ……? マッキントッシュ教授、いまなんと……?」

「シェリー……アレックスは帝都の魔法大学へ転校した。街はずれにある皇帝所有の離宮がそのまま大学になったんだ。彼らは半ば監禁状態のまま新たな学生生活をはじめている。さっき、一時帰宅したバーナビー教授に教えてもらった。教授は帝都にとんぼ返りした。そのまま新しい大学で教鞭をとるそうだ。バーナビー教授にアレックスと連絡が取れないか聞いてみた。努力してみるとは言っていたが……。彼らは国から厳しい監視の下に置かれ、日常生活のすべてを管理されているそうだ」

「そんな……」

「シェリー……気の毒だが、アレックスのことはあきらめたほうがいい。国中の優秀な魔法使いはすべて帝都の大学に集められた。彼らは今後、国に一生を捧げることになるだろう。魔法使いだけの新たな共同体が出来上がったんだ。アレックスは、我々一般人には手の届かない存在になってしまったんだよ……」

「……マッキントッシュ教授……でも……!」

「シェリーの人生だ。自身でよく考えてみるといい。でも、過度の期待はしないことだ。人生に無駄なんてひとつもない。良い体験として自分の糧として生きることだ。失恋は誰しもが経験することだ。特に初恋はな……」

「…………」


 地獄の底に突き落とされたような気がした。神はあまりにも残酷だ。

 それまでの日々が幸せだった分、その後の毎日が非常に耐え難く感じられた。まわりの景色がすべ灰色に見えてきた。わたしはまた丸メガネをかけ、周囲の風景をすべてシャットアウトした。


 人生がただ漫然と過ぎていく。毎日ルーチンワークをこなしているだけなのに、1日の終わりはひどく疲れていた。夜になるとアレックスの手紙を読み返し、涙にくれた。

 昼間はアレックスのことをなるべく考えないように努め、ガムシャラに動いた。だが、何をしていても、彼のことばかり思い出してしまった。あの明るいブルーの瞳、輝く金髪、スラリとした長い手足。そして、情熱的な口づけ。アレックスは、そのどれをとっても2人といない素晴らしい人間だった。


 彼に会いたい。せめてもう1度だけでも会って、はっきりとお別れを言いたい。





 ある夜、屋根裏部屋で勉強していると。


――ガタンッ!


「きゃあっ!」


 屋根の上に人影が見える。わたしは手元のこうもり傘を持って身構えた。


「誰なの! 出てらっしゃい!」


――カタンッ!


「キャアアーッ!」


――バサッ! バサッ!


 必死で傘を広げて抵抗する。


「シーッ! ぼくだよ、シェリーメイ……」

「えっ……?」


――トンッ!


 屋根からわたしの目の前に下り立った人物――それはアレックスだった。

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