01. ガラスの破片
8月、暑い季節。学校に行く必要のない夏休み。セミがミンミンと鳴いてうるさい時期でもある。自然という証……この町の住人は慣れているだろう。もちろん都会ではなく田舎。けれど、ど田舎というほどでもない。ちゃんとした学校もあり、空気も良く、ちょうどいい環境だ。
太陽の日差しが強く照りつける。
そんな中、莉桜は友人である姫咲若葉と森の中に来ていた。道路の脇に木々が並んでいて、この中に入ったのは初めてではなかった。
来た理由は、学校の宿題である自由研究のため。自然を感じ、それをまとめる。簡単に言えば自然観察。
莉桜は自由研究が苦手で、一人では完成できない。だから若葉に頼み、二人組でやらしてもらう事にしたのだ。
小さい頃によくここに来ていたなあ、と記憶が蘇りつつ、懐かしく思いながら先にどんどんと進んで行った。若葉はというと、キョロキョロと辺りを見回しながら莉桜について行くため、その間には大きな距離ができていた。今にもはぐれそうだ。
視界に珍しい物が映り、足を止める。おじいのいる神社にもあったな……と、小さい頃に世話になった人の事を思い出し、当分会いに行っていないからどうしているんだろうと、頭の片隅で思う。
今は目の前に井戸の事が気になり、それに引き寄せられるように向かう。中を覗くと、奥底で何かがキラッと光ったのが見えた。
なんだろうと首を傾げる。
奥が深いんだろうか、暗くてよく見えず、身を乗り出すようにして目を凝らした。するとその時、急に何かが飛んできた。避ける暇なく、目にズキッとした痛みが……。
自然と手で隠すように覆い、今のは何だったのか、本当に目に入ってしまったのかと考える。
すごい勢いで飛んできたから断言はできないけどガラスの破片のような物だった気がする、とどこかで思い、井戸から後ずさるように離れると、若葉がやって来た。
「莉桜。どうした? 」
右目を押さえている事を不思議に思い、若葉は顔を傾け覗くようにして見る。
自分が少し離れている間に何があったのだろうと、不思議に思ったのだろう。
莉桜が片目を開け、答える。
「井戸から何かが飛んできて、目に入ったのかもしれない。すごくズキズキするの……」
なんで飛んできたかわからない。こんなこと言っても信じてもらえそうにないけど、これが事実。まだ痛む。
「井戸から? 」
「うん。なんか、ガラスの破片のような物だった気が……」
興味ないのか、説明しているうちに若葉は井戸に向かった。その井戸に近づかないほうがいいと思ったが、口にする事はできなかった。
片目に与える痛みがそうさせているとは知らずにただ、若葉の後ろ姿を見つめる。
「井戸から物が飛んでくるなんて、ありえないでしょ 」
抵抗もなく中を覗き、最もな事を言う若葉に納得のいかない莉桜は、ズキズキと痛む目を手のひらで抑えるかのように瞼に押し付けた。
ーー……
二つの影が素早い速さで次々と木へと飛び移り、走り続ける。一人の者は剣を、もう一人の者は拳に鋭い爪の武器を付け。
井戸に目的のある妖怪は、後ろをスッと確認する。
ーーこのままじゃ追いつかれる
邪魔な木々を使って追い払うのは無理だと悟った彼は、一旦この森から出て、油断させようという作戦へと切り替えた。
円を描いて木の生えていない所が見える。追いかけられている妖怪が目的にしていた場所だ。いつあいつに追いつかれるか、心配で歪んでいた顔がパッと輝いたのもつかの間、背後には漆黒の彼がいた。
振り向き、焦りを感じさせる暇もないまま相手目掛けて剣を振り払う。
寸前、反射的にガードをした妖怪は、空中から勢いよく斜め下に落ちていく。
-*-
「誰か中にいるってわけでもないし、やっぱり何かが飛んでくるなんて ありえないわよ 」
「でも… 」
確かにこの右目に感じる痛みは本物。
納得のいかないまま俯き、おもむろに顔を上げた時だったーー。
「きゃっ」
井戸を背にして、こちらに歩いてこようとした若葉の後ろに“何か”が飛んできたんじゃないかと思うぐらいの風が通ったんだ。
若葉の長い髪が風に揺れている。
「若葉」
今のはなに?
若葉にも分からない事だと思いつつも、訊いてしまう。
「ただの風よ、風。 だから…… 」
平然としているが、よく見てみると青い顔をしているように見える。
「莉桜、早く逃げましょ…! 」
「え、 ちょ、 若葉 」
莉桜の手首をガシッと掴むと、そのまま若葉は勢いよく走り出した。
ーー……
片手に剣を持つ漆黒の彼は、哀れむような目を小柄な男の子へと向ける。どちらとも声を発していないのに、会話をしているように見える。
長い沈黙の後、逃げ続けていた妖怪はギリッと歯軋りをたて、身軽な身体でその場から離れた。漆黒の彼は見逃したようだ。
けれどそれを助かったなんて、見逃された妖怪は思っていなかった。
ーーまた……まただ
欲しいと想い続けていた物を取れなかったような苦い顔をして、イラつきを自分の中にしまった。




