潰える野望
ネフェリエと娘ネルグリューンがともにイヴリス大陸のエルフの国、シレンを訪れた時、すでにイヴリスでのアンセルムスの動きは始まっていた。
まず、シレンはアンセルムスの勅命を受けた魔族軍によって攻撃を受けていた。多くのエルフが捕えられ、エルフ王ロクシュヴァーはすでに処刑された後であった。
ネフェリエとネルグリューンは、ともにイヴリスまでやってきていたユグルタ、イーリオンらの協力を得、シレン奪還のために戦っていた。
「クッ、敵襲か!?」
フォクサルシアの成人男性の部隊長は突然の襲撃に驚いた。敵はネフェリエら少数であったが、その実力は彼らの予想を超えるものであった。
ネルグリューンの使用する広域魔術は魔族反乱軍の機動力と武器を奪った。その間にネフェリエが敵を討つまでに時間はかからなかった。次々と敵を打ち負かし、フォクサルシアの敵部隊長の命を槍の一突きで奪うとネフェリエは同郷のエルフたちを自由にした。
エルフたちは百年以上も前に国を捨てたはずの王女の帰還に驚きながらも喜んだ。エルフ王ロクシュヴァ―が死に、彼に近しい血縁者もほとんどが殺されていたのだ。幸い、と言うのはおかしいが、その場にいなかったネフェリエ、ネルグリューンは殺されなかった。
王位に、と請う長老エルフをなだめてネフェリエは敵が何をしにシレンに来たかを尋ねた。
尋ねられたエルフの魔術師は、魔族反乱軍のリーダーと思しき少女が王より『魔神殺しの刃』についての情報を聞き出し、それに関連する書物を奪って言った、と言う。彼は『魔神殺しの刃』が何かはわからないという。おそらく、代々の王にのみ伝えられたことであろう。ネフェリエ達に知る由はなかった。
とにかく、アンセルムスがそれを求めている、と言うことが分かった。
「各地で魔族反乱がおきているな。これも、アンセルムスの策、と言うわけか」
ユグルタは集めた情報をネフェリエに伝える。
「とにかく、敵の探しているその『刃』は何か重要なものなのだろう。私たちエルフも協力しよう」
今や第一王位継承権の持ち主のネフェリエの言葉にほかのエルフが従わないわけがない。ユグルタはエルフ族の協力に感謝する、と言い、自身はハンノ=イヴリスへと急ぎ戻った。彼は情報を随時祖国に伝えていたから、このような事態への対策もある程度は行われている。その証拠に、魔族反乱軍はアンセルムスの想定以上に戦果を挙げられていなかった。事前にアンセルムスの仕掛けた罠が解除されていたことや、軍備をしっかりと整備していたことが大きく出たのだ。
アンセルムスへの協力をしていたパラメスへ圧力をかけたことで武器や資源の供給ルートも確保されている。十分な準備で戦闘に挑むハンノ=イヴリスをはじめとしたイヴリス国家群に対し、魔族反乱軍は押され気味であった。
当初の予定では完全な不意打ちであり、数的優位を覆せるはずであったのだ。だが、アンセルムスの計算外の出来事があまりにも多く起きていた。シレン襲撃とて、十分な準備ができず、余計な犠牲を出したのである。腹心の部下アセリアを失い、アンセルムスとしては大いに痛手であった。
また、魔族国滅亡による魔族の士気の上昇が行えなかったのも大きい。人間国家との協定を結んだ、という噂が聞こえてくると、むしろ士気は下がってしまった。ハンノ=イヴリス側も、魔族への今までの迫害への謝罪と協議の申し出がなされており、これが大きく魔族反乱軍を揺るがしていた。
反乱軍主力のオークの部族長、将軍ドラッヘ・ガルファルムがこれに対し考慮する旨を伝えたこともあり、内部はガタガタであった。
キアラは申し訳ない面持ちでアンセルムスへの報告を行う。
「申し訳ございません」
頭を下げたキアラに、「構わん」とアンセルムスは言う。だが、その顔には苛立ちが募っており、キアラは直視できなかった。
「最悪、魔神殺しの刃だけでも確保しろ。それさえあれば、修正は効く」
「・・・・・・はい、アンセルムス様」
それだけ言うと、アンセルムスは一方的に水晶による通信を切った。
キアラはしょんぼりと耳を垂らし、テントを出た。今もテントの外の野営地では魔族たちによる話し合いの声が聞こえる。このまま戦争をするかどうか。彼らも一族の未来を賭けている。犬死は避けたいのだ。
アンセルムスによる完璧な計画はもはや破綻していた。どこから壊れてしまったのか、とキアラは思う。
「皆がアンセルムス様を見捨てようとも、私だけはあの人を想い続ける」
それは死に際のアセリアに託されたからではない。彼女がそうしたいと願うからだ。
フォクサルシアの少女はほう、と息をつき、今後についての作戦を練るために再びテントの中に入っていった。
アンセルムスによる計画はもはや正常ではなかった。
ファムファート大陸での作戦は、彼がバーティマを追放されたせいでそのほとんどが潰えた。ラトナ騎士団とバーティマの警戒態勢に、バラル帝国軍の再編成によって隙はなくなっていた。これ以上、ファムファートに手を出すのは自滅行為であった。
アンセルムスはイヴリス、クライシュでの計画を進めながらもラカークンでの犯行を企てていた。
一部の魔族を焚きつけ、反乱を起こさせる。それと同様に、ラカークン諸国の不満を持つ民を焚きつけ、内部反乱に持ち込む。当初の期待した結果とは違うが、それでも幾分か修正ができる。そう言う望みがあったのだ。
アンセルムスは部下であるネクロフォンドの魔術師を派遣し、そのための工作を行わせた。
だが、それは魔族国側に察知された。魔族国と協定を結び、同盟国となっていたアクスウォードのナウプリアモス王子の軍が事前にその反乱の芽をつぶしてしまった。
ネクロフォンドの魔術師は闘争を余儀なくされてしまった。
中央大陸は魔神ハーイアの領域。魔神殺しの刃を手に入れるまでは手を出すのは控えたい。結果、アンセルムスの取れる手段は限られてきてしまった。
「・・・・・・」
爪を噛み、彼は考える。これからどうする、どうする。
手駒は少ない。四人の魔神、世界蛇。これでは、世界を壊せない、神を殺せない。
「クソッタレェ!!」
怒鳴り散らすアンセルムス。どうして、いつもうまくいかない。何もかもそうであった。
愛しい人も、才能も、何もかもこの両手から零れていく。彼に残されたものは、無残な夢の欠片のみ。そんなものに意味はない。結果が伴わないものなど、無意味だ。
つくづく世界は彼に優しくない。どれほど、この世界は彼を憎悪しているのだろうか。
「もう、何も考えずに破壊に身を任せてしまえ」
囁きかける道化の声。アンセルムスは背後の闇に浮かぶ首を見る。口をニヤリと歪ませた浅黒い肌の魔神はアンセルムスを見て囁く。
「壊せ、もう何も考えるな。殺して手に入れろ」
「・・・・・・」
「どうせ、世界は滅ぶ。なら、何をしたっていいだろう?迷うことがあるか?」
ハザの囁きは、甘い誘惑であった。考えるからこそ、苛立つ。間違える。
そうだ、最初から考えなければ、こんなことには。そう思ったアンセルムスはいやしかし、と首を振った。
「思考を放棄するなど、愚か者のすることだ。ハザ、黙ってそこで見ていろ」
アンセルムスの言葉におかしそうにハザは笑う。いつも以上に不快な笑い声に、アンセルムスの苛立ちは募る。
「はっはー、そうやって考えているがいいさ!弱虫め」
ギャハハハ、と不快な笑い声をあげる道化師の首が消えた。
アンセルムスは腕を組み、虚空を睨んだ。
ネクロフォンドの魔術師は追い詰められていた。
逃走の末に魔族国の内部に逃れた彼だが、アクスウォードからの情報が伝わっておりリクターら魚人族の戦士に追われていた。魔族国ならば、と思っていた彼は焦っていた。各国は急速にアンセルムスを共通の敵として団結していた。明確な敵の存在が、各国を結び付ける。これはアンセルムスが危惧していた、最悪の事態であった。
ぐぶぶ、と魔術師は呻くと懐から小瓶を取り出す。
このまま逃げることは不可能だろう。捕まり、尋問される。そこでアンセルムスについての情報を吐くくらいならば、いっそ戦って死ぬ。それが彼の忠誠であった。
ぐい、と小瓶の中身を飲み干した彼は追跡するリクターたちを振り返り、その場に佇んだ。
身体が膨れ上がり、巨大なクモの魔物へと変貌する。
『ぐぶぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁ・・・・・・』
おぞましき蜘蛛の化け物と化した敵を見て、リクターは呟く。
「何故そうまで奴に尽くす・・・・・・」
リクターの問いに、わずかに残った魔術師の意識が答えた。
『彼ハ、恩人ダ。私を、救ッテクレタ。それに、報イルために・・・・・・』
そう言った大蜘蛛は、魚人族の戦士たちを出迎えた。その強烈な毒を吐き出し、糸で拘束し、屈強な戦士を何人も葬り去っていく。
リクターは父の形見である槍を構えて森の中を跳躍して攻撃をかわす。隙を見つけては彼は攻撃を繰り出す。彼のスキルによって、大蜘蛛の負った傷は再生できないものとなった。
叫ぶ大蜘蛛に、魚人たちは絶え間なく攻撃をする。泣き叫びながら、しかし退くことはない大蜘蛛。止めを狙うリクターに懸命に抵抗する大蜘蛛であったが、ついにその槍が大蜘蛛の心の臓を貫いた。
涙を流し、恩人の名を呟きながら、大蜘蛛は逝った。
「それだけの力があれば、もっと・・・・・・」
リクターはそう言い、哀れな魔族の死体を見た。彼は生き残った戦士たちに大蜘蛛を丁重に葬るように言った。
アンセルムスの仲間ではあったが、彼もまた犠牲者なのだ。
ネクロフォンドの魔術師の死により、ラカークンでの最後の反抗計画も潰えた。口惜しさにアンセルムスが頭を抱えたのは言うまでもないことであろう。
闇の仲。ハザは一人、ブツブツと喋っている。
「なあおい、神さんよぉ。これでダイジョウブなのかい?」
『問題はない。バグを取り除き、世界を終わらせれば、また次からは正常に戻る』
応える声に対し、「ソレさ」とハザは言う。
「そのバグってなんなんだい?神さん」
『ミアベル=ツィリア。それに、『観察者』の一人が職務を放棄し、介入を始めたようだ』
「誰だ、そのウォッチャーは?」
ハザの問いに『神』は答えた。
『魔神ジャヒーリア』
「・・・・・・」
ハザは沈黙する。そして、にやりと笑った。
「なら、俺様が消してやるよ、いいだろう、神さんよォ」
『赦す。確実に仕留めろ』
「了解、っと」
魔神ジャヒーリアとして知られる観察者。観察者と言うことで今まで手が出せなかったが、あちらが干渉を始めたというのならば別だ。唇をぺろりと舐めたハザは、女魔神を凌辱することを想像し、興奮した。ハザは下劣な笑い声を上げながら、闇の中に溶け込んで消えた。声もまたハザが消えるとその場から消えた。
闇の蠢きは、止まらない。




