異邦者たち
紅の髪の魔神は花々の咲き誇る庭園で優雅に茶を飲んでいた。バラの花が咲き誇り、風に緑色の葉が舞い上がる。天に輝く太陽光が暖かく、穏やかな春を思わせる。
目を閉じ、茶を啜っていた魔神ジャヒーリアはうっすらと目を開き、茶をテーブルに置いた。そして、顔を上げた。
「早かったわね。魔神ハザ・・・・・・いいえ、波佐士郎」
ジャヒーリアはそう言い、立ち上がる。深紅のドレスについた花弁を払い落とし、優雅に彼女は笑う。
余裕を思わせる美女を見て、ハザはその下劣な笑みを深めた。にやりと笑う口元から、尖った牙が見える。
「ジャヒーリア、お前を殺しに来たぜェ」
わきわきと指を動かしながらハザは言う。今までもこのジャヒーリアと言う魔神を目障りに感じていたのだが、『観察者』であるために手が出せなかった。だが、相手が先に干渉をしてきたのならば、話は別だ。
「世界の理を捻じ曲げてまで、何をする?」
ハザに問いかけられてジャヒーリアは愚問ね、と笑う。
「狂った歯車を止める。それだけよ」
「はっ、そんなことはできない!『神』の支配は絶対だ、お前は『神』にも『彼ら』にも反旗を翻すのか?かなうはずもないのに!」
「それだから、あなたは何時まで経っても道化以外にはなれないのよ」
ジャヒーリアはそう言い、ハザを見る。
「力をただ振り回し、信念すら持たない。ただ操られるだけ。それで生きていると言えるの?」
「おしゃべりな女はキライだ!」
ハザが手を振る。ジャヒーリアの頬に土が当たる。彼女のすぐわきの地面が抉れている。ハザの脅しに過ぎないと知ってか、彼女は動じていない。
「俺は操り人形じゃない、俺をそんな目で見るなァ!!」
憐憫の目で見つめてくるジャヒーリアにハザは叫んだ。まるで何もかもを見通すようなその瞳。瞳の中で燃える炎。それがハザを無性に不安にさせる。
ジャヒーリアはドレスの裾から何かを取り出した。それはナイフである。柄は真紅の色であった。一本取りだしたかと思うとそれは分裂し、両の手の指の間に挟んで持つ。計八本の刃を手に持ちながらジャヒーリアはハザを見る。
「さあ、来なさい。子どものお遊びは終わりよ」
「舐めるなよ、阿婆擦れがァ―――――!!!」
赤と黒の魔神が激突した。
薔薇の花が無残に散っていく。緑色の庭を、黒い炎が燃やし尽くす。その中で二人の魔神は戦いあう。
ジャヒーリアはナイフを振りかざす。ナイフを投げつけることでハザの動きを制御しようとする。ハザも何度かジャヒーリアのフェイントを喰らい、手傷を負っていたが、傷はすぐに再生した。
「おいおい、こんなものかよ、ええ?観察者さんよぉぉぉぉぉ」
「・・・・・・弱い犬ほど、よく吠える」
「んだとぉ!?」
激昂したハザがその口から火炎を吐き出す。ジャヒーリアはナイフで炎を切り裂き、ハザの右目を抉った。絶叫を上げるハザの右腕を切断する。ハザの左手がジャヒーリアの胸ぐらをつかんでくる。ジャヒーリアは親指を除いた指を切り落とす。そしてハザを蹴り上げ距離を取ると、乱れた胸元を直す。
「レディに乱暴にするなと教わらなかった?」
「生憎と、そんなこと教わらなかったねェ」
ハザはギリギリと歯ぎしりをしながら言う。傷は再生できるが、痛みは消えない。黒い眼球を血走らせ、ハザはジャヒーリアを見る。ジャヒーリアはまったく本気ではなかった。ナイフと体術しか使っていない。それだけでハザを圧倒していた。
「だぁぁああああああああああああ!!」
突撃してきたハザを軽やかなステップでかわし、脚にはいたヒールの踵をその背中に叩き込む。踵が突き刺さり、ハザの肉を抉る。
ハザはより冷静さを失い、ジャヒーリアを追う。ジャヒーリアはナイフを飛ばす。
そうやって戦いを繰り広げているうちに、ジャヒーリアの手からはナイフが失われていった。すべて、投擲してしまったのだ。丸腰になったジャヒーリアを見てハザはにたりと笑う。
「これで、丸腰だな」
「そうかしら?」
ジャヒーリアの前に立ち不敵に笑うハザは、その時魔神の指に光る何かを見つけた。
「なんだ、極小の、糸・・・・・・?」
それを認識し、糸の先を辿ったハザは、それがナイフに繋がっていると知る。そして。
「マズいっ!!」
「遅い」
ハザがその場から逃れるよりも前に、ジャヒーリアが指を引いた。各所に散らばっていたナイフがハザに向かっていく。ナイフの刃がハザの身体を刻み、極小の糸がその肉に食い込む。ずたずたに引き裂かれる自身の身体をハザは視る。再生しようにも、身体の奥まで入り込んだ糸とナイフが常に身体を切りつけるため、再生もできない。拘束されたハザが、地面に膝をつく。ギリギリとハザはジャヒーリアを睨む。
「クソッタレ、殺してやる、殺してやるぞぉォォォ」
「それはできないわ」
ジャヒーリアはそう言うと、スカートの中から取り出した九本目のナイフをハザの首に充てる。
「あなたはここで死ぬのだから。今まで多くの人間を殺してきちゃのだから、もう満足でしょう?」
答えを聞く前にジャヒーリアはナイフを一閃させた。ハザの首がずれ、血しぶきが上がる。顔を鮮血で染めたジャヒーリアは落ちたハザの首を興味を失った様子で見た。
ジャヒーリアはドレスの汚れを払うと、指を引いてナイフを手のうちに戻す。地の汚れを払った彼女はナイフを裾にしまう。そして、ハザだったものに背を向けた。
そんな彼女の耳元で、声がした。
「なんだよぉ、もう帰るのかよ、寂しいねェ」
「―――――ッ!?」
ジャヒーリアは聞こえるはずのない声を聞き、身を翻そうとした。その時、腹部に強烈な痛みが走る。彼女は自身の腹部を見ると、そこから鋭い爪を備えた腕が生えていた。浅黒い肌のそれは、魔神ハザのものであった。
「なぜ、生きている・・・・・・?」
ゴポリ、と血を吐き出した美女の問いに、ハザは笑う。
「けけけけけけ、流石のアンタもこれは知らなかったか。俺の身体にはスペアがあるんだよ、俺の身体が死ぬごとに魂がそれに乗り移るのさぁ。あんたに一度は殺されると思ってスペアと一緒に来ていたんだが、正解だったなあ」
ギャハハハ、と笑うハザ。
「おかげでアンタの不意を打てた!いやあ、油断も隙もないアンタにこうやって一撃を与えられて満足だよぉ、俺サマ」
アハハハハハッ!!耳元で騒ぐハザに眉をしかめるジャヒーリアは、ハザのその腕を両手で押さえた。
「まさか、ね。私が、油断をしたとは・・・・・・」
血を口から吐き出しながら彼女は無念そうに言う。ハザはニタニタと笑い、美女の美しい肢体に触ろうとした。その時、美女の肉体が淡く、真紅の輝きに包まれているのを見た。
「ハザ。私を舐めるなよ・・・・・・」
低い声を出したジャヒーリアは腹部に突き刺さったままのハザの腕をねじ切った。ハザは強烈な痛みに叫ぶ。ねじ切った腕を放り投げ、ジャヒーリアはハザの正面に迫る。深紅の髪が揺らぐ。
「なんだ、この力はァ!?」
弱っているはずのジャヒーリアの力は、より強くなっている。ジャヒーリアはナイフを取り出すと、それを振るい、ハザの腕を切り落とす。再生するたびに落とす彼女の目は、修羅のごとく燃えている。
彼女の身体に宿る力は、今までハザに殺された者たちの怨念。これこそが『絶界』のジャヒーリアの力である。冥府に落ちた魂の力を引き出す。その力故に、彼女はもう一つ、名前を持っている。
復讐の女神。それこそが彼女の本質を示している。
「ハザ、お前の身体はほぼ無限に存在するだろう・・・・・・だが、魂は一つだけ、そうだな」
「ッ!?」
ゾクリと駆け巡る悪寒に、ハザは怯えた。
「だ、だとしたらどうするっていうんだ!?」
「知れたこと」
魂を斬る。
そう言ったジャヒーリアに、そんなことはできない、できるはずはないとハザは喚いた。だが、この女ならばやってのける、という奇妙な確信があった。
ハザは背を向けて逃げ出した。みっともない声を上げて。
そんなハザの後ろでナイフを構えたジャヒーリアが地面を蹴り、ハザの背中にナイフを振る。ナイフから放たれた、強い殺気がハザの身体を切り裂く。ハザは悲鳴を上げて倒れる。引き裂かれた下半身を掴み、再生するハザは、再生がうまくいかないことを知った。再生速度が遅い。
それもそのはずであろう。ハザをハザたらしめる魂。それをジャヒーリアは傷つけたのだから。
殺すことこそできなかったが、魂の一部を彼女は切り落としたのだ。魂までは、再生できない。
「くそぉ、クソッタレェぇ!」
「ハザ、止めを刺してやる」
ジャヒーリアが迫る。だが、その時空が光り、一本の雷が落ちる。それはジャヒーリアを襲った。
ギリ、と歯ぎしりし、ジャヒーリアは空を見る。
「G.O.D、か・・・・・・ッ!」
忌々しそうに彼女は呟いた。雷が消える。だが、第二射が放たれる。それはジャヒーリアの身体を焼く。
叫びを上げるジャヒーリア。ハザはこれ幸いと傷ついた体を起こすと、逃げ帰っていく。
ジャヒーリアはナイフを一本投擲した。それはハザの右肩に命中した。あぎゃ、と叫びをあげ、ハザは闇に消えた。
ジャヒーリアは天にいるそれに向かって叫んだ。
「『神』を名乗りし者よ、姿を見せてはどう?堂々と私の前に現れて見なさい」
『観察者風情が私に口をきくか、愚か者め』
『神』が答える。ジャヒーリアはフン、と鼻で笑う。
「神を気取る存在が何を言うか!貴様とて、作られた存在・・・・・・『監督者』によってな!それが神様ごっことは、笑止!!」
ジャヒーリアはナイフを構え、天に声を上げた。
「世界を侵犯し、運命を歪める権利は貴様にはない。私たちは、ここにいるべき存在ではないのだ。この世界のことは、この世界に棲む命が決めるべきことだ!」
『そんなことは許さない。私こそ、この世界なのだ!』
「傲慢な!」
『我に刃向うものがどうなるか、教えてやるぞ・・・・・・いや、異邦人ヴェルベット・ローズよ』
昼間だというのに、天に星が輝き、それが迫ってくる。ジャヒーリアはそれを見て、驚いた。
「凶星・・・・・・・!!」
それは、彼女と同じゾドークの魔神、ハウシュマリアの能力であった。
『神』は笑う。
『何がおかしいか?この世界の森羅万象にスキルを授ける我が、自分自身でそれを使えぬとでも思ったか?』
ジャヒーリアに星々が襲い掛かる。ナイフで切り裂くこともできない。彼女の身体を重力が襲う。彼女の周囲の時が止まり、彼女への攻撃だけが動く。
『言ったであろう、この世界そのものが私なのだと』
爆発し、ジャヒーリアの身体が吹き飛ぶ。血まみれになりながらも、彼女は強い光を失わず天を睨む。
死に瀕してなお強い意志を見せる彼女に、『神』は驚愕した。だが、次の一撃で終わりだ。
特大の凶星が落ちる。彼女に死をもたらすために。
ジャヒーリアの身体は動かない。動かせない。ジャヒーリアは静かに唯一動く目を閉じ、襲いくる激痛に備えた。
どぉん、と思い音が響き、続いて爆発が起こった。
凶星が落ちた場所に、命ある者はいなかった。燃える大地だけがそこにある。
ジャヒーリアの死を確信した『神』は、高笑いをした。世界である自分に逆らったことで消滅したジャヒーリアは、救いがたい馬鹿であった、と。黙って観察のみしていれば、死なずに済んだものを。
ハザは怯えていた。ジャヒーリアによって魂が傷つけられ、ハザはもう肉体を乗り移ることが出来なくなったのだ。
ジャヒーリアの去り際の一撃。その傷が、まだ治らない。徐々に塞がっているが、身体の再生能力は落ちていた。
ハザは、初めて感じる死の恐怖に怯えきっていた。
「厭だ、死にたくない、死にたくないぃぃぃぃぃぃ!!!」
哀れに叫ぶ魔神は、見っともなく泣き喚いた。
抉れた腹を、左手で抑えながらボロボロのドレスを引きずる。右腕は完全に消滅しており、再生は不可能であった。
まだ、死ぬわけにはいかない。魔神ジャヒーリアはどうにかあの攻撃から逃れた。そのせいで体には無理が積もり、今にも意識は飛びそうである。
だが、まだ死ぬわけにはいかない。消えるわけにはいかない。まだ、やるべきことが残っているのだ。
真紅の髪の魔神は、よろよろと歩いていたが、そのうちに力尽きて倒れた。
「まだ、終わるわけには・・・・・・」
胸の奥で叫ぶ、助けを求める声。それが彼女を突き動かす。
ふと、影が差す。彼女が顔を上げると、そこには古いなじみの顔があった。
「ジャヒーリア」
呟いた彼女に、ジャヒーリアは力弱く微笑んだ。
「レヴィア・・・・・・」
そう呟き、彼女は意識を失った。




