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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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永久の誓い

外界のざわめきなど知らぬかのように、精霊湖はただ淡い光と幻想的な雰囲気を見せてくれる。舟をこぎながら、セウスは精霊湖の水面を見る。前に来た時同様、透き通った水は変わらない。

セウスは魔族国を発ち、ハズメットより譲り受けたセアリエルを持ち、この場所に戻ってきた。かつて、彼の息子エオスが使用し、長らく見つからなかったセアリエルが何の因果か、再びこの手に戻ってきたのだ。

セウスはセラーナとともにこの湖に戻った。真実を知るため、そしてバルドバラスを打ち破るために。

魔剣グラシャラボラスを打ち破る剣、それは剣聖剣を除けば数に限りがある。そのうちの一つは、伝説のセアリエル。二本に分かたれたセアリエルが一つになった時、それはグラシャラボラスを凌駕する県となるであろう、とセウスは感じていた。


「セウス」


砂色の髪の青年にセラーナが声をかける。セウスはああ、と頷いた。深い霧が立ち込め、周囲の雰囲気が変わる。二人は顔を上げる。彼らの前に、あの水鏡の神殿が見えてきた。


「行こう」


二人は船を進め、水鏡の神殿の前までたどり着くと中に入っていった。


そのまま二人は最下層の水の乙女のいる神域へと至った。

二人の前で、水の乙女は微笑んで立っていた。


『セウス、セラーナ。戻ってきたのですね』


「ああ」


頷き、セウスは鞘よりセアリエルを抜く。輝く剣を乙女に差し出すと、乙女はそれを丁寧に受け取る。そして、彼女は後ろの祭壇に置かれた折れたセアリエルの側にそれを置いた。


『セアリエル。ドワーフが鍛えた聖剣の一つ。かつて、知識の女神クドラに仕えた騎士に贈られた剣』


水の乙女はそう呟き、セウスとセラーナを見る。


『セウス、あなたがセアリエルを持てるのは、あなたがその騎士の血に連なるものであり、彼の転生体であるからです』


それが今、どう関係するのか。そう問おうとしたセウスに、水の乙女は潤った唇に人差し指を当て、シィー、と仕草した。重大な話だと悟り、セウスとセラーナは黙って聞く。


『さあ、セラーナ。次はあなたの話をしましょう。あなたが何者なのか。それをあなた自身はなんとなくではありますが、感じているのではないですか?』


「・・・・・・」


セラーナは魔神セリーヌとの戦いで目覚めた力について憶測を重ねていた。だが、それはありえない、と否定していた。馬鹿げたことだ、と。


『あなたはバルドバラスとセリーヌの家系に連なる者、そして『知識』を司る一族のもの。そして、その身に知識の神、クドラの魂を宿したもの』


水の乙女の言葉は信じられないことであった。

水の乙女は言う。セウスとセリーヌの息子娘がそのまま生まれ育っていれば、恐らく世界は今頃破滅には至らなかった、と。トローア王国の滅亡は、とある邪悪な意思による陰謀であった、と。


「とある意思、とは?」


セウスの問いに、水の乙女は冷たい瞳で言う。


『父なる神』


「父なる、神・・・・・・」


エデナ=アルバを作り上げた十二の神の父。名前を持たない、絶対の神。それがなぜ、邪悪な意思を持つのか。

セウスとセリーヌの子が、破滅を防ぐとはどういうことなのか。問いただしたいことはたくさんあった。

だが、セウスとセラーナが口を開く前に、水の乙女は首を振る。


『私は、道を記すだけ。真実には、あなたたち自身が気づかなければ、意味がありません。アンセルムスは倒すべき敵ではない。それだけは、見誤らないでください』


水の乙女はそう言い、祭壇に近づく。彼女は二振りのセアリエルを握ると、何事かを言う。水の乙女の手が光り、そして周囲を覆う。

光が明けた時、彼女の手には一本の神々しい輝きを放つ剣が握られていた。


「それが、真のセアリエル・・・・・・なのか」


セウスの問いに乙女は頷く。


『セアリエル、その意味は真実を映す水鏡。セウス、セラーナ、真実を見つけ、世界を今度こそ救ってください』


「今度こそ?」


その言葉に疑問を抱くセラーナの前で、水の乙女の姿が歪む。どうした、と彼女を見る二人に乙女は笑う。


『フフ、私の存在ももうすぐ消えます。ですが、よかった、間に合って。さあ、セウス、セラーナ。生きなさい。ここももうじき消えます』


その言葉に、二人は名残惜しさを感じながら背を向けて走っていく。その背を見て、水の乙女は笑う。


『フフ、そうです。走りなさい。生きなさい』


そして、彼女はこの世界にいる、もう一人の自分に向けていった。


『あとは、頼みましたよ・・・・・・リナリー』


そして、泡沫の様に乙女の身体が輝きを放ちながら消えていく。そして、彼女の存在の消滅とともに、水鏡の神殿は崩れていった。

舟に乗った二人は、いつの間にか精霊湖に戻っていた。二人は二度と、あの神域に行くことができないことだけがわかっていた。


「帰ろう、セラーナ。魔族国へ」


セウスの言葉にセラーナは頷き、舟をこぎ出した。






魔族国に戻る前に、セウスは一度かつての自身の城に戻りたいとセラーナに言った。セラーナはそれを了承した。

絶海の南の島へと向かったセウスは、千年宮を見上げ、そこに入っていく。その後ろをセラーナもついていく。

セウスは千年宮の、かつての王座の場所まで生き、そこで足を止めた。先客がいたのだ。


「ゼレフェン宮廷魔術師、アテナ」


「ごきげんよう、トローア王セウス」


アテナは恭しく礼をし、二人を見る。年齢不詳の美貌の魔術師が、なぜここにいるのか。セウスは疑問に思う。かつて敵対した姉と同様の名を持つこの魔術師をセウスは苦手としていた。この間会ったばかりであるというのに。


「なぜ、あなたがここに?」


「・・・・・・なぜかしら。私、昔の記憶がないのよ」


嘘を言っている様子はなかった。ゼレフェンの魔女は寂しそうに笑う。


「何故か、ここに来なければいけないと思ったのよ。なぜか、哀しいわ。まるで、親しい何かをここで失くしたような・・・・・・」



『父上』


玉座を前に、血を流し倒れた息子。そして息絶えた彼を抱きしめる、姉のアテナ。その姿が、彼女と重なった。

セウスは確信した。彼女こそ、セウスの姉であり、宿敵であった魔女アテナその人だと。

だが、セウスは何も言わなかった。

もはや、過去のことだ。それに、自分も彼女も多くのことを失った。これ以上、何かを失うことはごめんだ。



「ここには何もないですよ、アテナ殿。過去は過去。もはや終わったこと。あなたの過去に何があろうとも、それは関係のないこと。重要なのは、今です」


「・・・・・・そうね、そのとおりね」


魔女アテナは頷き、セウスの隣を通り過ぎる。そこでふと、彼女は歩みを止め、セウスの隣に戻ってくる。


「あなたに、これを渡さなければいけない。そんな気がするわ」


そう言い、セウスに魔女はある物を手渡した。それは、セウスが息子エオスの成人の祝いの際に贈った指輪であった。

セウスはそれを魔女より受け取ると、床に膝をつき呆然と天井を仰いだ。魔女はそれを見て、哀しそうに目を伏せるとそのまま歩き去っていった。

セラーナはセウスの背を抱いた。しばらくすると、彼の鳴き声が、微かにだが聞こえてきた。


セウスは国が滅亡してから泣きはしなかった。ただの一度でさえ。彼には実感がなかったのだ。トローアが滅びた、と。感情では納得できても、本能が拒絶していた。

それが今、やっと本当の意味で受け入れられたのだ。セウスは泣いた。自分が殺した息子の形見を抱いて。





魔女は一度だけ、トローアの千年宮を振り返って見た。あの栄光に満ちた都が今ではそんなに寂れてしまった。



魔女はセウスの顔を見た時には、記憶を思い出していた。自分のしたことも、全て。

ただ、認めてほしかった。自分の存在を。正式な王の子どもでなかった彼女は、認められなかった。それだけで、王位も何もかも手に入れられなかった。だから、全てを持っていた弟を憎み、王国を手に入れようとした。その醜い欲望が、ラカークンの平和と、そして息子を失うこととなった。

セウスを貶めるために産んだ不義の息子エオスだが、それでも彼女は愛していた。その事実に気づいたのは、彼の死の直前であった。その頃にはすでに、遅かった。


償いのために、生きてきた。けれど、結局彼女は何もできなかった。次第にその記憶も忘れ、何者かを忘れ、圧制を敷く魔女になっていた。


「フフフ、本当に馬鹿よね、私」


アテナは嘲笑する。彼女の片目から、滴が零れた。

せめて、これからは、と彼女は思う。娘のため、娘の好く青年のため、世界のため。

魔女は涙を拭くと、二度とはトローアを振り向かなかった。




鳴き終えたセウスはセラーナを隣にして誓った。


「バルドバラスとセリーヌを倒す。長きにわたる因縁を終わらせるために」


「ええ」


セラーナは頷く。そのためにつき合わせてしまうことは心苦しいのだが、彼女はもう一心同体だと言ってくれた。

彼女が知識の神クドラならば、セウスはそれを守る騎士となろう。

セウスは彼女の前に膝間づいた。かつて、ここで同じように彼女にしたように。


「我が名はセウス。我は汝の剣となり、ともに歩むことを誓おう。行ける時も死せるときも、永久とこしえに・・・・・・」


差し出された片手を掴み、セラーナは笑った。


「喜んで、我が最愛の人」


二人の契約は再び交わされた。二人の絆を断つことは、誰にもできない。たとえ、運命でさえも。

もう、彼は一人ではない。彼は二度と失わない。

セアリエルの光が、二人を祝福した。

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