統合
タムズは定期船に乗り、中央大陸へと向かっていった。
魔族国での日々の中でもあの夢の中の女性のことを忘れたことはない。時間とともに、思い出す記憶。
二人で過ごした日々。その記憶がよみがえり、中央大陸の霧の山脈の家の存在を思い出したのだ。
そこに彼女と、あの魔神がいる。
世界の危機を知り、タムズはミアベル達と闘いと思っていた。だが、その前に片付けておくべきことがあった。彼女を見つけ、魔神を打ち破る、と。
あの、何も知らなかった時とは違う。戦闘の経験も積んだし、覚悟も違う。
「待っていてくれ、アテンシャ」
愛しき人の名前を呟く。未だ、記憶は戻らずとも、彼女を魂は求めていた。
船を降り、タムズは霧の山脈へと向かう。あの後、魔神ハーイアが戻っていない様子であり、霧の山脈の魔物たちは活動的になっていた。それまで威圧してきたハーイアの存在が消えたことで、活発化しているのである。s何脈に向かうまでも、数体強力な魔物と遭遇した。だが、魔族国でのゴゥレムやインペィルとの戦闘に加え、ネフェリエやリクターなどとの戦闘訓練により彼の実力は上がっていた。
軽やかに大鎌を振り回し、魔物たちを肉塊に変えたタムズは、眼前にそびえる山々を見る。
山の奥で、クローリエは本を読んでいた。
つい先日のハーイアの動きと言い、世界は今、変革の中にある様子である。この状況下でありながら、魔神ダウクは彼女のもとを離れない。まるで、何かが来るのを恐れているかのように。
クローリエはハァ、と息をつく。日増しに強くなる、夢。そこで彼女があっている一人の男性の姿は、彼女を悩ませる。
ダウクにそれを言うと、それは気のせいだと言われた。そうだとは思えなかった。
いつか、彼が迎えに来る。そんな気がしていた。
その日は満月であった。何かが起こるかのように、風は静まり、霧が濃く立ち出でていた。
窓から月を見るクローリエは、魔神ダウクの気配がないことに気づいた。今日は外に出るな、と言い渡した魔神は、自分はどこかへと出かけたようだ。
「・・・・・・」
なんとなく、胸騒ぎがした。クローリエは魔神がいないのをいいことに、外へと出ていった。守られるだけの存在ではない、と彼女は思っていた。多少の自衛手段はある。ダウクに指図されるいわれなど、ないのだ。
「綺麗な月だ。まるで、私に貴様を殺せと月が言っているようだ」
霧の山脈の闇の渓谷で、狼顔の魔神はその大鎌を構えていった。彼の眼前には、同じ鎌を持つ少年が立っていた。
ゲシュトゥの魂を持つ少年、タムズ。魔神ダウクはその肉体を持っている。元は同じ一つの肉体と魂。それは、一人の女性を巡り、対立していた。
「魔神ダウク」
タムズは魔神の名を呟き、鎌を振り構えた。記憶が蘇り、死の直前に分かたれた肉体を思い出す。
「そうか。ずっと、お前が守っていたのか・・・・・・彼女を」
「そうだ。そうやってお前と同様に魂を持つものを殺してきた」
ダウクの言葉に、そうかとタムズは返す。元々一つだったのだから、その思いは理解できる。
だから、とやかく言わない。ただ、鎌を交える。それだけだ。
「あの時より強くなったようだな、小僧。だが、今日は満月。私は何時にもまして強くなる。強い想いだけでは、私には敵わないぞ・・・・・・」
「越えてみせる、自分自身を」
タムズはただそう言い、駆けだした。魔神に向かって鎌を突き出した。魔神は素早く片手で鎌を振り上げ、その一撃を防いだ。タムズは素早く鎌を引くと、身を低くし魔神の下から鎌を払う。魔神は驚異的な反射神経でそれを避け、長い脚でタムズの腹を蹴り上げる。
タムズは咄嗟にスキル『想造』でナイフを作り出すと、向かってくるダウクに投げる。ダウクはそれを振り落す。そして鎌で切り払うが、一瞬できたす気にタムズは体勢を立て直し、それを受け流した。そして、再び『想造』で作り出した剣でダウクを斬りつける。だが、ダウクの皮膚は魔力で硬くなっており、逆に剣が壊れた。
「!!」
「その程度、今日の私には効かぬッ!!」
フン、と唸り魔神は魔力を放出する。吹き飛ばされたタムズは樹に激突する。何本化の木々を巻き込み立ち上がったタムズは血反吐を吐き出す。
記憶が戻るとともに、『想造』も力を増している。だが、まだ足りない。あの魔神を超えるには、まだ。
想いも、強さも、何もかもあの魔神に及ばないというのか。
(いいや)
負けてはいない。彼女を思う、この気持ちだけは。たとえ、自分自身だとしても、負けはしない。
「ああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「自暴自棄になったかッ!?」
突っ走ってくるタムズを見てそう言ったダウクだが、そうではない。タムズは両手で持っていた鎌を片手で持つと、目を閉じる。彼の左手に光が貯まっていく。そして。
「!!?」
ダウクは驚く。馬鹿な、と。彼の左手には全く同じ鎌が握られていた。
そして、彼はその両手の鎌を振るう。かつてゲシュトゥであった頃、彼は二本の鎌を同時に使い、数多の敵を倒した。タムズは足りない筋力を無理やり振り絞り、二本の鎌を振り回した。
彼のかつての全盛期と比べれば、幼稚な攻撃。だが、ダウクを圧倒するには十分であった。
「ぐうぅぅぅっ!!?」
「ハァァァァ!!」
一撃、二撃、三檄と速さを増していく鎌に、裁き切れなくなったダウクは傷を負う。輝く刃は、ダウクの皮膚を切り裂く。
口から血をこぼし、狼は少年を見る。
負けられぬ。タムズが彼に敗けられないように、自分も魂には負けられない。
この想いを、否定はさせない。彼女を守り続けてきたのは、自分だという自負があった。
たとえ、自分であろうとも、それだけは否定させない。
「らぁああああああああああああああああああああああ!!!!」
ダウクは叫び、鎌を離すとタムズの振るう二本の鎌の刃を巨大な手でつかんで止めた。血が出るが、それも気にせずにダウクはそれを止めていた。タムズがどうにか動かそうとするが、梃子でも動かない。
ダウクは鎌をひったくるとそれを後ろに投げ捨て、一方的にタムズを殴り、蹴った。
「グルァァァァ!!!」
「く、ゥ・・・・・・」
骨の折れる音を聞きながらタムズは殴られ続ける。抵抗しようにも、それをさせない。ダウクの強い想いのこもった拳をタムズは受ける。
拳をぐっと握りしめたタムズは殴られ続けたままではいなかった。ダウクの拳を受け止める。手の骨がきしみながらも、もう片方の手でその顔を殴る。硬い顔に、骨がべしゃりと音を立てるが、それを無理やり想造で直し、さらにもう一発殴った。
「うらぁ!!」
「ぐぶ、ゥ・・・・・・ウガァァあああ!!!」
殴り合う二つの影。血に塗れ、野蛮な戦いを繰り広げる。ただ一人の女性をかけての戦い。
少年と魔神は、ただ、愛のために戦う。
「やめて!!」
その時、響いた声に、一瞬二人の殴り合う手が止まる。タムズは、彼女を見た。
探し求めていた彼女と、同じ魂の輝きを持つ、彼女を。
「アテンシャ」
「・・・・・・!?あなたなの、ゲシュトゥ・・・・・・」
クローリエの言葉に、ダウクはグ、と牙を噛みしめた。やはり、彼女とゲシュトゥが引き合えば、記憶が戻るのか、と。だからこそ、彼女に合わせたくはなかった。自分の存在を忘れ、魂の法と彼女は惹かれあうだろうから。
同じ一つだったものなのに、平等ではない。肉体と魂。そのうち片方だけが、彼女と結ばれる。そう、魂だけが。
それが、赦せなかった。思いは同じ、いや、それ以上のはずなのに。
走り寄るクローリエにダウクは吠える。少女は足を止め、ダウクを見る。
「そこで見ているがいい、転生の魔女よ・・・・・・肉体と魂、どちらが強いのかを」
ダウクはそう言い、タムズを見る。ダウクは落ちていた鎌を二本拾うと、片方をタムズに投げ渡す。
「決着をつけよう」
「いいだろう」
タムズは了承すると、鎌を持つ。全く同じ構えを取ったタムズとダウク。
「こんなこと、何の意味があるの!」
クローリエの言葉に二人は答えない。意味など、ないかもしれない。それでも、譲れないものがある。だから戦うのだ。
愛するものと、守護者の戦いをただクローリエは見ているしかない。
天に輝く月は、美しい。
風が吹いた。風に乗って葉が舞い落ちた。葉が地面につくかつかないか、と言うタイミングでほぼ同時に二人は動き出した。
「はああああああああああああああああああぁ!!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!!!」
全く同じ軌道を描き、鎌が振り下ろされる。火花が散り、二人の身体に切り傷が増えていく。どちらも苦痛に顔を歪めながら、弱音を吐くことはない。顔を引き締め、敵を見る。目を逸らすことなく。
だが、打ち合いごとにタムズの方に遅れが見えてきた。当然である。魔神と人間では身体的な差がある。これまで打ち合えたことが奇跡である。
タムズはそれを感じていた。だが、負けたくはない。やっと、ここまで来たのだ。何度もの転生を繰り返し、ついに彼女を目前にした。このまま負けたくはない。負けられない。
(負けて、なるものか・・・・・・!!)
ダウクを圧倒できるもの。それを思い浮かべた時、脳裏によみがえるのは、戦場を駆けた自身の姿。漆黒の鎧。狼をモチーフにした、将軍ゲシュトゥの鎧。神代の時代、勝利と再生の神が装備したというその鎧の名を、『ベオウルフ』と言う。
本物はすでに失われた。だが、タムズにはそれを再現する力がある。
(創造しろ、想え)
強く願え。そして、越えろ。目の前の自分を。運命を。
身体の底から魔力が溢れる。その魔力に身を任せるタムズ。その瞬間、彼の身体を黄金と漆黒の鎧が覆う。
「なんだ、これはッ?!」
ダウクは戸惑う。目の前の少年の急変に。鎧を纏いしその姿は、正にゲシュトゥそのもの。その瞳は、ダウクを射抜く。ダウクは体の震えを押さえながら、鎌を振る。
所詮、死にぞこないの最後の抵抗。恐れるには足らん。そう思ったダウクだが、そんな魔神の刃よりも早く、敵の鎌は動き、ダウクの身体を切り裂いた。
「が・・・・・・」
鮮血がほとばしり、その身体が崩れた。ダウクは力なくその地面に倒れた。
クローリエが駆け寄り、ダウクの頭を抱く。その後ろで鎧を解除したタムズも、二人に近づいてきた。
「どうして、どうして、ダウク・・・・・・!」
問いかける少女に、魔神は答える。
ただ、あなたを愛していた、と。
だからこそ、恐れた。彼女が忘れ、ゲシュトゥとともに生きることを。
「馬鹿だな、お前は」
タムズは言った。
「俺たちは一つだ。そう、これからはな」
そう言ったタムズは、ダウクを受け入れた。自分の心を。肉体を。分かたれた半身を。
ダウクはそんなタムズを見て、だから自分は破れたのだと悟った。そう、自分とタムズの差は、たったこれだけだったのだ、と。
「・・・・・・そうだな、再び一つになるだけ、だ」
ダウクはそう言い、少年を見る。
「綺麗だな、空は」
タムズは空を見る。満月は、依然としてそこで輝いている。
「そうだな」
「ゲシュトゥ、いや、お前の今の名は、なんという?」
ダウクは顔をわずかに動かしてタムズに問う。タムズは空から顔を上げると魔神を見て口を開いた。
「タムズ」
「・・・・・・タムズ、か。ふん、面白みのない名だ・・・・・・・・・・」
魔神はそう言うと、タムズに片手を差し出した。タムズがその片手を掴むと、魔神の身体が消えていく。否、一つになっていくのだ。
「魔女よ、クローリエよ。泣くな。これは別れではない。我らは一つになる。そして、変わらずあなたを愛し続ける」
涙を流しながら、クローリエは呟いた。
「ありがとう、ダウク」
少女の言葉を聞き、満足したように目を閉じた魔神の身体が光となって消える。光は手を掴んでいたタムズの中に入り込む。タムズの外見は変化こそなかったが、その精神は変わっていた。
不完全な魂は今、完全なものに戻った。そして、彼はすべてを思い出した。
「アテンシャ」
「ゲシュトゥ、あなたなの?」
少女の問いに、少年は頷き、彼女を抱きしめる。
「ああ、ああ・・・・・・!!」
そして、少女と口づけを交わし合う。実に、何千年ぶりか。恋人たちは、互いの肌の温度を確かめ合うように抱きしめあう。
唇を離し、熱っぽく見つめ合う二人。
「すべて思い出した。俺たちが、何をするべきかを」
「ゲシュトゥ?」
クローリエが疑問に首を傾ける。まだ、そこまでは思い出していない彼女に、タムズは真剣な目で言う。
「この世界を救うんだ、アテンシャ。俺たちの世界を、取り戻すんだ」
そう言い、少年は月を、いや、月の向こう側を見る。
「この運命を強いた『神』を、倒すんだ」




