一つの戦いの終わり
空で戦い続けていた二頭の竜は傷つき、息も絶え絶えであった。
あれから魔神アミテリアに肉薄し、何度か攻撃の機会はあり、そのうち幾度かは魔神に対してダメージを与えていたが、魔神は未だ余裕を保っていた。
クィルとミアベルはそれでもあきらめずに攻撃をしているが、湧き出るインペィルと魔神の羽の攻撃により体力は失われるばかりである。
「グルァァァァァァ!!」
「ガァぁあああああああああ!!!」
叫び、牙をむく竜をその翼で打ち、アミテリアは真古代魔術をお見舞いする。空間を持切り裂く風の刃が二頭の竜を襲った。
身体を深く切り裂いた一撃をもろに受けたミアベルの巨体が地上に向かって落ちていく。攻撃を回避したクィルは、ミアベルのもとに急ぐ。攻撃を受け、スキルがキレた生か、ミアベルの身体はヒトの肉体に戻る。クィルはミアベルの身体を優しく手で包むと、地上に向かう。
エノラたちのもとにミアベルを運ぶと、クィルの身体も人の身体に戻っていく。傷を負った状態のクィルとミアベルをエノラたちが出迎える。
「クィル、ミアベル!!」
「ッ・・・・・・」
痛みに顔を歪めたクィルは空を見上げる。
「くそ、全然決定打を打ててないな・・・・・・さすが、魔神か。俺たちじゃあ敵わないか」
クィルはそう言い、深い傷を負ったミアベルを見る。エノラが治療魔術をかけており、命には別条はないという。
「さて、どうやって倒すか」
ハザとの戦いでトライトンを失い、体力魔力もだいぶ失われている。空に昇るための竜化はミアベルはもう使えないし、クィル一人では勝ち目はない。
インペィルの群れを押しのけることはできるが、それでは根本的な解決にはならない。
そうして空を睨んでいた一同。そんな中、ミアベルは目を開け、一言言った。
「来た」
「え?」
エノラが聞き返すと、ミアベルは天を指さす。それはアミテリアではない魔神を指していた。一同はその指さす方向を見た。そこには、騎士服を着た一人の女性が空に浮かんでいた。
魔神レヴィア=ツィリアが。
レヴィア=ツィリアがここに来た理由は、強い魔神の波動を感じたからである。
四体もの魔神が暴れては、世界のバランスは決定的に破壊される。それを見過ごすことはレヴィアにはできない。魔神の中でも秩序を重んじる性格のこの魔神は、自分がいるラカークン大陸を荒らさせまい、と時空の裂け目から出てきたのである。
魔神たちの中でも最も脅威であるのはアミテリア、と呼ばれる魔神である。翼の魔神をちらりと見たレヴィアは、その腰に差した剣聖剣を引き抜いた。
レヴィア自身はこの魔神にあったことはない。ロストナンバーズ、と呼ばれる存在であることはわかっていた。
「誰かは知らぬが、退け。さもなくば、斬る」
「・・・・・・」
アミテリアは答えない。レヴィアはそれならば、と剣を構える。
「貴様がだれかは知らぬが、剣聖と呼ばれた私と戦って無事で済むと思うな」
レヴィア=ツィリアが空を駆け、アミテリアに肉薄した。翼の魔神はその翅で剣戟を防ぐが、簡単にそれは切り裂かれる。初めて魔神はその表情を崩した。
口を開き、高い声が響く。時空をゆがませ、全てを破壊する音を。だが、レヴィア=ツィリアはものともしない。このような攻撃、どうということはない。同じゾドークの魔神『慟哭』のキュレイアのそれに比べれば、赤子の攻撃のようなもの。レヴィアは気合で剣を一閃した。キャア、と悲鳴を上げるアミテリア。翼から血が零れる。
インペィルたちが主を守るように立ちはだかり襲い掛かる。
レヴィアは空中で一回転し、剣を離すことなくインペィルたちを斬りつける。凶鳥はいとも簡単にその首を落とされ、地上に落ちる。
レヴィアは己のスキルを発動させ、時を止める。アミテリアの動きが止まる。レヴィアは剣聖剣で切り付けようとした。その時、無理やりにスキルを破ったアミテリアが攻撃を回避しようと動く。
「させるか!」
レヴィアは剣でアミテリアの右胸を斬る。そして続けざまにその左わき腹を斬る。
噴き出す血、そして絶叫が響く。翼の魔神は口を大きく開き泣き叫ぶ。
「これで、終わりだ・・・・・・!!」
レヴィアがその首に向けて剣を振り下ろす。
「・・・・・・」
だが、無言でレヴィアを見たアミテリアはニヤリと笑う。レヴィアは直感的に危機を感じ、剣を振り下ろす手を止め下がった。レヴィアのいた場所が爆発する。
レヴィアは離れた位置からアミテリアを見る。魔神の切り付けられた傷口から羽が生え、やがて巨大な翼が出現する。そして、背中から全身から大きな翼が生え出てくる。
者の数秒で翼の魔神は大小二十対の翼をもつ、異形へと変化した。人の肉体を捨て、魔物に似た体になった魔神。頭からも小さな翼が生え、その目は鷹の様に変化していた。
キュイイイン、と鳴いた魔神はレヴィア=ツィリアに向かってその無数の羽を飛ばす。高速で打ち出される羽をレヴィアは剣で切り伏せ、時を止めることで回避するが、その数はあまりにも多い。レヴィアと家出度もそのすべてを躱すことはできず、ダメージを負っていく。
接近しようにもできない。先ほどは切り裂いた翼の盾だが、今ではそれは何重にもなっている。四十枚もの翼を一気に切り裂くことは流石に彼女でも不可能だ。
「はぁ!!」
気合とともに闘気を放つ。だが、それはやはり翼に阻まれ、届かない。
いつの間にか接近していたアミテリアの翼の攻撃を剣聖剣で受け流し、レヴィアは距離を取るが、俊敏な敵の動きに防戦一方になる。
魔力量も俊敏さも、防御もすべてが先ほどまでよりも上がっている。追い詰められるほど、この魔神は強力になるようだ。決めるならば、一撃で決めなければ勝てない。そう確信したレヴィアだが、決定打が打てない。
「キュイイイイイイイイイイイン!!!」
「ク」
ばさり、と翼を翻し、羽でレヴィアの視界を覆う。レヴィアは目を閉じてしまい、その間に翼による往復の打撃を喰らう。吹き飛ばされたレヴィアに、魔神アミテリアは翼の先端を鋭い剣の様に硬化させ、レヴィアを刺し殺すべく突き出した。
剣聖剣で防御しようとした彼女の右腕を別の翼で貫く。
「うあぁぁぁ!!!」
そのまま腕を抉り、アミテリアは止めの一撃を放とうとした。
しかし、その先端がレヴィアの心臓を貫くことはなかった。
レヴィアを捉えていた翼とともに、鋭い剣の翼は何かによって切断されていた。噴き出す血を見て、アミテリアは鳴いた。
「無事か、レヴィア=ツィリア」
「・・・・・・まさか、あなたが動き出すとは」
そう言い、レヴィアはいつの間にか自身の背後にいた魔神を見る。
その魔神は、鈍く輝く八対の翼を持っていた。恐らく、現在生きる魔神の中で最強の存在。
『堕天』のハーイアがそこにいた。
「この魔神は、どうやらお前には荷が重いようだ。それに」
ハーイアは翼の魔神を見る。その目は、どこか悲しみに満ちていた。
「あれは、私が戦うべき相手のようだからな」
翼の魔神もハーイアを見る。その目は爛々と輝いている。
「久しぶりだな、アミテリア」
「・・・・・・」
「私がわからぬか・・・・・・」
ハーイアは呟き、その背中の翼を展開する。剣のような翼。それは飛ぶためではなく、斬るための武器。
そう、この時のために彼は生きていた。
「アミテリア、お前を殺す。私自身の手で」
「キュイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!」
次々と魔神が現れ、戦うその光景は言葉を失うほどの凄絶な戦いである。先ほどのレヴィア=ツィリアでさえそうであったのだから、今の戦闘はそれを凌駕する圧倒的なものである。
目で追えないほど早く、二体の魔神は動く。
ハーイアの翼がアミテリアの翼を切り落としていく。そのたびに再生しようとするアミテリアだが、ハーイアの攻撃はそれを許しはしない。距離を取り、アミテリアは羽を飛ばす。遠距離での攻撃ができないであろう、との判断からだろう。だが、ハーイアの攻防一体の翼は羽を完全に防いだ。翼で全身を覆ったハーイアがそのまま加速し、アミテリアに体当たりする。弾丸のようになったハーイアの体当たりでアミテリアは全身を強打する。そのまま翼を広げたハーイアは連続攻撃を見舞う。
純白の羽が血で染まり、宙を舞う。
魔神バルドバラスは現在の状況を見る。セウスをいたぶっていた彼だが、その間に状況は大幅に変わっていた。
ハザは倒れ、アミテリアは今、最恐の魔神に追い詰められている。セリーヌはあの小娘に今、苦戦している。このままではセウスを殺せたとしても、魔神ハーイアやレヴィア=ツィリアからは逃れられない。
バルドバラスは剣をしまうと、セウスを見る。
『運がよかったな、セウス。今日、貴様を殺すのはやめだ』
「バルドバラス・・・・・・・・」
『情けない貴様を殺したところで、俺の名は落ちるだけだ。セアリエルのない貴様を倒したところで、な』
そう言ったバルドバラスはセリーヌを追い詰めるセラーナに向けて重力を食らわせる。突然の衝撃に魔術を中断し、セリーヌは地に膝をつく。
『セリーヌ、退くぞ』
「何を言っているのです、セウスの命はすぐそこに・・・・・・」
『判断を誤るな。奴を殺せたとしても、我らが魔神ハーイアにやられてしまっては意味がない。今は引くのだ、二千年待ったのだ、あと少しくらい待つのは苦ではないはずだ』
「・・・・・・・わかりました」
茨の魔神は答え、セラーナをキッと睨むとバルドバラスとともに並ぶ。そして、その姿がかすんでいく。
「逃がすものですか!」
セラーナが魔術を詠唱するが、重力のさらなる加重により断念しなければならなかった。骨がきしむほどの重さに、セラーナは呻く。
黒騎士と貴婦人の姿が闇に消えた。それと同時に、重力が消えた。
「セウス」
セラーナはフラフラとセウスのもとに向かう。砂色の髪の青年は静かにその場に眠っていた。彼の頭を膝に乗せ、セラーナはその髪を撫でた。
不利を悟ったアミテリアはバルドバラスたちが去ると同時にその巨大な翼を展開し、逃げすかのように向きを変えた。
ハーイアは逃がさん、とその翼を広げ後を追う。高速で消える魔神たち。それを追うように、残りわずかになったインペィルたちも魔族国から離れていく。
残っていたレヴィア=ツィリアはちらりと地上にいるミアベルを見ると、そのまま空を駆けて去っていった。
呆然と地上から戦闘を見ていたクィルたちは呟いた。
「終わった、のか?」
息子の言葉に、ヨトゥンフェイムは頷いた。
「そのようだな、息子よ。我らは、勝った。守り抜いたんだ、祖国を、民を」
少なくない犠牲はあった。命と街が。だが、アルトリザリコンを守り抜けた。民のほとんどを、滅びの運命から救ったのだ。
喜びが、魔族国に響き渡った。
だが、ミアベルは知っている。これはまだ、序章に過ぎない、と。安心するにはまだ早い。
アンセルムスはゼーレイアからの報告に呆然とした。
魔族国侵攻失敗。四人もの魔神を投入したにもかかわらず、そのような結果とは、とアンセルムスは項垂れた。
魔神レヴィア=ツィリアにハーイア。レヴィア=ツィリアまでは予想できても、まさかハーイアが来るとは思わなかった。
バルドバラスとセリーヌは撤退し、アミテリアは現在ハーイアからの逃亡の最中。魔神ハザは倒れたという。
「・・・・・・・・クソォ!!」
持っていた連絡用の水晶玉を怒りに任せて叩きつけ割る。アンセルムスはハァハァ、と息をつき、冷静になろうと努めた。だが、それはできなかった。
大宗主国とイヴリスでも行動を起こさねば。計画は狂い始めていた。何もかもが破たんしようとしている。
「おいおい、苛ついてんなぁ、オイ?」
そんなアンセルムスの耳に、けたたましい笑い声が聞こえた。
アンセルムスは背後の闇を振り返ると、そこには『狂笑』のハザが立っていた。
「ハザ、お前は死んだはずだと聞いたが・・・・・・?」
「ははん、俺様が死ぬ?そんなことがあるかよ」
カカカ、と笑い、ハザはアンセルムスを見る。魔族国で倒されたのは確かにハザである。正確には、ハザの分身の一人である。何度もの『やり直し』を繰り返すハザは、その『やり直し』の回数分の分身がいる。だから、何度死のうともそのたびに分身が消えるだけであり、ハザそのものが死にはしない。分身はすべて同じ魂を持ち、肉体の死とともに新たな分身体に宿るだけ。
とにかくハザがそう言う存在なのだと説明すると、アンセルムスはそうなのか、と納得した。
アンセルムスを見てハザは笑いかけた。
「まだまだ、終わりはしないぜ。そうだろう、アンセルムス?」
その言葉にアンセルムスは不敵な笑みを返した。
そうだ、まだ終わりではない。まだ、手はある。
「まだ、この『世界蛇』がある」
魔神トラキアより奪いし、世界最強の城、要塞。無限の兵を生み出すこれがある限り、まだ敗北したわけではないのだ。
ククク、と二人の邪悪な笑みが世界蛇の腹に響いた。




