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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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母と娘

空高き雲に近い場所で、二頭の竜は翼の魔神と激闘を繰り広げていた。

紫と虹色の輝きが空に浮かぶ漆黒の雲を切り裂いていく。群れ成すインペィルは、怒れる竜を止めることはできず、その翼を切り裂かれ、喉笛を噛み千切られ落ちていく。空の王者は、地上に堕ちていく。

魔神アミテリアはその虚ろな瞳に竜たちを映す。だが、その表情は変わらない。『破滅の翼』はその名の通り、死を招く翼を大きく広げた。一枚一枚の羽根が鋭い矢のようになり、放たれる。州の鱗を貫き、肉を突き刺す。クィルとミアベルが、その野太い叫びを上げる。だが、その翼を止めることはなく、魔神に向かって勇猛に向かっていく。左右から同時に襲いくる竜を避けることなく、アミテリアはそれを受け止めた。がぶりとその翼にかみつく二頭の竜だが、アミテリアの翼の力は強く振り離される。空中で体勢を整えると、意思疎通を交わすように二頭の竜は吠える。決して屈することなく向かっていく。



地上からかすかに見えるその対決を見守っていた地上の者たちは、インペィルの群れを倒しながら二人がアミテリアを地上に引きずり落とすのを待っていた。

だが、彼らを遊ばせておくようなアンセルムスではない。

ふとタムズが何かを感じ、顔を空から地上に戻す。すると、荒れ果てた野に一人の少女が立っていた。

金髪の髪に、そのとがったエルフに特徴的な耳。その姿にデジャブを感じ、タムズはネフェリエを見る。


「ネフェリエさん!」


「・・・・・・ああ、見えているよ、タムズ」


ネフェリエは呟くと、遠くに見える娘を見る。だが、少女の目はうつろで、母のこともそれ以外の者たちも見えてはいない。見えていたとしても、その目は破壊するものとしての目。まるで、ゴミを掃除するかのよう。

魔神ハザが娘を従わせている、と言うのはわかる。少女の後ろには魔神ハザも立っている。


「やはり、来たか。ハザ」


「ネフェリエさん」


「大丈夫だ、戦えるさ。娘の方は、私にやらせてくれ」


ネフェリエの言葉にタムズは頷く。


「では、我らはあの魔神ハザと戦えばいいということか」


リクターが言う。エノラとヨトゥンフェイム、トライトンもその後ろで各々の武器を構える。ネフェリエは娘に向かって奔る。ハザが嗤って魔力を放とうとした時、四人はハザに向かって奔りだし、その前に立ちはだかる。ハザをジェネスから離し、母と娘は正面から対面した。


「ネルグリューン、私がだれかはわからないだろうな」


「・・・・・・」


母の言葉に沈黙を返す。母でさえ殺そうとするその瞳。だからこそ、ネフェリエは娘と相手をしなければならない。人を殺すのも初めてではないだろう。娘にこれ以上、罪を重ねさせないためにも、ネフェリエ自身が戦わねばならないのだ。

死ぬつもりはない。娘の正気を取り戻し、失った時間を取り戻すまでは。

ネフェリエは槍を構え、娘を慈しみの目で見た。


「なあ、ランドール。見えるか、私たちの娘が。やっと見つけた。今度こそ・・・・・・取り戻そう」


決意を固めたエルフの戦士は目の前の娘を見る。娘は敵を見ると、排除するべく闇の無数の槍を作り出し、母親に向けて放った。




魔神ハザは親子の感動の再会が見れずに残念であった。横目でちらちらとうかがえる程度である。ついでに、自分に屈辱を与える原因となったあの虹色の髪の少女も今は空にいるアミテリアと戦っていていない。ハザとしては面白くはない。アミテリアにバルドバラスなど、自分に匹敵する相手がこの戦場にいるだけども面白くないのだ。苛立ちは大きくなる。

だが、それを発散するには目の前の五人はちょうどよさそうであった。ハザはぺろりと下で唇を舐めた。

油断している魔神に向かって、五人が動いた。魔神ハザと以前戦っているタムズと、それを伝え聞いていた四人は最初から全力であった。

トライトン、リクター親子の域のあった槍での攻撃とヨトゥンフェイムの二刀の剣での攻撃がハザを襲う。ハザはそれを嗤いながら交わす。そこに、エノラの放った魔術が襲いくるばかりか、タムズの鎌が隙をついてくる。

ハザとしては、ミアベルやネフェリエがいないから、と油断していたのだ。だが、それは思い違いであった。ハザの余裕はすぐに崩れた。

軍団との戦いで疲弊しているとみていたのだが、彼らの士気は高い。守るべきものを背にし、彼らの力は本来以上のものとなっていた。守るべきものがある、ということをどういうことかをハザは知らなかった。

見下していた相手の、連携に苦戦していたハザは、苛立ちに舌打ちを連発した。唾を吐き散らし、悪態をつくハザは力任せに腕を振る。それが当たり、誰かが引いても別の誰かが向かってくる。間髪なく、ハザに休む間を与えない。


「くそぉ、くそぉォォォ!!!」


唸るハザは、魔力を集中させようとしたが、エノラの持つ刀で集まっていた魔力の塊が切り伏せられる。行き場を失った魔力が暴発し、爆発した。ハザの右腕を巻き込みながら。


「うがあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


怒りに吠えるハザは、ちょうど目の前にいたトライトンを見た。目が朱く光り、そして閃光が放たれた。

トライトンの胸を貫いた光。そして、戦士は地に倒れた。


「父上!」


「トライトン!!」


倒れたトライトンを見て叫ぶ魔族の二人。ハザは笑い、次なる犠牲者を出さんとしていたが、そんな彼の身体に槍が突き刺さる。倒れていたトライトンが渾身の力を振り絞ってはなった最後の抵抗であった。


「こんのぉ、死にぞこないめぇぇぇ!!」


ハザが左腕から魔力を放ち、トライトンを殺そうとする。


「父上ェ!」


「リクター、構うな、やれぇ!!」


トライトンは叫ぶ。その間にも彼の命は縮まっていく。リクターはぐ、と顔を引き締める。動けないハザに、四人の攻撃が向かう。


「くそ、クソくそくそぉ!!くそぉ、はなせぇ!!」


このままでは、攻撃を受けてしまう。死にぞこないのはずのトライトンは、なかなか死なない。ハザは焦りだしていた。

こんなところで、この俺様が死ぬ?あり得ない。こんなところで死ぬわけがない。そうだ、そうだ。

現実逃避をするハザは、迫りくる鎌、刀、剣、槍を見た。だが、どうしようもない。右腕の再生は追いつかず、目にはまだ魔力の充填がされていない。魔術を展開しようにも、時間が足りない。


「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!!」


魔神の絶叫が響き渡る。

左腕を切り落とされ、胴を薙ぎ払われ、首を切り落とされたハザの身体がボトボトと大地に落ちる。信じられない、と言う顔のハザの頭が転がっていく。


ハアハア、と息をつき、タムズたちは魔神を見る。さすがのハザも、もう戦うことはできなかった。

リクターはハザの死体の近くで息を引き取っていた父を抱きしめていた。最後の最後まで、ハザを逃がそうとしなかった父は、地に塗れながらも安らかな顔で逝っていた。


「父上・・・・・・」


ヨトゥンフェイムがリクターの肩に手を置き、親友の死に胸を痛めていた。

彼は空を見る。空ではまだ、戦いは終わっていなかった。





ハザの死によって娘の洗脳が解けるのでは、と思っていたネフェリエは戦っていた娘の方を見るが、娘に変化はなかった。ハザの施した洗脳は娘の中に浸透しきっている様子である。


「ネルグリューン、ハザは死んだ。もう、戦う必要はないんだ」


「嘘、ハザ様は死なない。絶対に」


ジェネスは狂信的な瞳でネフェリエを見ていった。黒い槍がネフェリエを襲う。槍を高速で振るい、それを撃ち落としたネフェリエは娘に肉薄する。その腕を掴み、地面に押し倒す。


「これで、攻撃はできないはずだ。私ごと自分を突き刺すことになるからな」


「クッ」


空中に静止したままの黒い槍が襲ってくる様子はない。ネフェリエは動けない娘の額に、左手を当てる。左手から魔力を送り込むネフェリエ。


「なに、をする・・・・・・!!」


苦しむ様子の娘に、ネフェリエは言う。


「その洗脳を解く。思い出せ、ネルグリューン。本当の、自分を」


ネフェリエは娘の脳裏に自身の魔力を送り込む。そして、知覚共有の魔術を展開した。





少女は闇の中にいた。膝を抱え、孤独な少女を、ネフェリエは後ろから見ている。

これは娘の記憶だ。そう、共有された記憶。

やがて、闇の中にハザの姿が現れる。そして、彼による口にするのもはばかられる残虐な仕打ちが行われた。

娘の緑色の目が、やがて濁っていく。ハザへの抵抗をしていた娘は、心身ともに打ち据えられて、ハザへの服従を誓った。苦しみから逃れるために、自分の心を切り離し、考えることを放棄した。


そしてハザの手足となり、少女は人を殺し、アンセルムスの計画に協力する駒となった。

心の奥底で泣きながら、少女は殺し続けた。


その光景をすべて見たネフェリエは、闇の中で鳴き続ける娘に近づいていく。ネフェリエが近づいても少女は顔を上げない。


「ネルグリューン」


「ひっく・・・・・・」


泣きじゃくる娘は、外見よりも幼かった。泣いている娘に、ネフェリエは手を回す。


「!!」


「もう、泣くな。もう、一人じゃない」


ネフェリエに抱きしめられ、やっとジェネスは母親を認識する。

遠い昔、こうやって抱きしめてくれた母の存在を、やっと認めた。


「おかあ、さん?」


「ああ、ネルグリューン。そうだよ」


優しく呟いた彼女に、ネルグリューンは抱きついた。


「お母さん、お母さん・・・・・・・・・・・・!!」


「もう離さない。もう、離すものか・・・・・・」


触れ合う場所から、母親の記憶がネルグリューンの中に入り込む。自分を探す母の姿。百年もの間、片時も自分を忘れなかった母の愛の深さに、ネルグリューンは泣いた。

そして、ハザに植え付けられた服従は、完全に消えた。

闇が消え、光が差し込んだ。




現実世界に帰ってきた二人は、抱きしめあい、泣いていた。


「お帰り、ネルグリューン」


泣き笑いを浮かべたエルフの女戦士は、愛おしそうに槍を撫でる。

そして、天を見る。

空ではまだ、戦いが続いていた。夕焼けに染まる空で、竜は咆哮し、『破滅の翼』に向かっていく。

娘を抱きしめながら、エルフの戦士はそれを見守る。

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