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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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魔神ハザ、祝福されぬ者

いつだって、俺は親の期待に応えることができなかった。

俺の家は、いわゆる普通の家族とは違う。俺の一家は「狭間」と呼ばれる陰陽師やら魔法使いの家系に連なるい能力者であった。

俺の父も、俺の母も、親戚は皆、魔法やら陰陽術などオカルトに染まった連中ばかりであった。

狭間一族は、古くから続く陰陽術の大家の一つだったらしいが、江戸時代にこちらに流れて来たエクソシストの技術を取り入れ、キリシタン大名についたため、長らく日本の中心や暗部からは遠ざかっていた。

明治時代になり、陰陽師全般が衰退期に入ってもなお、俺たちの一族の師父たちは暗闇の中、力を磨き続けた。古の中国伝来の術、日本での発達した陰陽の術、そして、伝来したキリスト教系の技術に、さらにはそれ以外の異教の技術を研鑚し、いつか再び一族が日本に君臨する時代を待った。

第二次世界大戦時、その魔術の腕を見込まれナチスドイツの魔術部門を統括するネクローフェン・バルトシュタインにより時の狭間一族の長、波佐間源三が招待される程度には名の知られる存在となっていた。

ナチスドイツにおいて、さらにその技術を磨き、西洋の黒魔術に触れた源三は敗戦色の濃厚になったドイツを脱出し、日本に戻り、身をくらませた。

戦後、アメリカによる占領下で、源三はその力を用いて権力者たちに自分を売り込んだ。名の知れたエクソシストやローマの司教とも通じ合った源三は、再び日本が国としての力を取り戻した時、再び国の暗部に関わる存在へと狭間の一族を格上げすることに成功した。

戦後数十年たった今でも、波佐間の力は日本全域に及ぶ強大なものであった。かつて関西圏を支配していた古い陰陽師たちも、今では狭間の力にひれ伏すしかないし、外来のエクソシストやキリストの者たちも狭間の影響力を無視するわけにはいかなかった。


狭間の栄光を築いた源三は147歳で老衰死した。驚異の生命力を誇った源三も、朽ちていく肉体に敵うことはなかったのだ。

源三死後、その後継に指名されていた息子の一人で狭見きょうみ家に婿入りしていた儒邦じゅほうに後を任せたが、儒邦はその直後にとある依頼で死亡した。一説には、一族内での暗殺であった、とされている。

儒邦には跡継ぎはまだおらず、また後継指名が行われているはずもなかった。狭間の一族内で、後継争いが行われることになるのは、想像に難くはあるまい。

一族の四家、すなわち波佐間、波佐はざ、狭見、波佐観はざみの四家がそれぞれ争った。

波佐間は若き天才、柊吾が、波佐は俺の父である桐文が、狭見からは儒邦の妻の兄である洋介、波佐観は当主の長男であった達人がそれぞれ名乗りを上げた。

それぞれの一族は死力を尽くした。俺の父も、術者としての力は標準以上にあり、波佐の支持者も多くいた。しかしながら、四家の中でも特に力を示したのは、一番年下であったまだ二十代の柊吾であった。

日本の政界や有力者とのコネクションも持った柊吾により、まず狭見洋介が潰された。

洋介は財産の半分以上を失った挙句、親戚一同から信用を無くす羽目になり、失意のうちに自殺した。このことにより、狭見は頭を失った。

次に潰されたのは達人であった。達人はその自信過剰から柊吾を甘く見ていた。その結果、彼もまた破滅を被ることとなった。

自殺こそしなかったが、体調を崩した達人。そんな彼が当主となることを、他の者たちは認めはしない。彼もそれを知り、自ら辞退することとなった。

最後まで抵抗した父も、敵わないことを知り、柊吾支持へと回った。こうして、波佐間柊吾が狭間一族の長になった。

それが、数年前の話である。


父はその後、失意のまま生きてきた。しかし、未だ栄光を諦めきれていない様子で、自分の代わりに俺にその可能性を求めていた。

女でありながら、術者としては優れた資質を持つ母との間に生まれた一人息子の俺に、父は能力以上のものを要求した。

屋敷の中で、幼少期から俺は狭間の術を叩き込まれた。厳格で、俺に対し自分の願望を押し付けてくる父は、俺ができないとなると、平気で手を上げた。


「どうしてだ、お前には私とあれの血が流れているのだ。この程度、できぬはずがないだろう」


それが、父の口癖だった。俺が父親を煮立むと、奴は俺を殴り、親に向かってなんという目をする、と言った。

俺は父に殴られないよう、努力し、感情の制御を学んだ。

小学校中学校、高校。部活にも、碌な友達も作ることもなく、ただただ毎日修行という地獄に叩き込まれた。逃げ出そうと思っても、俺の血が、家がそれを赦さない。それならば、やってやるだけだ、と半ばヤケクソだった。

けれど、そんな俺の努力に反し、俺の術者としての才能が開花することは、ついになかった。

一般人よりは霊力があり、知識もある。けれど、それだけ。とても、波佐間の男子とは思えぬ俺に、父はどれだけ失望したか、言葉に表すことは困難だろう。

仮にもかつては当主一歩手前まで言った男の子どもが、デキソコナイとは。父は一族で嗤われた。そして、そのたびそのたび、俺を殴った。


「士郎、お前が、お前が・・・・・・・・・・・」


「ねぜ、お前には」


「士郎、士郎、士郎!!!」


俺の名を呼び、罵倒する。酒を飲み、俺に当たり散らす父を、母は止めなかった。

痛みに泣く俺を、母は抱きしめてもくれなかった。

いつも父に従い、俺に手を差し伸べも、言葉をくれることもなかった母。



大学に入ることになり、俺はある程度の自由を得た。けれど、その自由も些細なものであった。それでも俺は楽しかった。やっと、自由が訪れたのだ、と。

そんな俺だったが、外部との接触が少なかった俺に、友人も恋人も、何も作れるはずがなかった。

家のおかげで生活にだけは困らなかったが、俺は孤独であった。

一人、闇の中で泣いた。

俺はどうして、「ふつう」ではないのか。

どうして、狭間なんていうわけのわからない一族に生まれてきたのか。

何度、それを神に問うただろうか。

キリストの神でも、八百万の神でも、悪魔でもいいから、誰かに聞き届けてほしかった。誰でもいいから、俺の話を聞いてほしかった。認めてほしかった。

俺はただ、愛し、抱きしめてくれることを求めていた。

優しさなんて、なかった。あの家では、使用人も従妹も親戚も、皆俺に冷笑を浮かべていた。式神どもでさえ、俺を見て嗤っていた。従わせるべき式神すらも操れない、狭間の恥さらしとして。

逃げることのできない血の呪縛から、逃げたかった。ここではないどこかに行きたかった。


俺を縛る鎖は、永遠に解けはしないものと思っていたし、諦めていた。




生まれて初めての恋をした。

美しく、儚い同い年の大学の才女であった。どこか、母と似た雰囲気を持つ女性であった。

彼女の姿に、俺は一目ぼれをした。けれど、俺に話す気かいなんてない。

それでも、俺は色々と試し、ついに彼女と喋る機会を得た。

けれど、そんな彼女は俺を見て、穢れたものを見るように言った。


「あなた、いつも私を見ているわよね。気持ち悪い。ストーカーみたい」


そして、彼女の友人たちが俺を「オタク」だ「きもい」だ「死ね」だの言ってくる。



泣いた。みっともなく、ワンワンと。

理不尽すぎるだろう。俺が何をした、俺が一体、何をした。

生まれた家が特殊なだけ。それだけだったはずなのに。

俺は狭間が、親父が、世界が憎くて仕方がなかった。俺をすくってくれない神も、受け入れてくれない世界も、全て。

滅ぼしてしまいたいほどに、俺の中の闇は膨れ上がる。けれど、俺にそれを覆すだけの力が、あるはずがないのだ。


「力が、力があれば・・・・・・・・・・・」


俺を馬鹿にした奴らを見返せる。世界を破滅に導いてやる。

その時だった。俺の脳裏に響いてきたのは。


『ならば、力を与えよう』


「!!?」


誰かが、俺に話しかける。しかし、それは俺に直接話しかけてきたわけではなく、俺の脳裏に響いていた。それが、人外の物であることを俺は何となく感じていた。


「だ、誰だ・・・・・・・・・・・・」


『私は、貴様たちの世界で言うところの神だ』


「か、神、だと」


脳裏に響く声に、俺は聞いた。声はふと笑い、俺に言った。


『力がほしいと言ったな、くれてやろう。波佐士郎・・・・・・・・・・』


その代わり、と声は続ける。


『お前には、私の管理する世界に来てもらう』


「お、俺に何を指せる気だ!?」


旨い話には裏がある。そう思い、聞いた俺に、声は『なにも』と答えた。


『何もせずともいい。ただ、そこで貴様の隙に生きるがいい。好きに殺し、蹂躙し、女を犯し、罪と言う罪を犯すがいい。誰に許可をもらい、怯える必要もない』


クツクツと笑う声。そして、俺の心の中の闇は、静かにその甘い響きを受け止めていた。


『貴様を縛る父も、狭間も、世界もない。異なる世界、エデナ=アルバで』


誰にも縛られることがない、自由。

ほしい。俺を拒絶しない世界を、俺が好きに生きれる世界が。俺を認めさせるための力を。

ほしい。

ほしいほしいほしい。


「俺は、力がほしい・・・・・・・・・・・・・!!」


『契約はなされた』


声が嗤う。まんまと罠にかかった餌を嗤うように。けれど、別にかまわなかった。

俺は、俺の中に何かが目覚めるのを感じた。

長らく、俺が欲し、ついに手に入れられなかった、異能の力を。


漲る。解放される。

不自由な肉体と言う檻を抜け出したように、俺の身体から魔力が迸る。これが、これが親父たちの見てきた世界か。俺は涙を流し、その力を喜んだ。

声が俺を急かす。異なる世界、エデナ=アルバに行こうではないか、と。俺は別にこの世界に未練はなかった。滅ぼしてやりたい、とも思ったが、俺はこんな世界もうどうでもいい。だから、その別世界で好き勝手生きてやる。

俺の頭に流れ込んだ知識では、まるでファンタジー世界のエデナ=アルバはひどく面白い世界であった。エルフや獣人のいる世界。まるでアニメのような世界だ。そんな世界で好き勝手できるのだから、文句などあるはずはない。

けれど、その前に一つだけ、俺はやり残したことがあった。


「なァ、一つだけ、やり残したことがある。それを果たさせてはくれねェか?」


俺はそう言い、にやりと笑う。声はその俺の様子を知ると、含んだような笑みを浮かべ、それを許可した。



俺は実家に帰った。母はちょうど留守にしていた。俺は父のいる奥の部屋まで乗り込んだ。

俺の様子に疑問を感じた父の部下たちが俺を止めようとしたが、奴らは俺が手を翳した瞬間、面白いほどはじけ飛んだ。

目玉がはじけ、肉片が飛び散る。畳の上に広がる血の海を、俺は笑って歩く。

頬に飛び散った肉片や血は美味だった。途中に見た鏡に映る俺は、人間の姿ではなかった。肌は浅黒く、瞳は真っ黒な虚空のごとく。悪魔のような姿。けれど、そんなことどうでもいい。

俺は、大嫌いだった波佐士郎ではなくなったのだ。弱い自分は、もう消えた。

狂ったように俺は笑った。


「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」



俺を止めようとする大人たちに、俺は手を振りかざす。俺の掌から放たれた黒い魔力が、奴らの身体を貫き、弾き飛ばし、血と肉に変えた。残虐の限りを尽くし、俺は地獄の死を与えた。

鉄の臭い、血の霧。解放された俺は、ただただ笑う。狂ったように笑う。楽しかった。これほど、満ちた時があっただろうか。

大きく腕を振る。襖を切り裂き、周囲のものと言うものを破壊する。



俺が殺戮を尽くし、親父の部屋にたどり着いた時、もう家の中で生きていたのは親父だけだった。


「士郎」


親父は座禅を組み、俺を見た。落ち着いた様子の親父に、俺は嗤う。


「よぉ、親父ィ。会いに来たぜェ」


「悪魔に魂を打ったか、士郎。愚かな、狭間の血を継ぎながら、悪魔に魂を売るとは、恥知らずめが・・・・・・・・・・・!!」


静かに怒る父を見て、俺はふつふつと抑えられてきた激情が浮かんでくるのを感じた。


「恥知らず?愚か、だ?」


すう、と俺は息を吸い、その顔から狂った笑みを消した。そして、爆発した。


「あんたが、あんたが言うかぁああああああああああああああああああああっ!!!?」


叫びが風となり、吹き荒れる。親父の身体を吹き飛ばし、後ろの壁に叩きつける。

重力で落ちるはずの親父の身体を、俺は魔力で押さえつける。そして、瞬時に魔力で作った黒い槍で親父の四肢を縫い付けた。

あれほどの術者の父が、手も足も出ずに縫い付けられる姿に、俺は満足した。だが、それで終わらせる気は、毛頭なかった。


「グぅ!!」


親父は叫び、俺を見た。痛みをこらえながら、それでも俺を見る。

けれど、もう怖くはない。もう、怖れはない。あるのは、怒りだけだ。

俺を虐げた親父。願望を押し付け、そして勝手に失望した親父。俺を縛り、俺の人生をめちゃくちゃにしてきた親父。抑えきれない激情が、俺の中で渦巻く。


「お前が、」


俺は殴る。親父は腹から胃液やらなんやらを吐き出した。


「お前が、」


殴る。ぐやりと、骨が砕けた音がした。


「お前がァぁッぁ!!」


殴る。

顎の骨が崩れ、親父の下顎がはじけ飛んだ。だらだら血が流れる。それでも、親父は生きていた。そうでなければ、まだまだ、この怒りは収まらない。


「お前が、俺をこんな風にした!」


殴る。耳を掴み、引き千切る。血が飛ぶ。暖かい。心地いい。


「俺をこんな風にしたのは、貴様だァ、親父ィぃぃぃぃぃぃ!!!」


鼻をつまみ、引っ張り、引き抜く。


「なあ、何とか、言えよぉォォォ!!!」


左目に爪を突き刺し、抉り出す。視神経を引き千切ると、どろりと白い液体が零れた。

父はもう、喋れるはずがなかった。正気を失くし、その身体は痙攣していた。

それでも勝手に死なれては困る。まだまだ、足りない。

魔力を送り込み、死なない程度に生かしてやる。


「なァ、おい、おいぃぃぃっぃぃぃ!!!」


俺は両手を振り上げる。

胸を抉り、腹を抉る。

内臓を取り出し、心臓を撒き散らし、俺は嗤う。

面白いだろ、親父、親父ィぃぃぃぃぃぃ!!!


俺の声が響く。親父はもう、生きているかどうかわからない。もう、関係なかった。

俺は俺の気が済むまで、親父の身体を破壊し続けた。


日が暮れて、俺が気が付くと、そこには親父だったものの残骸だけがあった。

俺の腕の中には飛び散った親父の脳漿と右の眼球、それだけがあった。

俺はそれを握りつぶすと、唾を飛ばした。

そして、言った。



「なぁ、おい!俺を連れていけ、エデナ=アルバになァ!!」


俺が言うと、『神』は俺の脳裏にエデナ=アルバに行くための方法を示した。

俺は魔力を発動し、自分の肉体を異なる世界に転送させる。

最後に、俺はこのクソッタレな世界を見て嗤った。

いつか、エデナ=アルバも壊してしまったら、この世界も壊してやろう。そして、ここともエデナ=アルバとも違う世界も、また同じように破壊してやる。何度でも何回でも。

もう誰も止められない。もう誰も、俺を止めることはできない。





そして、俺はエデナ=アルバに辿り着いた。


『歓迎しよう、魔神ハザ』


『神』はそう言った。

魔神、か。悪くない。


狂った笑みを浮かべ、俺は漆黒の翼を広げた。心地よい闇の波動が俺を満たす。


そして、俺は終わることのないワルツを踊る。そこでの俺は万能の神であった。

おかしくて、笑ってしまう。


「ぎゃはは、はははははははっ!!」


何時しか俺は『狂笑』と呼ばれていた。俺にぴったりな名前だと思った。

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