バーティマの密約
ラトナ騎士団の密偵である騎士ゼブーンはクロヴェイルの伝言として協力を前提としていきたい、という言葉を持ってきた。ユグルタはそのことに満足をしていた。
「さて、それではこれからどうやってアクスウォードと接触するか」
バーティマのゼルとはもう少し時間をおいてから接触するつもりであった。アンセルムスの決定的なバーティマへの背信を突き止めるまでは動けないのだ。
ユグルタの義手を作るためにこの日も彼のいる孤児院を訪れていたイーリオンが顔を上げた。
「そちら方面にはコネクションがある。どうにかしてカッシート王子の密偵と話ができると思うわ」
ふむ、とユグルタは頷く。
「ならばイーリオン、頼めるか」
「ええ」
ユグルタは騎士ゼブーンを見る。
「騎士ゼブーン、引き続きクロヴェイル殿との仲介をお頼みしたい」
「よろこんで、ユグルタ殿」
ゼブーンはそう言い、頷いた。この動きをアンセルムスに悟られぬよう、注意に注意を重ねてユグルタたちはことに及んでいた。
カッシート王子は自身の密偵が持ってきた報告に耳を傾ける。今現在彼の眼前では戦闘が繰り広げられている。状況としては五分五分、といったところである。
「ハンノ=イヴリスと、バラルの連名での秘密文章、か」
呟いてカッシートはそれを見る。信用のおける弟たちを残し、彼はそれを見る。
それを一通り読むと、彼は隣に待機していたナウプリアモスに渡す。クラウシアスとともにそれを見た彼は驚きに声を出した。
「まさか、この戦争が仕組まれたものなど、到底信じられません、兄上。それも、それをたくらんだのが、あの・・・・・・」
死んだはずの弟、アンサズ・ルフス・アクスウォード。彼がこの一連の出来事を仕組んでいる。その陰謀は根深く、バラル、ハンノ=イヴリス、そしてアクスウォードをはじめとした世界各国が団結すべきである。一時、休戦を求めたい。バーティマにて会談を行いたい。それが、ユグルタ・ヌマンティウスの提案であった。すでにバラル側からはクロヴェイルが参加するという。
「兄上、罠やもしれません」
慎重論を言うナウプリアモス。それに同調するクラウシアス。カッシートはしばしの間、悩んだ。
果たして痕提案を吞むべきか。確かにこの戦争は怪しい。
それに、とカッシートは思い出す。スキルを持たなかった無能力者の弟のあの、暗い瞳を。周囲の視線の中、カッシートは弟と交流を持ったことは少ししかなかった。だが、その際に逢った時の彼のあの黒い目のことは忘れられなかった。どこかしでかしかねない危うさ、とでもいうのだろうか。それを感じ取っていた。
ハンノ=イヴリスもかかわっており、場所はバーティマ。罠を仕掛けようにも難しいだろう。
「私自身が生きたいが、流石に私が離れるわけにもいくまい」
「兄上、私が行きましょう」
ナウプリアモスが口を開く。彼自身はあまり乗り気ではないが、兄王子の判断を彼は遵守するつもりであった。
「仮に罠であろうとも、私ならばそれほど被害は出ますまい。兄上はこの国の将来を担う存在です。ここで報告をお待ちください」
「・・・・・・すまないな、ナウプリアモス」
「いえ」
第二王子は第四王子クラウシアスを見て、兄上を頼む、と呟いた。弟王子は静かに頷いた。
ナウプリアモスはイーリオンの使者とともにバーティマへと向かっていった。
内密に動いていたユグルタたちであったのだが、その動きは微かにアンセルムスに知られていた。闇の一族ファーレンハイト。彼らはイーリオンの妨害に苦しみながらもどうにかその動きを突き止めた。
彼らの報告を受けたアンセルムスは無言であった。
先ごろ、ハザが負傷したという報告があり、ミアベル=ツィリア殺害は失敗。更にこの事態だ。アンセルムスの計画では各国は対立し、互いに連絡を取り合うことなどできないはずなのだ。情報がないのだから。なのに、どうして。
裏切り者がいるはずはない。まるで、こちらが何をするのかを誰かが知っているような・・・・・・。
アンセルムスは焦りを隠せなかった。
(計画を前倒しにするか?危険だが、このままでは計画は総崩れだ!)
彼の頭の中で修正のための計算が始まる。バラルとアクスウォードに結びつかれては困る。ゴゥレムの技術を更に流出させ、バーティマも参戦させよう。そのためには早く、ゼル・マックールに決心してもらわねばならない。
魔族国も滅ぼさねばならないし、大宗主国でも早く動き出させなければならない。魔族国崩壊後が望ましいが、そうもいっていられない。
頭をかきむしるアンセルムス。どうしてこうなったのだ、と彼は叫びたかった。
アンセルムスの命を受けたバラル騎士に扮した傭兵たちは、ゼルが留守の孤児院に押し込み、エレナと子供たちを殺すのだ。そうして憎しみを植え付け、バラルとの戦いを促すのだ。
しかしながら、押し入った傭兵たちは戦力のないはずの孤児院で返り討ちにあった。ユグルタ、イーリオン、騎士ゼブーンといったメンツが待ち構えており、彼らを倒した。騒ぎを聞きつけてやってきたゼル・マックールに対し、ユグルタは傭兵を引き渡した。
「いったい、何が?」
困惑するゼルに、ユグルタは自分が何者であるかを明かした。
「私はハンノ=イヴリス連合の騎士、ユグルタ・ヌマンティウスです。ゼル・マックール殿、折り入ってお話があります」
そう言い、ユグルタはイーリオンと調べたアンセルムスに関する文章を彼に渡した。そこに書かれていたシナリオに目を通し、ゼルはわなわなと震える。エレナを殺し、その罪をバラルに着せる。それを見て、落ち着いていられるはずはない。
どこか怪しい男と思っていたが、まさかここまでするとは、とゼルは思った。
「・・・・・・それで、あなたの目的はなんだ、騎士ユグルタ」
「私はバラル、アクスウォードとも連絡を密にしています。ゼル殿、あなたにも協力していただきたい。問題は一国や一大陸だけではないのです」
「・・・・・・詳しく聞こう」
詳しく話を聞いたゼル・マックールは直ちにアンセルムスを討つべし、と憤ったが、ユグルタがそれを止めた。これから各国の代表と話をするので、それまでは行動を控えてほしい、と。アンセルムスのことだ。急な事態でもある程度は想定済みのはずだ。各国の連携のもとでの動きが必要なのだ。
集まりはすでに段取りがついている、とユグルタが言うとゼルは何時の間に、と怪訝そうに彼を見る。
そこで隣にいた魔女イーリオンを見て、どこか納得した。
「北の魔女、か」
「あら、その言い方・・・・・・まるで魔女が嫌いのようね」
「フン」
ゼルは鼻息をついてその言葉を無視した。
ゼルはふと、ユグルタたちを見ると一言、「ありがとう」と言った。エレナを襲うはずだった者たちから守ってくれたことを言っているのだろう。ぶっきらぼうではあったが、彼が少女を大切にしていることは伝わってきた。ユグルタは青年を微笑ましく見た。
孤児院の中で念のため傷がないかを見てもらていたエレナたちのもとへと彼は向かっていった。
バーティマの暗黒街にて、彼らの会合は持たれた。参加者は以下のとおりである。
ここバーティマの指導者ゼル・マックール。バラル帝国ラトナ騎士団団長クロヴェイル・ラウリシュテンと騎士ゼブーン。アクスウォード王国第二王子ナウプリアモスとセアノ王国魔術師カリカルチュア。ゼレフェン王国宮廷魔術師アテナ。そして、この会合の立役者であるハンノ=イヴリス連邦のユグルタ・ヌマンティウスとイーリオン・クライムシュバイン。
長年いろいろと対立関係にある国の代表もいることもあり、場の雰囲気は決していいものとは言えない。
「さて、ここにお集まりいただいた方々には事前に状況の説明はしておりますので、また同じことを繰り返すことは控えたいと思います」
ユグルタが言い、全員を見渡した。
「これから我らがどうするべきか、それを話し合っていきたい」
「その傭兵アンセルムスの手の内のすべてはまだわかってはおらぬのかね。ユグルタ殿」
魔術師カリカルチュアが訪ねる。豊かな白髭の魔術師は穏やかな顔で軍人を見る。ユグルタは頷いた。
「かの傭兵は緻密な計画を立てており、全貌は明らかではありません。が、少なくとも貴国のゴゥレムは彼の思惑で作られたものであります。どのような罠が仕掛けられているかはわかったものではありません。彼は油断ならない敵です」
「その通りだ」
ユグルタの言葉にクロヴェイルが口を開いた。
「ユグルタ殿の情報をもとに我が国を調べた結果、様々な罠が見つかった。私は何度か彼と顔を合わせたことがあるが、彼は底知れない。確かにスキルは有していないし、魔術師としての才能には恵まれなかったが、私を追い詰めるだけの力を持っている」
彼の英雄にそこまで言わしめる敵に、場の空気は動揺した。だが、とクロヴェイルは続けた。
「我らが団結すれば、それも防げるでしょう」
そう言い、カリカルチュアやナウプリアモスを見る。仇敵である彼らは蟠りが全くないわけではない。だが、未来にそのような禍根を残すわけにもいかない。今は団結すべき時である。
「一理あるな」
ナウプリアモスは一言そう言った。カリカルチュアも事態が事態だけに重く頷いた。
「それで、アンセルムスはどうするのかしら?彼、ここにいるのでしょう」
魔女アテナが言い、妖艶に笑う。
「逃がしはしない。こちらも相手に気づかれないように罠は張っている」
ユグルタは言ったものの、アンセルムスの手ごまが見えない以上、どうなるかはわからないという状態であった。そのことは他の参加者も感じてはいるのだ。
「各国、遺恨はあるだろうが、どうかそれを押さえて行動していただきたい」
ユグルタがそう言い、一同を見回した。一同は言葉にはしなかったが、頷いてそれに答えた。
ここに密約が結ばれた。傭兵アンセルムスに対する影の密約。後に「バーティマの密約」と呼ばれることとなる出来事であった。
クロヴェイルはナウプリアモスと話をしていた。
「私は兄上に早く話を伝えねばならぬから、アンセルムス捕縛には付き合えない。だが、身内の恥だ。可能ならば、私も参加したかった」
「ナウプリアモス王子、そうお気に召されるな。あなたは早く戻り、戦争状態を止めてください。カリカルチュア師もお願いします」
「承知した」
老魔術師は頷き、アクスウォード第二王子とともに本国へと戻る帰途へと着いた。クロヴェイルも父である黎帝に使いは出しており、戦争の即時中止を訴えていた。戦争は一時休戦の形になるであろう。
彼らとは別の場所ではアンセルムス捕縛についての動きをしていた。
ゼル、ユグルタ、騎士ゼブーンを中心にアンセルムスのいる屋敷への包囲について話していた。
「彼の屋敷の間取りはいまいちわかってはいない。秘密主義者のアンセルムスが自分で手を加えているだろうからな」
ゼルは言い、アンセルムスの傭兵団の存在を示す。
「あいつに絶対の忠誠を誓う連中だ。だが、こいつらを押さえれば、奴は丸腰だろう」
「大規模な罠がある可能性もある。ことは慎重に行うべきだ」
ユグルタが言うと、わかっているとゼルは返す。ゼルにとって、アンセルムスはバーティマ革命の協力者であったが、そのためにエレナを犠牲にしようとした。それは許されないことであった。青年は怒りに燃えていた。
そんなゼルを遠目でアテナは見ていた。そのうちに、彼女は踵を返しその場から出ていった。
魔女アテナはイーリオンの案内で孤児院に向かっていた。その孤児院で子供たちと遊ぶ砂色の髪の少女を見て、アテナは彼女が自分の娘である、と直感した。
やはり、と確信したイーリオンにアテナは言う。
「よくぞ無事だったものね」
「彼女は、ゼル・マックールを愛している。彼も彼女を・・・・・・」
「・・・・・・そう」
静かに呟いた魔女。イーリオンの話しでかつて魔女自身の手でゼルはその体に障害を負っていた。
「・・・・・・」
「アテナ?」
見つけた娘に何かをしないのか、と言う視線で見るイーリオンにアテナは手をひらひらと振った。
自分にできることは少ない。今更母親だと出て言ってどうするものか。彼女には科覗の人生があり、生活があるのだから。
アテナにできるのは、過去の清算である。
アンセルムスの捕縛に向かう前のゼルに、アテナは言った。
「ゼル・マックール。少し時間はいいかしら」
魔女の言葉に警戒しながらもゼルは了承した。
魔女はゼルをとある場所に連れて行った。そこにはイーリオンもいた。
「ゼル・マックール。あなたの身体を治療するわ。幸い、私とイーリオンならば、完全とまではいかなくともあなたの身体を直せる。失われたスキルも、恐らくは」
「・・・・・・魔女がどんな心変わりだ?」
ゼルの言葉に彼女は答えず、治療を受けるかどうかを問うた。ゼルはもちろん、受けると答えた。
魔女は弟子魔女に頷きかけると、治療は始まった。
腕のいい二人によってゼルの身体はほぼ完全に回復した。漲る魔力とスキルに、ゼルは生き返ったように感じた。
「礼は言わないぞ、魔女アテナ」
「構わないわ、ゼル・マックール」
そう言い、アテナは去っていった。緑の長髪を揺らし、若き指導者はアンセルムスとの戦いに向かっていく。




