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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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計算外の出来事

アンセルムスは一人、屋敷に篭っていた。不穏な動きを見せる者たちへの対策と、計画の変更に頭を悩ませていたのだ。

ふとアンセルムスは狭訪ねてくるはずのゼル・マックールが来ていないことに気づいた。彼は誰かを使いにやろうか、と考え始めていた。その時、彼の部屋にゼルが入ってきた。


「ゼル・マックール。遅かったな」


アンセルムスが言うと、ゼルは何も言わずにアンセルムスを見る。アンセルムスはゼルの瞳に疑問を抱く。どこか、これまでの彼とは違う印象を受けた。傭兵に向けるその懐疑の視線は、より強いものになっていた。ゼルの恋人を殺す、という任務が失敗した、とは彼はまだ知らされていなかった。


「アンセルムス」


「なんだ」


「お前を、捕まえる」


そう言った時、ゼルの身体から魔力が解き放たれた。アンセルムスはゼルが力を取り戻しているとは知らず、驚いた。懐から短剣を取り出そうとしたアンセルムスだが、その直後部屋に押し入ってきた者たちによって武器を払い落とされる。黒髪の青年はキッと侵入者達を見た。


「クロヴェイル・ラウリシュテン・・・・・・」


忌々しげにつぶやき、クロヴェイルとユグルタを見るアンセルムス。まさか、直接乗り込んでくるとは、と彼は呟く。


「そうそう簡単にお前の思い通りには動かないぞ、アンセルムス」


剣を構えるクロヴェイルに、銃でアンセルムスを狙っているユグルタ。さすがのアンセルムスと言えども、この事態は予測していなかった。

バーティマ、バラル、ハンノ=イヴリス。結びつくはずのない勢力が結びついている。これはどういうことなのか。彼にはわからなかった。


「観念しろ。お前の計画は終わった」


投降しろ、とクロヴェイルは言う。


「終わった、だと?」


アンセルムスは呆然とつぶやき、やがておかしそうに肩を震わせた。


「終わった、終わっただと?この俺が、何もなさずに終わっただと?」


冷たい笑みを浮かべていたアンセルムスは笑みを消すと、底知れない闇を抱えた目で三人の敵を見つめた。


「終わりなどするものか。終わってなど、やるものか」


「無駄な抵抗はやめて、投降しろ。そうすれば」


「「命だけは、ってか!はん、そうまでして、俺は生き延びたくはない!貴様等の施しを受けるなど、まっぴらごめんだ!」


そう言い、アンセルムスは自分を囲む者たちを、憎しみのこもった目で見る。


「何がお前をそうまでさせる?他人を陥れ、世界を壊そうとする」


ゼルの言葉に、アンセルムスはクツクツと笑った。


「わかりはしまいな、ゼル・マックール。お前は本当の絶望と言うものを知ってはいないからなァ。クロヴェイルも、そこのイヴリスの軍人も、知りはしない。世界は残酷だ」


アンセルムスは大きな声で叫ぶ。その悪意のこもった声に、瞳に、形相に、さしもの英雄も息を吞んだ。

それは、人が浮かべるものではなかった。深い絶望。渦巻くのは、言いえぬ悲しみ。


「俺は世界に見放された!世界から認められなければ、誰からも受け入れられない!やっと見つけた幸福も、俺の手から零れていく!どれほどの努力も、願いもすべて踏みにじられていく!理不尽過ぎるだろう、だから俺はこの世界を壊す!俺のためになァ!そのためならば、どれほどの犠牲が出ようとも知ったことか」


「貴様のしていることはまさに理不尽だ!この狂人め」


ユグルタが叫ぶ。アンセルムスは邪悪な笑みを崩しはしない。


「そうだ。そうだなあ」


気の狂った笑みを浮かべるアンセルムス。アンセルムスを見てユグルタが「狂っている」と絶句している。


「それだけの理由で、こんなことを!」


「それだけ、と言えるのは、お前がすべて持っているからだ!」


クロヴェイルの言葉に、アンセルムスは強く言った。

「それだけの理由で、こんなことを!」


「それだけ、と言えるのは、お前がすべて持っているからだ!」


クロヴェイルの言葉に、アンセルムスは強く言った。


「祝福も、才能も、愛も、地位も名誉も何もかもを!俺が努力し、望み、手に入れられなかったものを、お前は持っている!だから、理解できない!持たざる者の苦悩を、絶望を!」


「・・・・・・どちらにせよ、もうお前にはどうすることもできない。私たちから逃れることはできないぞ」


ジリ、と夜三人を見てアンセルムスは「確かに」と言う。


「俺一人だけならば、確かに逃げられないだろう。だがな、俺がこういった事態を全く想定していないとでも思ったか?ちゃんちゃら甘いんだよォ!!」


はなから他人を信じてはいないアンセルムスは、こうした裏切りも想定はしている。それがゼルであり、クロヴェイルとつながっていた、とは予想外ではあった。だが、結局信じることができるのは自分だけだ。アンセルムスはだから他人を信用しない。駒となりえないものは排除し、淘汰するだけだ。世界が彼にそうしてきたように、彼も同じことをする。


「使いたくはなかったが、仕方あるまい」


「何を・・・・・・」


アンセルムスが懐から取り出した、一つの魔力結晶体を見てクロヴェイルが呟く。禍々しい魔力を放つそれを手にして黒髪の反逆者は嗤う。


「出でよ、裏切りの騎士よ。主君を、友を裏切り、破滅をもたらす黄昏の騎士よ」


アンセルムスのその言葉に応えるかのように、決勝が輝く。そして、暗き地下に眠っていたソレは目覚めた。結晶を媒介とし、ソレはアンセルムスのもとにはせ参じた。

漆黒の鎧、巨大な盾、そして邪悪な鼓動を放つ魔剣。魔剣の名は、グラシャラボラス。かつてラカークン大陸にいた同名の魔神の肉と魔力、魂を封じ込めた生きた剣である。それを操る騎士はトローア王セウスに仕え、彼の一番の親友であったという。

トローア滅亡後の彼の消息は分かってはいない。


「まさか」


クロヴェイルが目を見開く。馬鹿な、と呟く彼にアンセルムスは言う。


「そのまさかさ。この男の名はバルドバラス。地獄に落ちた魔神さ」


漆黒の鎧の騎士はアンセルムスを庇うように立つとその剣を振り回す。黒い波動がクロヴェイル達を襲う。


「ッウ!!」


ユグルタとゼルがもろにそれを受け、弾き飛ばされる。壁にぶつかった二人を横目で見ながら、クロヴェイルは剣を抜き、魔神バルドバラスに向けた。英雄の剣技はその巨大な盾に阻まれた。そして、彼の身体を空気が襲う。


「!身体が、重い・・・・・・」


黒騎士バルドバラスのスキルは重力操作であったという。近接戦闘においてそのスキルは非常に重宝し、彼は戦場で負けなしであったという。


「クロヴェイル、流石のお前でもこいつには勝てないだろう。だが、今はお前と遊んでいる暇はない」


アンセルムスはそう言い、バルドバラスを近くに呼び寄せると彼に次元の狭間を開かせた。アンセルムスはそこに入り込む。


「待て、アンセルムス!」


「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる?」


アンセルムスはそう言い、狭間の向こうに消えた。それを追うように、黒騎士もそこに入り込む。

クロヴェイルは重力から解放された。追いかけようと次元の狭間へと走る彼の前で、無残にもそれは閉じてしまった。





無事逃げおおせたアンセルムスだが、彼には全く余裕はなかった。

魔神バルドバラス。本来であれば、これを使うことは避けたかった。これに限らず、彼が持つ切り札の多くは制御の困難なものばかりだ。不確定要素を懐に持つことは避けたかったが、仕方があるまい。


『アンセルムス、封印を解いてくれたことには感謝するが、以後は俺の勝手にさせてもらうぞ』


黒騎士はその漆黒の兜の中から声を出す。アンセルムスにとって、魔神ハザと違い、バルドバラスはどう動くかが予想できない。まったくもって厄介な限りである。


「どうするつもりだ、バルドバラス」


『貴様には関係ない、アンセルムス。我が妻の封印も解いてもらうぞ』


「!貴様一人を自由にするのも俺にとっては苦渋の決断だというのに、さらに要求するか」


アンセルムスの言葉に、バルドバラスはその漆黒の兜を寄せ、殺気を込めた瞳で青年を見る。


『今ここで俺に殺されたいのか、アンセルムス?』


「・・・・・・いいだろう、勝手にしろ。だが、もう一度だけ俺の計画に従ってもらうぞ。それが条件だ」


『いいだろう』


そう言うと、バルドバラスは闇の洞穴の中を進み、自分が封じ込められていた水晶の隣、同じように眠る一人の女性を見た。オレンジ色の髪の貴婦人。彼女こそが、彼の妻である。彼女もまた、バルドバラス同様、魔神に堕ちた身だ。


『セリーヌ』


その名を愛おしげにバルドバラスは呟いた。


(クソッタレ)


誰に言うわけでもなく、アンセルムスは独り心の中でつぶやいた。





アクスウォード・セアノを中心に近々行うはずであった魔族国侵攻の中止が言い渡されたのは、アンセルムスがバーティマを逃れてすぐのことであった。魔族国侵攻も、アンセルムスの仕組んだものであることがはっきりしたからである。バラルとの停戦もほぼ決まりかけており、これ以上の戦果を広げるわけにもいかない、と異様な熱気は治まりつつあった。

アクスウォードなどの軍勢は魔族国の周囲にある大森林を前に止まっていた。

突然の侵攻中止にアクスウォードの王子アレスターは不満であった。功績を上げる予定が、突然中止になったのだ。面白いはずがない。

停戦前にカッシートは活躍しており、ほかの王子も戦果を挙げている。なのに、とアレスターは苛立った。

彼はセアノの魔術師たちにゴゥレムの整備を命じた。また、攻撃再開の命令が来るかもしれない、と言うわずかな期待を込めて。

そんな彼は、突然聞こえてきた魔術師たちの悲鳴に驚く。

何があった、とアレスターが問うと、魔術師の一人が焦っていった。


「ゴゥレムが、勝手に起動し、我が軍の制止を振り切り魔族国へと向かっています!!」


暴走したゴゥレムたちは、制止しようとする軍の兵士を薙ぎ払いながら魔族国へと侵攻を開始した。それと時を同じくして、ラカークン大陸に面する外界から、巨大な何かが現れた。岩のようなそれの先端からは、ゴゥレムに似た怪物が無数に表れてきて、魔族国へと向けて歩き出す。

何だこれは、と呆然と見ていたアレスターは、自身の背後に迫るゴゥレムに気付かず、そのままその拳で叩き潰された。ゴゥレムたちは味方であるはずのアクスウォード・セアノ軍を攻撃しながら魔族国へと進む。もとよりアンセルムスが流出させて作った存在であったゴゥレム。それ等に対する指揮権はアンセルムスが持っている。計画は大幅に狂ったが、魔族国滅亡は欠かすことのできないファクターだ。


「イケイケイケェ!!!」


空に浮かび、軍勢を率いるのは魔神ハザであった。アンセルムスより命令を受けたハザは、指揮下にあるゴゥレムたちに命じる。怪物を引き連れた魔神は、破壊をもたらすために、自身を馬鹿にしたあの虹色の髪の少女への復讐のためにここにいた。狂った笑みを浮かべた道化師の狂気を体現する軍団は、勢い良く魔族国へと攻撃を開始した。


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