魔神襲来
ベスティア大森林を進むミアベルとタムズ。彼らは魔族国まであと少し、と言うところまで来ていた。
母の話から魔族国への入り方を聞いていたミアベルは、このままいけば一日ほどで着くだろうとみていた。
流石に魔物も強力であり、二人は苦戦こそしていたが目立った傷はない。
魔物の消滅を確認し、血を払う二人。
「ふう」
息をつくタムズは、水筒を取り出し飲む。そろそろ水も少なくなってきた。都合よく近くに水場があるわけもなく、また休むような場所もない。
さっさと先に進もうか、と腰を上げた二人だが、その瞬間、何かが迫ってくるのを感じた。
邪悪な波動。それは確かにこちらに向かってきていた。
「この気配・・・・・・魔物ではない!?」
タムズが叫ぶ。二人は各々の武器を構え、それに備える。
二人の身体に、強風が襲い掛かる。ユグラドの樹の葉が舞い、木々が倒れる。邪悪な魔力を伴いながら、それはやってきた。
ミアベルはそれを見て、目を見開いた。
師レヴィア=ツィリアより聞いたことがあるその相手。あのレヴィア=ツィリアを圧倒するだけの力を持ち、アンセルムスに加担していると思われる『外の世界』からやってきた異邦人。
「『狂笑』のハザ・・・・・・ッ!!」
忌々しげにミアベルはその名を呟いた。魔神ハザはその言葉を聞き、おやぁ、と首をかしげた。
「俺様の名前を知っているとは、てめえ、誰だ?知らねえ顔だなァ」
その褐色の顔に疑問符を浮かべたハザだが、まあいいや、と首と手を振る。
「てめえがイレギュラーってことなんだろ?虹色の髪なんて、エキセントリックだなァ、ええ!?」
「何の用だ、魔神ハザ。アンセルムスの命令でここに来たのか」
剣聖剣を構えるミアベル。そのバイザーで隠れているはずの目は、強い輝きを放っている。
その目を見て、んんん、と唸るハザ。
「てめえ、本当に何もんだ?『監視者』か?」
「何を言っている、貴様」
「その様子だと知らねえか。まあいいさ。なにせ、てめえはここで俺に殺されるんだからなァ!!」
ぶわ、と風が吹き、魔力が荒れ狂う。二人は咄嗟に防御し、飛んでくる枝や岩を叩き斬る。時折飛んでくる邪悪な魔力の塊を払って、二人はハザの様子を見る。
「あいつ、なんなんだ、ミアベル!?」
「序列八位、『狂笑』のハザ。この世界とは異なる世界から来たものよ」
そして、と少女は一泊置いた。
「悪魔よ」
悪魔と呼ばれたハザは、その言葉に気をよくした様子であった。ぎゃはははは、と下品な笑い声を上げ、魔神は二人を見る。
「ちっぽけなゴミ風情が、この魔神ハザ様に敵うわけはねえぞ!大人しく殺されておけ」
「断る!」
ミアベルが叫ぶ。タムズも同様の気持ちでその視線を魔神に向ける。
「貴様たちのもたらす破滅を、私は止めてみせる!」
「知りたいことがあるんだ。こんなところで死んでたまるかよ!」
ミアベルとタムズはそう言うと、自分の武器を振り、ハザの魔力の渦を断ち切った。
二人の実力を甘く見ていたハザは、毛された自信の魔力を見てチッと舌打ちをした。
魔神の隙を見て、二人は左右から攻めていく。ミアベルの剣と、タムズの鎌がハザに向かっていく。
ハザは先にタムズの迫ってきた鎌を魔力で作った盾で防ぐとミアベルの剣を魔力で強化した自身の手刀で受け止めた。そして、大きく息を吸った。その両目が怪しく光る。危ない、と思った二人が後ろに退く。次の瞬間、ハザの両目から紅い閃光が放たれ、二人のいた地面を焼き斬る。
それからハザは右手から魔力の弾を放った。
タムズはミアベルの前に出ると鎌でそれを切り払う。その後ろからミアベルが飛び出し、もう一度ハザへの接近を試みる。
「ハぁッ!!」
「・・・・・・くそがァ!!」
咄嗟に避けたハザ。しかし、剣で薄く肌を斬りつけられ、ハザは血を流すこととなった。興奮した魔神はミアベルの顔面に拳を叩き込む。左腕でガードしたものの、その身体は吹き叔母され、ユグラドの樹にぶつかる。
追い打ちをかけるようにハザの魔力弾が吹き荒れる。タムズは大鎌を振り回しながら、ミアベルの前に立つと、その魔力弾をすべて防ぎ落とす。
「だあぁ!!」
ハザは苛立たしげに叫び、再び目から光線を放つ。光線を受け止めようとしたタムズだが、それを受け止めるのは無理だと直感し、その場から避ける。後ろにいたミアベルも状態を立て直し、すでに離れていた。背後にあったユグラドの樹が消滅した。
ゼェ、ハァと荒い息をつく二人。
(流石に、これだけの相手を二人だけでは無理があるか)
ミアベルは冷静に状況を見る。このままでは相手に押し切られる。もう一人、誰かがいてくれれば、あるいは。
ミアベルはタムズを見る。タムズの方も余力はない。ミアベル自身も、余力はない。彼女の持つ今のスキルでは、ハザを倒せるものはない。
魔族国を前に、時間を取られたくないミアベルとしては、早くこの相手を倒さなければならなかった。
「さぁて、それじゃあ、俺様のターンだな!これからはてめえらに攻撃なんてさせてやらんぞォ!!」
そう叫び、高笑いしたハザ。その時、ドン、と何かの音がした。
ミアベルとタムズ、それにハザが音のした場所を見る。それは、ハザの胸であった。彼の胸からは、漆黒の槍の先端が生えており、そこから真っ赤な血が滴り落ちていた。
「なん、だと・・・・・・・・・・・・」
呆然とつぶやくハザの背後で、その人物は静かに槍を引き抜くと地面に倒れ込んだハザから退く。彼女の立っていた場所が、ご、と抉り取られた。
「誰だ、てめええええええええええええええええええええ!!!」
「私か。貴様は憶えてはおらんだろうな」
その人物は冷たい声で言った。金髪の髪に、尖った耳。美貌。その姿はエルフであった。
「私の名前はネフェリエ。魔神ハザ、娘を返してもらおうか」
「娘、だとぉ・・・・・・・・・・・・なるほどなァ、このタイミングでアンタが来るか!おもしれぇ・・・・・・」
ぶつぶつ言いながらハザは胸を押さえて立ち上がる。傷口が塞がっていく。さすがにアレでは倒せなかったか、と思うネフェリエ。だが、ハザは今の一撃でダメージを負った。
「そこの二人」
ネフェリアはミアベルとタムズに声をかけた。
「互いにこの男は敵だ。見も知らぬ相手と共闘するのは厭かもしれんが、手を貸してくれ」
その申し出にミアベルとタムズは快く受け入れた。
「ええ、喜んで」
そして、三人が弾かれたように駆けだす。三方向からの攻撃に、余裕をなくしつつあるハザは一瞬パニックに陥った。先ほど以上に隙の多いハザを、三人が襲う。
ハザは防戦に回る一方であった。ハザにとっての誤算は、ネフェリエの登場であった。ネフェリエは一対一ではハザにとっては苦戦する相手ではない。だが、ミアベル・タムズと言った実力の持ち主とともに相手をするとなると、苦戦は必至であった。三人はそれぞれ英雄レベルの実力の持ち主である。タムズとミアベルの連携に、即席ではあるが合わせてくるネフェリエ。その連携に、ハザは舌を巻く。
傷はすぐに治るし、魔力も放っておけば治る。だが、彼のプライドはすぐには戻らない。
苛立ちを隠せないハザ。ジェネスを呼べば、すぐにこの状況は打開できる。だが、ここまでコケにされて「はいそうですか」と行くわけにはいかない。
「クッソがぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
タムズの振るってきた鎌を紙一重でかわし、その腹に拳を叩き込む。そして、その後ろから槍で狙いついてきたネフェリエに魔力を飛ばし、退かせる。追撃の魔力弾を放ちハザはミアベルを探す。だが、ミアベルの姿は見当たらなかった。
「どこだァ、虹色アマァァ!!!」
「ここだっ」
声が上から降ってきた。顔を上げたハザは、空から降ってくるミアベルの姿を見た。剣を構え、その輝く瞳をハザに向ける。バイザーを外したその瞳の眩しさに、ハザは思わず目を閉じた。
そして、落ちてきた少女が剣聖剣でハザの左肩から右わき腹までを切り裂いた。
「ア・・・・・・?」
僅かに遅れて、ハザの身体が分断された。ズルリと体が落ちる。ハザは絶叫した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
死ぬことはない。だが、その痛みだけはどうにもならない。イクラ力があろうと、これだけの傷を一瞬で再生はできないし、このまま戦闘を継続すれば、命の危機である。
ぐ、と唇を噛み、憎悪の瞳でミアベルを見る。忌々しい虹色の髪を、可能であればむしり取り屈辱の限りを尽くしたい、という顔をしているハザ。だが、それはできない。
こんな場所で死ぬ自分ではない。今は耐えろ。必ず、復讐はする。
「今日はここまでにしてやる。だが、貴様ら・・・・・・特にそこの虹色のアマは憶えておけ。次に会った時こそ、貴様等は地獄を見るだろう」
「逃がすものか!!」
ミアベルとネフェリエが咄嗟に動くが、その前にハザは大きく息を吸い、魔力のこもった風を口から吐き出した。土煙が舞い上がり、魔力が襲う。二人は防御をした。
土煙がおさまり、魔力が平常に戻る。目を開けたミアベルが見たのは、魔神ハザの流した血だけであった。ハザはその場から逃げおおせた後であった。
「くそ、逃がしたか」
可能であれば、ここで倒しておきたかったミアベルは一撃で決められなかったことを悔いるが、今更悔いても仕方はない。どうにか退けただけでも、賜物なのだ。
「大丈夫か、タムズ。それに、エルフの方」
「ああ、俺は大丈夫だ」
「私もだ」
そう言ったエルフの戦士は槍の埃を払うと、ミアベルとタムズを見る。
「私の名はネフェリエだ」
「私はミアベル。あっちはタムズ」
「そうか、よろしく頼む」
そう言ったエルフの戦士は、二人を見る。
「私がここにいるのは、実は偶然ではないのだ。君たちをイヴリス大陸の港を出たところからずっと見ていた」
「・・・・・・なぜですか?」
ミアベルの問いに、ネフェリエは頷いて応える。
「ある占い師の預言があってな。君らとともにいれば、探し物が、娘が見つかるだろう、と」
「それであの時、娘さんのことを」
ハザとの戦いのときに言っていた言葉を思い出しタムズが言う。ネフェリエは頷く。
「そうだ。この先、奴はまた君たちのもとに現れるだろう。だから、私も共に同行させてはくれまいか?」
ネフェリエの提案に、ミアベルはタムズを見る。言葉を交わさずとも、二人の考えは同じである様子であった。
「あなたの腕は十分わかりました。それに、あなたはいい人だ。こちらからお願いしたいくらいですよ」
タムズが言い、ミアベルも頷きながら言う。
「ええ。でも、私の旅はきっと、とてつもなく辛いものになります。それでも、構いませんか」
「構わんよ」
エルフは槍を掲げ、愛おしげにそれを撫でる。
「辛い旅は慣れている。今更どうということはない」
エルフはそう言い、ミアベルの仲間に加わった。
三人になった一行は、闘いの疲れを癒すと魔族国を目指して歩き始めた。
「イタイイタイイイタイイイイイタイイイタイタイタイタイタイタイ・・・・・・」
闇の中、声が響く。いつものあの、耳障りな笑みの代わりに聞こえるのは呪詛の如き痛みの声。
あれから肉体は再生し、身体は繋がっていたが、それでも体の調子は悪いし、痛みは引かない。牙をむき出しにして、歯ぎしりをしている。ハザは苛立ちをジェネスにぶつける。一方的になぶられるハーフエルフは、黙ってそれを受け入れる。
「ああ、クッソ、クソ、クソ、クソ、クソォ」
真っ黒な目を見開き、太い声が響き渡る。
「クソがあああああああああああああああああああああっ!!!!」
こんなことがっていいはずがない。ハザはジェネスを殴る手を止めることなく、自分をこんな目に遭わせた相手に屈辱を与えることを夢見ていた。
「畜生めェェェェェェ!!!」




