動き出す者たち
ゼレチア王国王都ゼレフェン。ゼレフェン王国はかつてはバラル帝国が管理していた一領地であったが、数世紀前のゼレフェン侯爵は皇帝と親しく、また数々の功績を上げたためにこの地に国を築くことを許された。皇帝には劣るものの、王として独立した領地を持つようになった。
以後、ゼレフェンとバラルの蜜月関係は続いていた。それは魔女アテナが国の支配権を握ってからも同様であった。魔女と言えども、バラルに面と向かって刃向うなどと言うのは割に合わない。甘い蜜を吸い続けるためにも、バラルとの関係は重視しなければならない。
魔女アテナはその美貌を惜しげもなくさらし、王宮を歩いている。彼女にとって王宮は自分の庭である。
最近、バーティマの動向に注視している彼女であったが、所詮一時のもの、と高をくくっていた。バーティマのような地方都市に、このゼレフェンは落とせないし、バラルも御すことなどできない、と。
そんな風に思って歩いている彼女の前に、一人の少女が立っていた。青い髪、紫色の唇。深緑色のローブと三角帽をかぶった、魔術師の装いをした少女を見て魔女アテナは眉をひそめた。
「あら、ずいぶんと久しぶりじゃない。イーリオン」
イスカンブールにいるはずのイーリオン・クライムシュバインを見て、魔女は妖しく微笑む。
「北の魔女が何の用かしら」
「少し、お話に来たのよ。アテナ」
少女はそう言い、アテナを見る。互いに魔女と呼ばれるこの二人が面識を持っていると知る者はいない。まだイーリオンが魔術の力をそれほど発現させておらず、またカッシュファミリアにとって重要ではなかった時代、彼女は魔女アテナのもとで魔術の勉学に励んでいた。魔女アテナは冷徹な女であったが、それでも良い師ではあった。彼女の教えのおかげで、今ではイーリオンはイスカンブールでは強力な力を持ち、世界にも影響力を持てているのだから。
「話、ね。まあいいわ。聞いてあげましょう。しばらく暇だったからね」
アテナはそう言い、歩き出す。歩きながら話せ、と言うことらしい。イーリオンは彼女の隣を歩きながら、口を開く。
「バーティマには気を付けたほうがいい。あなたはそれほど相手を気にしてはいないようだから」
「バーティマ?あんな地方都市に、何を気をつけろと言うのかしら」
アテナもイーリオンが根拠なくそう言うことを言わないのは知っているが、それでも聞かずにはいられなかった。
「あそこの革命の成功者である若者が気がかりなのかしら」
「・・・・・・それ以上に厄介なものが、後ろにいる。そいつは私すらも欺くほどのものだ」
「あなたが、ねえ」
アテナはそう言い、嘆息する。
「腕が落ちただけではないの」
「そうは思えない。油断をしていると痛い目を見るのはあなただぞ、アテナ。昔のよしみで忠告してやっているんだぞ」
「それはわざわざどうも」
そう言いアテナは鬱陶しそうに頭を振る。
「話は変わるが・・・・・・」
イーリオンが口を開いた。どこか、言いづらそうな顔でアテナを見る。
「まだ、娘さんのことは探しているのか?」
「・・・・・・えぇ、まあ」
アテナの娘が行方不明である、ということはイーリオンも風の噂で聞いたことがあった。手掛かりがなく、見つからないということも。なんとなしにイーリオンも探そうとしたことがあるが、見つからなかったのだ。
「見つかるといいな」
「そうね」
非道な魔女と言えども、ヒトの子ではあるらしく、子どもへの情は持ち合わせていた。イーリオンにとって、人間的にはそれほど尊敬できる存在でもないアテナに、わざわざ忠告するのもそんな一面を彼女が知っているからだ。
イーリオンは目を閉じると、魔女に背を向ける。
「あら、もう帰るの」
「ええ。ここにはついでで寄っただけだから。それじゃあさようなら」
そう言い、瞬く間に消えるイーリオン。魔女アテナは相変わらずね、と笑う。
娘のことを思い出すと、決まって思い浮かぶイメージがある。
いくつもの死体が吹きさらしの荒野に倒れている中、彼女は腕に一人の青年を抱いていた。死んでいる青年のすぐそばには、剣を片手に彼女と青年を見ている、王がいた。
それが何なのか、失われた彼女の過去かは知らない。だが、言いようもない喪失感を感じる。
魔女アテナは首を振って、また王宮を歩き始めた。
片腕を失ったユグルタは、その後どうにか立ち上がり、声を出す程度までには回復していた。だが、軍人としての務めを果たすには片腕では物足りない。
そこで彼はイスカンブールのイーリオンに連絡をした。かつて古代文明では存在したという、欠損した身体を補うための技術。それは今では失われているが、それを再現しようとする魔術師がいる。
土を捏ね、魔術を施すことで完全ではないものの腕の代わりとなるものを作り出すことはできる。
「それでわざわざ来てくれたということか」
孤児院の部屋の中でユグルタの腕の状況を見る魔術師に彼は言った。年齢不詳の少女は傷口を見ながら言った。
「なるほどね。強力な魔力で傷口がつながらないように、ってしているわけね。こりゃあ腕があっても繋ぐことはできない、か。仕方がないわね」
「義手、作れるか」
「ええ。それなりの時間と手間がかかるし、仮にできたとしても慣れるまで時間がかかるし、元の腕のようには動かないわ。魔術はそこまで進歩はしていないのよ」
イーリオンはそう言いながら、ユグルタの身体を見ていく。
「治療がよかったのか、鮮やかなものね。聞いた話だと、もっと死に体だと思っていたのだけれど」
「運がよかった。私はな」
その時、部屋の扉が開き、エレナが入ってくる。
「あ、この人が言っていたお知り合いの方ですか」
「ああ」
エレナがイーリオンを見て言うと、ユグルタが頷いて肯定する。最初はユグルタの傷と腕を見ていたイーリオンは、ふと少女を見て固まった。そして、少女のその砂色の髪をじっと見る。
「あ、あの?」
その視線を受けるエレナは戸惑ったふうに声を出す。イーリオンはその瞳を細め、彼女の魔力を見る。
「似ている・・・・・・」
「どうした、イーリオン」
ユグルタの問いに、「いえ、なんでも」と言い、彼女は再びユグルタの右腕の状態を乱す。
疑問符を浮かべた状態のエレナとユグルタをしり目に、イーリオンは深い思考の海に落ちていった。
アテナの娘は確か、砂色の髪であったはずだ。それにこの魔力の質は、あの魔女と同質のもののように思える。
まさかな、と思いつつも、イーリオンの目は時折じっと少女を見ていた。
クロヴェイル・ラウリシュテンは戦場から戻っていた。彼の率いるラトナ騎士団のおかげで戦況は何とか持ちこたえることができていた。アクスウォードの王子たちは一人一人はクロヴェイルには及ばないが、能力は十分にある。長兄カッシート率いる軍勢は特に強力だ。クロヴェイルと言えども、油断はできない。
そんな彼は一時、戦闘を副官のミランダに任せて帝都オーフェンに帰還していた。皇帝への報告と、世界情勢についての報告を聞くためである。
皇帝への報告を終えたクロヴェイルがラトナ騎士団の本部に戻ると、彼が密偵としてバーティマに送っていた騎士が戻ってきていた。
騎士はとあるものからの手紙を携えていた。
「なんだ、それは」
クロヴェイルの問いに騎士は答えた。
「何者かは名乗りませんでしたが、それに書かれていると言っていました。直接、クロヴェイル様に渡すように、と」
「私に、か。罠などが仕掛けられている、と言うわけではなさそうだな」
クロヴェイルはそう言うと、手紙を見る。特殊な魔力のインクが使われており、特定の魔力光にしか反応しない、というものだ。これを使うということは、相手もこういった仕事を専門とした人物なのだろう。
クロヴェイルはそれを読み始めた。
そして、しばらくして手紙を置くと、ふむ、と息をついた。
「手紙の相手は、何者だったのですか」
騎士が問う。
「ハンノ=イヴリスの軍人だ。とても、貴重な情報が書かれていた。騎士ゼブーン。もう一度、バーティマに戻り、彼と接触できるか?」
「命令とあらば」
そう答えた騎士に満足したように頷いたクロヴェイルは下がっていい、と手で合図した。騎士ゼブーンは敬礼をしてその場を辞した。
クロヴェイルは達があり、窓の外を見る。思い出すのは、先ほど読んだ手紙の内容である。
バラルとあくすうぉーど・セアノの戦争は仕組まれたことであり、その影にはアンセルムス、と言う男の存在がある、と。
やはり、ここにその名が絡んでくるか、とクロヴェイルは思った。確証はなかったが、微かな予感があったのだ。
(となると、アンセルムスのことだ。まだ、裏があるに違いない)
手紙の主、ユグルタ・ヌマンティウスはバラルとの協力を望んでいた。可能であれば、バーティマともどうにか手を結び、アンセルムスを追い詰めたいとも書かれていた。
彼の者の望みは不明だというが、なんとなくクロヴェイルにはわかるような気がした。
破滅。それこそが、あの男の望みだと。
彼の者との因縁は長い。初めて会った時、二人はまだ子供であったが。だが、その頃にはすでに彼の者の中には形容しがたき闇が宿っていた。二度目に遭った時、彼は傭兵として現れた。その実、裏で手を引き、反乱を引き起こしていた。それ以後も、何度も彼との間にはいさかいがあった。
「アンセルムス。お前が何をしようとも、止めてみせる」
クロヴェイルは強い決意のこもった眼差しで空を見る。




