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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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アンセルムスの誤算

中央大陸を経由してのラカークン大陸までの定期船は無事、到着をした。しかしながら、港町において慌ただしく人々が動いており、そして彼らが迎え入れた中には武装した兵士や輸送された武器、それに施策に造られたゴゥレムなどが搭載されている。それは、戦乱を予想させるものであった。


「急がないと・・・・・・」


小さく一人呟いたミアベルの言葉を、ゼーレイアは聞き逃さなかった。


(やはり、知っているのか。彼女は一体・・・・・・)


「そう言えば、ゼーレイアはこれからどうするの?」


振り返って聞いたミアベルにゼーレイアは平静を装って答えた。


「一度、一族の皆の元に戻ります。本当に、ありがとうございました。ミアベルさん、タムズさん」


「いや、あんたも気を付けてな」


よってきたタムズの言葉にゼーレイアは頷くと、では、と身を翻した。あっという間に遠くなる彼女の背を見届けると、ミアベルは歩き出す。


「そう言えば、これからどこに行くんだ」


タムズの問いにミアベルは答える。


「魔族国よ」




ゼーレイアは一度はミアベル達から離れたが、それからしばらくして離れた位置から彼女たちを追跡していた。

彼女の脚は間違いなく、魔族国のあるベスティア大森林に向かっている。

彼女が今更警告を発しようとも、アクスウォードやセアノが呼びかけた軍は動き出している。魔族国滅亡のシナリオは動き出している。だが、もしかしたら、という予感がゼーレイアの中にはあった。ミアベルの底知れない力を、彼女は畏怖していた。

今後のためにも、ゼーレイアは追跡し、一体彼女が何者かを知る必要があった。

主であるアンセルムスのためにも。


「・・・・・・」


これが正しいことかどうかはわからない。けれど、もう戻れないのだ。

ゼーレイアは二人の跡をつける。




半日ほど歩き、ベスティア大森林が遠目に見えるころになって、タムズは口を開いた。


「魔族国を攻めるって、そんな話にわかには信じられないな。一体、今更どうして?アクスウォードやセアノは今、戦争中だろう」


タムズの言葉に、そう考えるのはもっともだ、とミアベルは頷く。普通ならば、そうだろう。だが、この事態は普通ではないのだ。


「すべて、ある人物の手の中にあるんだ。そいつの計画通りに動いている。私はソレを止めるために、魔族国に行くんだ。私の力で、どれだけの人を救えるかはわからないけれど」


ミアベルの顔を見て、それが嘘ではないことが分かったタムズは、何も言わずに彼女の後に続く。

まるで、物語の英雄のようで少し、胸躍る、などと言えば、彼女は怒るだろうか。


「でも、それなら急いだ方がいいぜ。敵さん、準備万全みたいだからよ」


「そうね」


ふう、と息をつき、ミアベルは空を見る。

そろそろ、夕刻だ。どこかで今日は野宿、ということになるだろう。


(父さん、母さん)


まだ見ぬ父と、自分をまだ生んでもいない母。彼らのいる魔族国まで、あと少しである。

少女の中の想いは、膨れ上がるばかりであった。







「ゼル。その件に関しては俺が片を付けてやる。なあに、心配はいらない。万事任せてくれ」


「・・・・・・そうか、ならお前に任せる」


ゼル・マックールとの今後のことについて話し合っていたアンセルムスは、渋渋納得したゼルを部屋から追い出すと、眉間に指をとんとんと当て、冷たい瞳で虚空を見る。


「ハザ。何かあったのか?」


アンセルムスは誰もいない部屋の中で一人呟く。すると、彼の背後に一人の魔神が現れた。現れた魔神ハザは、戦闘か何かの後なのか、服が汚れていた。


「ネズミ掃除をしていたんだが、逃がしちまったぜ」


そう言ったハザが、何かを投げる。ボトリ、とアンセルムスの机に転がったのは、一本の人間の腕である。肩のあたりで断ち切られた右腕からは、血が零れだしている。血の暖かさから、まだそう時間は立っていないようだ。アンセルムスはゴミでも見るかのように一瞥をくれた後、魔神を振り返る。


「だが、無傷ではねえ。あれならすぐにくたばるだろうさ」


「ネズミは、どこの者かわかるか」


「ハンノ=イヴリスのやつだろうなあ」


「ハンノの草か・・・・・・奴らがこう早く動くとは、予想外だな。そうすると、最近動いていたのは、カッシュの犬どもか」


最近自分のことを嗅ぎまわっていたために始末させた者たちのことを思い出しながら、ゼーレイアからの報告に目を通す。ミアベル=ツィリアは魔族国を目指している、ということである。やはりな、とアンセルムスは呟いた。


「いったい、どうなっている」


何かが狂いだしている。そう、何かが。それが何かはわからないが、このままでは彼の計画に遅かれ早かれ影響が出てくる。


「仕方があるまい。計画を少し、早めることも・・・・・・」


「へぇ、そんなことして大丈夫なわけ?」


ハザの言葉にアンセルムスは手を振る。


「イレギュラーを排除さえできれば、それでいい。ハザ、お前にはミアベル=ツィリアを潰してもらう。油断するな。確実に仕留めろ」


「ははん。俺様を誰だと思ってるんだよ、アンセルムス」


不敵に笑う魔神。褐色の頬が引きつり、不気味な牙が見える。笑う魔神の漆黒の目にかすかに光が映る。


「俺様は最強の魔神、ハザ様だぜぇ?」


そう言い、不快な笑い声を響かせながら魔神はその姿を消した。


「フン。信念なき、一時の享楽を求めるだけのサルめ・・・・・・」


アンセルムスはそう言い、両手を組む。


「いざとなれば、『アレ』を使うこともやむなしか」


アンセルムスの内心では、『アレ』を使うことだけは避けたかった。魔神ハザの様に御しやすいとも思えない。下手をすれば、こちらを滅ぼすことになりかねない。それでも、いざとなればそれを使ってでも、計画を修正しなければなるまい。


「どこまで神は俺を嫌いなのやら」


青年は呟き、立ち上がった。その時、頭に一瞬だが、鋭い痛みが走った。ズキリ。痛みに頭を押さえ、アンセルムスは机に手をついた。


「ぐ、アァッ・・・・・・・・・・・!!」


まるで、脳を斬りつけられたような痛み。それは、最近になって頻発していた痛みである。

ザワリザワリと、脳の中で誰かがしゃべっているようにズキリと痛みが襲う。ノイズが奔る。

まさか、疲れているのか、俺は。アンセルムスは考えた。

いいや、俺はまだ疲れてなどいない。立ち止まりはしない。そう決めたあの時から、俺は。

またズキリと痛みが走る。先ほどよりも強い痛みに、アンセルムスは小さく呻いた。


「これしきの痛みィ・・・・・・・・・・」


ぐっと首にかかった指輪を握りしめる。


「クソッタレェ」


よろよろと歩きながら部屋を辞したアンセルムス。

彼の頭に、声が響く。


『思い出しなさい、アンセルムス。自分が何者かを』


その声に、アンセルムスは叫ぶ。


「俺の頭の中から出ていけ!俺の名はアンセルムス!何者にも屈しない、俺が何者かは俺が決めるっ。俺の頭から出ていけ!!」


アンセルムスの強い叫びに、声は諦めたのか。それとも厳格だったのか。何はともあれ、声は聞こえなくなった。

アンセルムスはハァハァと荒い息をつくと、顔を引き締め歩き出す。


「俺は、俺だ。そうだろう・・・・・・ナターシャ」






「う、ぐぅ、う・・・・・・・・・・・・・」


ユグルタが目覚めた時、鋭い痛みが彼の右腕に走る。それから遅れて全身の痛みが襲ってくる。

突如襲ってきた魔神の攻撃で、体中を痛めつけられた。出血こそ多いが、致命傷は避けていた。とはいえ、右腕を失ったことは、大きい。

あったはずの手がない、と言うのはこういうことなのか、とユグルタは思う。もう、これでは狙撃はできない。

いや、今は命があっただけでも儲けものだ。まさか、生きていられるとは思っていなかった。

襲撃され、その場から逃げたユグルタは咄嗟にバーティマの下水に逃れた。濁流の中、敵も追うことはなかったし、傷だらけですぐ死ぬと思ったのだろう。魔神は強かったが、戦いに関しては素人のようであった。それが幸いであった。

体を起こしたユグルタは自身の身体の傷口に包帯を巻かれているのを見た。見ると、自分が寝ているこの場所もどこかの家のようであった。

痛みをこらえて起き上がったユグルタが部屋を見回していると、部屋の扉が開かれ、一人の少女が入ってくる。

砂色の髪の少女は、ユグルタも見たことのあるものであった。


「あぁ、目を覚まされたのですね」


そう言った少女、エレナを見てユグルタは声を出そうとした。だが、どうやら喉も戦いの影響でやられているらしく、掠れた、聞き苦しい音だけがヒューヒューッと出ただけであった。


「無理をなさらないでください。子供たちと遊んでいたところであなたが倒れていたので、放っておくこともできず」


そう言った少女は血に染まった包帯を取り換え、傷薬を塗る。


「私のスキルで、失った血を少しだけ元に戻したので、命の危険は脱しました。あと少し遅ければ、出血多量で死んでたかもしれないですよ」


すまない、とユグルタが声にした。声が届いたかはわからないが、少女はほほ笑み、彼をかいがいしく世話をする。

そうしているうちに、ゼル・マックールが来ていたらしく、部屋の中に入ってくる。


「あら、お帰りなさい。ゼル」


「ああ、ただ今、エレナ。彼は、起きたのか」


ゼルはそう言い、ユグルタの横に座った。そして、彼の様子を見る。


「ふん。傷はまだまだだが、命に関してはもう心配はないな。あんた、運がよかったよ。どこのだれかはわからないが、彼女に感謝しろよ」


「もう、ゼル。けが人なんだから、もう少し言いようがあるでしょう」


ごめんなさい、と言う少女に「いや、いい」と首を振る。

腕を失い、このような命の危機に陥ったが、まだ運は彼を見はなしていないようだ。ユグルタは緑色の髪の青年を見る。よもや、このような形でゼル・マックールと接触できるとは、と。

今しばらくは、けがの治療に専念しよう。ここに居れれば、少女の身に危害が加えられそうになった時、すぐに動ける。

ユグルタはぐったりと天井を見る。そして、重くなった瞼を閉じ、また眠りの中に落ちた。

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