旅の終わり
ラカークン大陸某所。
各地で発生する戦いで、多くの人々が死んでいた。
不平不満をぶつけて反乱を起こした農民たちの問題も解決せず、帝国兵が入り込んできて、またアクスウォードが滅亡して、と悪いことはたて続きに起こり、もはや収拾は不可能であった。
セアノ王国ももう他国を支援する力もなく、それまで支援していた国々ももう戦力と言えるものはない。
そんなラカークン大陸の混乱した大地に立つ影が、一つ。
それは美しいエルフの女性であった。数々の戦いを潜り抜けてきたのを感じさせる黒い鎧に身を包んでいて、その片手には黒い槍が握られている。女である前に、彼女は戦士であった。中央大陸から流れてきた彼女は、今はただ娘とその手がかりとなる魔神を追っていた。
旅先で出会った少年は無残な死を遂げ、その死は彼女の心に暗い影を残した。彼女同様に求めていたものを前にして、彼は死んだ。その姿が自分と重なるようで怖かった。
百年。その間、ずっと娘を探して旅をしてきた。夫はすでになく、独り、故郷も何もかも捨てた。
ただ娘に会い、彼女との時間を取り戻す。それが彼女の望みであり、亡き夫の願いでもあった。
夫と過ごした時間は、娘と過ごした時間よりは長い。しかし、それでもあまりにも早かった。何事もなければ、今頃、彼女はこんなこともせず、森の中で静かに暮らしていただろう。
哀しみも、何も知らず、ただただ。
けれど、運命はそう優しくはない。
魔神の手掛かりを探し、歩き続けたネフェリエだがそんなに簡単に見つかるはずはない。百年探しても、手掛かりはなかったのだ。
だが、諦めるわけにはいかなかった。
そのうちに、風の噂でとある魔神の噂を聞いた。幼いエルフのような少女を引き連れた魔神がいる、と。
狂った笑い声とともに現れ、逃げ惑う人々を容赦なく、一方的に殺す、と。
ネフェリエの脳裏に思い浮かんだ、不気味な笑い声。娘を失い、夫を失ったあの日、彼女が聞いた声。
それが、その話と重なった。
ネフェリエはその話を詳しく聞くと、その噂の場所へと向かっていった。
かつてアクスウォード王国の首都として栄えたベルタグラス。そこは荒野になっており、微かにその名残として残る物は瓦礫の山である。栄光は瞬く間に消え去り、そして屍と瓦礫の山だけが後に残った。
瓦礫の山の上で、道化師は笑う。黒い肌、漆黒の目。顔を横断するような、巨大な、そして不気味な口が不快な笑い声を量産する。荒野を駆ける声を頼りに、ネフェリエは歩き、ついにその姿を認めた。
間違いない。その姿、その声、この威圧感。統べて、百年前、彼女から娘を奪った魔神そのものであった。
噂から、その魔神の名前を知っていたネフェリエはその名を呟いた。
「貴様が、魔神ハザ、か?」
すると魔神は瓦礫の上の玉座にふんぞり返り、エルフを見下ろすといかにも、と大業に頷いて見せた。
「いかにも、この俺様こそが世界最強の魔神、ハザ様だ」
「私を憶えているか、魔神」
ネフェリエは魔神を見ていった。見上げる魔神は、ネフェリエなど見ていない様子であった。不快な笑い声が響き、魔神はおかしそうに顔を歪めた。
「お前なんか、俺は知らねえなあ。どこかであったか?」
「百年前」
込み上げる怒りをこらえ、ネフェリエは言葉を紡いだ。
「とある村を一体の魔神が襲った。それは人々を殺し、そして一人の少女をさらった。エルフの少女を」
「あ~、ああああああ!!!」
思い出したかのようにハザは叫び、そしてにんまりと笑った。
「あの時の生き残りか・・・・・・・・・・・いやあ、それはわからなんだ。何せ、あの頃は力の使い方もまださっぱりでなあ、俺様の黒歴史だよ」
きゃはははは、と笑うハザに、ネフェリエは叫ぶ。
「私の娘はどこだ、魔神!」
「娘、なるほど、お前、アレの母親か!なるほどねえ、エルフは長命だからねえ、泣けるねえ。百年も俺と娘を探し通津k得ていたのか、それはそれは、母の愛は偉大だねえ!!!」
そう言った瞬間、ハザの雰囲気が変わった。それまで浮かべていた気味の悪い笑みは消え、代わりに憎悪がその顔に宿る。
「愛、くだらねえ。母親、くだらねえ。気に入らねえ。そんなものまやかしさ。全ては悪い冗談さ」
ハザはそう言うと、立ち上がった。
「いいぜ、返してやるよ。お前の娘を」
ただし、とハザは笑い、言った。
「素直に娘が帰ってくれるかどうかは、保証しねえがな」
「貴様、娘に何をした!?」
激昂して聞くネフェリエに、ハザは笑う。
「ナニをした?何をしたんだろうねえ、ギャハハハハハハハハハハッ!!!何をしたか、娘に聞いてみるといいさァ、あっあっあ~~ぁ?」
ハザが指を弾くと、ネフェリエの手前の空間がゆがみ、歪が現れる。そしてそこから何かが現れる。
「感動の再会だなあ、ジェネス」
ジェネス、と呼ばれたエルフの少女は、無表情で目の前の母親を見た。
ネフェリエは探し求めていた我が子だと直感した。生んだものの勘、とでもいうのだろうか。それが娘だと、痛いほどにネフェリエに訴えかける。
「ネルグリューン・・・・・・・・・・・・!!」
ネフェリエが声をかける。その悲痛な声に、しかし少女は答えない。彼女は自分の主を、ハザを仰ぎ見た。それはまるで、この人だれ、と問いかける子供のようであった。愉快そうに顔を歪めたハザは、お前の母親さあ、と言った。
「母、親・・・・・・・・・・?」
「そう、母親さあ、お腹痛めてお前を生んだ母親だ。さあ、挨拶をしな、ジェネス」
「ジェネスなどと言う偽りの名で呼ぶな、この子の名はネルグリューンだぞ!」
ネフェリエが言った言葉に、敏感に少女は反応する。
「私はジェネス。ハザ様の僕」
「ッ!!」
驚くネフェリエに、ハザはおかしそうに腹をよじった。そして、少女に言う。
「お前を迎えに来たそうだ。だが、どうする、ジェネス。お前、この人と一緒に居たいか?」
魔神の顔はそれはそれは愉快そうに歪んでいた。わかりきった答え。だが、それこそがこのエルフにとって最上の苦痛になるのだと、ハザは直感したいた。
信じていたモノに裏切られるほど、辛く、そして愉快なものはない。
まるで最上の嗜好品のように、ハザは考えてすらいたのだ。
ジェネスはゆっくりとネフェリエを見ると、冷たく拒絶の言葉を吐いた。
「あなたなんて知らない。私はジェネス。私はハザ様とともにある」
「だってよ、聞いた階、別嬪さんよぉ!ざんねぇんだったねえ、百年も片時も忘れずに探していた娘さんに拒否られちゃったよぉぉっぉぉぉぉぉぉ!!!」
あひゃはやはやひゃはひゃひゃはひゃッ。不快な笑いは荒野に木霊する。気高きエルフの女戦士は信じられない、と娘を見て、片手に握った槍を力強く握りしめる。
「娘に、何をした・・・・・・・・・・・!!」
力強く問うたネフェリエに、ハザは何も言わなかった。意味深に笑った。そして、ジェネスの側に酔ってきて、そのまだ幼い肌をツウ、と指で撫でた。
「成熟してはいないが、いやあ、おいしかったよ」
笑って言ったその声。その言葉で、何をしたのかを彼女は理解した。
その瞬間、握っていた槍を持ってネフェリエは突進していた。
「貴様ァぁぁぁぁぁ!!!」
「おおっと!!」
ジェネスを抱え、ハザは軽々とそれを避けると再び瓦礫の山の玉座に跳び、その上に座る。
「怖いねえ、いきなり襲いかかるなんて、野蛮」
「貴様、殺してやるぞ、この畜生めェ!!」
ネフェリエはその容姿に似合わぬ罵倒をした。娘を穢した魔神に、あらんかぎりの怒りと憎しみを込めて。
しかし、ハザはその罵倒をまるでご褒美でももらったかのように、うれしそうに笑い、拍手していた。
「いいね、その顔!いいねえ、いいよぉ!!」
「殺したやるぞ、ハザ!」
そう言い、ネフェリエは瓦礫の山を登り始める。槍を片手に疾風の様に走ってくるネフェリエに、ハザは暗黒の魔力を叩きつけた。
強い魔力をネフェリエはその槍で切り裂くと必殺の一撃を放つ。亡き夫の魂が宿った槍は、通常の槍の一撃とはものが違う。槍の名手であった彼の力がネフェリエの力に相乗され、それは凄まじい力となる。
だが、魔神はそれを苦もなく受け止めた。たった二本の指で槍の先端を受け止めたハザは、笑いながらネフェリエごと槍を持ち上げ、彼女を玉座の背に叩きつけた。
かはっ、と唾を吐き、項垂れる彼女にハザは飛び蹴りを喰らわせた。麗しいエルフは顔から血を吹き出し、瓦礫の山に口にたまった唾と血反吐を吐き出した。
「き、さま」
「俺様強いだろう?」
ネフェリエの金髪を容赦なくつかむと、ハザはその頭を瓦礫の地面にたたきつけた。ネフェリエの顔が歪む。ハザはその顔を見て、おかしそうに笑う。
「狂っている」
「そうさ、俺は狂っている。けれど、皆そうだろう?この世界も何もかも狂っている。だから壊すのさぁ!!」
ハザは大きく手を広げて言う。
「俺様は強い!俺様は最強だァあああああああああああああ!!!」
叫び、満足したのかハザはふう、と息をつくとネフェリエを見る。ネフェリエを相手に馬鹿にして、おかしく笑うのもそろそろ飽きてきた。どうやらこの女はこれ以上、面白いこともできないようだし、ハザを楽しませることはできない様子だ。ならば、用済みだ。
最後の最上のショーで、フィナーレにしよう、とハザは考えた。
「ジェネス」
それまで空中で二人のやり取りを傍観していた少女にハザは言葉を駆け、笑いかけた。酷い思い付きをした、子どもの様に邪気のない笑顔で。
「お母さんにお別れを言ってやりな」
ハザのその言葉は、言外にネフェリエを殺せ、と言っているのだ。それを察した少女は頷き、ネフェリエの頭上に立つ。ネフェリエは顔を上げ、娘を見た。
緑色の瞳に映る自分。まるで、蟲を見るかのようにそこに感情はない。
「ネルグリューン」
娘の名を呼ぶネフェリエ。だが、少女は答えない。
少女の背後で、闇の魔力が編み上げられ、邪悪な槍のようなものが複数生まれる。そしてそれは刃先をネフェリエに向けていた。
探し求めていた娘に殺される。ああ、何という悲劇。何という喜劇。何という、おかしさ。
ハザは狂ったように笑う。殺せ、と彼は言った。ジェネスは戸惑うことなく、母親に向かってそれを放った。
ネフェリエは最後に娘の名を呟き、愛する夫の顔を思い浮かべた。
彼女の身体を、黒い槍が貫いた。それは、ネフェリエの頭を貫き、心臓を貫き、身体を破壊した。魔力が肉体を喰らい、残ったのはわずかな血肉だけ。
母親の残骸を無表情に見下ろすジェネスと、それを見て嗤うハザ。笑いすぎて、化rネオ目からは涙があふれていた。真っ黒な涙が。
そんなハザがふと見ると、彼の足元に一本の槍が転がっていた。その槍にはネフェリエの右手首がついていた。死の間際になっても槍を離さなかったとは、よほど大事なものと見える。
ハザはその槍を持ち、ネフェリエの手首を払い落とすと、槍をあらんかぎりの力で破壊した。ぐしゃりと壊れた槍を、分子レベルにまで破壊するハザ。狂ったように魔力を叩きつけ、破壊する。物の数秒で、槍は存在そのものが消滅した。
ハザは満足した様子で瓦礫の山を下り、指を弾いた。その瞬間、山が爆発し、轟音を立てる。
そして再び、彼は笑う。
その後ろを、少女はただ黙って従っていた。
空に輝く太陽を雲が遮り、やがて、闇が訪れた。




