勝利者なき戦場
前方の敵であるバラル帝国、後方の敵である魔国。
二つの勢力相手にバーティマは苦戦を強いられていた。それのみか、魔物と言う存在も最近では浮かんできたため、さらに戦力を裂かれる事態となった。唯一の救いは、魔国がまだ本腰を入れれない、ということだ。
ゼルの理想とする国家、というものも完成形とは言えない。それまでは何とか誤魔化していた民の不満も、自分たちの安全を脅かされると、一気に爆発した。
戦争を理由に自由は制限され、守ってくれる軍隊はいない。被害が出るのは自分たちで、これでは帝国の支配と何ら変わらない。そんな風に、それまでゼルやバーティマというものを理想のように見て、崇め、叫んでいた人々は手のひらを返す。
ゼルがどれほど苦心して、不平を解消しようとしても、あまりに拡大した戦線。連絡一つも満足に伝えるのに時間がかかる。
結果、彼の策は遅れ、民の不満はより高まる。
くそ、と爪を噛むゼル。
こんなはずではなかった。予定では、対帝国に一致し、今頃は帝都オーフェンまで行けたはず。
どこで、計画は狂ったのか。
魔国、などと言う存在もイレギュラーであった。まさか、北の国々がこうなるなど、誰が想像しただろうか。世界のこの異常も、だれが予想できただろうか。
ギリ。
歯ぎしり。
それだけではない。それまでなんだかんだと策を実行し、ゼルを支えて来たアンセルムスとの連絡が取れていない。アンセルムスの部隊は現在、「特殊作戦中」などと言い、碌に連絡できない。
アンセルムスが果たして本当に策を実行しているか、それとも。
(ついに、本性を現したか?)
かねてより危険と認識しながらも、彼を御そうとしてきたゼル。
だが、今になれば、自分は彼に踊らされていた、という気もしないでもない。
(いいや、俺の意思は俺のもの。誰のものでもない)
この理想も野望も、おれ自身のもの。誰のものでもないのだ。
あんな信念なき男に、壊させはしない。
全てが平等な理想郷。ファムファート大陸に造ると誓った。
俺のため、俺を信じてくれた彼女のために。
「もう、後には退けない」
若き指導者はそう言い、戦場を進む。
帝国中枢にいけばいくほど、ラトナ騎士団の防衛は厚くなる。
それでも、勢いだけでバーティマ軍は進む。多くの犠牲を出しながらも。
もはや、止まれない。
早くしなければ、この大陸も魔族に侵攻される。その前に、決着を。
そんな焦りもあった。
「オーフェン、か」
平原の向こうは、もうオーフェンだ。そこを叩けば、バラル帝国はもはや終わったも同然。
だが、相手もそれを赦しはしなかった。
前方の平原に広がるラトナ騎士団とバラル帝国軍。これまでの戦場の比ではない、圧倒的な軍勢。
敵軍の中心に立つ男を、ゼルは見る。
神々しき、と形容してもいいであろう男。英雄クロヴェイル。
彼の英雄は、ゼルと同じ怒りを浮かべていた。
その怒りは、ここまで帝国を追い込んだバーティマに対するものか。
「だが、俺は帝国には負けない」
たとえ、一騎当千の英雄と言えども、一気当万ではあるまい。
数の上では、まだこちらが優勢だ。
負けるわけにはいかない。それに、クロヴェイルを撃破する必要はない。
英雄殿をこの場に惹きつけ、その間にわずかな手勢でも帝都に行ければ。
それで、勝負は終わる。
「バーティマの勇敢なる兵士よ!!」
ゼルは叫ぶ。拡散の魔術により、ゼルの声は全軍に響き渡る。
「これが、我らの自由を求めての最後の戦いだ!この戦いで、我らの理想とする国がやっと完成する!」
ゼルは馬上で剣を抜き、帝国軍に向けた。そして、さらに叫ぶ。
「今こそ、悪しき帝国の支配を抜け、我らの国の歴史を紡ごう!」
すう、と息を吸う。
「全軍、突撃ィ!!!!」
バーティマ軍は、おおおおおおおお、という叫び声とともに、走り出す。
バーティマ軍の突撃を見ながら、英雄クロヴェイルは冷たい声で言う。
「全軍、反乱軍を一人残らず殲滅しろ。我が帝国に仇名す逆賊どもを、肉片の一つも残さず滅せよ」
何時も余裕に溢れ、笑いさえする英雄は、今では笑うことも顔色を変えることもない。
失って初めて、彼女の、ミランダの存在がいかに大きなものか、それを知った。
彼女を裏切らせたその元凶であるアンセルムス。そのアンセルムスによって動かされるバーティマ軍。それは、クロヴェイルにとっては、剣を向けるに値する敵。
殺しつくさなければ気が済まない。
全てがうまくいってきた。それなのに、クロヴェイルは彼の男のせいで挫折と苦悩を味わってきた。
自分の運命を、ミランダの人生を変えたアンセルムス。それに対する怒りは、計り知れない。
何が祝福される者だ、何が英雄か。
彼女を救うどころか、殺した男だ。
叫んだ。
彼女を胸に叫んだ。
泣いた。
大きな声で、見っともなく泣いた。
あの思いを、忘れるものか。
自分の弱さを、理不尽さを、彼は呪った。
クロヴェイル・ラウリシュテンは初めて憎悪を抱いたのだ。殺したいと思ったのだ。全ての裏にいるであろう敵、アンセルムスに対して。
突撃するバーティマ軍に、ラトナ騎士団の騎士が剣と盾を構え、敵の突撃に備える。
そして、両軍は激突した。
最初の接触で、一気に何千の命が消えた。
剣と剣の応酬。血しぶきが舞い、肉に変わる命。
矢が降り注ぎ、死を量産する。
槍が頭部を貫き、倒れた死体は馬に踏みつけられ、ぐしゃりと歪む。
味方の屍を超えてまでも進む軍勢。もはや、敵か味方も区別のつかない戦場で、両軍は血みどろの混戦を繰り広げる。
「敵を倒し、一人でも帝都への道を切り開けぇ!!」
ゼルは叫び、馬上より剣を振るう。指揮官を守る兵士たちがいるが、彼らに頼るだけではなく、自身でも剣を取って指揮していた。
指揮官とはかくあるべき、とは彼は思わないが、士気を維持するためにも今回はそうしたのだ。
もはや、ここで敵を討たなければ、ゼルに明日はない。命を賭してまでも勝ち取りたい勝利がある。
多くの理不尽を被ってきた者たちのために、愛した少女のために、そして自分自身のために。
「この、逆賊がぁぁ!」
バラルの騎士が馬を殺そうと走り、剣を向ける。
ゼルは懐からナイフを出し、騎士に向けて投げる。混戦の中、避けることもままならず、騎士の顔面にナイフが突き刺さる。
崩れ落ちた騎士は、味方の兵士に踏みつけられる。
ゼルは馬を操り、進む。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
味方の軍勢の叫び。そして、敵軍の叫び。それが、戦場を木霊する。
血の匂いの立ち込める戦場。
「退けえ!!」
帝国兵ども、とゼルは吐き捨て、斬りつける。
「貴様が、ゼル・マックールか」
そんな中、戦場に不思議と響き渡る声が、した。
「――――――――――!!」
来たか、とゼルは思い、そちらを見た。
「クロヴェイル・・・・・・・・・ラウリシュテン・・・・・・・・・!!」
鬼神の如き、英雄がゼルに向かってゆっくりと進む。
歩きながら、攻撃するバーティマ兵をその手の剣で薙ぎ払い、魔術ではじき散らす。一人で、瞬く間に数人を葬る英雄。
流石だ、と思うゼル。そして、彼ならば指揮官を狙うのは当たり前だ。覚悟は、していた。
それでも、ここまで圧倒的な威圧感を放つとは。
「アンセルムスは、アンセルムスはどこにいる!?」
英雄はそう言い、ゼルに迫る。
ゼルを守ろうと飛び出すバーティマ兵は、一瞬で肉塊に変わる。
ゼルの乗る馬が、四本の足を消滅させられる。ゼルは転げ落ちる。
「アンセルムス、だと・・・・・・・・・・!?」
「奴はどこにいる!!」
「知るか、そんなことより、今ここで戦っていることに集中したらどうか!」
そう言い、ゼルが合図すると、遠距離からの支援がクロヴェイルを襲う。
魔術と矢。さすがに、遠距離の相手までも倒せはしまい。
この隙に、と思うゼルだが、英雄はそれで足を止めはしない。
「!」
英雄は剣で矢を切り払い、片手から出した炎を空に投げる。
空で炎がはじけ、バーティマ後方に複数の炎が飛んでいく。
そして、大爆発が起こる。
「これで、邪魔な相手も補給もないぞ」
「・・・・・・・・・・化け物め!」
この男、戦術すら無意味なものにできるのか。
一騎当千だと?一騎当万ではないか。
「だが、負けられはしない。俺の夢のためにも、俺は歩みを止めない、たとえ英雄と言えど、俺を止められない!」
「ならば、止めてやろう!そして、後悔するがいい、我らが帝国に刃向ったことを!」
クロヴェイルはそう言い、迫る。
重く、それでいて早い剣。それを見切ることは、ゼルにできない。
ずしゃ。
「あああああぁああああああああああっ!!!?」
ゼルの悲鳴が、戦場に響く。
右肩を押さえるゼル。
痛みが、襲いくる。
血に染まった剣を振り、英雄は慈悲すらもない目をゼルに向ける。
彼の剣を持たない手には、ゼルの右腕があった。右肩から丸ごと切断された腕が。
「ち、くしょう・・・・・・・・・!!」
それでも、敵意も隠さず、ゼルは英雄を睨む。そして、落ちていた剣を拾う。
「まだ戦うか。だが、もう終わりだ」
「終わり、なんて、そんなものはあるかよ」
ゼルは叫ぶ。慣れない左手で持つ剣。右腕がなくなり、体のバランスが崩れる。
美しい顔を苦痛に染め、青年は歯を噛みしめる。血がなくなりすぎて、頭がぼう、とする。
それでも立つ。
たとえ、ここで死のうとも、最後まで戦ってやろう。
そして、見せてやる。俺の意地を、俺の夢見る世界を。
「何がそこまで貴様を動かす?」
「・・・・・・・・・・・」
「答えぬ、か。まあいい。どの道、お前はここで死ぬ」
英雄がそう言った瞬間、その姿が消え、そして、
ゼルの背後にその姿が現れる。
それに対応できるはずがなく。
「――――、―――――――――」
ゼルは何事かを呟いた。
そして、その首が宙を舞った。無慈悲な剣戟が、無駄なく革命家の首を落とした。
バーティマの街。
とある部屋で、正気を失くした少女は、ふと焦点の合わない虚ろな目で空を見ると、ポツリと言った。
「ぜ、る・・・・・・・・・・?」
エレナの静かな声が、空しく響いた。
緑色の髪が半ばから断ち切られ、英雄の足元に落ちる。
解放王ゼル・マックールは、その理想と野望の手前で、命を落とした。
指揮官の死は、大きなショックを与えた。
だが、バーティマ軍はさらに攻撃を加える。
そう、もはや止まりはしない。
指揮官が死のうとも、止まらない。止まるとすれば、それはどちらかの軍の全滅以外にありえないのだ。
「全軍、手を休めるな!バーティマ軍を殲滅せよ!」
そう言い、クロヴェイルは憎きアンセルムスの姿を求めて戦場を駆ける。
数時間後、戦場に立っていたのは帝国軍であった。
大地を埋め尽くす死体の山。
バーティマ軍、帝国軍の死者は数万、いやもっとあるのかもしれない。
血の匂いは全身に染みついている。
「どこだぁ、アンセルムスゥ!!」
そして、死体の山を探し回るクロヴェイル。
奴はどこだ、と血眼になって探すクロヴェイル。
「どこだぁ、アンセルムスゥ!!!」
そんな英雄の耳に、巨大な何かが蠢く音が聞こえた。
あれはなんだ、と叫ぶ帝国兵の声にクロヴェイルは我に返る。
平原の帝国兵を覆う影。
クロヴェイルは、顔を上げる。
天高く、向こうより伸びる巨大な「蛇」。どこから続くのか、その巨体を帝国の大地に横たえ、それはこちらを見ていた。
灰色の巨大なそれは、だが生物ではない。
だが、それを知る者はここにはいない。あれが世界蛇と呼ばれる伝説の存在だとは、知る由もない。
「なんだ、あれは・・・・・・・・・?!」
化け物、と。
誰かがそう言った。
それは、帝国軍を見ると、ふいと頭を背け、彼らの後方に広がるオーフェンの街を見る。
「!!まさか、帝都を・・・・・・・・・・・・・」
その時、クロヴェイルの脳裏で、黒髪の男の笑い声が聞こえた。
「貴様なのか、アンセルムス―――――――!!」
そんな英雄を嘲笑するように。
アンセルムスの支配下にある世界蛇は、その巨体を帝都オーフェンにぶつけた。
圧倒的な物量がオーフェンを襲う。ほぼ一撃で破壊された帝都オーフェン。
巨大な蛇のようなそれを、止めることができるものなど、人間にはいない。例え魔神であろうとも、それは難しいだろう。
大質量の物体の衝突。その余波は、平原に呆然と立つ者たちにも襲う。
砂嵐、大地の揺れ、風。それが襲いくる。
吹き飛ばされる帝国兵。巻き上がる死体の山。
死体の山に埋もれ、死に絶える兵士も致し、吹き飛ばされた先で頭を強打し死んだ者もいる。
クロヴェイルも吹き飛ばされるが、宙で体勢を整え、華麗に着地すると、キッとそれを睨む。
「・・・・・・・・・・・」
帝都を、守るべき国を一撃で滅ぼしたそれ。そして、おそらくその後ろにいるであろうアンセルムス。
怒りが、湧き立ち、爆発した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
怒りに我を忘れ、クロヴェイルは無我夢中で駆ける。
それまで、一度としてその持てる力を解放してこなかった彼が、もはや我慢はしなかった。
彼は突撃する。その剣が、世界蛇の肌を抉る。
「おおおおおおおおぉぉぉ!!!」
魔力を纏った拳で、蛇を抉る。だが、瞬時に再生される。それに、あまりにも巨大。
蛇の傷口から溢れるように、命なき操り人形が現れる。石の人形はクロヴェイルに迫るが、一瞬で屠られる。
だが、それは無限に湧いてくる。
「邪魔、だぁ!!」
払う。
だが、それはわらわらと湧く。
「アンセルムス!!出て来い、殺してやるぞ、アンセルムスゥ!!!!!!!!」
英雄の絶叫。
だが、彼の男は答えない。
世界蛇が、体を起こし、天に吠える。
そして、クロヴェイルは払い落とされる。
手を伸ばすクロヴェイル。
そんな彼をあざ笑うように世界蛇は外海に向かって進む。巨体に似合わず、俊敏であった。
追いすがろうとするクロヴェイルだが、あまりのも彼は消耗しすぎていた。
追う体力も、魔力ももはやなかった。
この手から零れていく、全てが。
ミランダも、栄光も、祖国も、家族も、仲間も。
もはや、あるのは己の肉体のみ。
打ちひしがれて、心はボロボロ。
それでも、英雄の目は燃えていた。怒りの炎で。
「アンセルムス―――――――――――!!!」
その名を呟き、英雄は深い微睡に落ちて行った。
微睡に墜ちる中で、クロヴェイルが見たのはこの上なく滑稽そうに笑うアンセルムスの顔であった。




